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Posted by ブクログ
これは私も『米澤屋書店』からたどりついた本、というか漫画です。ということで杉浦日向子さんの作品を初めて読みました。お名前は知ってますけど、と調べてみたらもう随分前にお亡くなりだったんですね。
江戸時代後期の下町の庶民の日常を描いたもの。葛飾北斎という日本史に名を遺す浮世絵師の周辺の人間模様を中心とした限定的なもの。北斎の娘お栄が主役というわけではないようですが、この作品は女性目線で描かれていると思います。
北斎の作品は応為(お栄)の代筆と言われているものも散見されており、それらしいことがこの話にも織り込まれている。どこまで史実でどこからが創作なのかはわからないが、元々作者は時代考証を仕事にしようとしていたような方なので、こちらが考えるよりもずっと史実に忠実に描かれているものと思われる。だからこそ生活感のある描写になっているのだろう。少女漫画臭は全く感じられず、江戸時代の庶民を淡々と描いている漫画は他にあるのだろうか。とても新鮮だった。
作品とは関係ないが、以下応為についてWikipediaに書かれていること。
(応為の弟子の)露木が「先生に入門して長く画を書いているが、まだうまく描けない」と嘆いていると、応為が笑って「おやじなんて子供の時から80幾つになるまで毎日描いているけれど、この前なんか腕組みしたかと思うと、猫一匹すら描けねえと、涙ながして嘆いてるんだ。何事も自分が及ばないといやになる時が上達する時なんだ」と言い、そばで聞いていた北斎も「まったくその通り、まったくその通り」と賛同したという。
個人的にちょっと行き詰っているところだったので、励みになりました。もう少し頑張ろうっと。
Posted by ブクログ
下巻まで読んで、どんな漫画なのかやっと理解できたかも。
大変味わい深い作品。江戸の理不尽さや親切、愛憎をあっさり描いているのがよかった。
現代人の方がジメジメしている。今の時代の価値観と比べるのも面白い。
応為の火事好きの話や、色気のある絵を描くために女と遊ぶ話、家族の話など、応為の機微に触れられた下巻。
江戸の風情が嫌味なくさらりと描いてあり、漫画らしく一コマが目に焼きつくということも多かった。説明ではなく絵で語る。
火事を見にいくとか、死体を見たいとか、今だと確実に不謹慎だと言われることも、特別非難されることがなかった時代。そのぶん、理不尽もたくさんあっただろうけど、自由さを感じた。
やっぱりXやなんかで無関係な第三者が問題発言のその言葉一つを持って集中砲火する現代って、なんか不自由だなと思う。
自分も火を見るのが結構好きなので、応為の火事が好きという気持ちはそれなりに共感できる。
でも、現代だと必要以上に危険視される趣味になるだろうな。
追い剥ぎに合う話も印象的。
冬の寒い時期に必死に追い剥ぎをする男に、特に困った様子もなく衣服を差し出すシーンがなぜか目に焼きついた。
この漫画で北斎や応為、英泉を知るというのはなく、あくまでも画家を生業とした彼らの人間らしいやりとりがメインの漫画だったのだけど、シーンからシーンに映るときの絵画的な表現も印象的だった。
下巻で終わりなのが勿体ない。
Posted by ブクログ
漫画だけれど本棚に入れる。
昔、読んだ気もするが、その頃は響かなかったのだろう、記憶がない。今読むと、これはもうぴたりと心にはまって、味わいもまた格別だった。
お栄と北斎の小説は朝井まかてさんの『眩』 (くらら) で読んでいて、のちに宮崎あおいさんでドラマにもなった。そのお栄は、気の強い、凛としたイメージだった。ここにいるお栄さんはもう少したおやかで、自分の画風に悩んだり、ほのかに恋心を抱いたりもする。結婚していたこともあるらしいが、そのことは描かれておらず、それ以前の話のようだ。
北斎とお栄の他に、歌川派の絵師なのに、なぜか北斎の家に居候している善次郎という男がいる。お栄からはへたくそ呼ばわりされて、絵の腕は今ひとつだが、春画は人気があるようだ。北斎が家に置いているのだから何か見どころがあるのかもしれない。女好きの、この男がいることで物語が膨らむ。ちなみに、お栄からは男と意識されていない。善次郎が拾ってきた犬も同居している。
実在の絵師や、実際にあったエピソードもあるし、北斎以外の、お栄の家族も出てくる。妖怪、怪異を交えたエピソードもある。江戸の暮らしや言葉遣いも忠実で、北斎の長屋の散らかり方もリアル(笑)杉浦日向子さんの描く江戸は基本的には平和で、読んでいて安心感がある。
Posted by ブクログ
葛飾北斎、その娘のお栄らを主役に据えた、江戸情緒あふれる短編漫画集。
個人的に好きだったものをいくつか挙げてみる。
「番町の生首」(其の一)は、武家の娘の悲恋だが、いかにも実際にあった事件を下敷きにしていそうである。「龍」(其の五)はタッチの異なる絵を組み合わせて、現世と妖しい世界を行ったり来たりする様に目眩がするようだ。「女弟子」(其の八)はスッポンの怪しさと女の妖艶すぎる美しさがもの凄いほど。「四万六千日」(其の十一)は江戸情緒漂う、ちょっといい話である(以上、上巻)。
「女罰」(其の十七)は、かわいらしい怪異譚。「離魂病」(其の二十)は中国の怪談が元である。「美女」(其の二十三)もいかにも中国の怪談を彷彿とさせる。こちらは寂寥感が印象的である。「因果娘」(其の二十四)は美しい娘にとりついて離れないものがある奇妙な話。「山童」(其の三十)は神隠しの話である(以上、下巻)。
中国の怪談や遠野物語、馬琴の伝奇小説を思わせる奇譚もあり、不思議な味わいである。
作者の分身であるようなお栄もよいが、北斎の「食えない親爺」っぷりもよい。
全30話を収めるが、いずれも短編であることもあり、さらに新たな話が加わってもまったく不思議ではない。だからこの作品は未完である、と思ってもよいのかもしれない。
北斎もそして杉浦日向子も、三千世界のどこかで、あやかしたちと渡り合いながら、今でもあれやこれやと絵を描き散らしているのかもしれない。
そう、散れば咲き、散れば咲きする百日紅のように。
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