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Posted by ブクログ
それ以前の人々にとって生とは重苦しい運命だった。しかし、現代の「大衆」=「平均人」は、彼を取り巻く世界に甘やかされている。経済的、肉体的、社会的安楽さをあたりまえのものと思っている。
近年のヨーロッパに蔓延する無力感は、「潜在能力の大きさ」と「政治機構の大きさ」とのアンバランスから生まれる。
「国家というものは、人間に対して贈り物のように与えられる一つの社会形態ではなく、人間が額に汗して作り上げてゆかねばらないもの」
国家を成り立たせる要因は、血縁でも、言語でも、過去でもなく、「われわれが一緒になって明日やろうとすること」
「国家は一つの事物ではなく、運動である」
「ヨーロッパ大陸の諸民族の集団による一大国民国家を建設する決断のみが、ヨーロッパの脈動をふたたび強化しうるであろう」
Posted by ブクログ
学生の頃に探すも見つけられなかった本が筑摩の文庫にあった。18世紀のルソー「社会契約論」19世紀のマルクス「資本論」、20世紀はこれと言われた社会論のバイブル。皇帝、覇王など選ばれた人のための国家と違い、近代の国民国家は、ビジョンも持たず自ら責任も取らない「慢心しきったお坊ちゃん」たる大衆が支配者になった。大衆の集まりによる自由民主主義の限界。今後どうあるべきか。90年前オルテガはファシズム、ナショナリズム、スターリン的マルクシズムの限界を見抜き、ヨーロッパの現状を憂いて書いたが、今やアメリカも日本も、世界がこの状況にある。多くの学者や思想家が影響を受け、論じてきたが誰も答えを見つけられていないまだるっこしさ。天才を待つしかないのか!大衆は待つしかできない(TT)
Posted by ブクログ
「大衆というものは、その本質上、自分自身の存在を指導することもできなければ、また指導すべきでもなく、ましてや社会を支配統治するなど及びもつかないことである」
「われわれがここで分析しているのは、ヨーロッパの歴史が、初めて、凡庸人そのものの決定にゆだねられるにいたったという新しい社会的事実である。あるいは、能動体でいえば、かつては指導される立場にあった凡庸人が、世界を支配する決心をしたという事実である」
「人間を最も根本的に分類すれば、次の二つのタイプに分けることができる。第一は、自らに多くを求め、進んで困難と義務を負わんとする人々であり、第二は、自分に対してなんらの特別な欲求を持たない人々、生きるということが自分の既存の姿の瞬間的連続以外のなにものでもなく、したがって自己完成への努力をしない人々、つまり風のまにまに漂う浮標のような人々である。」
「今日われわれは、明日何が起こるか分からない時代に生きている。そして、そのことにわれわれはひそかな喜びを感じる。なぜならば、予測しえないということ、つねにあらゆる可能性に向かって開かれているということこそ、真正な生のあり方であり、生の真の頂点というか充実だからである」
「十九世紀のような頂上の時代の安心感は、一つの視覚的幻想であり、その結果は、自己の方向を宇宙のメカニズムにまかせ、自分自身は未来に無関心になってしまう結果を招くものである。進歩主義的自由主義もマルクスの社会主義も、ともに、自分たちが視覚的未来として望んでいるものが、天文学におけると同じような必然性によって、まちがいなく実現されることを前提としている」
(この本が書かれた時代において)「サンディカリズムとファシズムという表皮のもとに、ヨーロッパに初めて理由を示して相手を説得することも、自分の主張を正当化することも望まず、ただ自分の意見を断固として強制しようとする人間のタイプがあらわれた。」
「・・・彼らは意見を主張しようとするが、あらゆる意見の主張のための条件とい前提を認めようとはしない」
「大衆人は、自分がその中に生まれ、そして現在使用している文明は、自然と同じように自然発生的なもので原生的なものであると信じており、そしてそのこと自体によって原始人になってしまっているのである」
「・・・文化の基本的価値など彼には興味がないのである。彼にはそうした価値に共同責任を負おうともしないし、その価値に奉仕する心構えもない」
「・・・(大衆人は)国家という組織が不安定なものであることに気づかないし、自己のうちに責任を感じるということがほとんどないのである」
「大衆人は国家を観て、国家に感嘆する。そして国家が現にそこにあり、自分の生を保証してくれていることを知っている。しかし彼は、国家は人間の創造物であり、幾人かの人間によって発明され、昨日までは確かに人間にそなわっていたある種の徳性と前提条件によって維持されてきたものであり、明日には雲散霧消しえtしいまうかもしれない、という自覚はもっていない」
「シュルレアリストは、他のひとびとが『ジャスミンとか白鳥とか半獣半人とか』書いたところに、書く必要もない一言を書きくわえ全文学史を彫刻したと信じ込んでいる。しかし彼がやったことといえば、今までゴミ捨て場にうち捨てられていたもう一つの修辞学をひっぱりだしてきた以外のなにものでもないのは明らかである」
「人間の生は、その本質上、何かに賭けられていなければならない」
「生きるということは、一方においては、各人が自分で自分のためになすことである。しかし他方においては、そのわたしの生、わたしだけにとって重要な生が、もしわたしがそれを何かに捧げているのでなければ、緊張も『形』も失い弛緩してしまうのである。近年、献身すべき対象をもたぬために、無数の生が自らの迷宮のなかに迷い込み消えていくという恐るべき光景を目撃してきた」
「創造的な生は、厳格な節制と、高い品格と、尊厳の意識を鼓舞する絶えざる刺激が必要なのである」
「今日、『ヨーロッパ人』にとってヨーロッパが一つの国民国家的概念たりうる時期が到来している。しかも今日そう確信することは、十一世紀にスペインやフランスの統一を予言するよりもはるかに現実的なのである。西欧の国民国家は、自己の真の本質に忠実であればあるほど、ますますまっしぐらに巨大なる大陸国民国家に発展してゆくことであろう」
Posted by ブクログ
ヨーロッパの没落原因として 大衆を批判し、統合ヨーロッパが支配する世界を望んでいる
ちくま学芸文庫 オルテガ 大衆の反逆
タイトルは、「慢心しきったお坊ちゃん」である 大衆に対して、自ら行動を起こし、自分の運命に反逆せよという意味。煽っているように読める
第二部「世界を支配しているのは誰か」まで読むと、リベラル感や生の哲学は薄まり、ヨーロッパ中心主義な論調
歴史意識、「生の哲学」、国家 についての名言は多い
*歴史とは自分の背後に多くの過去〜経験を持つこと
*未来が過去に勝つのは、未来が過去を呑み込むからである
*予測しえないこと、あらゆる可能性に向かって開かれていることこそ真正な生のあり方であり、生の頂点や充実である
*生きるということは〜現在のこの世界の中に自己を見出すことである。われわれの世界は、われわれの生を構成する宿命の広がりなのである
*生とはすべて、自己自身たるための戦いであり、努力である。わたしがわたしの生を実現する上で直面する障害こそ、わたしの能力を目覚めさせ、行動を喚起するものである
*国家を守ることによって、われわれが守衛するのは、われわれの明日であってわれわれの昨日ではない
*国家は、歴史的なもろもろの力の組み合わせが一つの均衡状態に達したことを意味している
*国家は、出生を異にするもろもろの集団であるが、共存を強制される時に初めて生まれるものである
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