與謝野晶子の作品一覧
「與謝野晶子」の「全訳 源氏物語」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「與謝野晶子」の「全訳 源氏物語」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
Posted by ブクログ
p373
源氏物語で光源氏が死ぬ時に『雲隠』って全く何も書かれてない章を作って死を暗示させる手法オシャレすぎん?びっくりした。ジョン・ケージ『4分33秒』の先を行ってない?
源氏物語の匂宮の薫の体臭ってワキガのことかな?平安時代、ワキガのにおいが良い匂いだった可能性もあるよね?ワキガってフェロモンじゃん。クレオパトラも強いワキガ説あるし。
一番好きな小説、源氏物語与謝野晶子訳になった。
与謝野源氏面白すぎたけど、解説書が面白いとは限らない所が苦しいな。なんか芸術作品って本物を分からなくてもいいから自分の中に大事に焼き付ける方がいいのかなと思った。解説書読んで分かった気になりたくないと思い始めた。芸術作品って決して分かる事がメインではなくて、実物に対峙して感じる事の方が大事だと思い始めた。
目次
★桐壺
★帚木ははきぎ
空蟬うつせみ
★夕顔
★若紫わかむらさき
★末摘花すえむつはな
紅葉賀もみじのが
花宴はなのえん
★ 葵あおい
榊さかき
花散里はなちるさと
与謝野源氏、和歌に解釈が無いのがダメって言われてるけど、和歌って音楽みたいなもんだし、そんな意味に執着するより音を楽しむ方がいいと思うから解釈入れなくても私はいいとは思った。話の流れの中でだいたいどんな歌なのか分かるし、解釈入れると物語→歌→物語のリズム崩す気がする。今与謝野源氏しか読んでないからまだ分からないけど。
「桐壺紫のかがやく花と日の光思ひあはざることわりもなし(晶子) どの天皇〔*〕様の御代であったか、女御とか更衣とかいわれる後宮がおおぜいいた中に、最上の貴族出身ではないが深い御愛寵を得ている人があった。最初から自分こそはという自信と、親兄弟の勢力に恃む所があって宮中にはいった女御たちからは失敬な女としてねたまれた。その人と同等、もしくはそれより地位の低い更衣たちはまして嫉妬の焰を燃やさないわけもなかった。夜の御殿の宿直所から退る朝、続いてその人ばかりが召される夜、目に見耳に聞いて口惜しがらせた恨みのせいもあったかからだが弱くなって、心細くなった更衣は多く実家へ下がっていがちということになると、いよいよ帝はこの人にばかり心をお引かれになるという御様子で、人が何と批評をしようともそれに御遠慮などというものがおできにならない。御聖徳を伝える歴史の上にも暗い影の一所残るようなことにもなりかねない状態になった。高官たちも殿上役人たちも困って、御覚醒になるのを期しながら、当分は見ぬ顔をしていたいという態度をとるほどの御寵愛ぶりであった。唐の国でもこの種類の寵姫、楊家の女の出現によって乱が醸されたなどと蔭ではいわれる。今やこの女性が一天下の煩いだとされるに至った。馬嵬の駅がいつ再現されるかもしれぬ。その人にとっては堪えがたいような苦しい雰囲気の中でも、ただ深い御愛情だけをたよりにして暮らしていた。父の大納言はもう故人であった。母の未亡人が生まれのよい見識のある女で、わが娘を現代に勢力のある派手な家の娘たちにひけをとらせないよき保護者たりえた。それでも大官の後援者を持たぬ更衣は、何かの場合にいつも心細い思いをするようだった。」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「桐壺紫のかがやく花と日の光思ひあはざることわりもなし(晶子) どの天皇〔*〕様の御代であったか、女御とか更衣とかいわれる後宮がおおぜいいた中に、最上の貴族出身ではないが深い御愛寵を得ている人があった。最初から自分こそはという自信と、親兄弟の勢力に恃む所があって宮中にはいった女御たちからは失敬な女としてねたまれた。その人と同等、もしくはそれより地位の低い更衣たちはまして嫉妬の焰を燃やさないわけもなかった。夜の御殿の宿直所から退る朝、続いてその人ばかりが召される夜、目に見耳に聞いて口惜しがらせた恨みのせいもあったかからだが弱くなって、心細くなった更衣は多く実家へ下がっていがちということになると、いよいよ帝はこの人にばかり心をお引かれになるという御様子で、人が何と批評をしようともそれに御遠慮などというものがおできにならない。御聖徳を伝える歴史の上にも暗い影の一所残るようなことにもなりかねない状態になった。高官たちも殿上役人たちも困って、御覚醒になるのを期しながら、当分は見ぬ顔をしていたいという態度をとるほどの御寵愛ぶりであった。唐の国でもこの種類の寵姫、楊家の女の出現によって乱が醸されたなどと蔭ではいわれる。今やこの女性が一天下の煩いだとされるに至った。馬嵬の駅がいつ再現されるかもしれぬ。その人にとっては堪えがたいような苦しい雰囲気の中でも、ただ深い御愛情だけをたよりにして暮らしていた。父の大納言はもう故人であった。母の未亡人が生まれのよい見識のある女で、わが娘を現代に勢力のある派手な家の娘たちにひけをとらせないよき保護者たりえた。それでも大官の後援者を持たぬ更衣は、何かの場合にいつも心細い思いをするようだった。」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「帝の深い愛を信じながらも、悪く言う者と、何かの欠点を捜し出そうとする者ばかりの宮中に、病身な、そして無力な家を背景としている心細い更衣は、愛されれば愛されるほど苦しみがふえるふうであった。」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「第二の皇子が三歳におなりになった時に袴着の式が行なわれた。前にあった第一の皇子のその式に劣らぬような派手な準備の費用が宮廷から支出された。それにつけても世間はいろいろに批評をしたが、成長されるこの皇子の美貌と聡明さとが類のないものであったから、だれも皇子を悪く思うことはできなかった。有識者はこの天才的な美しい小皇子を見て、こんな人も人間世界に生まれてくるものかと皆驚いていた。」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「女も人間である以上、社会百般のことについてまったくの無知識なものはないわけです。わざわざ学問はしなくても、少し才のある人なら、耳からでも目からでもいろいろなことは覚えられていきます。自然男の知識に近い所へまでいっている女はつい漢字をたくさん書くことになって、女どうしで書く手紙にも半分以上漢字が混じっているのを見ると、いやなことだ、あの人にこの欠点がなければという気がします。書いた当人はそれほどの気で書いたのではなくても、読む時に音が強くて、言葉の舌ざわりがなめらかでなく嫌味になるものです。これは貴婦人もするまちがった趣味です。歌詠みだといわれている人が、あまりに歌にとらわれて、むずかしい故事なんかを歌の中へ入れておいて、そんな相手になっている暇のない時などに詠みかけてよこされるのはいやになってしまうことです、返歌をせねば礼儀でなし、またようしないでいては恥だし困ってしまいますね。」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「出来心のようにあなたは思うでしょう。もっともだけれど、私はそうじゃないのですよ。ずっと前からあなたを思っていたのです。それを聞いていただきたいのでこんな機会を待っていたのです。だからすべて皆前生の縁が導くのだと思ってください」」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「などとこぼしてみせたりしたが、このほかには最初夕顔の花を折りに行った随身と、それから源氏の召使であるともあまり顔を知られていない小侍だけを供にして行った。それから知れることになってはとの気づかいから、隣の家へ寄るようなこともしない。女のほうでも不思議でならない気がした。手紙の使いが来るとそっと人をつけてやったり、男の夜明けの帰りに道を窺わせたりしても、先方は心得ていてそれらをはぐらかしてしまった。しかも源氏の心は十分に惹かれて、一時的な関係にとどめられる気はしなかった。これを不名誉だと思う自尊心に悩みながらしばしば五条通いをした。恋愛問題ではまじめな人も過失をしがちなものであるが、この人だけはこれまで女のことで世間の批難を招くようなことをしなかったのに、夕顔の花に傾倒してしまった心だけは別だった。別れ行く間も昼の間もその人をかたわらに見がたい苦痛を強く感じた。源氏は自身で、気違いじみたことだ、それほどの価値がどこにある恋人かなどと反省もしてみるのである。驚くほど柔らかでおおような性質で、深味のあるような人でもない。若々しい一方の女であるが、処女であったわけでもない。貴婦人ではないようである。どこがそんなに自分を惹きつけるのであろうと不思議でならなかった。わざわざ平生の源氏に用のない狩衣などを着て変装した源氏は顔なども全然見せない。ずっと更けてから、人の寝静まったあとで行ったり、夜のうちに帰ったりするのであるから、女のほうでは昔の三輪の神の話のような気がして気味悪く思われないではなかった。しかしどんな人であるかは手の触覚からでもわかるものであるから、若い風流男以外な者に源氏を観察していない。やはり好色な隣の五位が導いて来た人に違いないと惟光を疑っているが、その人はまったく気がつかぬふうで相変わらず女房の所へ手紙を送って来たり、訪ねて来たりするので、どうしたことかと女のほうでも普通の恋の物思いとは違った煩悶をしていた。源氏もこんなに真実を隠し続ければ、自分も女のだれであるかを知りようがない、今の家が仮の住居であることは間違いのないことらしいから、どこかへ移って行ってしまった時に、自分は呆然とするばかりであろう。行くえを失ってもあきらめがすぐつくものならよいが、それは断然不可能である。世間をはばかって間を空ける夜などは堪えられない苦痛を覚えるのだと源氏は思って、世間へはだれとも知らせないで二条の院へ迎えよう、それを悪く言われても自分はそうなる前生の因縁だと思うほかはない、自分ながらもこれほど女に心を惹かれた経験が過去にないことを思うと、どうしても約束事と解釈するのが至当である、こんなふうに源氏は思って、「あなたもその気におなりなさい。私は気楽な家へあなたをつれて行って夫婦生活がしたい」こんなことを女に言い出した。」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「壁の中で鳴くといわれて人間の居場所に最も近く鳴くものになっている蟋蟀でさえも源氏は遠くの声だけしか聞いていなかったが、ここではどの虫も耳のそばへとまって鳴くような風変わりな情趣だと源氏が思うのも、夕顔を深く愛する心が何事も悪くは思わせないのであろう。白い袷に柔らかい淡紫を重ねたはなやかな姿ではない、ほっそりとした人で、どこかきわだって非常によいというところはないが繊細な感じのする美人で、ものを言う様子に弱々しい可憐さが十分にあった。」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「つまらない隠し合いをしたものだ。私の本心ではそんなにまで隠そうとは思っていなかった。ああいった関係は私に経験のないことだったから、ばかに世間がこわかったのだ。御所の御注意もあるし、そのほかいろんな所に遠慮があってね。ちょっとした恋をしても、それを大問題のように扱われるうるさい私が、あの夕顔の花の白かった日の夕方から、むやみに私の心はあの人へ惹かれていくようになって、無理な関係を作るようになったのもしばらくしかない二人の縁だったからだと思われる。しかしまた恨めしくも思うよ。こんなに短い縁よりないのなら、あれほどにも私の心を惹いてくれなければよかったとね。まあ今でもよいから詳しく話してくれ、何も隠す必要はなかろう。七日七日に仏像を描かせて寺へ納めても、名を知らないではね。それを表に出さないでも、せめて心の中でだれの菩提のためにと思いたいじゃないか」 と源氏が言った。「お隠しなど決してしようとは思っておりません。ただ御自分のお口からお言いにならなかったことを、お亡れになってからおしゃべりするのは済まないような気がしただけでございます。御両親はずっと前にお亡くなりになったのでございます。殿様は三位中将でいらっしゃいました。非常にかわいがっていらっしゃいまして、それにつけても御自身の不遇をもどかしく思召したでしょうが、その上寿命にも恵まれていらっしゃいませんで、お若くてお亡くなりになりましたあとで、ちょっとしたことが初めで頭中将がまだ少将でいらっしったころに通っておいでになるようになったのでございます。三年間ほどは御愛情があるふうで御関係が続いていましたが、昨年の秋ごろに、あの方の奥様のお父様の右大臣の所からおどすようなことを言ってまいりましたのを、気の弱い方でございましたから、むやみに恐ろしがっておしまいになりまして、西の右京のほうに奥様の乳母が住んでおりました家へ隠れて行っていらっしゃいましたが、その家もかなりひどい家でございましたからお困りになって、郊外へ移ろうとお思いになりましたが、今年は方角が悪いので、方角避けにあの五条の小さい家へ行っておいでになりましたことから、あなた様がおいでになるようなことになりまして、あの家があの家でございますから侘しがっておいでになったようでございます。普通の人とはまるで違うほど内気で、物思いをしていると人から見られるだけでも恥ずかしくてならないようにお思いになりまして、どんな苦しいことも寂しいことも心に納めていらしったようでございます」」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「源氏は瘧病にかかっていた。いろいろとまじないもし、僧の加持も受けていたが効験がなくて、この病の特徴で発作的にたびたび起こってくるのをある人が、「北山の某という寺に非常に上手な修験僧がおります、去年の夏この病気がはやりました時など、まじないも効果がなく困っていた人がずいぶん救われました。病気をこじらせますと癒りにくくなりますから、早くためしてごらんになったらいいでしょう」 こんなことを言って勧めたので、源氏はその山から修験者を自邸へ招こうとした。「老体になっておりまして、岩窟を一歩出ることもむずかしいのですから」 僧の返辞はこんなだった。」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「源氏の君の夕顔を失った悲しみは、月がたち年が変わっても忘れることができなかった。左大臣家にいる夫人も、六条の貴女も強い思い上がりと源氏の他の愛人を寛大に許すことのできない気むずかしさがあって、扱いにくいことによっても、源氏はあの気楽な自由な気持ちを与えてくれた恋人ばかりが追慕されるのである。どうかしてたいそうな身分のない女で、可憐で、そして世間的にあまり恥ずかしくもないような恋人を見つけたいと懲りもせずに思っている。少しよいらしく言われる女にはすぐに源氏の好奇心は向く。さて接近して行こうと思うのにはまず短い手紙などを送るが、もうそれだけで女のほうからは好意を表してくる。冷淡な態度を取りうる者はあまりなさそうなのに源氏はかえって失望を覚えた。ある場合条件どおりなのがあっても、それは頭に欠陥のあるのとか、理智一方の女であって、源氏に対して一度は思い上がった態度に出ても、あまりにわが身知らずのようであるとか思い返してはつまらぬ男と結婚をしてしまったりするのもあったりして、話をかけたままになっている向きも多かった。空蟬が何かのおりおりに思い出されて敬服するに似た気持ちもおこるのであった。軒端の荻へは今も時々手紙が送られることと思われる。灯影に見た顔のきれいであったことを思い出しては情人としておいてよい気が源氏にするのである。源氏の君は一度でも関係を作った女を忘れて捨ててしまうようなことはなかった。」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「体裁よく言って、次の室との間の襖子を命婦自身が確かに閉めて、隣室へ源氏の座の用意をしたのである。源氏は少し恥ずかしい気がした。人としてはじめて逢う女にはどんなことを言ってよいかを知らないが、命婦が世話をしてくれるであろうと決めて座についた。乳母のような役をする老女たちは部屋へはいって宵惑いの目を閉じているころである。若い二、三人の女房は有名な源氏の君の来訪に心をときめかせていた。よい服に着かえさせられながら女王自身は何の心の動揺もなさそうであった。男はもとよりの美貌を目だたぬように化粧して、今夜はことさら艶に見えた。美の価値のわかる人などのいない所だのにと命婦は気の毒に思った。命婦には女王がただおおようにしているに相違ない点だけが安心だと思われた。会話に出過ぎた失策をしそうには見えないからである。自分の責めのがれにしたことで、気の毒な女王をいっそう不幸にしないだろうかという不安はもっていた。源氏は相手の身柄を尊敬している心から利巧ぶりを見せる洒落気の多い女よりも、気の抜けたほどおおようなこんな人のほうが感じがよいと思っていたが、襖子の向こうで、女房たちに勧められて少し座を進めた時に、かすかな衣被香のにおいがしたので、自分の想像はまちがっていなかったと思い、長い間思い続けた恋であったことなどを上手に話しても、手紙の返事をしない人からはまた口ずからの返辞を受け取ることができなかった。」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「二条の院へ帰って源氏の見た、半分だけ大人のような姿の若紫がかわいかった。紅い色の感じはこの人からも受け取れるが、こんなになつかしい紅もあるのだったと見えた。無地の桜色の細長を柔らかに着なした人の無邪気な身の取りなしが美しくかわいいのである。昔風の祖母の好みでまだ染めてなかった歯を黒くさせたことによって、美しい眉も引き立って見えた。自分のすることであるがなぜつまらぬいろいろな女を情人に持つのだろう、こんなに可憐な人とばかりいないでと源氏は思いながらいつものように雛遊びの仲間になった。紫の君は絵をかいて彩色したりもしていた。何をしても美しい性質がそれにあふれて見えるようである。源氏もいっしょに絵をかいた。髪の長い女をかいて、鼻に紅をつけて見た。絵でもそんなのは醜い。源氏はまた鏡に写る美しい自身の顔を見ながら、筆で鼻を赤く塗ってみると、どんな美貌にも赤い鼻の一つ混じっていることは見苦しく思われた。若紫が見て、おかしがって笑った。「私がこんな不具者になったらどうだろう」 と言うと、「いやでしょうね」 と言って、しみ込んでしまわないかと紫の君は心配していた。源氏は拭く真似だけをして見せて、「どうしても白くならない。ばかなことをしましたね。陛下はどうおっしゃるだろう」 まじめな顔をして言うと、かわいそうでならないように同情して、そばへ寄って硯の水入れの水を檀紙にしませて、若紫が鼻の紅を拭く。」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「源氏は見馴れているせいか女官たちへはその意味の好意を見せることは皆無であったから、怪しがってわざわざその人たちが戯談を言いかけることがあっても、源氏はただ冷淡でない程度にあしらっていて、それ以上の交際をしようとしないのを物足らず思う者さえあった。よほど年のいった典侍で、いい家の出でもあり、才女でもあって、世間からは相当にえらく思われていながら、多情な性質であってその点では人を顰蹙させている女があった。源氏はなぜこう年がいっても浮気がやめられないのであろうと不思議な気がして、恋の戯談を言いかけてみると、不似合いにも思わず相手になってきた。あさましく思いながらも、さすがに風変わりな衝動を受けてつい源氏は関係を作ってしまった。噂されてもきまりの悪い不つりあいな老いた情人であったから、源氏は人に知らせまいとして、ことさら表面は冷淡にしているのを、女は常に恨んでいた。典侍は帝のお髪上げの役を勤めて、それが終わったので、帝はお召かえを奉仕する人をお呼びになって出てお行きになった部屋には、ほかの者がいないで、典侍が常よりも美しい感じの受け取れるふうで、頭の形などに艶な所も見え、服装も派手にきれいな物を着ているのを見て、いつまでも若作りをするものだと源氏は思いながらも、どう思っているだろうと知りたい心も動いて、後ろから裳の裾を引いてみた。はなやかな絵をかいた紙の扇で顔を隠すようにしながら見返った典侍の目は、瞼を張り切らせようと故意に引き伸ばしているが、黒くなって、深い筋のはいったものであった。妙に似合わない扇だと思って、自身のに替えて源典侍のを見ると、それは真赤な地に、青で厚く森の色が塗られたものである。横のほうに若々しくない字であるが上手に「森の下草老いぬれば駒もすさめず刈る人もなし」という歌が書かれてある。厭味な恋歌などは書かずともよいのにと源氏は苦笑しながらも、「そうじゃありませんよ、『大荒木の森こそ夏のかげはしるけれ』で盛んな夏ですよ」」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「この七月に皇后の冊立があるはずであった。源氏は中将から参議に上った。帝が近く譲位をあそばしたい思召しがあって、藤壺の宮のお生みになった若宮を東宮にしたくお思いになったが将来御後援をするのに適当な人がない。母方の御伯父は皆親王で実際の政治に携わることのできないのも不文律になっていたから、母宮をだけでも后の位に据えて置くことが若宮の強味になるであろうと思召して藤壺の宮を中宮に擬しておいでになった。」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「天子が新しくお立ちになり、時代の空気が変わってから、源氏は何にも興味が持てなくなっていた。官位の昇進した窮屈さもあって、忍び歩きももう軽々しくできないのである。あちらにもこちらにも待って訪われぬ恋人の悩みを作らせていた。そんな恨みの報いなのか源氏自身は中宮の御冷淡さを歎く苦しい涙ばかりを流していた。位をお退きになった院と中宮は普通の家の夫婦のように暮らしておいでになるのである。前の弘徽殿の女御である新皇太后はねたましく思召すのか、院へはおいでにならずに当帝の御所にばかり行っておいでになったから、いどみかかる競争者もなくて中宮はお気楽に見えた。おりおりは音楽の会などを世間の評判になるほど派手にあそばして、院の陛下の御生活はきわめて御幸福なものであった。ただ恋しく思召すのは内裏においでになる東宮だけである。御後見をする人のないことを御心配になって、源氏へそれをお命じになった。源氏はやましく思いながらもうれしかった。」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「この花は比較にならないものとあなた様のお目には見えるでございましょう。 こう挨拶をさせたのである。撫子にたとえられた幼児はほんとうに花のようであった。宮様の涙は風の音にも木の葉より早く散るころであるから、まして源氏の歌はお心を動かした。今も見てなかなか袖を濡らすかな垣ほあれにしやまと撫子 というお返辞があった。 源氏はまだつれづれさを紛らすことができなくて、朝顔の女王へ、情味のある性質の人は今日の自分を哀れに思ってくれるであろうという頼みがあって手紙を書いた。もう暗かったが使いを出したのである。親しい交際はないが、こんなふうに時たま手紙の来ることはもう古くからのことで馴れている女房はすぐに女王へ見せた。秋の夕べの空の色と同じ唐紙に、わきてこの暮こそ袖は露けけれ物思ふ秋はあまた経ぬれど」
—『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
Posted by ブクログ
p457
目次
須磨すま
明石あかし
澪標みおつくし
蓬生よもぎう
関屋せきや
絵合えあわせ
松風まつかぜ
薄雲うすぐも
朝顔
乙女
玉鬘たまがつら
★初音はつね
胡蝶こちょう
源氏物語、源氏パートより、薫パートの方が好きなんだけど。源氏パートは宮廷スケールだから親しみを感じづらい。
与謝野源氏は原文にほぼ近い訳らしい
「当帝の外戚の大臣一派が極端な圧迫をして源氏に不愉快な目を見せることが多くなって行く。つとめて冷静にはしていても、このままで置けば今以上な禍いが起こって来るかもしれぬと源氏は思うようになった。源氏が隠栖の地に擬している須磨という所は、昔は相当に家などもあったが、近ごろはさびれて人口も稀薄になり、漁夫の住んでいる数もわずかであると源氏は聞いていたが、田舎といっても人の多い所で、引き締まりのない隠栖になってしまってはいやであるし、そうかといって、京にあまり遠くては、人には言えぬことではあるが夫人のことが気がかりでならぬであろうしと、煩悶した結果須磨へ行こうと決心した。この際は源氏の心に上ってくる過去も未来も皆悲しかった。いとわしく思った都も、いよいよ遠くへ離れて行こうとする時になっては、捨て去りがたい気のするものの多いことを源氏は感じていた。その中でも若い夫人が、近づく別れを日々に悲しんでいる様子の哀れさは何にもまさっていたましかった。この人とはどんなことがあっても再会を遂げようという覚悟はあっても、考えてみれば、一日二日の外泊をしていても恋しさに堪えられなかったし、女王もその間は同じように心細がっていたそんな間柄であるから、幾年と期間の定まった別居でもなし、無常の人世では、仮の別れが永久の別れになるやも計られないのであると、源氏は悲しくて、そっといっしょに伴って行こうという気持ちになることもあるのであるが、そうした寂しい須磨のような所に、海岸へ波の寄ってくるほかは、人の来訪することもない住居に、この華麗な貴女と同棲していることは、あまりに不似合いなことではあるし、自身としても妻のいたましさに苦しまねばならぬであろうと源氏は思って、それはやめることにしたのを、夫人は、「どんなひどい所だって、ごいっしょでさえあれば私はいい」 と言って、行きたい希望のこばまれるのを恨めしく思っていた。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「私は子供の時代から学問を熱心にしていましたが、詩文の方面に進む傾向があると御覧になったのですか、院がこうおっしゃいました、文学というものは世間から重んぜられるせいか、そのほうのことを専門的にまでやる人の長寿と幸福を二つともそろって得ている人は少ない。不足のない身分は持っているのであるから、あながちに文学で名誉を得る必要はない。その心得でやらねばならないって。以来私に本格的な学問をいろいろとおさせになりましたが、できが悪い課目もなく、またすぐれた深い研究のできたこともありませんでした。絵を描くことだけは、それは大きいことではありませんが、満足のできるほど精神を集中させて描いて見たいという希望がおりおり起こったものですが、思いがけなく放浪者になりました時に、はじめて大自然の美しさにも接する機会を得まして、描くべき物は十分に与えられたのですが、技巧がまずくて、思いどおりの物を紙上に表現することはできませんでした。そんなものですからこれだけをお目にかけることは恥ずかしくていたされませんから、今度のような機会に持ち出しただけなのですが、私の行為が突飛なように評されないかと心配しております」」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「何の芸でも頭がなくては習えませんが、それでもどの芸にも皆師匠があって、導く道ができているものですから、深さ浅さは別問題として、師匠の真似をして一通りにやるだけのことはだれにもまずできるでしょう。ただ字を書くことと囲碁だけは芸を熱心に習ったとも思われない者からもひょっくりりっぱな書を書く者、碁の名人が出ているものの、やはり貴族の子の中からどんな芸も出抜けてできる人が出るように思われます。院が御自身の親王、内親王たちに皆何かの芸はお仕込みになったわけですが、その中でもあなたへは特別に御熱心に御教授あそばしましたし、熱心にもお習いになったのですから、詩文のほうはむろんごりっぱだし、そのほかでは琴をお弾きになることが第一の芸で、次は横笛、琵琶、十三絃という順によくおできになる芸があると院も仰せになりました。世間もそう信じているのですが、絵などはほんのお道楽だと私も今までは思っていましたのに、あまりにお上手過ぎて墨絵描きの画家が恥じて死んでしまう恐れがある傑作をお見せになるのは、けしからんことかもしれません」」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「東の院が美々しく落成したので、花散里といわれていた夫人を源氏は移らせた。西の対から渡殿へかけてをその居所に取って、事務の扱い所、家司の詰め所なども備わった、源氏の夫人の一人としての体面を損じないような住居にしてあった。東の対には明石の人を置こうと源氏はかねてから思っていた。北の対をばことに広く立てて、かりにも源氏が愛人と見て、将来のことまでも約束してある人たちのすべてをそこへ集めて住ませようという考えをもっていた源氏は、そこを幾つにも仕切って作らせた点で北の対は最もおもしろい建物になった。中央の寝殿はだれの住居にも使わせずに、時々源氏が来て休息をしたり、客を招いたりする座敷にしておいた。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「この時分に太政大臣が薨去した。国家の柱石であった人であるから帝もお惜しみになった。源氏も遺憾に思った。これまではすべてをその人に任せて閑暇のある地位にいられたわけであるから、死別の悲しみのほかに責任の重くなることを痛感した。帝は御年齢の割に大人びた聡明な方であって、御自身だけで政治をあそばすのに危げもないのであるが、だれか一人の御後見の者は必要であった。だれにそのことを譲って静かな生活から、やがては出家の志望も遂げえようと思われることで源氏は太政大臣の死によって打撃を受けた気がするのである。源氏は大臣の息子や孫以上に至誠をもってあとの仏事や法要を営んだ。今年はだいたい静かでない年であった。何かの前兆でないかと思われるようなことも頻々として起こる。日月星などの天象の上にも不思議が多く現われて世間に不安な気がみなぎっていた。天文の専門家や学者が研究して政府へ報告する文章の中にも、普通に見ては奇怪に思われることで、源氏の内大臣だけには解釈のついて、そして疚しく苦しく思われることが混じっていた。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「帝は王命婦にくわしいことを尋ねたく思召したが、今になって女院が秘密を秘密とすることに苦心されたことを、自分が知ったことは命婦にも思われたくない、ただ大臣にだけほのめかして、歴史の上にこうした例があるということを聞きたいと思召されるのであったが、そうしたお話をあそばす機会がお見つかりにならないためにいよいよ御学問に没頭あそばされて、いろいろの書物を御覧になったが、支那にはそうした事実が公然認められている天子も、隠れた事実として伝記に書かれてある天子も多かったが、この国の書物からはさらにこれにあたる例を御発見あそばすことはできなかった。皇子の源氏になった人が納言になり、大臣になり、さらに親王になり、即位される例は幾つもあった。りっぱな人格を尊敬することに託して、自分は源氏に位を譲ろうかとも思召すのであった。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「私は過去の青年時代に、みずから求めて物思いの多い日を送りました。恋愛するのは苦しいものなのですよ。悪い結果を見ることもたくさんありましたが、とうとう終いまで自分の誠意がわかってもらえなかった二つのことがあるのですが、その一つはあなたのお母様のことです。お恨ませしたままお別れしてしまって、このことで未来までの煩いになることを私はしてしまったかと悲しんでいましたが、こうしてあなたにお尽くしすることのできることで私はみずから慰んでいるもののなおそれでもおかくれになったあなたのお母様のことを考えますと、私の心はいつも暗くなります」」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「源氏の大臣から熱心に結婚が申し込まれていらっしゃるのだったら、いいじゃありませんかね、今はじめての話ではなし、ずっと以前からのことなのですからね、お亡くなりになった宮様もあなたが斎院におなりになった時に、結婚がせられなくなったことで失望をなすってね、以前宮様がそれを実行しようとなすった時に、あなたの気の進まなかったことで、話をそのままにしておいたのを御後悔してお話しになることがよくありましたよ。けれどもね、宮様がそうお思い立ちになったころは左大臣家の奥さんがいられたのですからね、そうしては三の宮がお気の毒だと思召して第二の結婚をこちらでおさせにはなりにくかったのですよ。あなたと従妹のその奥様が亡くなられたのだし、そうなすってもいいのにと私は思うし、一方ではまた新しく熱心にお申し込みがあるというのは、やはり前生の約束事だろうと思う」」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「大学へ若君が寮試を受けに行く日は、寮門に顕官の車が無数に止まった。あらゆる廷臣が今日はここへ来ることかと思われる列席者の派手に並んだ所へ、人の介添えを受けながらはいって来た若君は、大学生の仲間とは見ることもできないような品のよい美しい顔をしていた。例の貧乏学生の多い席末の座につかねばならないことで、若君が迷惑そうな顔をしているのももっともに思われた。ここでもまた叱るもの威嚇するものがあって不愉快であったが、若君は少しも臆せずに進んで出て試験を受けた。昔学問の盛んだった時代にも劣らず大学の栄えるころで、上中下の各階級から学生が出ていたから、いよいよ学問と見識の備わった人が輩出するばかりであった。文人と擬生の試験も若君は成績よく通ったため、師も弟子もいっそう励みが出て学業を熱心にするようになった。源氏の家でも始終詩会が催されなどして、博士や文士の得意な時代が来たように見えた。何の道でも優秀な者の認められないのはないのが当代であった。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「学問を深くした人であるから韻塞ぎの遊戯には負けたが公務を処理することに賢かった。幾人かの腹から生まれた子息は十人ほどあって、大人になって役人になっているのは次々に昇進するばかりであったが、女は女御のほかに一人よりない。それは親王家の姫君から生まれた人で、尊貴なことは嫡妻の子にも劣らないわけであるが、その母君が今は按察使大納言の夫人になっていて、今の良人との間に幾人かの子女が生まれている中において継父の世話を受けさせておくことはかわいそうであるといって、大臣は引き取ってわが母君の大宮に姫君をお託ししてあった。大臣は女御を愛するほどには決してこの娘を愛してはいないのであるが、性質も容貌も美しい少女であった。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「そうしたわけで源氏の若君とこの人は同じ家で成長したのであるが、双方とも十歳を越えたころからは、別な場所に置かれて、どんなに親しい人でも男性には用心をしなければならぬと、大臣は娘を訓えて睦ませないのを、若君の心に物足らぬ気持ちがあって、花や紅葉を贈ること、雛遊びの材料を提供することなどに真心を見せて、なお遊び相手である地位だけは保留していたから、姫君もこの従弟を愛して、男に顔を見せぬというような、普通の慎みなどは無視されていた。乳母などという後見役の者も、この少年少女には幼い日からついた習慣があるのであるから、にわかに厳格に二人の間を隔てることはできないと大目に見ていたが、姫君は無邪気一方であっても、少年のほうの感情は進んでいて、いつの間にか情人の関係にまで到ったらしい。東の院へ学問のために閉じこめ同様になったことは、このことがあるために若君を懊悩させた。まだ子供らしい、そして未来の上達の思われる字で、二人の恋人が書きかわしている手紙が、幼稚な人たちのすることであるから、抜け目があって、そこらに落ち散らされてもあるのを、姫君付きの女房が見て、二人の交情がどの程度にまでなっているかを合点する者もあったが、そんなことは人に訴えてよいことでもないから、だれも秘密はそっとそのまま秘密にしておいた。后の宮、両大臣家の大饗宴なども済んで、ほかの催し事が続いて仕度されねばならぬということもなくて、世間の静かなころ、秋の通り雨が過ぎて、荻の上風も寂しい日の夕方に、大宮のお住居へ内大臣が御訪問に来た。大臣は姫君を宮のお居間に呼んで琴などを弾かせていた。宮はいろいろな芸のおできになる方で、姫君にもよく教えておありになった。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「あまり学問のできすぎることは不幸を招くことだと大臣も御体験なすったことなのだけれど、あなたをまたそうおしつけになるのだね、」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「と源氏は言うのであった。すなおな性質のこの人は、源氏の言葉に絶対の服従をする習慣から、若君を愛して優しく世話をした。若君は養母の夫人の顔をほのかに見ることもあった。よくないお顔である。こんな人を父は妻としていることができるのである、自分が恨めしい人の顔に執着を絶つことのできないのも、自分の心ができ上がっていないからであろう、こうした優しい性質の婦人と夫婦になりえたら幸福であろうと、こんなことを若君は思ったが、しかしあまりに美しくない顔の妻は向かい合った時に気の毒になってしまうであろう、こんなに長い関係になっていながら、容貌の醜なる点、性質の美な点を認めた父君は、夫婦生活などは疎にして、妻としての待遇にできるかぎりの好意を尽くしていられるらしい。それが合理的なようであるとも若君は思った。そんなことまでもこの少年は観察しえたのである。大宮は尼姿になっておいでになるがまだお美しかったし、そのほかどこでこの人の見るのも相当な容貌が集められている女房たちであったから、女の顔は皆きれいなものであると思っていたのが、若い時から美しい人でなかった花散里が、女の盛りも過ぎて衰えた顔は、瘦せた貧弱なものになり、髪も少なくなっていたりするのを見て、こんなふうに思うのである。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
与謝野源氏は原文にほぼ近い訳らしい
「新春第一日の空の完全にうららかな光のもとには、どんな家の庭にも雪間の草が緑のけはいを示すし、春らしい霞の中では、芽を含んだ木の枝が生気を見せて煙っているし、それに引かれて人の心ものびやかになっていく。まして玉を敷いたと言ってよい六条院の庭の初春のながめには格別なおもしろさがあった。常に増してみがき渡された各夫人たちの住居を写すことに筆者は言葉の乏しさを感じる。春の女王の住居はとりわけすぐれていた。梅花の香も御簾の中の薫物の香と紛らわしく漂っていて、現世の極楽がここであるような気がした。さすがにゆったりと住みなしているのであった。女房たちも若いきれいな人たちは姫君付きに分けられて、少しそれより年の多い者ばかりが紫の女王のそばにいた。上品な重味のあるふうをして、あちらこちらに一団を作っているこうした女房らは歯固めの祝儀などを仲間どうしでしていた。鏡餅なども取り寄せて、今年じゅうの幸福を祈るのに興じ合っている所へ主人の源氏がちょっと顔を見せた。懐中手をしていた者が急に居ずまいを直したりしてきまりを悪がった。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「引き分かれ年は経れども鶯の巣立ちし松の根を忘れめや 少女の作でありのままに過ぎた歌である。 夏の夫人の住居は時候違いのせいか非常に静かであった。わざと風流がった所もなく、品よく、貴女の家らしく住んでいた。源氏と夫人の二人の仲にはもう少しの隔てというものもなくなって、徹底した友情というものを持ち合っていた。現在では肉体の愛を超越した夫婦であった。しかも精神的には永久に離れまいと誓い合う愛人どうしである。几帳を隔てて花散里はすわっていたが、源氏がそれを手で押しやると、また花散里はそうするままになっていた。お納戸色という物は人をはなやかに見せないものであるが、その上この人は髪のぐあいなどももう盛りを通り過ぎた人になっていた。優美な物ではないが添え毛でもすればよいかもしれぬ。」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「私がいろいろと考えたり、言ったりしていても、あなたにこうしたいと思っておいでになることがないのであろうかと、気づかわしい所もあります。内大臣に名のって行くことも、まだ結婚前のあなたが、長くいっしょにいられる夫人や子供たちの中へはいって行って幸福であるかどうかが疑問だと思って私は躊躇しているのです。女として普通に結婚をしてから出会う機会をとらえたほうがいいと思うのですが、その結婚相手ですね、兵部卿の宮は表面独身ではいられるが、女好きな方で、通ってお行きになる人の家も多いようだし、また邸には召人という女房の中の愛人が幾人もいるということですからね、そんな関係というものは、夫人になる人が嫉妬を見せないで自然に矯正させる努力さえすれば、世間へ醜態も見せずに穏やかに済みますが、そうした気持ちになれない性格の人は、そんなつまらぬことから夫婦仲がうまくゆかずに、良人の愛を失ってしまう結果にもなりますから、ある覚悟がいりますよ。右大将は若い時からいっしょにいた夫人が年上であることなどから、その人と別れるためにも、新たな結婚をしたがっているのですが、しかし、それも面倒の添った縁だと人の言うそれですからね、だから私も相手をだれとも仮定して考えて見ることができないのです。こんなことは親にもはっきりと意見の述べられない問題なのだが、あなたもひどくまだ若いというのではないから、自身の結婚する相手について判断のできない訳はないと思う。私をあなたのお母様だと思って、何でも相談してくだすったらいいと思う。あなたに不満足な思いをさせるような結婚はさせたくないと私は思っているのです」」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「私がいろいろと考えたり、言ったりしていても、あなたにこうしたいと思っておいでになることがないのであろうかと、気づかわしい所もあります。内大臣に名のって行くことも、まだ結婚前のあなたが、長くいっしょにいられる夫人や子供たちの中へはいって行って幸福であるかどうかが疑問だと思って私は躊躇しているのです。女として普通に結婚をしてから出会う機会をとらえたほうがいいと思うのですが、その結婚相手ですね、兵部卿の宮は表面独身ではいられるが、女好きな方で、通ってお行きになる人の家も多いようだし、また邸には召人という女房の中の愛人が幾人もいるということですからね、そんな関係というものは、夫人になる人が嫉妬を見せないで自然に矯正させる努力さえすれば、世間へ醜態も見せずに穏やかに済みますが、そうした気持ちになれない性格の人は、そんなつまらぬことから夫婦仲がうまくゆかずに、良人の愛を失ってしまう結果にもなりますから、ある覚悟がいりますよ。右大将は若い時からいっしょにいた夫人が年上であることなどから、その人と別れるためにも、新たな結婚をしたがっているのですが、しかし、それも面倒の添った縁だと人の言うそれですからね、だから私も相手をだれとも仮定して考えて見ることができないのです。こんなことは親にもはっきりと意見の述べられない問題なのだが、あなたもひどくまだ若いというのではないから、自身の結婚する相手について判断のできない訳はないと思う。私をあなたのお母様だと思って、何でも相談してくだすったらいいと思う。あなたに不満足な思いをさせるような結婚はさせたくないと私は思っているのです」」
—『全訳 源氏物語 二 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
Posted by ブクログ
p462
目次
蛍
★常夏とこなつ
篝火かがりび
野分のわき
行幸みゆき
藤袴ふじばかま
真木柱まきばしら
梅が枝うめがえ
藤のうら葉ふじのうらば
若菜 上
若菜 下
源氏物語という日本最高の文学も女が作ってる日本にフェミなんて不要だよね。日本からしたらフェミなんて2000歩遅いよ。
源氏物語、光源氏パートより、薫パートの方が好きなんだけど同じ人居るかな?
与謝野源氏ってさっぱりしててねっとりした陰影がなくてちょっと男性的だよね。
与謝野源氏読んだら、与謝野晶子についても知りたくなった。なんだかんだ与謝野晶子何も読んだことない。
「玉鬘の西の対への訪問があまりに続いて人目を引きそうに思われる時は、源氏も心の鬼にとがめられて間は置くが、そんな時には何かと用事らしいことをこしらえて手紙が送られるのである。この人のことだけが毎日の心にかかっている源氏であった。なぜよけいなことをし始めて物思いを自分はするのであろう、煩悶などはせずに感情のままに行動することにすれば、世間の批難は免れないであろうが、それも自分はよいとして女のために気の毒である。どんなに深く愛しても春の女王と同じだけにその人を思うことの不可能であることは、自分ながらも明らかに知っている。第二の妻であることによって幸福があろうとは思われない。自分だけはこの世のすぐれた存在であっても、自分の幾人もの妻の中の一人である女に名誉のあるわけはない。平凡な納言級の人の唯一の妻になるよりも決して女のために幸福でないと源氏は知っているのであったから、しいて情人にするのが哀れで、兵部卿の宮か右大将に結婚を許そうか、そうして良人の家へ行ってしまえばこの悩ましさから自分は救われるかもしれない。消極的な考えではあるがその方法を取ろうかと思う時もあった。しかもまた西の対へ行って美しい玉鬘を見たり、このごろは琴を教えてもいたので、以前よりも近々と寄ったりしては決心していたことが揺いでしまうのであった。玉鬘もこうしたふうに源氏が扱い始めたころは、恐ろしい気もし、反感を持ったが、それ以上のことはなくて、やはり信頼のできそうなのに安心して、しいて源氏の愛撫からのがれようとはしなかった。返辞などもなれなれしくならぬ程度にする愛嬌の多さは知らず知らずに十分の魅力になって、前の考えなどは合理的なものでないと源氏をして思わせた。それでは今のままに自分の手もとへ置いて結婚をさせることにしよう、そして自分の恋人にもしておこう、処女である点が自分に躊躇をさせるのであるが、結婚をしたのちもこの人に深い愛をもって臨めば、良人のあることなどは問題でなく恋は成り立つに違いないとこんなけしからぬことも源氏は思った。それを実行した暁にはいよいよ深い煩悶に源氏は陥ることであろうし、熱烈でない愛しようはできない性質でもあるから悲劇がそこに起こりそうな気のすることである。」
—『全訳 源氏物語 三 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「八重の山吹の咲き乱れた盛りに露を帯びて夕映えのもとにあったことを、その人を見ていて中将は思い出した。このごろの季節のものではないが、やはりその花に最もよく似た人であると思われた。花は美しくても花であって、またよく乱れた蕊なども盛りの花といっしょにあったりなどするものであるが、人の美貌はそんなものではないのである。だれも女房がそばへ出て来ない間、親しいふうに二人の男女は語っていたが、どうしたのかまじめな顔をして源氏が立ち上がった。」
—『全訳 源氏物語 三 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「なんですこれは、中将の下襲なんですか。御所の壺前栽の秋草の宴なども今年はだめになるでしょうね。こんなに風が吹き出してしまってはね、見ることも何もできるものでないから。ひどい秋ですね」 などと言いながら、何になるのかさまざまの染め物織り物の美しい色が集まっているのを見て、こうした見立ての巧みなことは南の女王にも劣っていない人であると源氏は花散里を思った。源氏の直衣の材料の支那の紋綾を初秋の草花から摘んで作った染料で手染めに染め上げたのが非常によい色であった。「これは中将に着せたらいい色ですね。若い人には似合うでしょう」 こんなことも言って源氏は帰って行った。」
—『全訳 源氏物語 三 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「「こんな問題ではお上の御忠告にも昔の私はお服しすることができなかったのだから、口を出したくはないのだが、今になって考えると、その時の御教訓は永久の真理だったとよくわかる。長く独身でいれば、実現されない幻を描いているかのように人も見るだろうし、それが宿命であるかはしらないが、ついには何の価値もない女といっしょになってしまうような結果を生むことにもなっては、初めよし、後わろしになってしまう。思い上がっていても若い間はほかから誘惑があるからね、多情な行為におちやすいものだが、堕落をしないように心がけねばならない。宮中に育って、自由らしいことは何一つできずに、ただ過失らしいことが一つあるだけでも世間はやかましく批難するだろうと戦々兢々としていた青年の私でも、やはり恋愛をあさる男のように言われて悪く思われたものなのだ。身分が低くて注目するものがないなどと思って放縦なことをしてはいけないよ。驕慢の心の盛んな時に、女の問題で賢い人が失敗するようなことは歴史の上にもあることだからね。思ってならない人を思って、女の名も立て自身も人の恨みを負うようなことをしては一生の心の負担になる。不運な結婚をして、女の欠点ばかりが目について苦しいようなことがあっても、そうした時に忍耐をして万人を愛する人道的な心を習得するようにつとめるとか、もしくは娘の親たちの好意を思うことで足りないことを補うとか、また親のない人と結婚した場合にも、不足な境遇も妻が価値のある女であればそれで補うに足ると認識すべきだよ。そうした同情を持つことは自身のためにも妻のためにも将来大きな幸福を得る過程になるのだ」」
—『全訳 源氏物語 三 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「あとで東宮は淑景舎の方の手から所望をおさせになったために、女三の宮から唐猫が献上された。噂されたとおりに美しい猫であると言って、東宮の御殿の人々はかわいがっているのであったが、衛門督は東宮は確かに興味をお持ちになってお取り寄せになりそうであると観察していたことであったから、猫のことを知りたく思って幾日かののちにまた参った。まだ子供であった時から朱雀院が特別にお愛しになってお手もとでお使いになった衛門督であって、院が山の寺へおはいりになってからは東宮へもよく伺って敬意を表していた。琴など御教授をしながら、衛門督は、「お猫がまたたくさんまいりましたね。どれでしょう、私の知人は」 と言いながらその猫を見つけた。非常に愛らしく思われて衛門督は手でなでていた。宮は、「実際容貌のよい猫だね。けれど私には馴つかないよ。人見知りをする猫なのだね。しかし、これまで私の飼っている猫だってたいしてこれには劣っていないよ」 とこの猫のことを仰せられた。「猫は人を好ききらいなどあまりせぬものでございますが、しかし賢い猫にはそんな知恵があるかもしれません」 などと衛門督は申して、また、「これ以上のがおそばに幾つもいるのでございましたら、これはしばらく私にお預からせください」 こんなお願いをした。心の中では愚かしい行為をするものであるという気もしているのである。 結局衛門督は望みどおりに女三の宮の猫を得ることができて、夜などもそばへ寝させた。夜が明けると猫を愛撫するのに時を費やす衛門督であった。人馴つきの悪い猫も衛門督にはよく馴れて、どうかすると着物の裾へまつわりに来たり、身体をこの人に寄せて眠りに来たりするようになって、衛門督はこの猫を心からかわいがるようになった。物思いをしながら顔をながめ入っている横で、にょうにょうとかわいい声で鳴くのを撫でながら、愛におごる小さき者よと衛門督はほほえまれた。」
—『全訳 源氏物語 三 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著
「恋ひわぶる人の形見と手ならせば汝よ何とて鳴く音なるらん」
—『全訳 源氏物語 三 新装版 (角川文庫)』紫式部, 與謝野 晶子著