ハックルベリー・フィンの冒険(上)

ハックルベリー・フィンの冒険(上)

小説・文芸
1,320円 (税込)

6pt

4.2

トム・ソーヤーとの冒険で大金を得た後、まっとうな(でも退屈な)生活を送っていたハック。そこに息子を取り返そうと飲んだくれの父親が現れ、ハックはすべてから逃れようと筏で川に漕ぎ出す。身を隠した島で出会ったのは主人の家を逃げ出した奴隷のジムだった……。小中学生から楽しめる内容でありながら、大人の読者はこの物語の世界観と奥深さに魅了され、アメリカ文学の最高傑作と称される理由を知ることができるでしょう。

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ハックルベリー・フィンの冒険 の一覧

1~2巻配信中 1巻へ 最新刊へ
1~2件目 / 2件
  • ハックルベリー・フィンの冒険(上)
    1,320円 (税込)
    トム・ソーヤーとの冒険で大金を得た後、まっとうな(でも退屈な)生活を送っていたハック。そこに息子を取り返そうと飲んだくれの父親が現れ、ハックはすべてから逃れようと筏で川に漕ぎ出す。身を隠した島で出会ったのは主人の家を逃げ出した奴隷のジムだった……。小中学生から楽しめる内容でありながら、大人の読者はこの物語の世界観と奥深さに魅了され、アメリカ文学の最高傑作と称される理由を知ることができるでしょう。
  • ハックルベリー・フィンの冒険(下)
    1,320円 (税込)
    ジムとの筏の旅には危険がいっぱい。だが、ハックを本当に悩ませていたのは、おたずね者の逃亡奴隷ジムをどうするかという問題。そして彼は重大な決断を下す。大人は、なぜ堅苦しくしたいのか、金なんかないほうが気楽じゃないか、なぜ人々は殺しあうのか。常識にとらわれず生きるハックの頭の中はそんな問いに満ちている。抱腹絶倒の冒険譚を紡ぎだす一方、作者トウェインの視線は、いつの時代の社会にもある問題を痛烈に射抜く。

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ハックルベリー・フィンの冒険(上) のユーザーレビュー

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    本作を読んだ多くの人が,ハックに同情し,トムを不快に思うだろう。自分もそう思いつつ,物語の枠組みを強める上では必要不可欠なものであると解した。さまざまなテーマに満ちた逃亡小説。

    0
    2024年04月23日

    Posted by ブクログ

    唯一無二の、きらきらした感じ。

    物語の細部は、実は暴力と非情。ハードボイルドな「みんな悪者」ワールド。なのに、めくるめくピュア。「詩情」という実態の分からないコトバとは、この本の為にあるのかも知れません。

    最強のペアの物語です。DV被害少年・ハックと、逃亡黒人奴隷・ジム。
    ふたりの筏の旅は、ミシシッピーをくだり、黒人自由州へ。「ジムを密告するべきでは?」という張り裂けそうな危機を孕みながら。ハックの決断はー。

    #

    「ハックルベリー・フィンの冒険」光文社古典新訳文庫で上下巻。マーク・トウェイン。1885年発表。

    世界は、(というかアメリカは、なのか)なんてグロテスクに不条理で、残酷で、暴力的で、反知性で、貪欲で下品で偽善的で、そして差別と偏見に満ちていることか。

    だからと言ってそれを写実するだけではなくて、小説というサービス精神の中で描く。
    そして読者は楽しませなくてはいけないし、最後には「良かった」という後味が必要、という作者の側のモラルを感じました。
    なんて瑞々しく、スバラシイ。

    #

    「トム・ソーヤ―の冒険」(1876年発表)の、今風に言えば、スピンオフ。
    なんだけど、元ネタの「トム・ソーヤーの冒険」の倍くらいの長さの長編小説。
    話は「トム・ソーヤーの冒険」の直後から。1830〜40年頃の、ミズーリ州。偉大なる田舎。

    ハックルベリー・フィンのもとに、飲んだくれで最低な父親が現れて、ハックを監禁して暴力を振う。
    脱出したハックは、逃亡奴隷のジムとともに街を脱出。
    目指すは、ジムが奴隷の身分から逃れられる自由州。ふたりの行く手には、さまざまな冒険が現れる。

    発表されたのは1885年。リンカーンによる奴隷解放宣言が1862年、大まか20年前。発表当時の世論は黒人差別反対なんです。建前としては。

    物語の中でハックは、逃亡奴隷のジムに友情を感じながらも、
    「人の持ち物の奴隷を逃亡させるのは、してはいけないことなんだよなあ」
    という、良心の咎めを感じながらミシシッピを流れていきます。密告か、共犯か。社会のルールなのか?個人の心情なのか?

    社会のルール、正義って言うのは、ほんとに正しいのか?強者に都合の良いだけなんぢゃないのか?

    もうこれだけで、永遠不滅の物語。
    2017年現在ニッポンの僕たちも、他人事ではありません。

    #

    微妙に一話完結のように、連綿とつづられるふたりの冒険。親の暴力からの脱走。理不尽な殺戮。道徳にまで昇華している人種差別。拝金主義。詐欺。だまされやすい人々。残酷な集団ヒステリー。エトセトラエトセトラ...
    大人社会の偽善を抉りながら、ジムの逃亡補助を巡る、ハックの葛藤が貫かれて行きます。ドキドキ。

    実にハードボイルドに、そして明るくアッケラカンと局面をしたたかに生き抜くハックの一人称が、もぎたてで食べごろトマトのようなタマラナイ甘さと酸っぱさ。

    人目を避けて、昼間はいかだを隠して休みます。そして日が暮れると流れを下る。
    悠々たる巨大なミシシッピの闇。ウソのようなつぶらに近い星空。その自然を興奮豊かに描く下りは鳥肌もの。
    (自然情景描写って、だいたいは僕は苦手なのですが、コレにはヤられました)

    #

    話しは随分と豊饒な寄り道を経つつ、大河を下るように不要不急にたゆたいます。
    そして残酷な現実にジムとハックは追い詰められていきます。絶体絶命に。もう、だめか。
    そのときもハックだけは諦めません。

    諦めないハックのもとに、最終盤に現れる最強の味方。そう、トム・ソーヤーその人なんです。「いよっ!待ってました!」
    大向こうの気分。ここからのわくわく感って言ったら、身悶えものです。

    世界観は痛くて辛いんですが、それはそれ。
    小説は小説です。イッキに愉快なハッピーエンドに向けて舵を切ります。この安心感。
    正直、直前まで
    「頼むからハックとジムを幸せに終わってあげてください!」
    とトウェインさんに祈るばかりだったんです...恥ずかしながら。

    #

    ヘミングウェイが、そしてその後の文学者の多くが、「アメリカ文学が始まった瞬間」と位置付けた名作。さすが。

    ではアメリカ文学とは何か?

    大いなる田舎であり、無知であり、欲望であり。剥き出しの暴力と偏見と人種差別の渦。なんだと思います。

    その代わり、欧州よりも宗教も身分制度も弱く、混沌と自由、そして不安と絶望もより強くあります。全て欧州より大味。
    そんななかで、どうやって秩序を持って幸せに生きていけるのか。そんな冒険の物語。
    そう考えると、風土として、習慣として、後味として、ヘミングウェイでありフィッツジェラルドであり。キングやエルロイまで至る大河の源泉をたゆたった気分です。
    (そして考えようによっては、その流れにはジョン・フォードやイーストウッドや、そして村上春樹までが見え。ハックルベリーの子どもたちの、なんと豪華なことでしょう)

    #

    光文社古典新訳文庫、僕は相変わらず素敵な仕事をしていると思います。
    こなれた訳文で、するすると読めました。
    翻訳、大事なんですよね。ほんと。
    (でも、読み終えて、「村上春樹訳で読んでみたいな」と思ってしまいました...。村上さん、やってくれないかなあ...)

    0
    2017年07月27日

    Posted by ブクログ

    面白い!トムソーヤーと比べてハックは理屈っぽくて現実的で、ハックの方が親しみやすいと思った。育ちが悪くて教育を受けていなくても、生きていく知恵は身についていて、これぞまさに冒険だと思った。ハックの見事な発想と計画に感嘆した。

    0
    2015年02月11日

    Posted by ブクログ

    誰もが一度は耳にしたことがあるであろう作品、「ハックルベリー・フィンの冒険」。これは同じトウェインの「トム・ソーヤーの冒険」の続きにあたる作品である。
    自分は「トム」は読まずに本作を読んでしまったのだが、「ハック」だけでも十分読むに値する作品である。

    時は19世紀半ば、アメリカ南部ではまだ奴隷制が普通に存在した時代。
    主人公のハックルベリー・フィンは、父親の元からの逃避行の途上で、知り合いの黒人奴隷ジムと行動を共にするようになる。
    ハックは、ジムを逃がそうとし、北部の奴隷制の無い自由州へ向かおうとする。
    その道中の物語が本作の内容である。

    今のアメリカで奴隷制を正しいと思っている人はいないだろうが、当時はごく当たり前のこととされていた。
    当然ハックもその「常識」に捉われていたのだが、ジムとの個人的な交流をとおして、彼も自分も同じ人間であることを知らされ、奴隷として扱うことに躊躇いを見せるようになる。
    作中、彼自身はそれを「地獄に行ってでも」というほどの覚悟で宗旨替えをすることになるのだ。

    この作品を読んで強く感じたことは、「常識」が人を捉える力の強さと、その「常識」の相対性だ。
    どんなに開明的で先入観のない人であっても、人間社会で過ごしている以上は、何かしらの常識の元で育ってきているわけで、そしてそれは自身と渾然一体となっていて、不可分のものとなっている。
    だから、その常識から解き放たれるということは、文字通り自己の一部を喪失する体験に違いない。
    それほど重く困難なことなのだ。
    歴史上の人物のその時々の判断に対し、現代の視点から評価をしてしまいがちだが、その時代の常識の枠から超え出ることがどれほど困難なことか、それはよくよく差し引いて考えねばならないことだろう。

    そして、どんなに堅固に見える常識であっても、絶対不変なものもない。
    つまり、今正しいと思われていることも、数百年後の人々にはおかしな風俗の一つと見られるようになる時が来るということである。
    だから、世の常識・良識や倫理観に抗う必要はないのだが、あまりにカチカチの原理主義に陥るのもどうだろう、
    まあそういう考えもあるよね、とりあえずは妥当だよね、という程度の距離感で捉えておくのがよいのかもしれない。
    そうでないと、それこそ世の「絆」に縛られて、身動きできなくなってしまうだろう。

    0
    2019年12月29日

    Posted by ブクログ

    読み始めたきっかけは特別覚えていないけど、読みながらディケンズの「デイヴィッド・コパフィールド」を思い出した。デイヴィッドの方は一人称の語りだったような気がするんだけど、もしかしたら違うかもしれない。こっちはハックの一人語りだけども。今と比べるといつの時代の昔も純粋だったし素直だったように見えるんだけど、やっぱりそれはそれでねじれてるしこんがらがっている。そんな時代に必死に明るく生きようとした少年の物語っていう、そういうのが僕は好きなのかもしれない。

    時代は1830年ほどらしい。南北戦争前のアメリカ。直接的に間接的に、黒人奴隷の存在が物語の通奏低音になっている。しかしそれを良し悪しいう直接的な言説はない。ハックは白人でその時の見方で黒人を見下げてるし、黒人は黒人である意味での奴隷根性が染みついている。でもそれに染まりきっていない黒人もいて、それがハックの家のジムで、そのジムの逃亡を不可避的に助けながら冒険をするように話が進む。

    大体こういう時代の話お決まりの、思い込みが激しいキャラの連発で、そんなキャラクターたちががやがやとやりながら話が進んでいく。結構悲惨な出来事も少なくないんだけど(親しくしていた人が死ぬなど)、そこに重力を与えない。

    宗教的な道徳的な正しさを明るく信じているハックだが、不可避的に投げかけられる人間の生に対する問いかけに何度も立ち止まり、考え、時に答えを与えられ、時に悩むままでおわる。黒人奴隷のジムが自由州に到着しそうだと喜ぶ姿に良心がジクジクする。奴隷の逃亡は違法であるし、それを偶然にでも手伝ったのは紛れもなく自分であるし。それはただのコンプライアンスの問題ではなく、命に根差したハックの良心の問題として描かれている。

    トウェインは物語以上の政治的、人格的なメッセージは一切ないし、それを読み取ろうとすることも望まない、と巻頭にわざわざ述べているが、それを読み取らずにおれようか、という感じである。下巻に続く


    17.5.19

    0
    2017年05月20日

    Posted by ブクログ

    相棒の黒人奴隷とひたすら川を下る中で、ハックの逞しさ、賢さ、鋭さが光る。うん、やっぱこいつかっこいい。
    にしても、まさか最後に「彼」が登場するとは……まさに、「ヒーローは遅れてやって来る」??

    0
    2015年06月19日

    Posted by ブクログ

    続きましては〜

    アメリカ文学の金字塔、マーク・トゥエインの『ハックルベリー・フィンの冒険』ですよ!

    飲んだくれの暴力親父から逃げ出したハックと逃亡の黒人奴隷ジムの二人が筏に乗ってミシシッピ川を下る物語

    小さい頃読んでたはずなんだけどな〜
    全く覚えてないや
    そもそもハックの独白形式で書かれてたんやね
    ちょっとびっくり

    うん、そうやね〜
    トゥエイン自身がどこまで意図してこの物語を書いたんだろうな?って思いました
    そのへんは下巻の解説が楽しみ
    普段はわい様に解説などいらんのじゃボケ〜とか強かっておりますが、今回は早くも解説プリーズ状態です

    もちろん人種差別のこと、子どもは親の所有物なのかとか良い子ってどういうことや、家柄に固執す人々や、その他あれやこれやっていう社会問題を無垢な子どもの視点で、ちょっとユーモアも交えながら皮肉的に描いています

    子どもたちよ!ここから無様な世界のあり様を感じとってほしい!そんなこと思いながら書いたのかな?それとも単なる愉快なホラ話として書いたのかな?

    トゥエインおじさんよ!そこんとこどうなの?

    そんなことを思った上巻でした

    0
    2025年10月25日

    Posted by ブクログ

    ハックルベリーフィンの冒険は昔から、
    読みたいと思っていて機会がなかったのですが
    新訳ということで読みやそうだったので購入。
    感想は下巻の後

    0
    2016年03月30日

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    トム・ソーヤーの冒険よりも文学的に評価されているとと聞いていたが、たしかにこちらの方が面白かった。トム・ソーヤーの方は次から次に「なんでそんなことするの…」というようのいたずらばかりで保護者の方に同情してしまっていたが、こちらではスタートからして閉塞感のある未亡人宅や現代風では「毒親」である父からの脱出だというのもあり、社会についての疑問の独白もあり一部は共感できた。トム・ソーヤー以上にすぐ殺し合いだのリンチが起こるしナチュラル人種差別が根底にあるしと倫理観の差に驚かされる。簡単に他人の家に上がり込んでしばらく滞在したりとおおらかさもある。また、近代と思いきや未だにかなりの迷信が登場するのも少し意外。

    懸賞金のかかっているジムを通報せずに旅を続けることの是非を自問自答するシーンは特によかった。

    0
    2023年07月09日

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