あらすじ
1995年にオウム真理教が起こした地下鉄サリン事件の後、山梨県旧・上九一色村の教団施設から信者の子ども53人が保護された。親から離され、悪臭が漂う第10サティアンで生活していた子どもたちは、あれからどんな人生を歩んだのか。今の日常生活にもカルトの教義や修行の記憶が影を落としているのか――。子どもが保護された山梨県の児童相談所の記録2800点を入手し、大人になった当事者たちに会いに行くと、「オウムの子」の苦難の30年が浮かび上がってきた。
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Posted by ブクログ
地下鉄サリン事件で麻原含む幹部数名の死刑執行は最近のことなので知っていたが、強制捜査により施設内から子供53人がヘッドギアをつけて保護される写真は初めてみたので酷くぞっとした。
子供達にとっては親に連れていかれ、ヘッドギアをつけられ教義によって腐った食べ物を食べさせられお風呂にも入れずゴキブリやネズミと生活。親とは離れて生活させられ隣の棟ではサリンが製造され、そんな劣悪な環境で子供自から入ったわけでもないのに、オウムに所属していたと言うだけで犯罪宗教の仲間だと思われる。
事件当時は厚生によって治療兼研究により子供達をサポートしていくとなっていたが帯にあった通り見捨てられたと取れるような中身になっていて酷く落胆した。当時はマスコミが騒ぎ立てていたので少人数で極秘に行い子供達の個人情報を守るため国自体も動きづらかったためサポートが3年も立たず終わってしまう結果になっていた。これにより子供たちの情報は広がることはなかったが、その分その後の人生が苦しかったと考えるのは容易だ。
本の中には結婚して子供もいるがオウムにいたことを伏せている人が登場した。子供達がオウム3世と呼ばれる恐怖は計り知れないだろう。
普通に生活していれば周りと何ら変わりない楽しい記憶で埋まるはずだった幼少期が絶対に言えない過去になることで周りに嘘をつき壁を感じ愛した人にすら一生隠し事をしないといけない。
今一度オウムに所属していたからと言って加害者ではないと認識しないといけない。
Posted by ブクログ
物心ついたとき、暮らしているのは教団施設の中。親から離され寝起きする。ネズミやゴキブリが走る。殺生が禁止され、肉や魚は食さない。カビの生えたそばやまんじゅうを口にする。簡易トイレで用を足し、たまった汚物が底に見える。修行するのは生活の一部。やらないという選択肢はない。そんな当たり前の日常がある日突然終わりを迎える。警察に”拉致”され、児相に”監禁”される。…その後も人生は続く。過去を隠して生きる人、今も関係を絶てぬ人。あれから30年。宗教二世の苦しみ。我々は何かを学べたのか?銃撃事件の裁判が突き付ける。
Posted by ブクログ
しっかりとした取材に基づいて書かれており好感が持てる。オウムの子どもたちの人生を掘り下げて取材した皆さんはオウムの事件当時にはまだまだ幼かったオウムの子供達とほとんど同い年なんだな。
Posted by ブクログ
親がオウムに入信してたら、子どもにとっては、それが全てにかるよね…そりゃ。
この本にも具体的な生活状況が、記載されていたが、
え…?と疑うほどの劣悪環境。
宗教絡みって難しい問題だなと実感。
国が本気で宗教2世を守るには、ある程度の年齢がいかない子どもたちには、宗教活動を禁止する法律とか作らないと根本的な解決は永遠に不可能だと思った。
Posted by ブクログ
子供の頃、オウムの歌を友達とふざけて歌っていた事を思い出した。この本のインタビューを読んだ後では、茶化していた自分がとても恥ずかしいなと感じる。
周りへの配慮ができる人になりたいと強く思う。
Posted by ブクログ
オウムにいた子どもたちはほぼ同世代だけど、すさまじい人生だったと思う。自分も怖かったし、差別しつきた。子どもは親も宗教も選べない。だからこそ彼、彼女らのその後が興味深い。番組同様、面白かった。
Posted by ブクログ
タイトルを見た時、麻原彰晃の子供の話かと勘違いしました。そうではなく親がオウム真理教に入信したためにオウムの施設で暮らさざるを得なくなった子供たち、オウム真理教の宗教二世のその後の人生を探り当てる話でした。
麻原彰晃が逮捕された年から30年も経つのかとまず思い。
そして取材をしていた本書のメインの記者がその時まだ物心もつかない幼児だったということにも衝撃。
自分は社会的大事件としてリアルタイムでニュースを見た記憶があるけれど、この記者さん達にしてみたら最初は歴史的事件を掘り起こすような感じだったんだろうなと隔世感のようなものを感じた。
それにしても子どもたちの置かれた環境の凄まじさ。
学校に通わず食べ物も腐ったりカビが生えたりしたものを食べさせられ、お風呂にも満足に入れず親からは引き離されお互いに子どもたち同士で監視し合うような暮らしぶり…
想像を絶します。今ならひどい児童虐待と言われるでしょう。
この子供たちはわけも分からず親に連れられてそこへ行きそこで生き、その後社会へ放たれたことは何の罪でも咎を負うことでもないはずなのに、それを職場や他の人はもとより、親しい人であっても自分がオウムの子であったことを隠して生きねばならないということが気の毒でならなかった。その困難さは想像しても余りある。
その辛さは多分経験してない者にはわからないことなのだろうと思いました。
そしてオウムの子であったことに本書に出てきたどの人も申し訳なさのようなものを感じてるように見えて、やりきれなさも感じた。
幼児の頃の経験がその後のその人の人生をある意味決定してしまう怖さと苦悩。
一つ感じたのは、たとえ自分が犯した罪でなかったとしてもそこに関わっていた、身を置いていた、あるいは知らずに加担していた…というだけでも人は罪悪感を感じてしまうものなのだと言うこと。
自分に何ら責任はなくてもそこに身を置いていた自分を責めてしまう。
自分にもそういう経験はある。辛い。
(p154)「オウムの子」をめぐる問題の本質は、ただそこにいたというだけで、加害者側に立たされてしまい、社会から排斥されてしまうということだ
本書に出てこられた方々はそれでも何とか人生を歩いている
出てこなかった、見つけられなかった人たちの中にももしかしたら今でも自分を責めてしまったり、人には語れない過去があることに苦しんでいたりする人がいるのではないかと気になってしまった。
(p148)「ずっと隠すことに一生懸命になってきたので、うまく発信することができないんですよ。人に言わないという選択をしてきたので、何をどうやって書けばいいのかわからないんです」
これもまたそういう立場にあった人たちが表に出てきたり、社会に対して発信したりしない(できない)大きな理由の一つだろうなとしみじみ感じました。
加奈さんは取材を受けて聞き出してもらうことで少し過去を変えられたのかもしれない、と最後まで読んで感じました。
ほかの子どもだった人たち、一般的なよくいるような大人として平穏無事に暮らしていてほしいなと心から思います。
Posted by ブクログ
サンプルは限られていたけど率直な感想は思ったより普通に暮らしている人が多いんだなと言う事。
山上被告のような極端に悲惨な二世は居なかった。まだ統一教会よりマシと言うことなのか?
Posted by ブクログ
うーん、これはなんとも。面白くなかったと言い切っていいかもしれない。
てっきり、麻原彰晃の子供たちの今を取材したのかと思っていたのだが、オウム信者の子供たちのその後だった。
それはそれでいいと思ったのだが、読み進めても結局何が言いたいねんというか、方向性は先に決まってて、取材の中で新たなものが見つかった感じもしない。
おそらく取材した全員でもない。何を持ってピックアップしたのか。取材元が拒否したってこともあるんだろうが。
なんかこう、こうあるべきなフレームで語ってる気がして居心地の悪さが消えない。
確かに虐待に近い状況ではあったし、それは「不幸」ではあったのだけど、むしろ子供たちはそこから強靭に大人になった感じがする。
カルトだから問題なのか、宗教だから問題なのか。あるいは、そもそも密なコミュニティー自体の問題ではないのか。
掘り込みが浅い気がした。
そもそも企画自体が、安倍晋三氏暗殺犯山上徹也被告らしいのだが、対比すると明らかになるのは、山上被告に一片の同情の余地がなく、旧統一教会が問題というより、それを煽ったクソいカルトジャーナリスト、脱退屋監禁集団、マスコミの報道ということではないかと思ったのが一番かも。
そもそもNHKのクローズアップ現代の報道の書籍化なのだが、なんで自前の出版社で本にしなかったの?
Posted by ブクログ
オウム真理教の「子供たち」に焦点を当てたルポ。
親子分離による関係の断絶や、教義と現実の価値観の間で揺れる姿が描かれる。
網羅的な分析ではなく個別事例の積み重ねだが、これまで見えなかった当事者の現実を知る一冊。