Posted by ブクログ
2021年02月08日
136回芥川賞受賞作。
ゆったりとした時間の流れが基本にあって、劇的なことはなく、主人公の生活を遠くから観察しているような気分になる作品。
20歳の知寿が居候することになったのは、2匹の猫が住む71歳の吟子さんの古い家。
駅のホームが見える小さな平家で共同生活を始めた知寿は、キオスクで働き、恋をし...続きを読む、時には吟子さんの恋にあてられ、少しずつ成長していく。
主人公の知寿が少し意地悪だったり、少しシニカルな物の見方をしていたり、少しダメな部分があるところが絶妙で良い。
「すごく」ではなく「少し」そうであるところが良いのだ。
特段目標を持たず、とりあえず上京して親戚の吟子さんの家に居候を始めた知寿。将来の目標がないので1年で100万円貯めることを当面の目標にしてアルバイトを掛け持ちしたり、でも途中で掛け持ちをやめたり、恋愛の行方しだいで職を変えたり、そうして月日が流れる。
この流れる感じがリアルだった。こういう月日を過ごしてなんとなく適職を見つけたり、なんとなく合うパートナーを見つけたりする人は、案外多いのかもしれない。
程よい距離感のある知寿と吟子さんの関係性がとても良い。
変におもてなししようという精神も、変に恩返ししようという精神もなくて、無理なく共同生活するコツのようなものをお互いが知っているような関係性。
時々吟子さんがこぼす一言がまた良い。「世界に外も中もないのよ」。今いる世界の外に向かって飛び立とうとか、気負う必要はないのかもしれない。つねにそこにあるのが世界なのだから。などと考えたりした。
ゆったり進む時間のなかで、確実に成長している部分がある。悲しい経験も糧になる。
日々の歩みは牛歩でも、大きな尺で物事を見つめたときに分かる変化がある。
そういうことを感じさせてくれる小説だった。