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Posted by ブクログ
妊娠とか出産とか周囲がそのフェーズに入ってきて、漠然と自分も考えたりしてはいる。情報を探しに行くと医療的な話と妙にスピっぽかったりするやつ話のどちらかしかなくてもうちょっと実体験ぽいものないんですか?と思ってたところにドンピシャ。
2025年10月、女性として初めて高市早苗氏が首相に就任した。この数年、市民の法制化を望む声や各界からの要請もありやっと議論が進み始めたかに思われた選択的夫婦別姓の法制化は白紙に戻った。そのちょうど半年後にわたしはこの本を読んだ。松田さん、いまどう思っていますか?と聞いてみたい。
さて、わたしも夫婦別姓を望むひとりである。結婚宣言記念日というまだるっこしい記念日を設定し、続柄:妻(未届)として住民登録している。選択的夫婦別姓の法案が通ったら、施行されるその日に朝から役所に並んで婚姻届を出しに行くつもりである。(婚姻届って夜間も受理してくれるとかいう話なんでしたっけ?)
生きてるうちに結婚できるといいなあ。
Posted by ブクログ
夫婦別姓への思い、妊娠してからの思いなどが綴られていた。共感することだらけだった。
疑問に思い、寂しさも感じながら姓を変えた女性は多いと思う。結婚って?と改めて思ってしまった。やはり自分の気持ちを尊重するために、普通と言われていることを諦めるしかないことは、おかしいと思った。
妊娠から出産までの体の変化や大変さについても書かれていた。キャサリン妃やダイアナ元妃を例に挙げて、妊娠してからも無理をすることが当たり前と思い込まされないようにというのが印象的だった。
子育てをしていたら、人の目が気になってしまうことがある。愚図っているこどもに出会ったら、「うるさくないね、かわいいね」という優しさを多くの人が持てたら、と思った。
Posted by ブクログ
私は以前から「母性」とか「我が子」とか「妊婦」とか「懐妊」とかいう言葉がなんか気持ち悪いと思っていた。子を持ちたくないわけではないけど、その言葉が自分のことを表すものとなると不快だなと。
・国のために産んでいるのではない。生殖にまつわるすべては個人的なことだし、国は本来、人々の様々な選択をサポートするためにあるだけだ。
この言葉がよかった。
さっき挙げた言葉たちが気持ち悪いのは、言葉に纏わりつく「おおらかで無償の愛で全てを包み込む母」的なイメージに自分が括られることに嫌悪感があるからではないかと思う。
このイメージってキリスト教の聖母子とか家父長制の家庭の中での良妻賢母とか宗教的・政治的に謳われたものであって、今でも子どもを産む女性は社会に貢献してる(産まない人は貢献してない)みたいな言い方されることあるけど、いや、お前らのためじゃないよ。というか。
個人的にやってることだからあんまりそっち側のレンズを介した目で見ないでもらえる?みたいな。
うまくまとまらないけどそんなことを考えた。
あと我が子という言葉も、なーんか血のつながっている子を産むことこそ正義で無条件で愛すべきみたいな感覚が滲み出ているような気がして好きになれない。
そりゃ子どもが夫や自分や自分の家族に似ているところがあったら嬉しくて可愛いだろうけど「我が子」だから愛するんじゃなくて生まれてきたその人そのものを愛すんじゃないのかい、という。
Posted by ブクログ
共感するところも多いが、名字については今までそこまで強く考えたことがなかったので、特に考えさせられた。
自分自身、元々の名字が珍しくて気に入っていてかえたくはなかったが、結婚を機に変わっても友達などには元の名字が混ざったあだ名のままで呼んでくれと伝えた。
最初こそ抵抗があったものの、元の名字を使う機会も多く、今まで尾を引いてはいない。
まわりの人ともそんなに名字の話をしないゆえに、名字をかえたくないために事実婚にしたり離婚したり、そういった方がおられるということはあまり考えていなかった。
夫婦別姓、できたら良いだろうな(他人事)くらいだったが、強く訴えておられる人の気持ちが少しわかった気がする。
あと、子どものイヤイヤ期前、レジスタンス期があるのはとても共感。いままさにそれだ…
そして子どもに男の子らしく、女の子らしく、というレールを敷かないようにするのも、まだまだ意識しないと難しそうだなとも思う。
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