本当に盛大にネタバレを書きますので、今後本書を読む可能性がある人は以下のコメントだけ見て速やかに引き返してください。
個人的には、本書は全中高生とその親が読むべきと思うくらいの好著だと思う。
主人公のヒロと、同じ経験をしたことがある者として、そう断言したい。
高校一年生のヒロは、ある日、友人の杉森くんを殺害する決意を固める。
それまでに、「やり残したことはすべてやる」「なぜ杉森くんを殺したいかの理由を書き留める」こととし、その日に向けて決意を新たに生活をスタートする。
妙な決意を固め、妙な行動を取り始めたヒロに対し、周りの人たちは当初困惑こそするものの、それで彼女を置き去りにすることはない。
ヒロは、なぜ自分が杉森くんを殺さねばならないのか、自分自身に何度も問いながら、いままでになく自分で自分のことをよく観察し、人のことも観察し、段々と自分自身の心の奥深くを再発見していくことになる。
本書は、軽い叙述トリックが用いられていて、杉森くんは男性ではないし、殺そうにももう自殺してしまっていることが分かってくる。
彼女が杉森くんを殺さねばならないのは、杉森くんが自死したことの責任を感じ、自らに罪があり、罰を受けねばならない。本当に彼女を見殺しにしたのは自分で、自分は殺人の罪で裁かれねばならない。
彼女自身は当初言語化できていないものの、心底そう思っているからである。
しかし考えれば考えるほどに、また、周りに人ととの新たな人間関係や会話を重ねることによって、少しずつ少しずつ、彼女の激情は形を変えていく。。。
さて、私自身も学生の頃、同じく(主人公にとっての杉森くんほどは濃い関係ではなかったにせよ)仲の良い友人を自死によって亡くした経験がある。
本書の主人公が辿る懊悩、決断、そして傷ついた心の恢復の過程は、そっくりそのまま20年前の私が経験したプロセスそのものと言っていいほどだ。
ある人の自死は、周囲の人たちに永遠に解けない「?」を残す。
「なぜあの人は自死しなければならなかったのか?」
「なぜ私は、気づいてあげられなかったのか?」
「あの時、ああ言っていれば止められたのではないか?」
「ひょっとして、あの時の私のあの言動が、あの人を追い詰めてしまったのではないか?」
「あの人を死に追いやったのは、私なのではないか?」
しかし、答えは無い。何故なら答えを持った人はもういないのだ。
自殺が周囲に与える影響は、かように思いのほか深く、長く続く。
自死に至るだけの理由がある以上、亡くなった人を責めることは出来ないと思うと同時に、それでもしかし、自死は「悪」であると、私は思う。
身近な人の自死に直面した人は、自分を責め、亡くなった人を責め、散々悩み考えぬいたのちに、段々とその出来事を自分なりに意味付け、心の中に適切な置き場所を見つけ、割り切って生きていく事ができる。
このような思いは、経験してみないと分からない。とずっと思ってきた。
しかし、ここに、その真実を、全く説教臭くなく、何ならしっかり上質で面白い小説として書ききった本書は、心の底から全中高生とその保護者に配布され読まれるべき一冊だと請け合いたい。