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Posted by ブクログ
高校のころ、古典の授業中にこんな話を聞いた。昔、『母には二たびあひたれども父には一度もあはず』という謎々があった。答えは『くちびる』で、このことから昔は母は『ファファ』のように発音していたことがわかるということ。この話を聞いて、発音も変化するのだと思い、新鮮だった。
書店で帯に『羽柴秀吉はファシバフィデヨシだった!』と書いてあるこの新書を迷わず手にした。
いろいろと新しいことを知ることができたので満足。でも、実際の音は読んで想像するだけでは、どうにもならないなぁ。以下は少し長くなるが、特に興味をもったこと。
万葉仮名の使い方を調べてみると、奈良時代には『い、え、お』の音が二つあり、母音が合わせて八つあったことが分かる。そもそも万葉仮名から、音が推測できることが凄い。その頃の語は1音節か2音節だったものが、情報量の増加に伴い多音節化が進み、微妙な音の使い分けが必要なくなり、平安時代になるころには5母音になっていった。
先ほどのハ行については、奈良時代はp音で、平安時代にf音に近い音になり、18世紀前半頃には現在のh音になった。途中平安時代の後期に、語中や語尾のf音は かは→かわ、かひ→かゐ のようにw音化も起こった。サ行も奈良時代はts音だったが、平安後期までにs音になった。『し』については、室町時代にsh音に変化した。平安時代には、音便による短縮化、い・ゐ、え・ゑ、お・を の合流が起こった。
平安時代にできたひらがなは文芸作品に使われて、書写が繰り返された。連綿体は書写に打ってつけだった。当時の和歌や日記、物語は総ひらがなで書かれていたが、発音通りに文字にすればよかった。しかし定家の時代(鎌倉時代)になると、音声変化のため綴りに乱れが生じて、作品を読むことができなくなっていた。定家はかな綴りの規範を作った(定家仮名遣)。漢字かな混じり文を進め、意味の纏りを意識して文を綴った(我々が普通に読む古典のスタイルを初めた)のも彼だ。
ところが江戸時代に入ると、定家の仮名遣いは平安初期の仮名遣いと一致しないことに契沖が気付いた。契沖は万葉集などに基づく仮名遣いをつくり、次第に受け入れられた。これがいわゆる、歴史的仮名遣いのもとになった。
Posted by ブクログ
「ゆる言語学ラジオ」で興味を持った内容なのだが、この本を読んだんだなと思われる形跡があった。
「情報総量が増大すれば、語の数を増やさなければならない。奈良時代という社会変動期に漢文が大きな役割を果たして、漢語が増えたことが推測される」
「大きな社会変動が言語変化を引き起こすことは、室町時代と明治時代に実例がある」
「このうち、片仮名は、漢文訓読の際の訓点の一つであったから、はじめはこれで文章を綴るということがなかった。いわば片仮名は、漢文を読み下すための符号であるから、美的鑑賞の対象ではありえず、片仮名は今も書道の教程では存在感が薄い。片仮名は、使う人の個性を消し、聞きなれない外国の人名地名や「サラサラ」「ドスン」などの擬態語擬音語(オノマトペ)に使われるのは、この符号的特徴を保持しているためである」
「しかし、平安時代の古写本によれば、地の文と会話文は区分けされていない。その必要がなかったからかもしれない。なぜなら、彼らは自らの発音のとおり、話すとおりに物語や日記を書いたからである」
Posted by ブクログ
新書にしては歯ごたえがありましたが、学びが多くたいへん面白く読みました。学術的な記述が多く寝落ちに持ってこい(笑)なのですが、時々顔を出すぷっと吹き出すような言い回しとのキャップがよかったです。
副題にある「てふてふ」から「ちょうちょう」へ、というのは「てふてふ」と書いて「ちょうちょう」と読むものだと思っていたのですが、昔はそのまま「てふてふ」と発音していた、というのを初めて知りました。では、どうして「てふてふ」が「ちょうちょう」になったのか。この本を読めばわかります。
私たちが日本人として当たり前に使っている平仮名・片仮名、漢字の音読み、訓読み、あいうえおの「五十音」などなど、知らなかったことだらけで、驚きの連続でした。人に話したくなるけど、うーん、難しい!日本人として日本語を大切にしたくなる内容でした。日本語がもっと好きになりました。
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