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Posted by ブクログ
四国、それは『死国』へと通じる。
四十八カ所の霊場を死者の年の数だけ逆まわりすれば、すなわち「逆打ち」をすれば死者は甦るという。
東京で生活に疲れた主人公の比奈子は郷里である高知県の村に帰る。幼友達とも再会、初恋の相手、文也とも再会し淡い恋の記憶がよみがえる。しかしいつも一緒で一番仲の良かった莎代里は事故死していた。しかも比奈子が東京へ転校していったすぐあと。まだ中学生だった。
莎代里は口寄せ巫女の家系に生まれた。村人は何か困ったことがあると先祖の霊を呼び出し、そのお告げを解決への指標とした。その際に依り代となる役割を莎代里の家の女が代々担ってきた。しかし、莎代里が死んでしまったことによってその役割を担う後継者が絶えてしまった。莎代里の母は、その後、狂ったように遍路を繰り返すようになる。逆打ちだ。そしてついに莎代里が亡くなった年と同じ回数を逆打ちし終えた。
そのあと、比奈子のまわりで次々と不可思議な現象が起こりはじめる。
莎代里は本当に甦ったのだろうか・・・
莎代里の母の奇怪な言動、村人が見たという死んだはずの人の姿、老女の頭に次々と甦る忌まわしい記憶。ざわざわした空気が村全体を包みだす…
土着的な伝承と土佐弁で編む類い稀な表現力で、払っても払っても、まとわりつくように寒気が体から離れない。稀にみる傑作だ。毛が逆立つ感覚を何度も味わう。女性ならでは耽美的な表現も妖しく、男性作家ではこうは書けない。
気に入った本はたまに再読するが、『死国』は、最近面白い本がないな〜、と読書意欲をなくしたときに真っ先に頭に浮かぶ本で何年かに一度は読む。今回が5回目の再読だった。
ご存じの方も多いと思うが、『死国』は夏川結衣主演で映画化されている。本の表紙の幽霊は栗山千秋。
映画はひどい出来だった。霊魂が甦る幽霊と、死体が甦るゾンビを勘違いしていた。ゾンビ映画は視覚と痛覚を刺激するが、幽霊は聴覚や触覚や想像力で補って感じるものだ。見えなくてもいる(感じる)もの。全然違う。ゾンビは肉的で質量があるが、幽霊は気配で、溶け込んでいるから質量がない。
映画化なんてしなけりゃ良かったのに。原作を冒涜している。
この本は絶対にまた再評価される日が来ると思う。
Posted by ブクログ
リング2とセットで映画になり、あまりの怖くなさに興ざめしてしまった人も当時多かったであろう。
蘇らせてくれて母親に抱きついて背骨を折り、昔好きだった人の背骨も折る…鯖折りホラー。
いやいや、やはり原書を読むべきなのです。
四国八十八箇所を逆回り(逆打ち)して、亡くなった娘の生き返りを願う母、
昔は陰キャで、東京で売れっ子イラストレーターとなり、いい女全開で故郷に凱旋する主人公、
そして、亡くなった幼馴染と、2人から好かれていた朴訥とした役所勤めの男性、
ここまでは同じですが、原書は見事に、四国の隔離された村の閉塞感、閉ざされた中でのみ人の一挙一投足がすぐに知れ渡る陰湿さ、そして各村人の抱えた鬱積、主人公の村人を常に見下した態度、すべてが見事な描写で描かれ、
四国がなぜ死国か、の事実ではなかろうかと思ってしまうほど見事な神話的俗話。
章が変わると、唐突な変貌が出てくるのは目をつぶるべきかわざとか、いずれにせよ、小説の世界にはどっぷりとハマることができる。
「あんたの同情なんていらない」し、「もっと生きたかった」、亡くなってしまった無念と、リアルな心情の吐露が良い。
まぁ、ラストはこうなるよね、となりながら、
ところで、石柱を倒したら死後の世界に帰れ、
逆打ちをまた始めてるけど、
結局あの石柱を引き上げて立てたことが始まりなら、逆打ちしたかどうかは関係なくないですか?
なんて野暮はいらず。
横溝正史から始まり、現代ホラーには三津田信三がいる因習モノ。その途中の大きな楔としてあったであろう、良書。
Posted by ブクログ
小中学生の頃に深い恐怖に陥れられた映画「リング」。その続編の「リング2」と同時上映された作品が、この「死国」だった。「リング」、「リング2」は強烈な恐怖として記憶に残っているのだが、この「死国」は栗山千明の美しい黒髪と切れ目の妖艶さの印象が強く、内容を漠然としか記憶していなかったので、原作を当たることにした。
本作は、「四国=死国(黄泉の国に最も近い場所)」の古代伝承(解釈)を基にしたホラー小説。
高知県の矢狗村という田舎が舞台の中心。村の口寄せ巫女である照子は、亡くなった娘(莎代里)を甦らせるべく「逆打ち(=四国八十八ヶ所の霊場を死者の歳の数だけ逆に巡る)」を行う。その最中、主人公である比奈子は小学生時代に過ごしたこの村に東京から帰郷する。東京での愛人関係に悩まされる生活から離れ、静かな故郷に帰郷し、仲の良かった莎代里と再会することで心機一転を図ろうとするが、そこで知らされる莎代里の死。意気消沈する比奈子の前に初恋の相手である文也が現れ、恋に落ちる。東京での愛人関係に終止符を打ち、文也との恋を成就させたいと願うが、比奈子らの周囲で不可思議な現象が起こり、死んだはずの莎代里の気配が纏わりつく。そして今――――死者が甦る。
「死者を甦らせること」≒「隠されたものを暴くこと」として描かれていたように感じた。前者は神を汚す冒涜的行為、後者は不用意に行ってはならない行為(「知らなければ良かった莎代里の比奈子への感情」、「愛人を見捨てた過去を思い出してしまう村の老婆」、「意識が無いと思っていた患者に対して行っていた行為を患者自身によって暴かれる看護師」など)、どちらも(程度の差はあれ)”禁忌”として。
(作中の言葉を借りると、)生きている人は、程度はどうあれ、誰もが「亀の甲羅」を被っている(=自身を隠すことで身を守っている)。それを不用意に暴くこと、それは静かに眠る死者を起こすが如く、危険な行いなのだ。
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