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Posted by ブクログ
新田次郎『孤高の人』を読んで約2年。あの時に比べ、自分自身の登山の目標や方針といったものが明確化、具体化していくなかで、メインをソロ登山に据える自分には、加藤文太郎の名前は無視できないものになっていた。より加藤の実像に近いこの小説の存在は知っていたが、上下巻という長大さからなかなか手をつけられずにいた。今回、長行程の山行が中止になったこと、また夏休みでもあることを契機に、一気に読んでみることにした。
結論、今までに読んだ山岳小説の中でも一、二を争う超名作だった。単独行の高揚と不安、生活の中で山に登ることの楽しさと苦しさ、主人公の強みと弱みに、険しい嶺に挑むときに感じるあの複雑な感情が湧き上がってくる。師としても反面教師としても、加藤文太郎の魅力が鮮烈に輝く。
『孤高の人』で描かれていた加藤は、そのタイトルのとおり、「孤高」の超人として描かれた側面が強かったが、本作の加藤は、あくまでも一人の社会人登山家として描かれており、付き合い下手ながらも人との交流を断つわけではなく、人情もあり、山の目的によっては複数人で登ることもある。あくまでも自身の山に合った合理的な選択として単独行をやっている。
また、加藤と共に北鎌尾根で亡くなった吉田にしても描き方が大きく異なっており(『孤高の人』では名前は「宮村」に改められている)、加藤に心酔し、加藤は仕方なく連れて行き、ともすれば「連れていかなければ良かったのに」と思わせられるようなキャラクタに仕上がっているが、本作においては、加藤が苦手とする岩場における高度な技術を補完する、互いが互いをフォローし合う理想的なパートナーとして描かれている。特に、二人が北鎌尾根を目指すきっかけとなる再会のシーンは、この小説内でもとりわけ熱のある文章でもって、あたかも『孤高の人』にぶつけるがごとく、二人の絆を雄弁に語っている。
私がこの小説に強く惹かれたのは、単純に登山の描写が非常に臨場感にあふれていることに加え、加藤の悩みに共感できるところがたくさんあるからだと思う。
彼のような登山ができるわけはないのだが、例えば、自分の登山におけるウィークポイントを一つずつ潰してゆく楽しさ、休日の限られた社会人ゆえに山行の期間を切り詰めなければならない難しさ、正常化バイアス等、様々な要因によってピンチに陥ってしまうところ。その辺は読んでいて自身の山にも当てはまり、それだけに、便利なガイドブックもネットもAIもない時代に悪戦苦闘していた彼の心が刺さるのだろう。
もちろん、今の目から見ても、明らかな間違いや失敗はたくさんしており、加藤の場合は最悪なことに、それが北鎌尾根での死亡につながってしまっている。
「単独行の加藤」という外部からの評価は彼のアイデンティティに深く影響し、結婚して家庭を持つという一人の社会人としての生活との間に、少なからぬ緊張を生じさせたことは想像に難くない。また、「単独行者」という評価も彼の山行難易度の上昇とともに頭打ちになっており、北鎌尾根の件が成功していれば、「単独行の加藤」という自己規定を越え、信頼できるパートナーとより困難な山へ向かう、新たな登山の段階に入っていたのではないか。それだけに、非常に残念でならない。
繰り返しになるが、加藤文太郎は、私にとって心の師でもあり反面教師でもあると思う。彼の飽くなき挑戦心と情熱を胸に抱きつつ、それに振り回されぬよう、自分の山をやっていけたらと考えている。
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小説・文芸
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