サッチャーほど毀誉褒貶の激しい首相は少ないであろう。それは、彼女が初の英国女性首相であるためではなく、その妥協を知らない交渉スタイル、そして「鉄の女」と称されるほどの強い信念を、内政、外交(軍事含む)において臆することなく発揮したことによる。
本書において、英国の1970年代の停滞期から脱する過程
...続きを読む、そして望まざる退陣までの動きが、英国の政治思潮や周辺諸国との歴史的経緯を都度概説を加えながら叙述されている。
彼女の信念は「人々に(社会扶助が)全ての国家によって実施可能だという考え方を植え付ければ、人間性の最も枢要な構成要素である道徳的責任を人々から奪い取る(p.34)」という演説の一節に顕著に現れており、(彼女の信仰する)メソジストの教え、そして食料品店を営む父との”life over the shop”から体得した勤勉さが浮かび上がってくる。
彼女は、外交や軍事を不得手としたが、フォークランド戦争を勝利に導き、また冷戦終結への端緒を開いた、優れた指導者であった。
しかし、後年は、その妥協なき姿勢によって協力者を失い、政権を追われることとなった。
その頃英国が抱えていた懸案の一つが、単一欧州議定書への交渉の中での欧州為替相場メカニズム(ERM)への参加であり、通貨同盟への参加への彼女の強い拒否は、英国除く欧州諸国にとって、英国を厭わしいたらしめていた。それは、単にERMのみならず、拠出金返還を強く要求していたこともあって、なお一層倦怠感を欧州に持たせてしまっていた。
これが、今のBrexitの伏線となったかは、議論が分かれるところだが、少なくともBrexitに至る英国の欧州共同体に対するスタンスは、決して(英国除く)欧州諸国よりは冷笑的で、その理念に対する熱意にかけていたことがよく分かったのは、収穫であった。