作品一覧

  • マリー・アントワネット 上
    値引きあり

    マリー・アントワネット

    小説・文芸

    4.0
    1~2巻473~522円 (税込)
    運命というものは、人間になんと非情な試練を与えることだろう――ただ愛らしく平凡な娘だったアントワネットの、歴史に翻弄された激動の人生を、壮大な悲劇の物語として世界に知らしめた、古典的名著。
  • マリー・アントワネット(上)

    マリー・アントワネット

    小説・文芸

    -
    1~2巻770円 (税込)
    神聖ローマ帝国皇帝妃マリア・テレジアの娘マリー・アントワネットは、15歳でフランス王ルイ16世に嫁ぐ。彼女はヴェルサイユの薔薇と咲き誇り、王国に君臨する。宮中には陰謀が渦巻き、数々のスキャンダルに巻き込まれるが、真実の恋人フェルセン伯が登場していっときの安らぎを得る。だが足下には革命の激流が迫っていた!
  • 人類の星の時間

    人類の星の時間

    ビジネス・実用

    -
    1巻880円 (税込)
    避雷針の尖端に大気全体の電気が集中するように、多くの事象の充満が、きわめて短い時間の中に集積される歴史の瞬間がある。そんな瞬間は、一個人の生活、一国民の生活を決定するばかりか全人類の運命の径路を決めさえもするのである。著者はそれを「星の時間」となづけた……「初めて太平洋を見た男」「トルコによるビザンチンの奪取」「ラ・マルセイーズの作曲」「ナポレオンのウォーターローの敗戦」「ロシア革命におけるレーニンの封印列車」など運命的な12の時刻を描くツヴァイク晩年の名作。
  • マゼラン

    マゼラン

    小説・文芸

    -
    1巻880円 (税込)
    私は大自然に対して最初に戦いをいどんだ、あの大航海時代の人々のことをもっとくわしく知りたいと思った。そのなかで、ただ一つだけがこの上なく私を感動させた。それは、世界探検史上、もっとも大規模な事業を果たしたと思われる男、すなわちフェルディナント・マゼランの偉業であった。彼は五隻のとるに足らぬ小帆船でセビーリャから出航し、全地球を一周した――おそらく人類史上もっともすばらしいオデュッセイアと言えるであろうが、堅い決意を抱いて出帆した265名の男たちのうち、わずか18名のみが朽ちはてた船に乗って故郷へ帰りついた。そこに彼の姿はなかったが、その船のマストには偉大な勝利の旗が高くかかげられていた。
  • メリー・スチュアート(上)

    メリー・スチュアート

    小説・文芸

    -
    1~2巻1,100円 (税込)
    あるときは残忍な殺人者、または聖なる殉教者、あるときは愚かな陰謀家として、16世紀ヨーロッパの政治権力とからむ宗教的分裂の時代を背景に生きたスコットランドの女王メリー・スチュアート。生後6日にして女王に。58年にはフランス皇太子と結婚、翌年フランス王妃となり、61年には夫の早世により帰国。以後新旧両教派の争いと家臣間の内紛を極めた政治情勢の中に生き、さまざまな争いの渦中に、エリザベス女王廃位の陰謀荷担の疑いで監禁され、19年間各地に幽閉後、処刑された。ツヴァイクは豊富な資料をもとに、悲劇の女性を、対照的なリアリスト、エリザベスとの心理的対立の中に捉えて描く。「ジョゼフ・フーシェ」「マリー・アントワネット」とならびツヴァイクの三大伝記小説とされる。
  • ジョゼフ・フーシェ

    ジョゼフ・フーシェ

    小説・文芸

    -
    1巻1,100円 (税込)
    驚くべき変貌ぶりを発揮してフランス革命から王政復古にいたる大変動期を泳ぎぬいた天性の裏切り者、策謀家、変節漢…これがフーシェに対する一般の評価である。だが、「人々に対してナポレオン以上の権力をもっていた」と喝破したバルザックにならい、ツヴァイクもまたこの異常な人物を、近代の最も完全なマキアヴェリストの典型として照明をあてる。そして政治的寝業師の心理と行動を歴史的事実の中に組み入れ、生き生きとした実像を描き出し、政治的人間の生態学という未開拓の分野を切り開いた。
  • 昨日の世界1

    昨日の世界

    ビジネス・実用

    -
    1~2巻1,210円 (税込)
    世紀末ウィーンで多くの詩人、作家、音楽家たちの作品に親しんだツヴァイクは、ウィーン大学を卒えてベルリン大学に学び、パリ、ロンドンをはじめ、各国を旅行しながら知識人との交流に精をだす。少年時代に出会ったホーフマンスタールの衝撃にはじまり、リルケ、ヴェルハーレンとの交友、二つの大戦の同時代人であったロラン、ジイド、ヴァレリー、トーマス・マン、バルトーク、フロイト、ゴーリキーら知識人との回想を織り交ぜつつ、彼はヨーロッパの知性と文化を信奉する、よき意味での汎ヨーロッパ精神を具現する。だが、「私が物語るのは、私の運命ではなくて、ひとつの世代全体の運命である」彼はこのように記した2年後、ブラジルの寓居でみずからの命を絶った。ツヴァイクの事跡は世界史そのもののドキュメントとなり、ヨーロッパ文化のひとつの終焉をつげるものともなった。
  • 四人の巨匠

    四人の巨匠

    小説・文芸

    -
    1巻1,210円 (税込)
    二十歳前後ですでに詩人、翻訳家、劇作家として認められ、短篇小説でも成功したツヴァイクは、バルザック、ディケンズ、ドストエフスキーという三大小説家を対象としたユニークな評伝を発表した。それが本書収録の三編であるが、これに追加して第四編として、最晩年に書かれた「モンテーニュ」を含めてタイトルを「四人の巨匠」とした。モンテーニュの生きた時代と、彼の境遇、性格、考え方に多くの共通点を見出したツヴァイクは、彼を「自由なる人間」の友であると考え、この評伝を書き上げてまもなく自ら生命を絶った。
  • バルザック(上)

    バルザック

    小説・文芸

    5.0
    1~2巻1,320円 (税込)
    『ゴリオ爺さん』『谷間の百合』ほか全九一篇、登場人物二〇〇〇人による壮大な「人間喜劇」を構想したバルザック(一七九九―一八五〇)。富と名声を求めて旺盛な創作活動に邁進し、天才と俗物の間を生きた人間の魅力をあますところなく描き切った本格評伝。 【目次】 第一篇 青春と初舞台    第一章 少年期の悲劇    第二章 運命への早まった問いかけ    第三章 オラース・ド・サン・トーバン小説工場    第四章 ベルニー夫人    第五章 商業的幕間狂言    第六章 バルザックとナポレオン  第二篇 仕事部屋のバルザック    第七章 三十男    第八章 書斎のうちとそと    第九章 カストリー侯爵夫人    第十章 バルザック自己の秘密を発見す   第三篇 小説を地で行く    第十一章 未知の女
  • ジョゼフ・フーシェ ある政治的人間の肖像

    ジョゼフ・フーシェ ある政治的人間の肖像

    ビジネス・実用

    4.7
    1巻1,430円 (税込)
    この男、陰謀好きにつき―― フランス革命から帝政、さらに復古王政へ。この激動期に現れた「完全なマキアヴェリスト」ジョゼフ・フーシェ(一七五九―一八二〇)。ある時はギロチンよりも効率的な方法で反動者を殺戮し、ある時は秘密警察を駆使し、ナポレオンをも心理的に追いつめる。陰謀と変節と裏切りの限りを尽くして生き抜いた政治的人間の生態を浮き彫りにする本格評伝。 『マリー・アントワネット』と並ぶ著者の代表作。改訳版。 目次 第1章 売りだすまで 1759―1793年 第2章 「リヨンの虐殺者」 1793年 第3章 ロベスピエールとのたたかい 1794年 第4章 総裁政府と統領政府の大臣 1799―1802年 第5章 皇帝の大臣 1804―1811年 第6章 皇帝にたいするたたかい 1810年 第7章 気のすすまない間奏曲 1810―1815年 第8章 ナポレオンとの決戦 1815年 百日天下 第9章 失脚と最期 1815―1820年
  • バルザック(上下合本)

    バルザック

    小説・文芸

    -
    1巻2,640円 (税込)
    『ゴリオ爺さん』『谷間の百合』ほか全九一篇、登場人物二〇〇〇人による壮大な「人間喜劇」を構想したバルザック(一七九九―一八五〇)。富と名声を求めて旺盛な創作活動に邁進し、天才と俗物の間を生きた。その彼を終生敬してやまなかった伝記作家が、五一年の生涯を情熱的に描いた遺作にして最高傑作。〈解説〉宮下志朗 目次 第一篇 青春と初舞台    第一章 少年期の悲劇    第二章 運命への早まった問いかけ    第三章 オラース・ド・サン・トーバン小説工場    第四章 ベルニー夫人    第五章 商業的幕間狂言    第六章 バルザックとナポレオン   第二篇 仕事部屋のバルザック    第七章 三十男    第八章 書斎のうちとそと    第九章 カストリー侯爵夫人    第十章 バルザック自己の秘密を発見す   第三篇 小説を地で行く    第十一章 未知の女    第十二章 ジュネーヴ    第十三章 ウィーンの別れ  第四篇 小説家バルザックの栄光と悲惨  第十四章 破局の年一八三六年  第十五章 イタリア旅行  第十六章 転機の年  第十七章 サルデーニャの銀山  第十八章 芝居の投機 第五篇 『人間喜劇』の作者  第十九章 ハンスカ夫人征服の戦い  第二十章 『人間喜劇』  第二十一章 最初の挫折  第二十二章 蒐集家バルザック 第六篇 事の成就と終り  第二十三章 最後の傑作  第二十四章 ウクライナのバルザック  第二十五章 結婚と帰国  第二十六章 おわり

ユーザーレビュー

  • ジョゼフ・フーシェ ある政治的人間の肖像

    Posted by ブクログ

    大学生時代に岩波文庫で半分くらいまで読んだのだけど、改めて別の訳で数十年ぶりに読んだ。フランス革命を、続くナポレオンの治世を、そして王政復古を権力者として生き延びた、というだけでもいかにその生涯が波乱に満ちているかがわかる。特にロベスピエールとの、そしてナポレオンとの、まさに生死をかけた対決の描写がすばらしく、ページをめくる手が止まらなかった。たぶん改訳の手がそれなりに入っているんだと思うけど、岩波版よりこちらの訳の方が読みやすい。

    0
    2026年07月31日
  • ジョゼフ・フーシェ ある政治的人間の肖像

    Posted by ブクログ

    時と場合で次々と立場を変える政治家。信念をもったやつは全員死んだが、フーシェは生き残った。現代にもコロコロ政党変わって生き残ってる政治家いますよね。

    0
    2025年07月09日
  • バルザック(上)

    Posted by ブクログ

    フランス社交界で名を成すために莫大な借金をし、いい商売があると思い立ったらすぐに莫大な投資をするもすぐに失敗。その借金を返すためにひたすら小説を書き続け、時には睡眠時間もほぼないままにどろどろの特製超濃厚コーヒーで頭を強制的に目覚めさせ、数週間も執筆し続けるという狂気の行動を繰り返す・・・。

    この他にも数え切れないほどのエピソードがあり、どれも度肝を抜かれるようなものばかり。

    おそらく、ドストエフスキー以上にぶっ飛んだ個性を持った人間なのではないでしょうか。

    とても刺激的な伝記でした。

    0
    2024年08月22日
  • マリー・アントワネット 下

    Posted by ブクログ

    とにかく読みやすい。
    説明とかではなく、物語や普通の小説のように読めた。

    とにかく深堀してくれる。
    人々の意識、言動行動、当時の考え方生活の仕方、彼女の考え方など、分かりやすく教えてくれる。とにかく面白い!

    マリーアントワネットがただただ普通の女の子だったということが分かる。

    何回でも読みたい。面白かった。

    0
    2024年07月28日
  • マリー・アントワネット 下

    Posted by ブクログ

    594

    初版1932年、オーストリア

    ツヴァイク,シュテファン
    1881‐1942。オーストリア、ウィーン生まれ。ユダヤ系作家。20歳で発表した詩集『銀の弦』でリルケやデーメルから絶賛される。哲学、独・仏文学を修め、ウィーン大学卒業後はヨーロッパ、インド、アメリカなどを遍歴。国際的教養人としてロマン・ロランやヴェルハーレンら各国の文化人と親交を結んだ。30代半ばでザルツブルクに邸宅を構え、そこで短編小説集『アモク』、戯曲『ヴォルポーネ』、評伝『三人の巨匠』『デーモンとの闘争』、そして卓抜な手腕を発揮した伝記『ジョゼフ・フーシェ』『マリー・アントワネット』『メアリ・スチュアート』など、数々の傑作を生み出した。1934年、ナチス支配を逃れてイギリスに亡命。さらにNYを経てブラジルへ。国賓待遇を受け、評伝『バルザック』、自伝的エッセー『昨日の世界』を発表したが、1942年にリオ近郊ペトロポリスにて死去


    ただ最後にひとつ不確かなのは、この愛の形だ。それは──十九世紀に好まれた文学的表現を借りるなら──「清らか」な愛だったのだろうか? だがこの清らかな愛という言葉には、情熱的に愛し愛されている女性が情熱的に愛し愛されている男性に身を 捧げるのを上品ぶって拒む、という下劣な意味あいが含まれる。それともこの愛は、当時の人々の言う「罪深い」愛だったのか? つまり今日の我々が考える、自由な、思いきって大胆に身をまかせる、完全な愛だったのか? ハンス・アクセル・フォン・フェルゼンはマリー・アントワネットの、単なる「貴婦人につくす騎士」だったのか、それとも肉体的にもほんとうの恋人だったのか──彼はそうだったか、そうではなかった。

    ハンス・アクセル・フォン・フェルゼンはロマンティックな心を持っていたが、規律正しい男でもある。ペダンティックな詳細さで日記をつけ、毎朝きちんと天候や気圧を記し、そういう気象上のできごとと並行して、政治的及び個人的な事件を書きとめた。さらには──実に 几帳面 な男だ──郵便記録も残しており、受け取った手紙と出した手紙をそれぞれの日付とともに記しておいたし、自分の書いたメモの忘備録も作成し、通信書類を系統だてて保管した──要するに歴史家にとって理想的な人間なのだ。一八一〇年に亡くなったとき彼は、非の打ちどころなく整理された人生の記録、まさにドキュメントの宝庫と言うべきものを後に残している。

    なのにフェルゼンはどうしたか? 痛ましいことに、彼は黙り込む。ペンをとり、エーデルスハイムとボナパルトとのやりとりを、王妃と「寝た」という告発の言葉もふくめて全部、克明に日記へ書きつける。彼の伝記作者たちの意見によれば、「下劣で皮肉な」告発に対し、フェルゼンはもっとも心を打ち明けてしかるべき日記の中でさえ、一言も 論駁 していない。彼は頭を垂れ、そうすることで肯定しているのだ。

    こういう信じがたいことを信じたがる人には、何も言えない。だがマリー・アントワネット像を 歪曲 するのは、彼女がたった一度の情熱的な恋愛において大胆さと無思慮を発揮したと主張する人々ではなく、この恐れを知らぬ女性を、平凡で意気地なしで心配だの配慮だのをする臆病な魂と見なし、最後の一線を超えることもできず、自然な欲求を抑えてしまったと決めつける人々の方ではないか。ひとりの人間をその全体として把握できる者にとって、疑う余地なく確かなことは、失意の魂と、長くもてあそばれ幻滅した肉体を持つマリー・アントワネットが、ハンス・アクセル・フォン・フェルゼンの恋人だったという事実である。

    つまり 明晰 にものを見たがる者には、状況が明晰に見えてくる。マリー・アントワネットは国策によって、少しも愛していない上に何の魅力もない男と結婚させられ、その婚姻の義務のため、魂が欲する愛を多年にわたって抑圧されてきた。だがふたりの息子を産み、疑いもなくブルボンの血を引く王位継承者をこの王朝に与えてからは、国家、法律、家庭に対する道義的義務は果たし終え、とうとう自由になったと感じた。政治に捧げた二十年の後、最後に残された悲劇的な激動期に、この多くの試練を受けてきた女性は自分らしい自然な権利を取りもどし、長い間愛し続けていた男性をこれ以上拒まないことにした。彼こそ全てを備えた男性、友人であり恋人、腹心でありパートナー、彼女と同じく勇敢で、犠牲的精神によって彼女に報いてくれるだろう。

     王妃は朝食後、子どもたちを自分の部屋へ連れてゆき、それからミサへ出かけ、あとは全員での昼食のときまでひとりでいる。昼食後は夫とビリヤードを一勝負するが、王にとってはしぶしぶあきらめた狩猟に代わる、これは物足りないスポーツである。その後マリー・アントワネットは、夫が読書や昼寝をする間また自室へもどり、フェルゼンやランバール夫人など親しい友人たちと相談ごとをする。夕食後は大きいサロンに一族で集まる。リュクサンブール宮殿に住む王弟プロヴァンス伯爵夫妻、老いた 叔母 たち、あと少数の信頼できる者たち。十一時に火が消えると、王と王妃はそれぞれの寝室へ行く。

    教育係の選定は市参事会にまかされ、参事会は明らかに彼の警戒心に対する感謝の念から、靴屋シモンを係に選んだ。金品によっても、感傷や感情によっても動かされない、もっとも信頼できる証明済みの男である。ところでシモンは平民出の単純素朴な粗野な男で、正真正銘のプロレタリアートではあったが、王党派が 捏造 したような、無頼の飲んだくれや殺人的なサディストだったわけでは決してない。とはいっても教育係とは、何と悪意ある選任だろう! なぜならこの男は、生涯おそらくたった一冊の本も読んだことはないし、彼のものとされる唯一の手紙が証明しているように、正字法の基本すら全くわかっていなかった。まじめなサンキュロット党員というだけで、それは一七九三年には、どんな官職にもつける資格だったのだ。

    まだわずか八歳の少年の、かくもおぞましい供述に対して、ノーマルな時代の理性ある人間なら、とんでもない 捏造 だとして、取りあげることさえしないだろう。ところがマリー・アントワネットは飽くことを知らない好色な女だという確信が、無数の中傷パンフレットのおかげで革命の血の底まで沁みこんでいたため、実の母親が八歳六ヵ月の息子を性的にもてあそんだという、ナンセンスきわまる告発さえ、エベールやシモンには何の疑惑も起こさない。それどころか狂信的で目の曇ったふたりのサンキュロットには、この一件が完全に理にかなった明らかなものと思われる。バビロンの大売春婦にして 冒瀆 的 な同性愛者、マリー・アントワネットは、トリアノン時代から毎日何人もの男性、何人もの女性を消費するのに慣れていた。ということは当然ながらそのような雌オオカミは、タンプル塔に閉じ込められて誰も相手がいなくなったとき、地獄のような男狂いの末に、無防備で無邪気な我が子に襲いかかるのではないだろう。

    同性愛関係のパンフレットを、自らの手で流布させたということになる。こうした罪状をもとにマリー・アントワネットは、単に監督下に置かれていたという状態から被告の身分へ移される。

     この数ヵ月、パリではあまりに多くの事件が起こったので、たかがひとつの死など長く覚えてはいられない。時の流れが速ければ速いほど、人間の記憶は短くなる。数日、数週たつうち、マリー・アントワネットという王妃が首をはねられ埋葬された、ということなどパリでは完全に忘れ去られる。  

    数年後、あるドイツ人がパリを訪れ、町じゅう捜し歩いたというのに、かつての王妃がどこへ埋められたか、知る者はひとりもいなかった。  国境の向こう側にもマリー・アントワネットの処刑は──予想されていたことだったから──、さほどの興奮を引き起こされる。

    ところがいざブリュッセルで新聞を開いてみると、心を打ち砕かれる気がする。「わたしにとって命そのものを意味する女性であり」と、彼は妹に書く、「また決して愛することをやめたことのない、そう、ただの一度たりと一瞬たりと愛することをやめたことのない女性、彼女のためなら全てを犠牲にして悔いないと思っていた女性、千の命を捧げたいとさえ思った女性、その人はもういない。おお、神よ、なぜわたしを罰するのか、わたしはあなたのどんな怒りを買ったというのか? 彼女はもう生きていない。苦しみは頂点に達し、何のために自分がまだ生きているのかわからない。どうやってこの苦しみに耐えられるのかわからない、あまりに果てしない苦しみであり、決して終わることのない苦しみなのに。わたしは記憶の中で彼女をありありと思い描き、そうすることで彼女を悼むだろう。大切な友である妹よ、ああ、なぜわたしは彼女のそばで死ななかったのだろう、あの六月二十日、彼女のために死んでいたら、今こうして永遠の呵責を覚えながら、生が終わるまで苦しみを引きずってゆくよりずっと幸せだったろう。恋慕する彼女の姿は、決してわたしの記憶を去らないだろう。

     マリー・アントワネットの死後、フェルゼンは人嫌いの、無情な男になる。彼には世界が不正で冷たいものに思われ、人生は無意味になり、政治的外交的野心は完全に消え去る。戦争中の数年、彼は大使としてヨーロッパ中をわたり歩いた、ウィーン、カールスルーエ、ラシュタット、イタリア、そしてスウェーデン。複数の女性たちと関係を結んだが、どれも彼の心を奪うことはなく、心の慰めともならない。この恋する男がいかに晩年、恋した女性の影のみを求めて生きていたかは、日記にいくらでも証拠が見つかる。

    フェルゼンが亡くなることで、マリー・アントワネットの想い出と愛によって結ばれていた最後の男が、この世からいなくなる。しかし人間であれ影であれ、この世の誰かに真実愛された長さよりも長く生きられる者はいないのだ。フェルゼンの 挽歌 が献身の最後の言葉であり、そのあとはもう完全な沈黙が下りた。忠実だった他の人々もまもなく彼女のあとを追って死に絶え、トリアノンは朽ち、愛らしいその庭も荒れ果て、彼女が自分の優雅さに調和するよう配置した絵画や家具は競売にかけられ、投げ売りされた。

    また、多くの手紙が出てこないことにも気づかれたかもしれない、とりわけ「大切なあなた」ランバール妃殿下への感動的な手紙を取り上げなかった理由はごく簡単で、それらはフェイエ・ド・コンシェ男爵が書いたもので、マリー・アントワネットが書いたのではないからだ。同様に、口答で言ったとされる情緒たっぷりで機知に富む一連の会話も、採用しなかった理由はただひとつ、あまりに機知に富み、あまりに情緒的すぎて、マリー・アントワネットの平凡な性格とは一致しないからである。

    ないからだ。同様に、口答で言ったとされる情緒たっぷりで機知に富む一連の会話も、採用しなかった理由はただひとつ、あまりに機知に富み、あまりに情緒的すぎて、マリー・アントワネットの平凡な性格とは一致しないからである。

    0
    2023年11月08日

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