Posted by ブクログ
2023年04月03日
イギリスの作家「ミネット・ウォルターズ」の中篇ミステリ作品集『養鶏場の殺人/火口箱(原題:Innocent Victims: Two Novellas)』を読みました。
「P・D・ジェイムズ」、「アリ・ランド」、「コリン・ワトスン」に続き、イギリス作家の作品です… 「ミネット・ウォルターズ」作品は...続きを読む『遮断地区』以来なので、約2年振りですね。
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1920年冬、「エルシー」は教会で純朴な青年に声をかけた。
恋人となった彼が4年後に彼女を切り刻むなどと、だれに予想できただろう──。
英国で実際に起きた殺人事件をもとにした『養鶏場の殺人』と、強盗殺害事件を通して、小さなコミュニティーにおける偏見がいかにして悲惨な出来事を招いたかを描く『火口箱』を収録。
現代英国ミステリの女王が実力を遺憾なく発揮した傑作中編集。
解説=「大矢博子」
*第4位『ミステリが読みたい!2015年版』海外篇
*第6位『週刊文春 2014ミステリーベスト10』海外部門
*第6位『2015本格ミステリ・ベスト10』海外ランキング
*第8位『このミステリーがすごい!2015年版』海外編
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読みやすさを念頭に置いて描かれた2篇が収録されています… 『養鶏場の殺人』は普段本を読まない大人に読書に馴染んでもらう企画で、『火口箱』は読書好きの人に普段読まないジャンルを読んでもらうという振興の目的で、それぞれ出版された作品です、、、
実際に読みやすかったし、それでいてしっかり読み応えのある内容で愉しめましたね。
■はじめに
■養鶏場の殺人(原題:Chickenfeed)
■火口箱(ほくちばこ)(原題:The Tinder Box)
■解説 大矢博子
『養鶏場の殺人』は、1924年(大正13年)にイングランド南東部・サセックス州で実際に起きた「エルシー・カメロン」殺害事件を、経緯も人名もそのままに小説に仕上げ、末尾に「ミネット・ウォルターズ」の推理を述べた作品… 犯人とされた「ノーマン・ソーン」は絞首刑となったが、最後まで「エルシー」の自殺であると訴えていたそうです、、、
真実は藪の中ですが、美人ではなく、華やかな恋愛経験もなく、でも、プライドは異様に高く、自分の理想通りに物事が進まないと腹を立て、冷たくなった恋人に結婚を迫るために妊娠したと嘘をつく… そんな人格として描かれた「エルシー」には感情移入できず、常に「ノーマン」の立場で読み進めましたね。
直接的な事件の原因を作ったのは「エルシー」の性格や行動なんでしょうが… それを許してしまっていた「ノーマン」の優柔不断な態度にも、問題はありますよね、、、
顛末だけみれば、現代の日本でも、色んなところで同じようなことが起きているんでしょうけど、本書では「エルシー」を掘り下げて丹念に描くことで、実録物でありながら、恋愛ホラーのような印象の作品に仕上がっていましたね… 肥大したエゴが倒錯する様を、畳みかけるように描写する迫力が強い印象として残りました。
『火口箱』は、イギリスの片田舎を舞台に、老女二人の強盗殺害事件を通して、小さなコミュニティーにおける偏見がいかにして悲惨な出来事を引き起こしたかを描いた作品、、、
アイルランド人の男性「パトリック・オライアダン」が村内の老女と住み込みの看護師を殺したとして逮捕された… それから8ヵ月後、同じ村に住むアイルランド出身の女性「シヴォーン」は、「パトリック」の両親が村から排斥され、脅迫や嫌がらせを受けて危険な状態であると警察に訴える。
しかし、話を聞いた警部は夫妻の自作自演を仄めかした… そして翌月、「オライアダン家」が火災に見舞われ、焼け跡から一人の焼死体が発見される、、、
小さな共同体の中の差別や偏見意識を主題とした作品なのですが、その差別や偏見意識から生じる思い込みを逆手に取ったトリックが隠されており、意外な結末が愉しめる作品でしたね… 真相がわかると登場人物の印象が一変して見えるのが素晴らしいですね。
あることが原因で登場人物たちの間には共同体が崩壊すれすれになるほどの緊張が高まる。そうした事態は本筋の事件捜査からは副次的な要素に見えるが、実はそうではなく、全体を構成する不可欠のピースであることが最後には判る趣向なのである。どこにも無駄がなく、箱根名物のからくり細工のようにすべての部品が利用されている。その徹底ぶりが素晴らしいのである。
イギリスにおける、イングランド人とアイルランド人の関係性について、改めて気付かされる作品でした… そりゃ、ラグビーの試合でも熱くなるよなぁ。
読みやすくて愉しめる作品でした… 甲乙付け難いですが、個人的には『養鶏場の殺人』の方が好みでしたね。