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Posted by ブクログ
安政6年(1859年) 山の峰から一里半(約6キロ)を大凧(グライダー)で飛んだ男がいた。リリエンタールのグライダーより32年も早い。しかしその快挙は賞讃されず、怪しげな術をつかう者として囚われの身に。そして死ぬまで座敷牢に閉じ込められ、しまいには狂ってしまった…
というのが「キテレツ大百科」の第1話に載っている「キテレツ斎」の話。
藤子・F・不二雄氏は、たぶんこの小説の主人公「浮田幸吉」の逸話を知っていて、キテレツ斎のエピソードとして採用したのだろう。キテレツ大百科の雑誌連載は、いまから40年くらい前。「浮田幸吉」は日本人の99%は知らないと答える、とんでもなくマイナーな人物だと思う。それでも藤子先生は知っていたわけで(あくまで推測)、つくづく博学な方だったんだなあ、と今さらながら感動している。
幸吉は1757年、岡山の八浜にある旅宿桜屋の当主浮田瀬兵衛の3男1女の次男として生まれた。7歳で傘屋に奉公に出て、14歳で岡山城下の紙屋に移った。持ち前の器用さを発揮し、表具師としてメキメキと頭角を現し、腕の良いものだけがその格を得る「銀払い」の表具師として、金銭的にも富んでいく。そのまま一生つつがなく暮らしても、誰からも羨まれる境遇だったに違いないが、幸吉にはある夢があった。
鳥のように空を飛びたい。
彼は夜な夜な、自らが拵えた大凧を持って、橋の上から飛び降り、試験飛行を繰り返す。失敗つづきで勢いよく川に落ちるので、大きな音で人に気づかれるが、なにせ暗闇だから「身投げだ!」とか「酔っ払いが落ちた!」「河童が出た!」などの噂だけが広まる。水死人が浮かぶわけではもちろんないので、みな不思議に思う。そのうち幸吉の広げる大凧の影を見る者も現れるが、まさか鳥の真似ごとをしている人間がいるとは思わないから、これは鵺の仕業に違いない、と人々が口にするようになる。
鵺はお上の政治が乱れたときに現れるとされる妖鳥だ。、人々は鵺の出現に世直しの気運を高める。幸吉の思惑とは別に、幸吉の行為はお上にとっては体制批判を扇動する危険な行為に映った。
そしてついに彼は人々を扇動した危険人物として捕らえられてしまう。
さあ、その後の彼の人生は如何に! キテレツ斎のように狂死してしまうのか…
実はここから物語は面白くなる。
でも、これ以上ネタばらししたくないから書かない。
ラストはとても感動した。この後の幸吉の人生の紆余曲折も全て、このラストへと収斂されていくための艱難辛苦だったんだと思うと、涙腺が緩んだ。
男は夢を追い続けることに憧れるが、ほとんどの男はできない。だから夢を追い続ける男に自らの夢を投影させる。
最後まで読んだ人には、たぶんこの意味がわかると思う。
Posted by ブクログ
本作を読む直前に読んだのが、事を成した人物を描いた『天地明察』で
ちょっとご都合主義的な展開に物足りなさを抱いていたのですが
これはそんな自分の期待をはるかに超える傑作でした。
ただ、惜しむらくは日本初の飛行体験とそれを成した備前屋幸吉(浮田幸吉)を
描いた小説なのか、江戸時代後期に自分の信念を持って力強く生き抜いた
備前屋幸吉、巴屋伊兵衛、平岡源太郎の3人による歴史群像劇であり、
同じ時代を生きた3人が影響を受け合いながらそれぞれの生を送った
という小説なのかが判然としない点。
個人的には第2部も面白く読んだものの、
第1部、第2部、第3部で一貫したテーマで貫かれていたとは言いがたく
焦点がブレてしまった感は否めない。
自分としては、いろんなものに縛られつつも、
それに目をつぶりさえすれば日々安寧と暮らしていける生活に
どうしても満足できず、俗人の卑しさ・くだらなさに嫌悪しつつ
どうしようもない渇きと狂気のためにその身を滅ぼしてしまった
男の生きざまが描かれた第1部が一番テーマが鮮明で、
出色の出来だったと思っています。
幸吉が同心たちに家を包囲され鵺騒ぎの一件で
捕らえられようとする場面から始まり、
そこに至るまでの幸吉の幼年期からの人生を描き、
そしてまた幸吉が捕らえられ、すべてを失うシーンで終わる
という構成がすごく良くできているし、
銀払いの表具師として認められ、何不自由ない身となった上は
波風立てずに平穏に暮らしていこうとする弟・弥作と
それにどうしても満足できない幸吉を対照的に描きつつ
幸吉と同類であり、影響を与えた先達として
旅から旅の生活を続ける流浪の砂絵師・卯之助との類似性も際立っていて
第1部は人物の描き方も考え抜かれていました。
「空を飛ぶこと」それ自体が幸吉の夢や成し遂げたいことではなく、
幸吉の中にある何かを満たすための「手段」が空を飛ぶことだという点が
何とも言えず心に残った。
「世間を憂しとやさしと思へども
飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」
という山上憶良の歌に託された卯之助の気持ちを感じ取り
幸吉が自分の心に重ねていったときこそが
幸吉が空を飛ぶことを夢見た瞬間のように思うし、
幸吉の行動原理と初期衝動のすべてが描かれていた
第1部が自分には一番染みた。
それに比べると、第2部は熱量の大きさは感じたものの
テーマが第1部と違いすぎていたし、
第3部は第1部を受けての後日談的な扱いというか
幸吉がついに空を飛ぶというこれまでの物語に
決着を付けるための後始末的な描写のように思えてしまい
本来は物語全体のハイライトのはずなのに
個人的にはちょっとあっさりした読後感となりました。
Posted by ブクログ
ひとつの夢を追い続けることはとても難しいことだと思っている。子供のころ純粋に思い描き形にしようと思う傍ら生きてゆくための暮らしがある。それは年齢を重ねる程に大きな割合を占めるようになり、強く願っていたことは次第に生活の中次第に色色あせていってしまうことが多いのではないだろうか。そのため「夢は夢」…そんな切ない言葉がつい口を衝いて出てしまう。それは単なる言い訳なのかもしれないと、この本を読んで考えてしまった。
例えば生活の中、薄れてしまったとしてもいつまでもその思いを胸のどこかで温めていることで描いた夢へと向かうことが出来る瞬間を見逃すことなく進めることは出来るのだと思う。その時はとても勇気が必要となるかもしれないけれど夢を叶えるということは、何かを犠牲にする「勇気」や「ちから」が必要なものなのかもしれない。
そんな風に夢を持ち、夢へと向かう姿は他者からの目にも輝くものが見て取れ、それがその人の魅力となり、またその姿を見た人の希望にも変わる。誰かの夢が誰かの夢の手助けをする…そんな連鎖が続いていく。夢というものには、そんな不思議な力が宿っているようにも思えた。
この「始祖鳥記」は、そんな夢が夢を呼び忘れかけていた希望を手にして行く男たちのお話。またこのお話は実際にあった出来事をモデルとしたもので、この時代にとんでもない夢を持った人物がいたということに驚く。
夢は風を見極め掴むこと。
共に夢を見てくれる理解者。
そして何より飛び立つ勇気と羽ばたく力強さ。
それとほんの少しの運。
これらが重なったときに形をなすのかもしれない。
その運は単なる「運」ではなく夢に対する自身の思いが運んでくる「運」でそこには必ずひとがついてくると思う。そう考えると「夢を描き続けること」それこそが夢を叶えることに繋がるのだろう…
そんな風に自分の中で眠ってしまった夢を再び思い起こさせてくれる素敵な本だった。
Posted by ブクログ
一万円選書9冊目、最後の1冊でした。
冒頭を読んで読みにくく感じ、一度投げ出してしまいました。
二度目に読み始めると意外とスラスラと読めましたが、その割に時間がかかりました。
時代物だから少し語り口に癖があります。
好きな場面は幸吉が槖駝丸からおり、みんなを山の上から見送るところです。
幸吉と源太郎、そしてみんなの関係性がよく出ていて、思わず笑いました。
幸吉にとっては生きづらい時代だっただろうなと思います。
今よりもっと、普通の幸せを押し付けられて、それを外れることを異常とされてしまう。
幸吉が空から見た景色はどんなものだったんでしょうか。
It’s too long for me to live ordinarily.
Until when, until when.
Posted by ブクログ
【2025年21冊目】
時は江戸天明期。災厄の続く時代、ある噂が駆け巡っていた。鵺が夜な夜な出没し、「イツマデ、イツマデ」と叫んでは時の朝廷を批判しているのだという。その頃、一人の銀払いの表具師が夜な夜な凧を背にしてある挑戦をしていて――「鳥人」幸吉と纏わる人々を描いた歴史長編。
岩田書店の一万円選書で選んで頂いた一冊。最初はなかなか読み進められませんでしたが、話が幸吉だけでなく、彼に影響された人々の話に広がり始めるにつれ、どんどんと物語の中にのめり込んでいきました。
人の感情を書いた作品が好きなのですが、この作品ではわかりやすく感情を書いたシーンはあまりないと言えます。それにも関わらず、人々が挑戦する姿を丁寧に描くことで、その裏にある熱量や思いを読み取れる内容になっていて、何度か、ぐっと涙を滲ませながら読むことになりました。
願いは簡単には叶わないけど、思い続ければ、動き続ければきっと変わることを教えてくれる一冊でもあります。実際に、幸吉がどのような人生を歩んだのかはっきりした文献は残っていないようですが、筆者の筆力によって鮮やかにその生涯を描き切っています。読み応えも抜群、いい一作でした。
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