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Posted by ブクログ
魂は人間に特有のものなのか?
―ではその魂とはなんなのだね?
伊藤計劃の遺稿を、円城塔が引き継ぐ形で生まれた『屍者の帝国』。
伊藤氏の作品、『虐殺器官』『ハーモニー』が好きで、今でも時々読み返している。
一方で本書は、以前途中で離脱してしまいそのままになっていた。
もし同じく途中で離脱してしまった方がいたら、登場人物たちの目的をなんとなく掴んだうえで、398ページからだけでも読んでみてほしい。
(失礼かもしれないけれど、途中でやめてしまった方にこそ、ぜひ)
そこからの展開はドキドキが止まらず、もっと早く読んでしまえばよかった!と思ったくらいだった。
『虐殺器官』『ハーモニー』『屍者の帝国』。
この三作は突き詰めれば、人の“意識”や“言葉”をめぐる物語のように思える。同じテーマから、切り込み方が違うだけでここまで異なる景色が見える。この三作を並べて読むのは、ひとつの贅沢な読書体験だと思う。
“自動的に決定され、選択の余地のないこの状態こそが自由である”
本書のこの一文は、読み終えたあと何度も思い返してしまう。
そして改めて考えると、“自由”の解釈がそれぞれの作品で微妙に異なっているのも面白い。この三作は、「自由とは何か」という問いを少しずつ解体し、形を変えていく。
人が何をもって「自由だ」と感じているのか、
その拠りどころが、三作を通して、読者の中でも少しずつずれていくように思える。
「伊藤計劃は絶えず前に進み、変化しようとし続けていた。変化を続ける相手の過去に追いつこうとすることは、ただの回顧と変わりがない。
伊藤計劃ならどう考えるかではなく、伊藤計劃の書いたものを通じて得たものから、自分ならどう考えることができるのかが問題だ。」
あとがきを読んだあとで本編を振り返ると、円城氏の込めた想いが物語とリンクしている部分もあり、特にエピローグでは思わず涙が出た。
わたしも、
ありがとう。
と言いたい
Posted by ブクログ
アニメ映画が公開されたとき、友人に誘われて観に行ったのが『屍者の帝国』との出会いだった。出演声優のファンであった友人も、もちろん私も、作者も作品も詳しく知らないまま鑑賞。にもかかわらず、舞台設定とそのストーリー運びに一気に夢中になった。
これは原作にあたらねばならぬーーと原作を入手。2時間でまとめられた映画とはやはり違う部分があるが、この世界観はやはりゾクゾクする。改めて読んでもその印象は変わらない。
屍者技術の発展と19世紀末の歴史的な出来事がさも当然のように織りこまれ、「屍者がすぐそこにいる」リアリティに現実と虚構の境目が曖昧にさせられる。視点者としてのワトソンというキャラクターも滋味深い。振り回されつつも世界を一周したにも関わらず、その華々しい経験さえも事件の受け止めによって霞む。結果ひたすらに運命に流され続けるだけで結末へと辿り着くのだが、それも「ワトソン」という物語装置の為せる業なのだろうか。キャラクター名から筋道がたっていたとおりに、エピローグでホームズの世界へとつながっていくのは気持ちが良かった。
差し挟まれる引用に、不勉強なのが不甲斐ない気持ち。解像度を上げて再読するとまた見え方が違ってくる気がする。
ザ・ワンの語る意識の姿、ワトソンと同じように混乱しつつも圧倒されて読み込んだ。意識と魂の存在に思考を巡らせながら進んだ先に、ずっと記録していただけのフライデーの独白が待ち構える。「ありがとう」で締め括られるところは、後書きで語られる伊藤計劃氏の姿と重なってとても印象に残るのだった。
Posted by ブクログ
いつ果てるとも知れない意識ばかりが先になって、ひとは生を実感できているのだろうか。無意識をいいことに、生のなんたるかなどは置き去りにして。
この物語を読んでいるあいだに出会した思いがけない事実がある。太陽は宇宙空間を秒速230キロメートルで、天の川銀河の周回軌道に乗り移動し続けているというのだ。一周するのに2億年という時をかけて。
太陽系の惑星たちも、太陽の移動に付随して、飛びまくっている。ぼくらの大地も、当然のごとく。ぼくらは、まったく意識をしないけれど。
ひとは、ひとの一生を至上のものと信じて揺らがない。それはそれで、ひとつの真理だろう。疑念の余地もないけれど、本音を漏らせば、いささか小さい。でも仕方がない。
ひとには、ひとの大きさがある。時間がある。重さがあって、軽さがある。何より無意識なのだ。
無邪気で愛らしい“無意識”のもとでなら、今日もしあわせな一日だろう。
よみがえり、とは言えない。屍者のそれは。
技術の乱用で、嫌悪感があった。
“フライデー”の“声”を聞くまでは。
表出しないだけで、屍者ですら“ひと”だった。
Posted by ブクログ
屍体を蘇生させて操る技術が発達した歴史ifストーリー
以下、公式のあらすじ
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屍者復活の技術が全欧に普及した十九世紀末、医学生ワトソンは大英帝国の諜報員となり、アフガニスタンに潜入。その奥地で彼を待ち受けていた屍者の国の王カラマーゾフより渾身の依頼を受け、「ヴィクターの手記」と最初の屍者ザ・ワンを追い求めて世界を駆ける──。伊藤計劃の未完の絶筆を円城塔が完成させた奇蹟の超大作。
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屍体を蘇生させて簡単な命令をする技術が発達し、屍者が労働力として社会の一旦を担うようになった十九世紀後期
諜報機関にスカウトされた医学生ジョン・ワトソンの冒険譚
伊藤計劃の遺作となった原稿用紙三十枚ほどの未完の遺稿と設定を元に、円城塔が書き上げた作品
伊藤計劃は「虐殺器官」と「ハーモニー」は既読
円城塔の小説は未読なので、円城塔の要素がどの程度影響を及ぼしているのか私には判断できない
でも、設定そのものは伊藤計劃っぽさを感じる
これは、哲学的ゾンビについての話なのかもしれないと思った
魂とは何なのか?
人間だけに与えられたものなのか?
という疑問
作中ではその魂と言われるものの正体が明かされている
まぁ、まったくありえない話ではない
実際に、他の生物の行動を操作する寄生生物がいるわけだし
両者にとってメリットがあるならそんな共生関係(寄生か?)も成り立つでしょうね
ただ、その説を裏付ける証拠が示されていない
それすらもブラフの可能性もあるわけで
真実は結局わからないかなー
話の本筋とは関係ないけど
オタクはリットン調査団という言葉の響きが好きw
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