釘貫亨の作品一覧
「釘貫亨」の「日本語の書き言葉はどう変わってきたか せめぎ合う漢字・ひらがな・カタカナ」「日本語の発音はどう変わってきたか 「てふてふ」から「ちょうちょう」へ、音声史の旅」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
著者の前著は発音の歴史だったのに対し,書き言葉の歴史が述べられている。面白いと思った点をあげてみると,次のようになる。
万葉仮名により大和言葉が書き残せるようになった。ひらがなとカタカナは別個の歴史を歩み,ひらがなは雅(みやび)で心情を表すのに適し,漢字カタカナ文による語法は固定されたため“方言”がない文を書くことができた。明治維新のとき,国民の識字は漢字カタカナ文に基づいていたので,公文書や実用的な文章には漢字カタカナ文が使われ,心情表現などを含む文学にはひらがなが用いられた。明治30年代になってやっと標準語が設定されると,言文一致運動が起こり,教科書や新聞,雑誌の口語化が進んだ。その結果,発音と表記の乖離の問題(仮名遣い問題)が表面化し,学習などで支障をきたしていた。昭和期にはこれが政治問題化したが,戦後の改革で現代仮名遣いが設定されて一気に解決した。
明治以降の状況,特に言文一致運動と仮名遣い問題の背景や経過がわかって面白かった。それにしても,平安期から鎌倉期にかけて発音の大きな変化が,大きな影響を及ぼしたことを再認識した。定家や契沖,宣長などは重要人物で,古事記伝や玉勝間が大学受験に使われることが分かるような気がした。
現在,漢字を使っている国は,中国と日本だけになった。仮名の発明のおかげで,漢字を含む文章(だけでなく欧米語までも含む文章)がどれだけフレキシブルに表現できるているかを,改めて認識した。
Posted by ブクログ
高校のころ、古典の授業中にこんな話を聞いた。昔、『母には二たびあひたれども父には一度もあはず』という謎々があった。答えは『くちびる』で、このことから昔は母は『ファファ』のように発音していたことがわかるということ。この話を聞いて、発音も変化するのだと思い、新鮮だった。
書店で帯に『羽柴秀吉はファシバフィデヨシだった!』と書いてあるこの新書を迷わず手にした。
いろいろと新しいことを知ることができたので満足。でも、実際の音は読んで想像するだけでは、どうにもならないなぁ。以下は少し長くなるが、特に興味をもったこと。
万葉仮名の使い方を調べてみると、奈良時代には『い、え、お』の音が二つあり、母音が合わせて八つあったことが分かる。そもそも万葉仮名から、音が推測できることが凄い。その頃の語は1音節か2音節だったものが、情報量の増加に伴い多音節化が進み、微妙な音の使い分けが必要なくなり、平安時代になるころには5母音になっていった。
先ほどのハ行については、奈良時代はp音で、平安時代にf音に近い音になり、18世紀前半頃には現在のh音になった。途中平安時代の後期に、語中や語尾のf音は かは→かわ、かひ→かゐ のようにw音化も起こった。サ行も奈良時代はts音だったが、平安後期までにs音になった。『し』については、室町時代にsh音に変化した。平安時代には、音便による短縮化、い・ゐ、え・ゑ、お・を の合流が起こった。
平安時代にできたひらがなは文芸作品に使われて、書写が繰り返された。連綿体は書写に打ってつけだった。当時の和歌や日記、物語は総ひらがなで書かれていたが、発音通りに文字にすればよかった。しかし定家の時代(鎌倉時代)になると、音声変化のため綴りに乱れが生じて、作品を読むことができなくなっていた。定家はかな綴りの規範を作った(定家仮名遣)。漢字かな混じり文を進め、意味の纏りを意識して文を綴った(我々が普通に読む古典のスタイルを初めた)のも彼だ。
ところが江戸時代に入ると、定家の仮名遣いは平安初期の仮名遣いと一致しないことに契沖が気付いた。契沖は万葉集などに基づく仮名遣いをつくり、次第に受け入れられた。これがいわゆる、歴史的仮名遣いのもとになった。