デビッド・ロブソンの作品一覧
「デビッド・ロブソン」の「知性の罠 なぜインテリが愚行を犯すのか」「The Intelligence Trap(インテリジェンス・トラップ) なぜ、賢い人ほど愚かな決断を下すのか」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「デビッド・ロブソン」の「知性の罠 なぜインテリが愚行を犯すのか」「The Intelligence Trap(インテリジェンス・トラップ) なぜ、賢い人ほど愚かな決断を下すのか」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
10年ほど前だろうか、GRITについての本を読んで知性は一義的ではない、後天的に伸ばせる能力というものもあるのだという救いを得た記憶がある。最近だと、ネガティブ・ケイパビリティもよく聞くワードだ。昨今IQだけでは測れない人間の能力への関心の高まりがうかがえる。
著者は、知性という概念を複数の側面から捉え直す。IQで計測される一般知能信奉への警鐘を鳴らす。なぜ知性が高い人たちが重大な過ちを犯すのか、なぜ信ぴょう性のない似非科学などに傾倒してしまうのかを解明する。
小学生の子どもを持つ身として、「硬直マインドセット」と「なめらかなマインドセット」の話に非常に共鳴した。生来備えている好奇心を維持・発展させるきっかけとして、一番身近な親が好奇心を体現していくことで伝播すると本書では説明される。年齢を重ねるにつれてコンフォート・ゾーンの居心地の良さに慣れてしまっている。そのような状態を疑う意識を持とう、子どもの興味関心を敏感に感じ取れる心の余裕を持とう、と強く思う。
本書は一般知能の重要性を軽視しているわけではない。
IQとは別の要素にも重要性があることを示しているのだ。一般知能は先天的なものに対し、本書で述べられている知性は今からでも伸ばすことができる。自分の可能性を信じる勇気をもらえると同時に、子どもの能力をIQだけで測らなくてもよいのだと、親である私を少し楽にしてくれる一冊だった。
Posted by ブクログ
この本を手に取ったきっかけは、実体験に基づく疑問だった。以前勤めていた会社には、国内TOP5に入る偏差値を誇る大学卒男性と、有名コンサル出身の所謂エリート女性の2人がいた。仕事のあらゆる場面で彼らの頭の良さを感じた。僕が数日かけて作った企画や資料の欠点や懸念事項をその場で指摘し、僕がエクセルを使わないとできない複雑な計算をスラスラとやってのける。まさにエリートだ。
だが、有名大学卒のエリート男性は、社内の女性に誰彼構わず個別チャットでセクハラに近いアプローチを行なっていた。コンサル出身女性は、当日の深夜2時のMTGを設定し、出ないなら減給すると部下を脅して裁判沙汰になりかけた。とんでもないパワハラだ。
彼らはどう考えても僕含め一般人より頭が良い。それなのにどうして、誰もが結果が予想できるバカな真似をするのか。その答えはこの本にあった。彼らは合理性障害だ。
セクハラ男は仕事の相談を口実に、金曜日の夜に女性たちを薄暗いレストランのディナーに誘っていた(実際に女性から相談を受けてお店のURLも教えてもらった)。彼の口実は、自分の本心すら誤魔化してしまった。
パワハラ女性は「仕事なら当然」と悪びれる様子もなかった(訴訟寸前までいったところで労務が次の職探しまで給料を出すからと手打ちにしてもらったらしい)。
彼らは自分の頭の良さに、行動に絶対の自信を持っている。だからこそ、間違った方向にも全力で進んでしまうし、その理由をつけるのも誰よりも上手い。
パワハラもセクハラも上司から部下という構図が多い、つまりそれを行うのは会社で能力があると評価されている人たちだ。
そもそも頭の良さという言葉が曖昧だし、人間の能力はひとつの指標では測れないという、考えてみれば当たり前だが現代社会では忘れがちなことに 気づかさてくれる本だ。
Posted by ブクログ
ひとまず言えることは、
“知性”という言葉はあまりにも多くの概念を含んでいる(と多くの人に思われて使用されている)し、
“知性”の正確なパラメータを測ることができた事例は、有史以来ない、ということ。
血筋や生まれた土地で人生の大半が決定してしまうことが嫌になった人類は学歴という選別材料を生み出した。
学歴社会の中では“知性”の大きな要素として学力を考える。
学問ができること=知性がある、なのか。
多くのことを記憶できれば知性があると言えるのか。
後半は組織論の話になるのだけれど、
個人的には知的な人間が集まった組織は存在しても、
知的な組織は存在しないと思っているので、
この文脈で語ることなのかは疑問だった。