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「大塚久雄」の「最終講義」「社会科学の方法 ヴェーバーとマルクス」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
多くの経営者や言論人の必読書に挙げられているがゆえに購入してから10年。とっつきにくい内容のため、何度も読み始めては挫折。もはや、眠れない夜の睡眠導入本としていた。
しかしエマニュエル・トッドの「西洋の敗北」が「プロテスタンティズムの衰退」をテーマにしていたことから、同時並行で読んでみたら非常に興味深い内容だった。
資本主義は、商い・商人の活動の結果として発展・勃興したのではなく、プロテスタンティズムが求める禁欲的な労働規範があったからこそ現在の形になったとする。また、蓄財を宗教的に許容したことも大きな転換となったというような話や、夫婦間の性交渉の目的を子作りに限定する考えが推奨された話など、初めて知ることも多かった。
Posted by ブクログ
エマニュエル・トッドの「西洋の敗北」と言う本を読んだ時にプロテスタンティズムが崩壊と言う表現がたびたび出てきたので、その大元となった本書を読んでみました。
宗教改革を経て誕生したプロテスタントの倫理の流れ、予定説に基づいた神の恩寵を証明するために禁欲による労働が求められ、勤労による結果として利得の獲得が肯定されるまでの流れが理解できました。
神の恩寵、隣人愛、労働で得た利得は個人の欲望のために消費してはならないと言う利得の追求が許されていた理由が消え去り、禁欲や労働の代わりに利得の追求だけが美徳として残った現代の社会は、確かにプロテスタンティズムの崩壊と言って差し支えない気がしました。
近代の資本主義を牽引してきた人々の倫理が崩壊し、世の中の富裕層の人々の自分中心の行為を見るに、もはや資本主義は多くの人にとっては迷惑なものでしかないなとか、「働いて、働いて、働いて」と言うスローガンは日本経済復活のための行為としてあながち間違いではないのでは?なんて頭を過りましたが、今の世の中は当時の状況とは全く異なるのでやっぱりちょっと難しいだろうなとか、「残業するのは無能」「結果を出していれば良い」「ワイフワークバランスが大事」「それ私の仕事ですか?」と言う考えが出てくるのも、確かに現代に生きる我々には禁欲や労働をする目的がないからしかたないなとも思いました。
少なくとも過去に資本主義を成功させた「正直は最良の商略」と考えたこの精神からは程遠く、残念ながらいまだに資本主義である社会の中から我々が利得を得ようとする時には、成功が難しい考えとも言えると思いますし、自分は少しでも社会や会社の仲間のために倫理的に行動しようなど、つらつらと思いながら読んでいました。
また本書をより理解するためにプロテスタントの各宗派の成り立ちや特徴なども勉強できたのは良かった点です。
Posted by ブクログ
講演を元にしたものだから平易な語り口である。さっき言ったことの振り返りもしてくれるから理解が進みやすい。
1〜4章があり、それぞれが独立している。本のタイトルになっているのは1章のみであるけれども、他の章を読むことで一層ウェーバーが大切にした方法論、思考の基礎がわかるようになる。
タイトルにあるようにウェーバーの著作の細かな論理を負うものではない。マルクスの経済学のやり方と比較しつつウェーバーの社会科学のやり方を解説するものである。まず体系的に基礎(簡単という意味ではない)から入りたい人にはおすすめである。
マルクスとウェーバーが気にしているのは、社会現象を対象としたときに、自然科学と同じような認識の仕方が可能かというものである。
マルクスは、生産しながら生きている個人たちの生産力が、自然発生的=無計画に分業されて総和となるときに、自然と同じように人間の意志から独立した自律的な領域となるから、経済現象も自然科学と同じような理論的方法が適用できると考える。そして、その他政治や文化や芸術などの諸領域は、経済という下部構造に究極的には制約されると考える。
ウェーバーは、目的論的な動機の主観的な意味を解明することで、人間行動の因果連関を捉えることができると考える。
Posted by ブクログ
読んだ時間
大体3時間ぐらい。
難易度は★★★☆☆
岩波かつ訳は古いので、警戒して読みましたが、かなり読みやすいです。
大塚久雄さんありがとうございます。
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神/マックス・ヴェーバー, 大塚 久雄|岩波文庫 - 岩波書店
読み方
今回は古本屋で購入したので、気になるところに書き込みを入れたり、ページを折ったりした。
別の方法よりも一番引用の手間が少ないので、お気に入りのやり方。
内容(私の理解なので正確ではない可能性が高いです。)
営利の追求を敵視するピューリタニズムの経済倫理が実は近代資本主義の生誕に大きく貢献したのだという歴史の逆説を究明した画期的な論考。
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神/マックス・ヴェーバー, 大塚 久雄|岩波文庫 - 岩波書店
マックス・ウェーバーは、利潤の追求を第一義とした近代的資本主義が、営利を求める経済倫理を持っていた地域(アジアなど)ではなく、そのような営利追求への強い忌避感を持つプロテスタントの地域で発達したことに着目した。
なぜ、営利追求を厳しく罰するプロテスタントが、利潤追求を目的とする資本主義の発展に寄与したのか。
それは、「救済の是非は職業努力次第」という強烈な教義が、人々や組織の行動様式を徹底的に禁欲的に、そして勤勉にしたからだ。勤勉で禁欲的であればあるほど、資本は蓄積される。資本が蓄積されると、更に大規模に事業を展開することができる。最終的には、社会の行動様式や生産方法、人間関係あらゆるものが合理化されていき、産業経営的近代資本主義が誕生した。
近代資本主義が自律的に駆動してからは、本来の禁欲的性格は消え失せて、利潤追求へと人間を駆り立て、強いるシステムへと変貌した。
感想
非常に圧倒される読後感でした!無味乾燥な論文というよりは、劇的な叙述文と感じる部分も多くあり、震える読み応え。
1.倫理的美徳はそれゆえに破壊されるという不可抗力
プロ倫が指摘している「禁欲主義的性格を帯びたピューリタンが利潤追求の近代資本主義生誕に貢献した。」は大変見事で、鮮やかで、、、皮肉たっぷりです。
現代でも「高尚な目標を持っている個人がその能力や勤勉さゆえに、資本主義から評価され、その大きな構造に巻き込まれる」ということは往々にして起こります。例えば最近のアメリカのビッグテックCEOとか。政治や世界をよくすると語っていたあの人が、今では資産運用と子供の学歴の話しかしない大人になっているとか。
この問題意識は、近代資本主義の黎明期にもあったのか、という発見がありました。むしろ、今より宗教が強かった時代でしょうから、この宗教的な美的精神や感覚(質素、隣人愛など)が破壊され、荒廃していく様をみるのは、当時の宗教人にとって辛かっただろうと想像には難くありません。
そして、プロ倫の中ではこの現象を不可抗力で止められないものとして描き出されます。最後の方が本当にドラマティックで身震いするほどだったので、是非読んでもらいたいです。
ウェズリーは次のように記している。「私は懸念しているのだが、富の増加したところでは、それに比例して宗教の実質が減少してくるようだ。それゆえ、どうすれば真の宗教の信仰復興を、事物の本性にしたがって、永続させることができるか、それが私には分からないのだ。なぜかと言えば、宗教はどうしても勤労と節約を生み出すことになるしまた、この二つは富をもたらすほかはない。しかし、富が増すともに、高ぶりや怒り、また、あらゆる形で現世への愛着も増してくる。だとすれば、心の宗教であるメソジストの進行は、いまは青々とした樹のように栄えているが、どうしたらこの状態を久しく持ち続けることができるだろうか。….
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神/マックス・ヴェーバー, 大塚 久雄|岩波文庫 - 岩波書店
大きな構造に飲み込まれていく悲哀、どうしようもなさ、やるせなさが、私には何だか魅力的に見えてしまいます。マックスウェーバーレベルの偉大な人でも、どんな人でも、みんな結局、大きな社会の変化の前では平等に無力です。
私個人としては、この大きなシステムに巻き込まれつつも、少しでも抗えればと思っている立場なので、もっと資本主義の構造について知りたいと思っている所存です。
人に対して驕らず美しい精神を保つためには、プロテスタントの信者が持っていたような絶対的な存在に対する無力感や謙虚さが必要なんだと思います。自分が成功できたのは、自分のおかげではなく、神のおかげ。そして、隣人愛を敷衍する普段の努力なしには、救済は確定しない。この考え方は、人間に謙虚さをもたらすと思うんですよね。
日本社会では、神を信じている人はそこまでいないと思いますが、社会という大きな存在に自分が支えられていること、そして自分の生涯の評価は人への貢献によってジャッジされるということ。この思想があると、どんなに豊かになっても、謙虚で質素でおごり高ぶらない人になるんじゃないかなと思っています。難しいですけどね。
2.来世を大事にする宗教的感覚
本筋とはずれますが、本書を通じて宗教の信者の神を信じる理由がちょっとわかったような気がしました。
無信教の自分にとって、信者の方々がどうして神に救いを求めるのか、何を考えているのかがあまり理解できていなかったんですが、大きなモチベーションは来世で救われたいということなんですね。
プロテスタントの人がなぜここまで禁欲的になったかというと、救われるかどうかの自己確信がないからだそうです。来世の救済を目標とする世界観で、救われないかもしれないという不安は大きな動力になるに違いありません。
日本は非常に現世志向が強い気がしていて、この来世という観点にはなじみがありません。そういえば、昔、イスラム教の人に「死後はどうなると思うか?」と聞かれたときに、面食らって何も答えられなかった経験があります。彼女はよく考えるそうで、自分と捉えている時間軸が違うようにも感じました。
それにしても、彼らは常に死後どうなるか?そのためにどう生きればいいか?に日々思いを巡らせているってことですよね。それは、最期から自分の人生を逆算することや最期を意識して日々を生きることにつながって、よりよい生が送れそうに思います。逆に日々死を考えなくてもいい時代や場所で生きられていることにも感謝をいう必要がありますが。
さいごに
今後は資本主義の本をちょくちょく読んでいきたいと思っています!
Posted by ブクログ
日本のマックス・ヴェーバー研究の第一人者である著者の講演録をもとにした名著。
マルクス経済学とヴェーバー社会学の比較を通じて社会科学を考察する内容でもあり、ヴェーバーの宗教社会学のアプローチはもっと学んでみたいと思いました。
特に、「ヴェーバーの『儒教とピュウリタニズム』をめぐって」の章で述べられる、ヴェーバーの両宗教の比較分析にはもの凄く興味をそそられる。
儒教は世界の現状を肯定し尊重するが故に受動的な態度になり、近代資本主義を生み出すには至らなかったのに対し、ピューリタニズムは悲観主義のもと現世を否定するが故に、行動的禁欲という形で現世に強く働きかけ変革していこうとする大変な精神的エネルギーを生み出し、それが近代資本主義発展の原動力となった、という結論を導き出す視点には驚かされるばかり。
また、「経済人ロビンソン・クルーソウ」の章では、「ロビンソン漂流記」における無人島での彼の行動は、まさに合理的経済人のそれであり、当時のイギリスにおいて合理的な人間形成の書という役割を果たした、という大塚先生の考察もとても面白い。
約60年前の本ですが、いまだに読み継がれる価値の高い啓蒙書です。