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小説・文芸
Posted by ブクログ
「それはきっと私たちが強く結びついてる証だと言った」
本来なら愛の言葉だ。
ここではネガティブな感情を処理してしまうための言葉になっている。これが1番好きな一文だ。
前情報として知っていたのは、芥川賞を取った作品だということくらいだった。
ストーリーだけで読めば、おもしろくない。人生なんてそうそう面白いことばかりではないし、この小説は人が生きることそのものを書いているのだと思えたので、楽に読めた。
字面と文は違う。私に感情はあったかもしれない。それは欲望や規範、行動、比喩によって次々に処理されていく。泣いても、感情として受け取ることができない。私は感情がないに等しい。
冷たい飲み物、ゾンビ、ワンピースの色、妙な擬人法や比喩。さまざまなレトリックを駆使して、異常なほど他人事で、感情のない私が作られていく。触れるものがほとんど全部冷たい世界なのに、破局を迎えたあと、最後にようやく人の手の温かさを感じる。
それまで感情を処理し続けていた人間が、破局によってようやく感情を取り戻したようにも見えた。
気持ち悪かった。
感情を処理して、次へ行く。欲望や規範に従って動く。いちいち悲しいとか楽しいとか言葉にせず、そのまま生活を続ける。この虚無感はよく分かる。
「私」は「俺」なんだよねえ、と思った。
陽介という変な人間を外から見ているつもりだったのに、気づけば自分のことを見ているようだった。不思議だったし、だからこそ気持ち悪かった。
感情すら大量消費されて虚無になっている私たちを描いているのかもしれない。
悲しい、楽しい、寂しい、そんな単純な言葉だけでは我々の生を語れない。だからこそ、これほど多くの比喩や対比やレトリックが必要だったのだと思う。
皮肉なのはそれらを使って文章そのもので虚無を作っていくのだった。不思議で深い体験だった。