政治が機能していないと言われて久しい。それが政治不信の原因とされ、選挙制度をはじめ様々な改革が行われてきた。だがそもそも政治が「機能」しているとはどのような事態を指すのか。そして改革は何を目指し、その効果をどう評価すべきなのか。本書はこうした問いに対し、比較政治制度論の近年の研究成果を踏まえながら、各国の代議制民主主義がいかなる歴史的経緯を経て現在のかたちをとるに至ったかを、その基本的な理念に立ち帰って検証し、あるべき議論の筋道を示す。実証的政治学と規範的政治理論の野心的な統合の試みであり、久しぶりに歯応えのあるシャープで骨太の政治学に出会ったという気がする。
著者は代議制民主主義とは自由主義と民主主義という本来全く別の互いに矛盾する二つの政治理念の接合であり、一方が他方に対して強くなり過ぎないようバランスを取ることを目指す政治制度であると捉える。自由主義は「多数者の専制」の抑制を意図し、執政制度においては権力集中的な議院内閣制、選挙制度においては単独政権を生み易い小選挙区制の組み合わせを志向する。エリートの競争を通じて多数派を形成した政党が、民意に硬直的に縛られずに政策を実行することが狙いだ。イギリスが典型だが、内閣機能を強化し、小選挙区制を取り入れた近年の日本もこのタイプに分類できる。他方民主主義とは可能な限り治者と被治者の同一性を確保しようとするものであり、大統領制と比例代表制を志向する。マイノリティーを尊重し、社会のコンセンサスを重視した政策運営を目指す大陸ヨーロッパ諸国に多い。勿論いずれの組合せであっても代議制民主主義である以上、自由主義と民主主義の双方の要素を合わせ持つ。例えば議院内閣制や小選挙区制が自由主義的と言っても、普通選挙制を採用する以上、民主主義的でないはずはない。あくまで相対的な比重を問題にしているのだ。
政治が機能していないと言うが、政治が民意を反映していないことを指すのか、逆に、民意にとらわれ過ぎて何も決められないことを指すのか、それによって処方箋も変わってくるし、そもそも現行の政治制度は、批判者が政治に期待する「機能」を政治が発揮し過ぎないことを意図した側面を持つことを忘れるべきでない。既得権にとらわれた議会を軽視し、住民投票の意義を強調する自治体の長がメディアの注目を集めるが、彼は一体何を目指すのか。「決める政治」か、それとも「ふわっとした民意」の尊重か。前者であれば住民投票はベクトルが逆であり、むしろ必要なのは自治体における首長と議会の二元代表制の是正だ。後者であれば国政レベルの自由主義的改革に逆行し、中央と地方のねじれをさらに助長するだろう。政治家は結果責任を問われる。それはいい。だが政治制度は政治のプロセスやルールを決めるもので、長期的な視点から多面的に評価すべきものだ。個々の政治的イッシューに特定の結果を出すために変えるものでは決してない。
本書への不満を一つあげるなら小選挙区制への評価が若干甘いように思う。確かに小選挙区制は中選挙区制や比例代表制に比べて多党制を防ぎ、既得権にとらわれない「決める政治」に適合的な面を持つ。だが日本のようにイデオロギー分布がはっきりせず、無党派層が多い国では、ポピュリズムとの親和性が高い。自由主義を志向するはずの小選挙区制が歪な民主主義を帰結してしまうという逆説だ。