作品一覧

  • クオーレ

    クオーレ

    小説・文芸

    4.3
    1巻1,254円 (税込)
    ジェノバの少年マルコが母親を捜して遠くアンデスの麓の町まで旅する「母をたずねて三千里」の原作を収録。どこの国でも、いつの時代でも変わらない親子の愛や家族の絆、あるいは博愛の精神を、心あたたまる筆致で描く、デ・アミーチス(1846-1908)の代表作。世界中の人びとに愛読されつづけてきたイタリア文学の古典的名作の新訳。改版

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  • 「見えない都市」を歩く 文学で旅するイタリア

    「見えない都市」を歩く 文学で旅するイタリア

    小説・文芸

    4.0
    1巻2,200円 (税込)
    「想像力」という地図を携えて、いざイタリアの旅へ イタロ・カルヴィーノ、チェーザレ・パヴェーゼ、ナタリーア・ギンズブルク、ウンベルト・エーコ、アントニオ・タブッキ、ウンベルト・サバ、ディーノ・ブッツァーティ、ジュンパ・ラヒリ、そして須賀敦子……イタリア文学の名作の数々を“街”という視点で編み直す。北はヴェネツィア、ミラノから、南はシチリア島まで。個性豊かなイタリアの各都市を訪ね、文学作品を手に歩くような視点で、作家たちが遺した声と足跡をたどる。 本書内に登場する作家たちとの親交も深いイタリア文学の泰斗による、斬新かつ詩情豊かな文学ガイド。 2022年4月~6月にNHKラジオ第2「カルチャーラジオ 文学の世界」で放送された講座の、待望の書籍化! 【内容】 1. 旅立ちにあたって――《見えない都市》とヴェネツィア 2. 故郷の風景──カルヴィーノとサンレモ 3. 作家たちの遭遇──パヴェーゼ、ギンズブルグとトリノ 4. 子どもと労働者の街トリノ──『クオーレ』と『マルコヴァルド』 5. 旅のはじまり、謎のはじまり──タブッキのジェノヴァ 6. 夢と物語と災厄──ピノッキオと『デカメロン』のフィレンツェ 7. 国境の街、混淆の文化──ズヴェーヴォとサバのトリエステ 8. 歴史からこぼれ落ちた島──ピランデッロと『山猫』のシチリア 9. 半島のなかの異郷──『キリストはエボリで止まった』と『フォンタマーラ』 10. 陽気と喧噪の裏側──フェッランテ、モランテとナポリ 11. 堆積する時間──モラヴィア、パゾリーニ、ラヒリとローマ 12. 生き急ぐ街──エーコ、マンゾーニ、ブッツァーティとミラノ 13. 水が刻む時、ふたたび《見えない都市》へ──ヴェネツィア
  • ウンベルト・エーコ 小説の森散策

    ウンベルト・エーコ 小説の森散策

    小説・文芸

    4.0
    1巻1,012円 (税込)
    作家であり記号論学者である著者が,読者は小説をいかに読むべきか,作者は読者にどうよんでほしいと願っているのかを,記号論の概念を駆使してユーモアをまじえつつ解説する,ハーヴァード大学ノートン詩学講義(1992─93)の記録.フィクションとは一体何なのか? 虚構の森(=小説)を散策する楽しみはどこにあるのか?

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  • パロマー

    パロマー

    小説・文芸

    4.0
    1巻638円 (税込)
    中年男性,職業不詳,妻と娘1人,パリとローマにアパートを所有.それがパロマー氏だ.彼は世界にじっと目を凝らす.観察に徹しようとする彼は,しかし….視覚的・文化的・思索的経験という3種の主題領域がそれぞれ記述的・物語風・瞑想的に書きあらわされ,三層に三重に積み重なって27の短篇が響き合う,不連続な連作小説.

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  • ウンベルト・エーコの世界文明講義

    ウンベルト・エーコの世界文明講義

    小説・文芸

    4.0
    1巻5,060円 (税込)
    現代屈指の知性が、思想、哲学、文学から、メディア、サブカルチャーまで縦横無尽に語った文明の秘密。「見えないもの」「陰謀」「絶対と相対」「炎は美しい」など。図版136点。
  • カルヴィーノ アメリカ講義 新たな千年紀のための六つのメモ

    カルヴィーノ アメリカ講義

    小説・文芸

    4.0
    1巻924円 (税込)
    これからの文学に必要なもの――それは「軽さ」「速さ」「正確さ」「視覚性」「多様性」……である。神話や古今の名著名作、さらには科学者や宗教家の文献までをも考察の対象に収めながら、自らが作家として目指してきたところを示し、紀元3000年にいたるまでの長大な未来を視野に入れて疲弊した現代文学を甦らせる処方を語るカルヴィーノの遺著。
  • きっとあなたは、あの本が好き。 連想でつながる読書ガイド

    きっとあなたは、あの本が好き。 連想でつながる読書ガイド

    小説・文芸

    3.5
    1巻1,320円 (税込)
    10人の作家・翻訳家・書評家が、とっておきの本を紹介する読書ガイドが登場!『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』の翻訳で知られる都甲幸治を中心に、芥川賞作家や翻訳家、書評家たちが集まって、ヨーロッパやアメリカから日本まで、不朽の名作からベストセラーまで、縦横無尽に語り尽くします。共通点は、読んで面白かったこと、という一点のみ。トールキンなんかのファンタジーからホームズものなどのミステリー、それから、日本近代文学の王者、谷崎潤一郎や太宰治まで。伊坂幸太郎の青春や『不思議の国のアリス』の少女ワールド、そして江國香織から村上春樹まで。大島弓子や萩尾望都についても熱く語ります。
  • ウンベルト・エーコの文体練習[完全版]

    ウンベルト・エーコの文体練習[完全版]

    小説・文芸

    3.0
    1巻1,320円 (税込)
    『薔薇の名前』の著者が、古今東西の小説・評論、映画、歴史的発見、百科全書などを変幻自在に書き換えたパロディ集。<知の巨人>の最も遊戯的エッセイ。旧版を大幅増補の完全版。
  • ウンベルト・エーコのテレビ論集成

    ウンベルト・エーコのテレビ論集成

    小説・文芸

    -
    1巻3,740円 (税込)
    『薔薇の名前』の著者によるテレビをめぐるエッセイ集。「知の巨人」が、メディア、大衆、物語、文化批評、パロディ、映画といった多様な切り口で、テレビの本質を読み解く充実の一冊。

ユーザーレビュー

  • カルヴィーノ アメリカ講義 新たな千年紀のための六つのメモ

    Posted by ブクログ

    この本について調べないといけなくて、その時急いでたから飛ばし読みしてたからようやくじっくり読めた。
    面白かったので二回目を読む。
    いろんな翻訳された文章を読んでいるけど、読むたびに原文を 想像してわたしならどうやって噛み砕いた文章にするかな~っていつも考えている。

    0
    2026年08月12日
  • クオーレ

    クオーレ

    小説・文芸

    Posted by ブクログ

    本書のタイトルにもなっている、クオーレ・Cuoreと言うイタリア語の意味を調べてみましたが、心と言う意味以外に、胸中、情愛、優しい心情、思いやり、良、気分、気持ち、勇気、やる気、元気、などの意味のある言葉とありました。

    19世紀のイタリアの状況と比較して、必ずしも今の世の中において正しい価値観ではないかもしれませんが、本書で書かれている心のあり方すべてが否定されるべきものでもないと思います。

    大人になったら今だからこそ忘れがちな、大人から子供に対する愛情や敬意、世の中に奉仕してくれている人への敬意などのクオーレを思い出すことができました。

    0
    2025年01月29日
  • クオーレ

    クオーレ

    小説・文芸

    Posted by ブクログ

    アミーチスの理想や愛国心より主人公のエンリコの日常生活による心理描写の方に惹かれてる
    その方がずっと好きだった

    0
    2023年09月12日
  • ウンベルト・エーコの世界文明講義

    Posted by ブクログ

    『もちろんわたしたちは、理解できないものに名前をつけるだけではなく、視覚的に表現することだってできる。しかしこうしたイメージは、不可解なものを「表象する」わけではない。ただたんに、わたしたちに不可解ななにかを想像するよう促し、そのあとでわたしたちの期待を裏切るだけだ』―『絶対と相対』

    ウンベルト・エーコの講義録を読んでいたら、もう三十年以上前の飲み会での話を思い出した。それは学校を卒業していきなり英語を使って仕事をすることに苦労していた頃の話。正確には仕事以外の場面でする会話って苦労するよね、という話の流れだったのだが、ある(業界他社だが同窓の)先輩が、自分も英語が得意ではないけれどある時オーストラリアの技術者と呑んだ際に、一つひとつの言葉が何を意味するのかをじっくり話してから会話したらお互いに話が通じて一晩中話がはずんで楽しかったことがある、というのだ。その時はそんなものかと思っただけだったけれど、今更ながら、それってまさに記号論の話だったのだな、と再認識する。

    仕事の話なら、差し出された一つの英文が言葉として何を意味しているのかを掴み損ねたとしても、言葉の中に散らばる記号(用語)のシニフィエ(用語に要約された概念)を取り違えなければ、それらを組み合わせて意味は立ち上がるのだが、普通の会話ではそのような共通のシニフィエを含有する共通の記号の在庫を(育った文化的な背景の違いもあり)持ち合わせていない、ということなのだ。だからいくら英単語のシニフィアンをイメージできたとしても話が噛み合わないことになる。――例えば、Can we retrieve the probe? と検層エンジニアに聞かれて、ある計測器の仕組みを理解している者には、probe という記号さえ正しく解釈できれば、現在の状況(という文脈)の中で何を問われているのかを正しく理解出来るが、そうでない者には英語の意味は判ったとしても retrieve も probe もシニフィアンとして受容されるのみで、エンジニアが何をしたいのか不明なままだろう。

    常に皆が同じ記号から同じシニフィアンを想起する、あるいは同じシニフィエに辿り着くとは限らない。ウンベルト・エーコの小説を読んでいると常にそういう気持ちにさせられるものだが、その仕組みを一つひとつ解きほぐすようにエーコが解説するというのが本書の内容。だからと言って自著に対する解説という訳ではない。開かれたテクストという文脈でそういう本も書いてはいるけれど、これは「何故エーコの小説を読むとある種の不安に駆られるのか」ということを説くような本なのだ。

    この厚手の上質紙に印刷された一冊は頁数の割には大部だ。それはふんだんに挿まれる絵画などのイメージの為の選択と思われるが、そのイメージから喚起されるシニフィアンと文章から読み取るシニフィアンを組み合わせて、立ち上がるもの(シニフィエ)を読者(実際には講義の聴衆)が取り違えないようにとエーコが意図した為でもあるのだろう。実際、この博覧強記の知の巨人が参照する先人の示した概念、文章、芸術とその解釈などは余りに広範囲に及ぶ為、「何々のように」とエーコが言う時に何を正確に意味しているのかを予備知識なしに理解するのは不可能なようにも思えるのだが、提示されるシニフィアンが理解の助けになることは読んでいくとよく解る。もちろん、それが正しい理解なのかどうか、冒頭の引用が示唆するように本当のことを言えば判らないのではあるけれど。ただ、エーコがそういう疑念を読者が抱くだろうことをも計算していたのだとも思えてくるから不思議だ。

    それを短く要約してしまうとエーコが意図したものに対する理解がこぼれ落ちてしまうとは思うけれども、至極単純に言えば「見ているものが必ずしも見えているものとは限らず、更に見えているものが正しく見えているとも限らない」ということだ(「見えないもの」というテーマだけが二度本書で語られる)。もしそんな風に全てを一つひとつ疑って、事実と思われるものを確認しなければならないのだとすると、この世を生きることはとてつもなく大変なことになる。そしてそれは事実上不可能だ。しかし、人がどのようにしてシニフィアンを誤って解釈しがちなのか、それをエーコは「百科事典的」知識の中から例を取り上げて示してくれる。すると少しずつ「意味」「事実」「理解」というようなものの本質が見えてくるような気になる。例えば、こんな警告をエーコは発している。

    『想像したことが語られているのであって、現実世界でそれらのことが確認されることはないために小説の言説とはつねに虚偽だといえる。にもかかわらずわたしたちは小説の言説を嘘だとは思わないし、ホメロスのこともセルバンテスのことも嘘つきだと咎めたりはしない。わたしたちのよく心得ているように、物語テクストを読むときわたしたちは作者と暗黙の協定を結ぶ。作者は真実を語っているふりをし、わたしたちもそれを真面目に受け取るふりをしなければいけないという協定だ。(中略)したがって、アンナ・カレーニナが自殺したのは真実だと主張するとき、あるいはホームズはベーカー街に住んでいたと主張するとき、わたしたちはあるひとつの楽譜(あるひとりの作家が書いたもの)にもとづいて断言しているのではなく、ひとりの揺れ動く者について断言している。その人物の存在論的規定はいささか奇妙だ。というのもその人物は存在するはずがないのに、それにもかかわらずなにがしかの方法でわたしたちのあいだを動き回るうえに、わたしたちの思考を占領してしまうことすらできるのだ』―『見えないもの』

    人は、その「ふり」がある文脈の中でのみ成立しているという前提条件を往々にして忘れてしまい、ふりのつもりがいつの間にかその言説を本当に信じてしまう。その恐ろしさはエーコの没後の世界に生きる我々は身に染みて感じてはいないだろうか。どうしてそんな風になってしまうのか。そこには「善」と「悪」という子供でも理解可能と思われる概念が、実はそう単純な二項対立ではないという実情と、「悪」にさえ惹かれてしまう人間の性[さが]があるのだともエーコは教える。そしてこんなことをつぶやく。

    『というわけで、芸術は悪魔の醜さをじつに巧みに表現してきた。しかし、醜さを巧みに表現しようという競争は、わたしたちにある疑いを抱かせる。つまり、表面下でとはいえ、そこには恐怖(Torrendo)に対する真の悦びがあったのではないか、という疑いである。ある種の地獄が、キリスト教信者を脅かすためだけに考えられたものだ、などとは言わないでいただきたい。いくつかの地獄は、かれらを狂喜させることをも目的にして、考えられてきた』―『醜さ』

    露悪的な悪人というのが物語ではしばしば登場し、それを読んでそんな人は現実には存在しないというような批判を人はよく口にするが、実際にはごく普通の人の心の中にもそういう一面が潜んでいる。そしてある状況下においてその一面が急に露わになるだけなのだ、とエーコは教えるのだ。そしてそれは時に「正義の仮面」を被ってさえいるのだ、と。

    『ロルドンはスピノザの『神学・政治論』(一七世紀のものである)の一節を引用している。「庶民が真理も判断も知らなくても無理はない。国家の政務はかれらの預かり知らぬところで執り行われているのだから」。しかし、国家機密と隠蔽と陰謀とでは、それぞれ、それなりの違いがある。リチャード・ホフスタッターは、「アメリカの政治における偏執狂的スタイル」(一九六四)で、陰謀論への嗜好は、社会思想に精神分析の分類を適用することで理解されるべきだと説いている。その分類とは、二種類の偏執狂現象のことである。精神医学的な偏執狂は、世界全体がかれに対して陰謀を企んでいると考えるが、社会的な偏執狂は、隠れた権力者たちが、かれのグループや、祖国や、宗教を迫害していると思い込む。社会的な偏執狂は、みずからの妄想がほかの何百万という人びとからも共有されていると考え、みずからが私心なしに陰謀に立ちむかっていると信じている点で、精神医学的な偏執狂より危険だといえるだろう。このことが、これまでに起こった多くの出来事に加え、今日起こっているたくさんの事柄を説明してくれるはずである』―『陰謀』

    この文章の元となった講義がなされた時(2015年。そしてあの大統領選挙は2016年)エーコが危惧していたことは、今まさに現在進行形で起こっている。なべて世に新しきことはなし、ということか。

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    2023年06月06日
  • ウンベルト・エーコの世界文明講義

    Posted by ブクログ

    西洋美術作品や書物を引用して、あるテーマにおいて人々はどんな見方をしてきたのかという事柄を問う作品。急ぎ足で読んでしまったために、理解しきれないところもあったが拾い読みでも大変面白い見解に触れることができた。

    美しさ・醜さの章では、美しいとは何か。醜いとは何かを様々な時代の美醜の描かれ方を通して解明する。

    美しさについて。「美の経験はいつも、私たちがその一部をなさないこと、どうしても直接参加したくないようなことを前にして、そこに背を向けながら感じるものだったように思う。美しさの経験とそのほかの情熱のかたちを分けるか細い千は、私たちが美のあいだに取る距離に引かれている(p59)」などの記述や、醜さについては、美とは逆に私たちの感情に根差したものであるとの指摘。
    美醜は私たちの生活に根差していながら、それを消費する日常の私は美醜とは何かという問いにこのような答えの可能性があることを知らなかった。

    その他、小説の登場人物の存在について、芸術で表現される不完全さのかたちについて、果ては陰謀論について。様々な作品を読み解いて得られる見解を私たちに分け与えてくれる書。美醜編のような、いままで生活の身近な場所にありながらも、深くは考えて来なかった様々な事柄の意味の可能性の一端を示してくれる。
    相当にじっくり読まなければ理解できないように思える箇所もあったため、ちょっとずつ再読予定。

    0
    2019年03月22日

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