・深い時間:あらゆるものが十分にあり、自分や世界の空虚さを埋めなくていい。自分と世界を隔てる境界線は揺らぎ、時間は静止する。
・時間はもともと生活が繰り広げられる舞台、生活そのもの。今は生活から切り離され「使う」ことができるモノに。有効活用ばかり考えていると、人生は想像上の未来に描き込まれた設計図となり、思い通りに進まないと強い不安を感じ、自分の価値に直結する。こういう時間の捉え方が、人生の難易度を極端に引き上げる。どんなに必死で頑張ってもまだ足りない。もっと速く、もっとたくさんやらなければ気が済まない。今を犠牲にし続けると、今を生きることができなくなり、未来のことしか考えられなくなる。
生産性を高めようとする努力がか事態をかえって悪化させるのは、それが単なる現実逃避(自分自身からの逃避)に過ぎないから。自分の時間はあまりにも短い。タフな選択は避けられない。やりたいことを全部やる時間はない。限られた時間の使い方さえも自分ではコントロールできない。すべてを完璧にこなせる人なんていない。リソースが足りない。
・自然は1日しか生きられないものを蔑ろにはしない。一瞬一瞬に、自然はそのすべてを注ぎ込む。人生の報酬は、その流れの只中にこそ存在する。後になってからではもう遅い。あらゆる瞬間は最後の瞬間だ。この貴重な瞬間を、先の時点のための踏み台としてぞんざいに扱うなんて、あまりにも愚かな行為ではないか。「自分は今ここにいる」という事実に気づくこと。今ここから逃れられないという事実を、ただ静かに受け入れること。
・何かをやり遂げようと思うなら、他人との協力は不可欠だ。やるべき価値のあることは自分ひとりでは実現できない。
・世界に影響力を行使する唯一の方法は、現実に逆らうのではなく、現実に合わせて動くこと。
・制約のパラドックス:急げば急ぐほど、時間のかかる仕事(幼児の世話)にイライラし、計画を完璧にこなそうとすればするほど、小さな不確定要素への恐怖が高まる。時間を自分の自由に使おうとすればするほど、人生は孤独になっていく。人間であることの制約から逃れようと思うと、人生はいっそう空虚で、不満だらけになる。
・やれることはやる。できないことはやらない。=不愉快な現実。すべてをやりきれないという不安を抱える。
・時間を支配するものが、人生を支配する:
思いのままに時間をコントロールしようとする欲望。自分が時間よりも優位に立てば、そのときこそ確実な安心が手に入り、二度と不確実性に振り回されないという幻想。幼児にイライラするのは、自分がスケジュールに対してあまりにも無力である事実を認めたくないから。時間を支配するという究極の幻想を追い求め、宇宙に爪痕を残したいという 無謀すぎる願いを捨てられずにいるから。
・効率ばかり追求していると、手間を省きさえすれば何もかも実現できるような気がしてくるが、それは嘘。人はいつだって、何かを選び、他の多くのものを捨てて、喪失感に耐えなくてはならない。計画とは「ただの考え(現時点での意思表示)」
・人生のすべては借り物の時間:何かが存在することが、どれほど驚異的か。どんなに不快でも、経験しているという事実の方が圧倒的に重要。何かを選択できること自体が、すでに奇跡的。「ほかにも価値のある何かを選べたかもしれない」という事実こそが、目の前の選択に意味を与える。本当はなかったかもしれない貴重な時間の過ごし方を、自分自身で選び取った結果なのだから。「失う不安」のかわりに「捨てる喜び」を手に入れることができる。
・タスクを減らす3つの原則
1)まず自分の取り分をとっておく
2)「進行中」の仕事を制限する:小さなことをコツコツと進める
3)優先度「中」を捨てる:人生でやりたいことトップ25のうち5だけ、あとは捨てる
・現実は注意力によってつくられる
人生とはすなわち、私が注意を向けたあらゆる物事の総体。くだらないものに注意を向ける時、私たちは人生の一部を削ってそのくだらないものを見ている。意図的な選択ではないという事実。自発的な注意力をうまく使えるかどうかで、人生の質は左右される。内面に注意を向けていたから、周囲の圧力に惑わされず、人間らしく行動できたフランクル。意味のある体験するためには、その体験に注意を向けなくてはならない。アテンションエコノミー、内部に潜む敵に注意。有限性に直面する不安。退屈とは「ものごとがコントロールできない」という不快な真実に直面したときの強烈な忌避反応。
・忍耐を身につける3つのルール(忙しさ依存、焦りがちな気持ちを抑える)
1)「問題がある」状態を楽しむ
2)小さな行動を着実に繰り返す(1日に割り当てた時間が終わったらすぐ手を止めて立ち上がる=成果を焦らない)
3)オリジナルは模倣から生まれる(たっぷりと時間をかける)
・時間をシェアする
・あなたが限られた時間をどう使おうと、宇宙はまったく、これぽっちも気にしていない(宇宙の圧倒的な無関心)
宇宙はあんたのことなんかクソほども気にしていない。自分は無価値、ちっぽけな存在。自分に与えられた時間をそのまま味わう。体験する。
・私たちはけっして時間を手に入れることができない。私たち自身が時間だから。時間は私を押し流す川だが、私がその川である。川岸の安全な場所に這い上がることは不可能だ。不安や無防備さは、人間にとって当たり前の状態なのだ。時間は本来的に不確実なのだから、そこに安心や確実さを求めようとあがくなら、人生はすべて本番前(支度が整うまで)の準備段階になってしまう。「時間と空間に完全に入り込むこと」はすなわち敗北。幻想の万能感を捨てることになるから。
・5つの質問
1)生活や仕事のなかで、ちょっとした不快に耐えるのがいやで、楽なほうに逃げている部分はないか?
重要な決断をするとき「この選択は自分を小さくするか、それとも大きくするか?」
2)達成不可能なほど高い基準で、自分の生産性やパフォーマンスを判断していないか?
無理な基準など全部地面に投げ捨ててしまおう。重要なタスクだけを今すぐに始めよう。
3)ありのままの自分ではなく「あるべき自分」に縛られているのは、どんな部分だろうか?
自分がどんな生き方をしようと誰も気にしていない。(人の期待に応えることばかり考え、自分を後回しにしてきた人にとって非常に恐ろしい発見)安心するために誰かに認めてもらおうという試みは、はじめから無駄で、不要なもの。なぜ無駄かというと、人生は常に不確かで思い通りにならないから。そしてなぜ不要かというと、誰かに認めてもらうまで生きはじめるのを待つ必要なんかどこにもないからだ。心の安らぎと解放は、承認を得ることからではなく、「たとえ承認を得ても安心など手に入らない」という現実に屈することから得られる。誰に認めてもらわなくても、自分はここにいていい。
4)まだ自信がないからと、尻込みしている分野は何か?
誰もが、いつまで経っても手探りで、確信のないままやっている。今すぐに、やりたいことをはじめよう。知識や技術が足りなくてもかわまない。どうせ誰だって、あなたと同じようなものなのだから。
5)もしも行動の結果を気にしなくてよかったら、どんなふうに日々を過ごしたいか?
因果のカタストロフィーは前提ではない。遠い未来の誰かのために、世界を少しでも心地よい場所にするために、自分に何ができるだろう?
・個人の人生とは、みずから切り拓いていく道であり、誰も通ったことのない道。前もって知ることはできない。次にすべきこと、もっとも必要なことを確信を持って実行すれば、それはいつでも意味のあることであり、運命に意図された行動なのだ。時間をうまく使ったといえる唯一の基準は、自分に与えられた時間をしっかりと生き、限られた時間と能力の中で、やれることをやったかどうかだ。私だけの次の一歩を踏み出すことだ。
・正しいやり方を身につければ、もっと頑張れば、計画通りにコントロールし、あらゆる苦痛を避け、いつか本当に人生が始まるんだという希望。望んでいた完璧さや安心なんて、最初からどこにもない。いつだってすでに壊れている、尽きかけている。望みを捨てる、すなわち、自分の限界を認めること。何もかもはできない。完璧な安心など、本当は必要ない。
・有限性を受け入れるための10のツール
1)「開放」と「固定」のリストをつくる:意識的に選択する:固定だけやる:時間制限を設ける
(「選択肢を確保する」=困難な決断から逃げること:に負けない)
2)先延ばし状態に耐える:ひとつだけ粛々と進める。心安らかに物事をやらないか。
3)失敗すべきことを決める:バランスを崩すことを受け入れる
4)できなかったことではなく、できたことを意識する
5)配慮の対象を絞り込む(意識的に選び取る。他は気にしない。)
6)退屈で、機能の少ないデバイスを使う:不便だからこそ集中が深まる
7)ありふれたものに新しさを見いだす:一瞬一瞬にもっと注意を払う。深く入り込み、日常の内側に新しさを見つける。2倍の解像度で人生を経験すれば、人生の経験は2倍充実したものになる。
8)人間関係に好奇心を取り入れる:目の前の人は誰だろう、どんな人だろう、次に何が起こるかだろうとわくわく
9)親切の反射神経を身につける(自分自身を確実に幸せな気分にしてくれる)
10)何もしない練習をする:「周囲の人や出来事に干渉したい」という欲求を抑える。現実逃避のために何かをするのはやめる。心を落ち着かせ、自分だけの限られた時間を、じっくりと味わおう。