NHK「クローズアップ現代」取材班の作品一覧
「NHK「クローズアップ現代」取材班」の「オウム真理教の子どもたち 知られざる30年(集英社インターナショナル)」「助けてと言えない 孤立する三十代」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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小説・文芸
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Posted by ブクログ
知れてよかった。
とても興味深く読み進めた。
取材したかた、インタビューに応えた方の真剣さ。
あの当時、わたしも子供だった。
サリン事件は蘇るし、大人たちが白い服をきて礼拝?している姿が放送されていた。
また、児童相談所の所長が、信者たちに向かって何かを話している姿も。なんとなく脳裏に浮かんだ。
フラッシュバックするように、読みながら、あの時のあれはこれだったのかと、思えた。
オウムの子どもたち、二世のことは、確かに放送されなかったし。私の中で、子供がいるなんて思ってもいなかった。
そんな中、この本に会い、ドキっとした。
子どもも居たのか、、。
その子どもたちが、今や30-40歳代とのこと。
あの頃の話を知ることができてよかった。
色んな感情はあると思うが、みんな一人一人生きていることが嬉しく思う。
取材した方たちの、本気が見えた。
Posted by ブクログ
地下鉄サリン事件で麻原含む幹部数名の死刑執行は最近のことなので知っていたが、強制捜査により施設内から子供53人がヘッドギアをつけて保護される写真は初めてみたので酷くぞっとした。
子供達にとっては親に連れていかれ、ヘッドギアをつけられ教義によって腐った食べ物を食べさせられお風呂にも入れずゴキブリやネズミと生活。親とは離れて生活させられ隣の棟ではサリンが製造され、そんな劣悪な環境で子供自から入ったわけでもないのに、オウムに所属していたと言うだけで犯罪宗教の仲間だと思われる。
事件当時は厚生によって治療兼研究により子供達をサポートしていくとなっていたが帯にあった通り見捨てられたと取れるような中身になっていて酷く落胆した。当時はマスコミが騒ぎ立てていたので少人数で極秘に行い子供達の個人情報を守るため国自体も動きづらかったためサポートが3年も立たず終わってしまう結果になっていた。これにより子供たちの情報は広がることはなかったが、その分その後の人生が苦しかったと考えるのは容易だ。
本の中には結婚して子供もいるがオウムにいたことを伏せている人が登場した。子供達がオウム3世と呼ばれる恐怖は計り知れないだろう。
普通に生活していれば周りと何ら変わりない楽しい記憶で埋まるはずだった幼少期が絶対に言えない過去になることで周りに嘘をつき壁を感じ愛した人にすら一生隠し事をしないといけない。
今一度オウムに所属していたからと言って加害者ではないと認識しないといけない。
Posted by ブクログ
身なりを整え、大きなカバンを隠して入店。ホームレスだと悟らせないように。
定職を探しながら日銭を稼ぐ。彼らは親にも知人にも現状を告げられないまま耐える。もう責任逃れのできない年齢だからと、人を頼らず、自分で何とかしようと思っている。生活保護は後ろめたい。炊き出しにも罪悪感がある。
彼らの考え方はとても理解できる。私も生活基盤を失って途方に暮れたとき、社会に、他人に、寄り添っていただくのは申し訳ないと感じてしまうだろうな。
「人は人によって生かされる」という現実が、社会全体で喪失している考え方なのではないか。
本書の中の言葉。助け合うということを考え直そうと思った。
Posted by ブクログ
読中に思い出していたのは、大学時代の友人のこと。
自分が新卒で入社した会社は割と名の知れたブラック企業で、何年かは必死でぶら下がっていたものの耐えきれなくなって、退職を考え始めた時期があった。
でも、じゃあ辞めてどうするの? 地元は最寄りの電車駅まで自家用車で30分くらいかかるようなド田舎で、帰ったところでやりたい仕事もない。再就活も難しい。というよりも、実家に帰ったら家族に甘えてしまって、ずぶずぶと沼にはまってしまう気がするので帰ろうとは思えなかった。
その頃友人は独り暮らしをしていて、自分の住む2DKのアパートの1部屋が物置状態になっているから、そこにしばらく住めばいいと言ってくれた。そのお陰で会社を辞める踏ん切りがついて、フリーターをしつつ再就活を進めて、間もなく正社員として職に就くことができた。短い間だったけれど、大学時代から仲が良く、人間的にも尊敬できる友人とのルームシェア生活は楽しいものであったし、社会人生活を経て改めて自分を見つめ直すのに充分な時間を与えてもらえたと本当に感謝している。
その後、その友人が体を壊して入院してしまうことがあった。彼自身、実家とは疎遠になっていて、先立つものを用意するのに頼る当てがないという。困ったときはお互い様だ、俺自身お前に助けられたんだから、と工面してやって、友人は無事に手術を受けることができた。ヘルニアの。
その友人が行方を晦まして久しい。昔から不安定なところがあったのだけれど、体を壊してから何年か後にメンタルの不調で仕事を辞めることになり、横浜の実家に連れ戻されたというところまでは聞いている。それ以来、何度か理由を付けてメールを送ってみたりもしたけれどいつも返事はなくて、最近ではそれすらしなくなってしまった。けれど大学時代の共通の友人に会うたびに、なんとなく「彼はどうしているだろうか」という話をいつも持ち出してしまう。やっぱり少しでも、彼の消息に関わる情報を知りたいと願っているのだ。
どうか、無事であって欲しい。元気で、とは言わない。せめて生きていてほしい。
それから、「助けて」と言える相手が、どうか、彼のそばにいますように。
もしそうでないのならば、ぼくに何かできないだろうか。彼の助けになれないだろうか。どうか「助けて」と言って欲しい。