疾走感あふれる「ほぼ自伝小説」。
昭和31年に早川書房に入社して編集者として成長し、昭和39年に退職して処女作を上梓するまでを描いた成長物語。
ただ、著者自身の歩みを描いていると同時に、日本推理小説界の発展期を描いているので自伝なのに群像劇になっている。
入社試験で面接官を務め、上司となった田村隆一
...続きを読むの謎に大物感あふれるエピソードの数々でいきなり読者はつかまれる。
「作家が行くといえばとことんついていくのが編集者だ」と言って江戸川乱歩に引き連れられて飲み歩くが、最後にはくたびれた乱歩がタクシーに飛び乗って逃げ出すのを怒鳴りながら追いかけるとか。
佐藤春夫の重鎮エピソードも面白い。そのほか、この時代にデビューした世代の作家たちがぞろぞろ登場するので、楽しめる要素はほかにもある。
なお、冒頭に「ほぼ自伝小説」と書いたのは、登場人物たちは本名なのに、著者自身に仮名を割り当てているからだ。
「だが、私はこういう小説を書きたかったのです」と振り切ってしまうところは、編集者というよりは作家の考え方だと思う。この一文で著者自身の作家への転身という選択が正しかったことを表していると思った。