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Posted by ブクログ
古典部シリーズや小市民シリーズみたいな感覚で読み始めたら、最後にズドンとものすごく重たい話だった。
「ユーゴスラビアってなんか戦争とかしてた辺りだよね」くらいの知識とも呼べない知識しかなく、調べながら読んだ。
“なんか戦争とかしてた辺り”と思ったことが、読後すごく恥ずかしく感じた。
たった一人でも大切な人がいるだけで、何もできないけど、だからこそ心乱れる気持ちを忘れずにいたいと思う。
今だって世界のあちこちで、戦争や紛争が日常の場所があって、それでも日本で知るニュースでは「まだ戦争やってんのか」と感じる程度。
大人になると仕方ないで済ませてしまうこの気持ちを、10代のひたむきな目線で感じられたことはとても貴重だった。
日常の謎や、高校生の日常の描写はいつも通り読んでいて楽しい。
ベルーフシリーズとして太刀洗万智にまた会えるのも楽しみ。
Posted by ブクログ
過去に読んだものでも同じような感動があるとは限らない。だが、過去に読んだ本を再び開いた時、ああ、確かにこの本のここで感動したのだと思い出す事はある。
米澤の作品はいつだって甘くない。甘いものが作品のあちこちに登場するのは今の内に甘いものを食べて苦さに備えておいて下さいよ、という気遣いなのかもしれない。
遠い国からやって来たマーヤと出会うおれたち、そのやりとりは謎と異文化に溢れている。物語は突然、橋を外されたかの如く顔色を変えて結末に向かう。この展開が実にらしいのだが、今の時代を見ると悲しみに胸を打たれる、どころではなく刺されたような気持ちになる。
Posted by ブクログ
太刀洗万智シリーズを逆に読んでしまっている。
最後が1作目で、主役ではない
日常にある謎をメインに高校生による青春も感じさせるが、
ユーゴスラビアのマーヤとの出会いによって社会情勢を取り入れているので『青い』という言葉では終われない。
特に行動力に関していえば、高校生3年生という設定がまたもどかしさを助長させているように思う。
日常という世界から出るのが難しい。
しかし何だかんだ大人も『日常』に縛られている、というのは大人にならないと気付けない。
見た目通りの人間なんて、いない。
それはマーヤでも、太刀洗でも、きっとそうで、
決めつけてかかると痛い目みるよね。
-人間は、 殺されたお父さんのことは忘れても、
奪われたお金の事は忘れません
Posted by ブクログ
「王とサーカス」からの太刀洗女子の逆読み。
米澤さんの「儚い羊たちの祝宴」や「満願」は、とても好きな作品です。
そして、このデビューに近い「さよなら妖精」
初出は2004年。著者の米澤穂信は1978年生まれですから、25、6歳の頃の作品になるのかと思います。そう考えると、驚くほど練れた、深い考察させる小説だと思いました。
遠い東欧の地、ユーゴスラビアから来た少女との数か月。
彼女が日本を去った後、残された言葉の端々から、彼女の国とその現状を考えていく物語となっています。
物語の始まる1991年、旧ユーゴスラビアでは崩壊が始まり、やがてボスニア・ヘルツェゴビナ戦争へとつながっていきます。
遠い国の出来事だったはずの戦争が、日本の高校生たちの思考を一挙に世界情勢へと向かわせる。印象的な展開でした。
サラエボオリンピックが開催されたのは1984年。
当時オリンピック会場だった場所が、のちに荒廃した姿で報道されていたのを、ぼんやりと覚えています。しかし、その背景にあるユーゴスラビアという国の特殊な成り立ちまで、考えることはありませんでした。
本作のミステリーは、帰国した彼女が少しでも安定した場所にいてほしいという願いから生まれる推理でもあります。
言ってしまえば、淡い希望のミステリーです。
今読んでもとても素晴らしい作品ですが、発表当時は少し読者層が難しかったかもしれません。
高校生を主人公にした物語としては重厚で、ミステリーとしては社会性が強い。
社会派として読むには、どこか軽やか。
その微妙な位置にある作品だったのではないか、そんな気もしました。(今まで読んでいなかった言い訳を考えたわけですねm(_ _)m)
日本の高校生達が、一人の少女の存在から
世界の情勢へと思考を広げていくという、
太刀洗さんのデビュー作としても
素敵な作品でした
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