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ある企業が他社と違うことをやって利益を出していたとしても、他社に真似されてしまえば違いはなくなり、利益もまたなくなってしまいます。にもかかわらず、強い企業は依然として強い。競争がある中で、なぜある企業は他社を上回る利益を持続的に生み出せているのか。 この大きな問いを前にして、著者の論考を一冊にまとめたものが本書です。
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Posted by ブクログ
この本を通して著者の言いたいことが一貫しており、読めば読むほど肉付けされていく感触が気持ちいい。 ただ働いているだけでは分からない"経営"とは何かの全てが詰まっている。
経営学者 楠木建が、経営戦略について述べたエッセイをまとめたもの。全体を「戦略」「経営」「対話」に分類してまとめている。説得力があり、とても勉強になった。「対話」で出てくる企業経営者の話も興味深い。 「「競合他社に対する違いをつくる」、ここに競争戦略の根本があります」p3 「競争戦略の要諦は業界...続きを読むの中で独自のポジションを確立することにある。言い換えれば、顧客からみて、「ベター」ではなく、「ディファレント」な存在になるということだ」p11 「(米キャピタル・グループ社長 マイク・ギトリン)「日本企業の変化は本物」だとしつつも、「すべての企業が変化しているわけではない。投資先選びで重要なのは特定の業種ではなく、個々の企業の経営者だ」とコメントしている(2024.2.27)」p13 「企業は3つの場で評価される。競争市場と資本市場と労働市場だ」p15 「19世紀のゴールドラッシュ時代の「金鉱掘るよりジーンズ売れ」は日陰戦略の古典的な例だ」p23 「需要サイドからイノベーションを考えると実は保守思想がものを言う。技術は時として非連続だが、顧客の需要は本質的に連続しているからだ」p31 「表面的には巣ごもり需要の追い風で伸びているように見えるのですが、それは本質ではありません。それ以前からずっと磨きをかけてきたアイリス・オーヤマの戦略に風をとらえる力があった。このことがより重要です」p40 「どの企業も、もともとは何かしらの事業を顧客に提供したくて組織をつくったはず。組織を存続するために事業を開始した会社は1つもない。しかし長く経営を続けていると、組織が事業をするための手段ではなくなり、組織を維持することが目的で、事業がその手段になるという逆転現象が起きやすくなります。それは結果的に組織をむしばんでいくのです(大山社長)」p47 「「全員から好かれている」は「誰からも愛されていない」に等しい」p67 「(経営者と担当者の違い)優れた競争戦略は組織的分業からは生まれない。戦略は「部署」ではなく「人」がつくるものだ。本社中枢の「経営戦略室」や「経営企画室」といった部署のスタッフはそもそも戦略を構想する任にない。戦略はあくまでもその事業の経営者がつくるもの。経営企画部門はそういう経営者がいるという前提で、経営者をサポートする「担当者」に過ぎない」p91 「独自のポジションを取るということは、他社がしないこと、できないことをやり、顧客にとって新しい選択肢を示すこと」p101 「「そう簡単には変わらないもの」、ここに「本質」の本質がある。ビジネスは変化の連続だ。しかし歴史に目を凝らすと、一貫して変わらないものが見えてくる」p118 「「納税」が企業の最大の社会貢献だというのが僕の考えです」p134 「(ノルウェー銀行インベストメント・マネジメント)「これからは適切で透明性のある税務を期待する」という宣言を出しています。実際に基準に合わない租税回避をしている7社を投資対象から外しています」p135 「経営者が長期利益を真剣に考えて突き詰めることが、結果的にESGやSDGsを満足させる最善の道だというのが僕の見解です」p136 「人間は目に見えるものに引っ張られがちなので、どんどん短期的な思考に流れていってしまう。そうならないよう、長期的な視点で的確に物事を判断していく役割を金融機関に果たしてもらいたいのです」p163 「「決める人」をトップに選ぶ。一旦決めた以上は、その人の好きなようにやってもらう。もし「この社長、まずいな」と思ったら、ほかの人に替えればいい。この割り切りが、日本ではできてません」p165 「経営は「人による」ということは本質的に科学ではない(自然科学の法則のようなもので判断や評価できない)」p166 「(商社での経験)グローバル化に必要なのは「グローバル人材」ではなくて事業経営者。すなわち、海外に出ていって、ゼロから商売を立ち上げる、もしくは商売丸ごと動かせる人の存在です。日本に限らず、この意味での経営人材はもっとも希少な経営資源です。日本企業のグローバル化の最大の障壁は、グローバル人材の不足ではなく、経営人材の不足にあります」p210 「経営丸ごと経験を得るという意味では、コンサルティング会社よりも、商社の方が適している」p212 「投資家がスタートアップ企業と出資契約を交わす際の雛形契約書を見ると、多くの場合、「1日も早くIPOしろ。できなかったら自分で自社株を買い取れ」とある。これではローンと変わらない。つまり、金融機関やVCは本質的なリスクを取りたがらない。その結果、起業家がリスクを取っている」p216 「(アメリカ企業との交渉)「日本人だからどうせ言ってもわからないだろう」というスタンスで来られるので、最初に戦わなければいけません。2年も3年も経ってしまうと、ただギャップが開いてしまうばかりで、信頼関係なんて作れませんから、早い段階で言いたいことをはっきり言う必要があります」p239 「日本人はイエス・ノーをはっきりさせないところに価値観がありますが、これは駄目なのですよ。はっきり言った方が向こうの連中にとって絶対にいい」p240 「不動産業界は昔からある商売です。特段の技術革新が起きる業界ではありません。一方で「ケモノ道」というか、業界に入らないと経営ノウハウがわからない奥深い世界でもあります」p240 「唯一わかっていたことは、資産は持たず、お客さんから手数料をもらう仲介業は決して潰れないこと。一方、資産を買うデベロッパーは潰れる」p242 「僕も自分のためにやるのだけれど、組織で成果を出すという発想で会社を組み立てようと思っていました。従業員にはそんな発想はなく、自分が稼ぐために従業員がいるという感覚。だから、これは楽勝だと思ったのです」p246 「会社はどうすれば大きくなれるのか。お客様ひいては社会に認められるから、会社は成長できるはずです。以前は「お客さんに時間を使いすぎると生産性が落ちるからやめろ」と平気で言っていましたが、「お客さんのために働くこと」を言葉として社内外に打ち出しました」p247 「不動産営業は若ければ若いほど数字がいいのです。理由は、不動産営業は行動力とお客さんとの接触時間で決まるからです。経験や知識よりも、お客さんと長く接する時間を作れる営業マンが強い。それは、データを取ると明らかです」p256 「これは不動産業界に限ったことではなく、どんなBtoCビジネスでも営業マンの仕事力は、出身大学の偏差値と反比例すると思います。頭のいい人は慇懃無礼だったりしますから。BtoBだったら逆で、相手に優秀であるというアピールが重要だから、偏差値は高い方が有利でしょう。BtoCは、自分がお客さんより下の立場にならないとだめです。お役さんはロジックで整然と説明する営業マンよりも、礼儀正しく感じがいい営業マンを好きになる。人に好きになってもらうと、自然と家も売れるのです(オープンハウス社長 荒井正昭)」p259 「(アクティビストにとっての良い投資対象)典型的に本業はあまりよろしくないんだけれども、過去に儲けた資産とかキャッシュがたんまりあって、株価はめちゃくちゃ安いというような会社ですね」p304 「「相乗効果」や「シナジー」といった言葉を連発する経営者はあまり信用しないことにしています。なぜなら、そういう人の頭の中は、戦略ストーリーが「組み合わせ問題」になっているからです(ストーリーになっていない)」p317 「(多くの人に見られることで生産性が向上)実験の被験者に選ばれて、常に「見られていること」それ自体がモチベーションを上げていたのです。この発見は「ホーソン効果」と名付けられました」p341
著者の本は、一貫した論理で、対談相手の経営者や事業、思考をトレースしていく展開。今回も楽しませていただきました。
色々な文体、色々な掲載元から集められた口語に近い、本音のような書物。どこからでも色んな角度で読めて、実になる。
アイリスの独自性は「ユーザーイン」というコンセプトに凝縮されています。「プロダクトアウト」と異なるのはもちろん、一般に言う「マーケットイン」とも似て非なるものです。ここにアイリスの戦略に僕が痺れる最大の理由があります。 「ユーザー」とは文字通りその商品を使う人、エンドユーザーのことです。「マーケッ...続きを読むト」はユーザーではありません。特定の基準や範囲でのユーザーの集計値に過ぎません。「マーケティング」は文字通りマーケットを相手にしたものです。マーケティングの名のもとにしばしば行われる消費者アンケートからは、マーケット全体の平均値や傾向しか分かりません。だれもが注目する儲かりそうな市場に目を向けます。参入企業が相次ぎ、同質的な競争になり、結局のところ儲かりにくくなります。マーケットインでは定義からして独自性は生み出せません。 アイリスのユーザーインは異なります。洞察力と想像力を駆使して、特定の生活シーンでの一人ひとりのユーザーが確実に「役に立つ」「使い勝手がいい」と実感できるものを創って、作って、売る。そういう生活提案型商品にしか手を出さない。しかし、生活提案型の価値を持つものであれば、カテゴリーや技術に縛られることなく果敢に挑戦する。ユーザーインの商品開発によって新しい需要を刺激し、これまでになかった市場を創造する。結果的にプロダクトアウトならぬ「マーケットアウト」にまで至るのがユーザーインの戦略の妙味です。ユーザーインのコンセプトで一つ一つの商品力に磨きをかけ、長い時間をかけて一歩ずつ事業領域を拡張してきたことが、現在の極端に多品種を手がけるアイリスを形成しています。 メーカーの営業社員はその本能からしてマーケットインの姿勢になります。直接の顧客は問屋や小売店ですから、 営業が流通業者のニーズに反応するのは必然です。しかし、流通(=マーケット)のニーズは必ずしもユーザーのニーズではありません。ここにマーケットインの盲点があります。例えば、多数の製品を扱う問屋は売れるかどうかわからない新製品よりも安定して売れている製品を扱いたいと思うのが普通です。あるいは、単純に安い方を選ぶかもしれません。目先の儲けが計算できるという意味で問屋にとっては合理的だからです。マーケットインはユーザーインではないどころか、かえってユーザーインのチャンスを殺してしまいます。 ユーザーインを駆動するために必要になるのが「メーカーベンダー」というアイリスの独特な位置取りです。アイリスはメーカーであると同時に問屋機能まで内部に抱えています。自社のECはもちろん、ホームセンターのような小売業者に対してアイリスは直接商品を納入し、売り場作りや販促まで自ら行っています。 普通のメーカーであれば工場から出荷した製品がどこにどのように流れているかは分かりません。しかし、メーカーベンダーであればいつどこで何が売れたかが分かります。データの裏付けをもって仮説を立て、商品を企画し、 ユーザーからのフィードバックに基づいて改良することが可能になります。一般に問屋を通さずに直接取引をする動機は中間マージンの排除にあります。しかし、アイリスの一義的な意図はコスト削減ではありません。真のユーザーニーズを流通の都合で歪めたくないからです。店頭活動まで責任を持つことでユーザーニーズへの洞察が磨かれます。 逆向きの因果関係もあります。「問屋を通さない」と「問屋機能を持つ(=メーカーベンダー)」もまた似て非なるものです。小売業者はベンダーに品ぞろえを求めます。ベンダーとして機能するためには一つの製品をたくさん売るだけでは不十分で、小売店の棚を押さえなければなりません。ベンダーとして小売店に選ばれなければ商品の供給経路とユーザー情報の獲得経路が遮断されてしまいます。メーカーベンダーという位置取りは、商売がユーザー視点から逸脱することを防ぎ、ユーザーインのコンセプトを強制する規律にもなっています。ひとつの、ひとつだけの商売の基――独自性の基盤となるコンセプト――が明確に定まっていて、決してブレない。優れた戦略の最も大切な条件です。 第3の、最も重要なポイントは、 本書のタイトルにある「仕組み」です。 考えてみればある企業の競争優位が長期にわたって持続するというのは不思議なことです。儲けるよりも、儲け続ける方が何倍も難しい。なぜならば、競争があるからです。ある企業が高いパフォーマンスを達成していれば、 ごく自然に他社の関心を集めます。好業績の背後にどのような戦略があるのか、誰しも興味を持って注目します。 利益ボテンシャルに富んだ市場セグメントや好業績をもたらす戦略ポジションはすぐに世の中に知れ渡るところとなります。コンサルティング会社はさまざまな企業の成功要因を分析し、ありとあらゆる知識を提供してくれます。 一時的に成功したとしても、その戦略はいずれ模倣されてしまい、その結果、競争優位を長期的に持続するのはますます困難になるはずです。 しかし、現実はそうなっていません。競争優位を長期的に持続する企業が確かにある。その最たるものがアイリスです。四方八方から戦略を注視され、模倣の脅威にさらされながらも、長期にわたって競争優位を維持し、「いかなる時代環境でも利益を出」し続けています。これはなぜか――僕はこの問題についてずっと強い関心をもち、 持続的な競争優位の正体について思考を巡らせてきました。そのうちに、従来見過ごされていた論理があるのではないかと考えるようになりました。それが「ストーリーとしての競争戦略」――個別の打ち手ではなく、それらが一貫した因果論理でつながっているストーリーの総体にこそ競争優位の源泉がある――という視点です。アイリスはストーリーとしての競争戦略のほとんど完璧な事例を提供しています。 戦略ストーリーは業務や取引の体系ではありません。論理の体系です。先述したように、アイリスの戦略ストーリーの最上位にはユーザーインというコンセプトがあります。ユーザーインである以上、ベンダー機能を自社に持つ。メーカーベンダーだからこそユーザーインが実現できる。この論理がアイリスの戦略ストーリーの主軸になっています。 アイリスのさまざまな「仕組み」は、すべてこの基幹となる論理から派生しています。裏を返せば、個別の仕組みに注目しているだけではアイリスの強みの正体は分かりません。仕組みをばらばらに取り入れても、アイリスの競争力は手に入りません。 例えば、毎週月曜日のプレゼン会議。2万5000点にのぼるアイリスの商品を生み出す原動力であるこの仕組みはよく知られています。同じような会議を取り入れる会社も少なくありません。それでも、アイリスのような成功にはつながっていません。なぜでしょうか。アイリスの仕組みは戦略ストーリー全体の中ではじめて機能するものだからです。 プレゼン会議だけではありません。「ICジャーナル」を使った情報共有、伴走型の製品開発、経常利益の50% を毎年将来への投資に回し、発売3年以内の新製品の売上高比率を50%とするといったようなKPIの設定――こうした仕組みはいずれもアイリスに独自のユーザーインとメーカーベンダーの文脈においてはじめて意味を持ちます。確かに戦略を実行するうえで仕組みは不可欠なのですが、アイリスでうまくいっている仕組みをつまみ食いしても、期待する成果が出ないどころか、かえってパフォーマンスが低下する恐れがあります。 そこにアイリスの持続的な競争優位の核心があります。アイリスの戦略ストーリーを構成する仕組みには、ストーリーの文脈から切り離してそれだけを見れば一見して「非合理」なものが数多くあります。これがストーリーとしての競争戦略の観点からとりわけ興味深いところです。 高い業績をあげている企業A社があるとします。競合企業B社はA社の戦略を模倣しようとするでしょう。このような状況において、なぜA社の競争優位が持続するのか。従来の競争戦略論は「模倣障壁」の論理に依拠してきました。つまり、B社はA社の戦略を模倣しようとするのだけれども、そこにいくつかの障壁があるので、完全には真似しきれない。だからA社の競争優位が持続するという論理です。 しかし、です。もしA社の戦略ストーリーの中に、B社から見てあからさまに「非合理」な要素が含まれていたらどうでしょうか。B社はA社の戦略を部分的には模倣するにしても、一見して非合理な要素については手を出さないはずです。その結果としてA社の戦略は独自性を維持することになります。 ここでの持続的な競争優位の論理は、模倣障壁ではありません。そもそも競合他社が真似しようという意図をもたないという「動機の不在」にあります。模倣するどころか、他社は合理的な意図を持って模倣を忌避するにれが戦略による独自性(レベル3)の一段上を行くレベル4の競争優位です。レベル4にある戦略は、競争優位の持続性という点で徹障壁という防御の論理よりもさらに強力です。今のところ僕はこれが究極の競争優位の正体であると考えています。アイリスの競争優位はこのレベルにあるというのが僕の見解です。 コロナ禍が本格化して、アイリスは即座にマスクを増産し、売上を伸ばしています。2011年の東日本大震災のときも、震災発生の2週間後にLED照明の大規模な増産に踏み切り、これをきっかけに市場で支配的な地位を獲得しています。即断即決の瞬発力といえばそれまでですが、こうしたことが可能になるのはあらゆる設備の稼働率を意図的に7割以下に抑え、わざと生産能力に余裕を持たせているからです。しかし、稼働率を意図的に低くするということそれ自体は明らかに非効率です。しかもアイリスは部品から内製化しています。市販されている標準部品を使った方がコストの点でも機動力の点でも合理的であるように見えます。 そもそも自社生産をしていること自体が表面的には非合理です。売上高新製品比率をKPIとし、新しいニーズをとらえた製品を次々に市場化するのであれば、自社工場を持たず、生産を外注するファブレスメーカーである方が合理的に映ります。資産も軽くできます。現実にほとんどの企業は柔軟性を確保するための手段としてファブレスを選択しています。 メーカーベンダーにしてもそれ自体では非合理な面が多々あります。問屋相手の商売であればケース単位で出荷できます。しかし、ホームセンターに直接出荷するとなると、製品1個単位の発注形態になります。売り場の面倒まで見なくてはなりません。実に手間がかかります。 メーカーベンダーであるアイリスは顧客が欲しいものを迅速に供給しなければなりません。そのため、工場を物流拠点としてとらえています。生産効率だけで工場立地を決めないということです。日本国内では、高速道路へのアクセスなど物流立地を勘案して生産を9つの工場に分散させています。これにしても、生産効率だけを考えれば非効率な面があります。 こんなに「非合理」なことをやろうという企業はまず出てこない。ところが、本書をじっくり読めばわかるように、ユーザーイン→メーカーベンダーという補助線を引いてみれば、一見して非合理な打ち手(仕組み)がストーリー全体の中で他社が真似できない合理性に転化しています。 第1の説明は、PDSの戦略の模倣障壁に注目するものだ。PDSの収益性が高いことは業界で知られている。PDSが個々の具体的な施策として何をやっているかは見ればわかる。しかし、戦略の起点にして終点にあるコンセプトは模倣が難しい。ここに模倣障壁の基盤がある。PDSがあれやこれやの打ち手を繰り出して実現している 「気がイイ場所」という統合的な顧客価値はそう簡単には真似できない。本質的な顧客価値を要素に還元して説明できないということは、競合他社にも競争優位の実体がつかめないということを意味する。「気がイイ場所」をもたらしている原因が特定できない。あまりに複雑性が高く、個別の打ち手との因果関係が判然としない。顧客にしてもPDSのホテルやレストランやウェディングの「何が良いのか」を説明できない。したがって、類似の価値を提供する他社を思いつかない。PDSの提供する空間がその顧客にとって他に代替できない特別のものとなる。 PDSのメニューや店舗デザインを真似することはそれほど難しくない。現に、競合他社の中にはPDSの商品や店舗設計をあからさまに模倣しているところもある。しかし、そうした表面にある要素を忠実になぞるだけでは、 「気がイイ場所」は再現できない。 とりわけ模倣が難しいのは、PDSの競争力の中核を支える人材だ。特定の分野でのスキルを持つ人材ならば、 コストさえかければすぐに獲得できる。スキル開発の方法や定型的な評価システムも用意されている。しかし、センスを見極め、「イイやつ」を採用し、日常の仕事の中でセンスが育つ土壌を耕すマネジメントは一朝一夕ではできない。きわめてノウハウの密度が濃い。膨大な人数を相手に手間暇かけた面接をしていく中でしかうまくできない。事実として、PDSはこれを20年間やり続けているのである。 さらに言えば、PDSの積分型戦略には、社内の人材だけでなく、顧客までを巻き込んだダイナミックな好循環の論理が組み込まれている。これが模倣障壁を一層高めている。PDSの店舗は顧客にとって「また来たくなる場所」であり、「一度行ってみたい場所」ではない。利用経験を重ねるほど価値についての顧客の理解が深まり、また来たくなる。来れば来るほど経験が記憶として積み重なり、「気がイイ空間」の価値はますます増大する。他社がPDSに近づこうとしても、その時点でPDSはさらに先を行っているので、追いつけない。 第2の説明は、競合他社の「動機の不在」に注目する。すなわち、「真似できない」のではなく、そもそも真似しようという動機を他社が持たない。もっと言えば、他者の目にはPDSの戦略が「真似したくない」ものに映る。 他社は模倣しようとするどころか、むしろPDSのポジションから意識的に距離を置こうとする、という説明だ。 私見では、第1の模倣障壁よりも、第2の動機の不在にこそPDSの持続的競争優位の正体がある。 戦略の基盤にあるトレードオフは、「あちらを立てれば、こちらが立たず」という論理に基づいている。Aを取れば、Bを失う。Bを選択すれば、Aはできない。このときに、AとBの有効性が同等であれば、単純に「一長一短がある2つのどちらを取るか」という問題になる。これが「普通の(ニュートラルな) トレードオフ」だ。しかし、 競合他社の主観において、有効性がAVBに見える「強いトレードオフ」があったとしたらどうか。Aを取ってB を捨てるのが、(少なくとも主観的には)合理的な戦略となる。 ブランドを統一しなければ、幅広いブランド認知による範囲の経済は手に入らない。個店経営にこだわれば、標準化による効率を喪失する。歴史と文化を背負った特別な物件が出てくるのを気長に待っていれば、急速な新規出店による成長機会を追求できない。人材の供給を新卒採用に求めれば、業界での経験がある即戦力人材に手を出せない。そもそも人手不足になる。キャパシティに合わせて人を割り当てず、人に合わせて客席を減らせば、貴重な資産の回転が犠牲になる。ウェディングの料理や飲み物を充実させると、原価低減のチャンスをみすみす失うことになる――PDSはありとあらゆる側面で一見して非合理に見えるBを選択している。他社は「合理的」な損得勘定に基づいてAを維持し、Bにリポジションしようとしない。したがって、PDSのポジションはいつまでたっても脅かされず、独自性が持続する。ここにPDSの戦略の妙味がある。 しかし、いつまでも成長期が続くわけではない。マクロで見れば、経済が成熟するにつれて、稼ぐ力の源泉は、 企業を取り巻く外部の機会から企業内部でつくり込む独自価値へとシフトするのが一般的な傾向である。「成熟した成熟期」にある日本やヨーロッパでは、○企業よりもQ企業が前面に出てくる。 Q企業の条件は次の5つ。(1)立ち位置(事業領域)を明確に絞り込み、(2)そこで一貫した戦略ストーリーをもち、(3)競合他社と差別化した独自の顧客価値を創出し、(4)それゆえ長期利益を稼ぎ、(5)結果として成長を実現する。○企業が量的成長を一義的に追求するのに対して、Q企業にとっての成長は、長い時間をかけて顧客価値を練磨した結果としての成長である。 企業が空間軸で間口を広く取るポートフォリオ経営であるのに対して、Q企業は時間軸での事業の深掘りで勝負する。時間をかけてその事業を練磨し、他社が容易に模倣できない価値を実現し、それをテコにして長期利益を実現する。 つまり、Q企業のカギは「専業性」にある。洋服のファーストリテイリング、エアコンのダイキン工業、モータ ―の日本電産(現・ニデック)、精密加工装置のディスコ、靴小売りのABCマート、ホテルやレストランのオペレーションのプラン・ドゥー・シー、リゾートホテルや旅館を運営する星野リゾート製造業かサービス業か、 B10BかB10Cかを問わず、いずれも特定の事業領域を継続的に深耕することによって長期利益を稼いでいる企業だ。 Q企業にとっての成長は目的というよりは結果である。ユニクロはこの数年急速にグローバル化を進めている。 確かに海外の成長市場はユニクロにとって重要な成長機会を提供している。しかし、闇雲に機会を求めて海外に進出したわけではない。グローバルな成長にしても、長い時間をかけて磨きをかけた独自の価値が海外でも通用したからだ。一義的に成長を追求する企業とは物事の優先順位が異なる。 だとすれば、カギを握るのは事業経営を丸ごと担える経営者人材の層の厚みだ。ここでいう「経営者」は役職やタイトルの問題ではない。仕事に対する構えの問題だ。「商売丸ごと動かして稼ぐ」を自分の仕事としている人、 それがここでの経営者の定義だ。 ここで大切なポイントは、「経営者」と「担当者」との区別である。優れた競争戦略は組織的分業からは生まれない。戦略は「部署」ではなく「人」がつくるものだ。本社中枢の「経営戦略室」や「経営企画部」といった部署のスタッフはそもそも戦略を構想する任にない。戦略はあくまでもその事業の経営者がつくるもの。経営企画部門はそういう経営者がいるという前提で、経営者をサポートする「担当者」に過ぎない。 担当者の仕事は「ここからここまで」と範囲が決まっている。必要なのはその仕事に必要なスキルだ。財務や法務やITやマーケティングのスペシャリストはそれぞれの分野の知識やテクニックには精通している。しかし、いくらスキルを磨いても、その延長線上で経営者になれるわけではない。この2つの仕事はそもそもカテゴリーが違う。経営者の仕事に範囲も分野もない。担当がないのが経営者だ。 繰り返し強調するが、一度ある事業を立ち上げてしまえば、その後に本社のトップマネジメントができることは限られている。事業の成否はそれをドライブしていく経営者にかかっている。事業経営者の重要性は筆舌に尽くしがたい。 経営者にはセンスとしか言いようがないものが求められる。スキルは育てられるが、センスは育てられない。しかも、スキルに長けた担当者は労働市場から調達できる。一方のセンスには育てるための体系的な方法がない。だから、経営人材は最重要であると同時に常に最も希少な経営資源となる。 通常のEコマースですと、訪問者数や購入金額などをKPIとして追求します。ところがクラシコムはそういうものを重視していません。アクセスする人がオウンドメディアの記事を楽しむことを一義的な目的にしている。 入が起きるかどうかはあくまでも結果。購入金額をKPIに設定してしまうと、かえってライフカルチャープラットフォームとしての魅力を薄めてしまうからです。彼らがひたすら追求しているのは、あくまでもエンゲージメント数。そこがほかのEコマースとは違う。 ここで言うエンゲージメント数とは、例えばSNSのフォロワー数や、ユーチューブチャンネルの登録者数、アプリのダウンロード数を指しています。これらを追求していくと結果的にLTV (Life Time Value)が増大する。 年間のお客さんの平均購入金額はずっと伸び続け、営業利益率15%以上という高い収益性を達成している。商売としてきっちりと儲かっています。 企業の内部に目を向けると、社員の9割が元顧客です。同社が発信する生活哲学に共感したお客さんが、「この会社で自分も働きたい」と入ってくる。「北欧、暮らしの道具店」というライフカルチャーのプラットフォームが、 採用のプラットフォームにもなっている。人材を採用して育成するというより、もともと価値観・世界観が合っている人を探る。この人手不足の時代に採用倍率は200倍です。 こうして見ていくと、クラシコムという会社の商売の組み立ては、2012年にポーター賞を受賞したほぼ日 (受賞時は東京糸井重里事務所)にかなり似ていることに気がつきます。ほぼ日もオウンドメディア「ほぼ日刊イトイ新聞」でいろいろな記事を発信し、それに共感する人たちのコミュニティが作られ、その人々が最終的に何かしらの商品を買っている。 ただし、です。この2つの会社には決定的な違いがあります。クラシコムには糸井重里さんがいない。強力な発信力を持ち、コミュニティを作る軸になる特定個人が存在しない。しかも、「ほぼ日手帳」のように、毎年必ずたくさん売れて、しかもマージンが大きい商品があるわけでもない。ライフカルチャープラットフォームとしてのE コマースが、より高い純度で実現されていると言ってよいでしょう。 この商売を作ったクラシコムの創業経営者が、青木耕平さんです。何を大切に経営しているかと聞くと、青木さんは「自由・平和・希望」と即答しました。まさに卓見です。優れた競争戦略とは要するに何なのか、僕が考えていたことをたった3つの言葉で非常にうまく表している。フランス革命は、Liberté, Égalité, Fraternité 由・平等・友愛。これに対して、優れた戦略は自由・平和・希望だと青木さんは言います。 対概念がないと、メッセージがただのかけ声になります。政治家の発言を見ていると、形容詞と副詞がとにかく多過ぎる。「しっかりと」「スピード感を持って」――――混じりっけなしのかけ声です。意味のあることを何も言っていないのに、ポジティブな形容詞や副詞を連発して何かいいことをやろうとしているような気にさせる。しかも、 だれからも反対されない。なぜなら、どの理を優先し、何を捨てるのかがまったく見えないからです。「頑張ります」と言われて反対する人はいません。言っているほうも気持ちいいし、聞いているほうもいい。とりあえず、なんとなく「やる気」を感じさせて、その場をしのぐ。実に姑息です。 このところ政治家が連発する「なんとしてでも医療崩壊を回避しなければならない」――かけ声以外の何物でもありません。コロナ騒動で感染者が急増するたびに「医療崩壊」という言葉を耳にしました。しかし、それが何を指すのかを多くの政治家は明らかにしません。 大雑把に言えば、医療崩壊とは「医療リソースが不足して十分な医療行為を行えない」ことです。それはわかる。 だとしたら、不足しているのは具体的に何なのか。病床という空間なのか、人工呼吸器をはじめとする医療機器なのか、感染防護服などの消耗品なのか、お医者さんや看護師といった人的資源なのか、あるいは単純にカネがないのか。どこにボトルネックがあり、どこに資源投入を集中し、何を得て、何を捨てるのか。二言目には「国民的な議論を」と言うのですが、ここをはっきりしてもらわないことには議論になりません。 「かけ声をかける」――リーダーが絶対にやってはいけないことの一つです。かけ声は何の構想も戦略も実行もない人の逃げ場に他なりません。かけ声をかけているうちは二流経営者です。 石井『会社という迷宮』にはハッキリと書かなかったのですが、株主や経営者の皆さんにどうしても伝えたいことがあります。何か新しい枠組みをつくろうとなったとき、日本では「まず、公的な機関を設けよう」となりがちです。公的な機関では、何を判断するにも全員の意見を聞いて平均値を取るとか、総意の最大公約数を取ることから始めようとしがちです。そんなところからは「リスクを取る」発想は生まれません。 日本とアメリカの企業の本質的な違いは何か。それは、「決める人」をリーダーに選んでいるかどうかです。日本では、リーダーになると必ずこう求められます。「一つひとつのプロセスを透明化してください」「どんなに小さなことでも説明責任を果たしてください」――。要するに、「決める人」を選ぶ仕組みになっていない。 アメリカのようにリーダーに大きな決定権を持たせないと、「リスクを取って挑戦する」世界を体現できません。 「俺はこの事業に懸けているんだ。これがいいと思うからやるんだ」―――主観を持った経営者こそ、リスクを取って挑戦できます。「決める人」をトップに選ぶ。一旦決めた以上は、その人の好きなようにやってもらう。もし「この社長、まずいな・・・・・・」と思ったら、ほかの人に替えればいい。この割り切りが、日本ではできていません。 株主が企業を評価する際には、経営者が頭の中で描いている将来像をしっかり見定めなくてはいけません。同時に株主には、中立的な視点――「公的」ではなく、「無私」に近い観点が必要です。 注目すべきは、無給の背後にあった経営者としての意思です。20世紀のことは20世紀中に片づける。ため込んだ負の遺産は全部片づけて、2世紀からは大攻勢に転じるというのが丹羽の経営方針でした。 実は、無報酬は私の独断で決めたことです。役員会で話し合って決めたわけでなく、先月十日の取締役会で私から発表しました。その場で一部の役員から「社長だけが責任を取るのはおかしい。私も無報酬でいい」という発言も出た。(中略)「責任はみんなで、ケジメは一人で取ろう。 「責任はみんなで、ケジメは一人で取ろう。みんなの分をまとめて私がやったと思ってくれ」と言って、気持ちだけ受け取る形にさせてもらいました。それでも一部の役員は返上したいというので、 「じゃあその分、僕がもらおうか」と言ってやりました(笑)。 「責任」と「ケジメ」、この2つの言葉は同じ意味で使われがちですが、丹羽ははっきりと区別しています。そもそもケジメとは、連続する物事に区切りをつける、前と後の境目をはっきりとさせるという意味です。 伊藤忠は収益構造を大きく変えようとしていました。「ラーメンからミサイルまで」と言われたように、従来の総合商社は事業の間口を横に広げて、取引の手数料を収益源としていました。バブル崩壊を受けて、伊藤忠は自らリスクを取って投資をし、事業主体となる方向に舵を切ります。ここまでは他の総合商社も同じです。 ただし、伊藤忠と他社には路線の違いがありました。三菱商事や三井物産が、投資が当たればリターンが大きくなる資源ビジネスに向かったのに対して、伊藤忠はファミリーマートの株式を取得するなど、非資源の消費財ビジネスに資源配分を集中します。丹羽は当時、この戦略を「横の総合化」から「縦の総合化」と表現しています。川上から川下まで、伊藤忠の主導で商流を構築する。原料の調達から生産、末端の消費に至るまで、すべての機能に関与していれば、仮にどこかで損をしても全体としてバランスを取って儲けることができる。これが丹羽の戦略意図でした。 「社会性を重んじる経営問題が出てきている。それをぼくはルールといい、企業目的というんだな」と言う木川田に対して、桜田は「ぼくは、それは社会性というより、経済法則そのものの中に組み込まれなきゃダメだっていうんだ」と主張し、議論は平行線のまま終わります。 筆者は桜田に軍配を上げます。サステイナビリティはもはや実需です。社会性を無視した商品や経営はもはや顧客が受け入れません。裏を返せば、顧客価値を真剣に追求する経営は、サステイナビリティの条件を自動的に満たすということです。「サステイナビリティを重視するので、利益はほどほどに・・・・・・」では、本末転倒です。そういう人は株式会社を非営利組織に鞍替えして社会のサステイナビリティに邁進すべきです。 儲けるだけが企業ではありません。しかし、それでも結果の優劣を示す最上の尺度は長期利益にこそある――古今東西変わらない経営の本質にして原理原則です。SDGsにしても、イの一番に来る目標は「貧困の撲滅」です。 誰も反対しない正論ではあります。しかし、経営者たるもの、そんなことを言う前に社員の給料をもっと上げるべきです。それができずに、なぜアフリカの貧困が解消できるでしょうか。 真っ当な競争があれば、長期利益は顧客満足のもっともシンプルかつ正直な物差しとなります。長期利益を稼いでいれば、株価も上がり、結果として企業価値も大きくなる。おまけに法人所得税を支払って社会貢献もできる。 長期利益はすべてのステークホルダーをつなぐ経営の王道です。「ぼくは、それは社会性というより、経済法則そのものの中に組み込まれなきゃダメだっていうんだ」―――半世紀前の桜田の本質を衝いた言葉にはいよいよ重みがあります。 筆者の提唱する「逆・タイムマシン経営論」のメッセージを一言で言うと、「新聞雑誌は寝かせて読め」。歴史に埋もれた過去の記事は、現代を生きるわれわれにとって知恵と洞察の宝庫です。 新浪 相手としては、できるだけ支配されないようにしたいので、後々、「買収時にこう約束したはずだ」と言われてしまう。その結果、日本の経営陣としては彼らに任せるしかなくなるので、知らないところでいろんなことが起こるようになります。 でも本来は、もっと厳しく支配しなければなりません。 楠木 それは新浪さんにとっては、得意中の得意(笑)。 新浪 そうですけど、たいていの日本人はそれができないわけです。日本人は真面目だから、相手がわざと高いポールを投げてきても、「これを受けないと、この人辞めちゃうかな」と、受け取ってしまいます。 でも本当のことを言えば、一定の給料を出せばアメリカではいい人材がたくさん見つかるので、辞められても別に構わないはずなのですよ。向こうが足元を見て、わざと高いボールを投げてきたら、絶対に受けてはいけない。 日本企業の海外買収があまりうまくいかない理由のひとつは、この点にあると思いますね。 荒井 そんなことはありません。家の説明に経験が必要だというのは思い込みです。「家」という「モノ」の説明ですから、マニュアルで十分。だから、だれでもできる。中でも、能書きを垂れるのではなく、素直で腰が低いタイブが向いています。 これは不動産業界に限ったことではなく、どんなB60Cビジネスでも営業マンの仕事力は、出身大学の偏差値と反比例すると思います。頭のいい人は慇懃無礼だったりしますから。一方、BOBだったら逆で、相手に優秀であるというアピールが重要だから、偏差値が高いほうが有利でしょう。B60Cは、自分がお客さんより下の立場にならないとだめです。上の立場に立ちたいのは、人の本性です。僕も長らくわからなかったのですが、人は自分が上の立場になりたいと本能で思うから、へりくだってくれる人を好きになる。だから、お客さんはロジックで整然と説明する営業マンよりも、礼儀正しく感じがいい営業マンを好きになる。人に好きになってもらうと、自然と家も売れるのです。 楠木 商品の基本的な価値は担保されている。あとは足を使ってお客さんをキャッチし、気持ちよく接するというのが営業マンの役割になる。 荒井 だから、当社の営業マンは頭がいいとはいえませんが、汗はとつぷりかける(笑)。官僚は頭がいいけど、 国民から怒られる。その理由は、僕から見ると、「冷たい」からです。完全にBtoBマインドです。 もっと言ってしまうと、BtoCは「おバカっぽい」のがいいのです。おバカっぽいとは、それだけサービス精神があるということです。お笑いタレントがまさにそう。なぜ、彼らがモテるのかというと、サービス精神が圧倒的に優れているからです。もちろん、我が社には確かな「家」がある。だから、あとはサービス精神さえあれば、売れるのです。
長期的利益の本質こそが企業の社会的貢献のど真ん中。そのために、勝負できる土俵に資源を集中し、長期的利益を生み出す事業を作ること。 当たり前だけど、それを明確に言語化するのが難しい。どのエピソードにも納得させられるし、説得力があってとても学びが多かった。
企業の目的は長期利益を実現し、納税すること、長期利益を得るには持続的な競争優位が必要で、顧客価値めがけて、順列で並べてストーリーでつなげる、その中に、一見不合理で誰もやらないようなものが入っていることで、真似できない戦略になる。 買いたい、と思ってしまったら、高値で買う理由を双方がつけてしまう
新規の経営ノウハウもすぐ模倣され、ほとんどの事業領域がレッドオーシャン化する昨今において、自社の独自性と目的を戦略的に追求して長期利益を生み出し続けるための論理。 対概念などは少し難しかったが、アイリスオーヤマの競争戦略などは特徴的で面白かった。
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