〈問い〉の問答 同時代禅僧対談

〈問い〉の問答 同時代禅僧対談

ビジネス・実用
1,980円 (税込)

9pt

4.2

世俗化が著しい日本仏教にあって出家僧侶として生きる二人の、予定調和を排したストレート勝負の対談録。
本質として矛盾を抱え持つ存在である私たち人間の「生きる意味」「他者認識」「慈悲」等々を根底から問い直す、読み応え充分の一冊である。

詳しい情報を見る

閲覧環境

  • 【閲覧できる環境】
  • ・ブックライブ for Windows PC(アプリ)
  • ・ブックライブ for iOS(アプリ)
  • ・ブックライブ for Android(アプリ)
  • ・ブックライブ PLUS for Android(アプリ)
  • ・ブラウザビューア

※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。

〈問い〉の問答 同時代禅僧対談 のユーザーレビュー

\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    臨済宗と曹洞宗の禅僧の対談集。

    わからないことはわからない。
    善悪
    黒白
    簡単につかないし
    つけてはいけない
    事実と現実は違う

    「自分で考える」ということの本質を突きつけられた気がした1冊。

    師弟関係は
    「聞く」ことに大きな意味をもつ。
    上手な聞き方、上手な問いはきっと人を成長させる力があるのだろう。
    こうなってほしい
    こうしてほしい
    こちらの想いが強ければ強い程、「言う」ことに重きをおいてしまう。
    気をつけなきゃいけない。

    2008年 

    0
    2017年09月16日

    Posted by ブクログ

     南直哉と玄侑宗久、好きな僧侶ふたりが対談集を出している、というので一も二もなく手に入れて読んだ、という具合で御座候。

     仏教の教えといわゆるジャーマンの仕事は相容れないものなのに、恐山という場所で共存しているのはなぜか、という話から始まる。
     そもそも仏教的には輪廻転生、死後の世界というのは「わからない」ものであるはずなのに、恐山に死んだ人の口寄せを頼みに来る人というのは一定数いて、その人達にとって口寄せが、恐山のシステムそのものが救いになるのであれば、それはそれで受容せねばならないよね、というところから始まって読んでおるうちはオモレェトモレェ、どうにかして読み終わって、さてどんなことが書いてあったかな、というとこれが思い出せない。あまりにも対談の中身が濃厚すぎて、このあたり、アタクシの脳みそのキャパシティの限界を感じざるをえない。でも、何回か読んでいくうちに、二人の話の本の断片でも、あたまのどっかにへばりつくんじゃないかなぁー、などという期待はある。読んでいる時点では「オモレェー」と思ってるのです。それは間違いない。

     手元においてたまに脳みそに流し込んでおきたいような、そういう本です。

    0
    2013年09月30日

    Posted by ブクログ

    親鸞が思想的に逝ってしまっているという指摘と、法華経と良寛がともに論旨不明という指摘は非常に共感した。

    般若心経でクマラジーヴァも玄奘三蔵も漢訳せずに音訳した『panya paramita』『anuttara samyak sambodhi』『gate, gate, para gate, parasan gate, bodhi, svaha』を中村元が逐語和訳したことへの批判はしばしば聞くが、サンスクリットの音ではなく、音読みで『ギャーテー…』って品無く読むだけなら、別に気にしなくても良いのでは?と思っていた(今もそう思っている。)。
    が、本書では特に、『bodhi』を完了形で訳した点を批判していた。
    この批判は至極真っ当で、たとえサンスクリット原文が完了形だったとしても、般若系経典の趣旨からして適切だと思う。

    全力で壁にぶつかった経験の有無を、人物を判断する基準の一つとして使うことにしたい。

    0
    2013年02月18日

    Posted by ブクログ

    曹洞宗の論客と臨済宗の作家の対談集。同じ禅宗の僧侶が、恐山で語りつくすことから今日的な仏教が抱える問題があらわになる。難しいお経の話しは到底ついていけないけれど、仏教の深みに触れる好書。

    0
    2009年10月07日

    Posted by ブクログ

    22/4/1 75 玄侑さんのゆとり、幅、あわいが心地よい

    [虹は見える」だけどそれは「虹は実在する」というのとは違う

    一言主の神>「机」というと、机が出てきちゃう

    「嘘も方便」みたいな言い方もあるから、適当にやっていいのかと思うと大間違いでありまして、方便とは「全責任を自分に置いてやる」という、一種の「賭け」なんですよ

    「師」といわれる人は、少なくとも「言う力」より「聞く力」が無いと駄目ですね。

    0
    2011年07月01日

〈問い〉の問答 同時代禅僧対談 の詳細情報

閲覧環境

  • 【閲覧できる環境】
  • ・ブックライブ for Windows PC(アプリ)
  • ・ブックライブ for iOS(アプリ)
  • ・ブックライブ for Android(アプリ)
  • ・ブックライブ PLUS for Android(アプリ)
  • ・ブラウザビューア

※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。

この本をチェックした人は、こんな本もチェックしています

無料で読める 学術・語学

学術・語学 ランキング

作者のこれもおすすめ

同じジャンルの本を探す