作品一覧

  • 北京燃ゆ―義和団事変とモリソン
    5.0
    1900年6月、北京の列国公使館区域は義和団・清国軍によって包囲された。ロンドンタイムズ特派員モリソンの眼を通じて、守備軍の中心となり活躍する日本人の姿を描く歴史ドキュメント。
  • 日露戦争を演出した男 モリソン(全2巻)上
    5.0
    超一流のジャーナリストでありながら大英帝国の極東利権の番人として破天荒な生き方を貫いた男の赤裸々に綴られた日記・書簡・メモ等の未紹介資料で描く「もう一つの日露戦争」。
  • 辛亥革命とG・E・モリソン 日中対決への道
    5.0
    1巻1,936円 (税込)
    破天荒のジャーナリストが書き残した資料を読み解き、日本外交の原点に迫る! 19世紀末、動乱の北京に23年間を過ごしたモリソン。前半はロンドン・タイムズ特派員として反露親日の国際世論を喚起して日露戦争における日本の勝利に大きく貢献したが、後半は中華民国大統領袁世凱の政治顧問として反日の急先鋒に立ち、嵐の中をかろうじて進む新中国の舵取りに携わった破天荒のジャーナリストが書き残した資料を読み解き、日本外交の原点に迫る! 辛亥革命の知られざる実相と諸列強の暗闘を描いた労作。  【モリソンの紹介】 G・E・モリソン  George Ernest.Morrison(1862-1920)  動乱の北京で23年間、前半はロンドンタイムズ特派員として反露親日の国際世論を喚起して日本の勝利に大きく貢献し、後半は中華民国大総統の政治顧問として反日の急先鋒に立ち、嵐の中をかろうじて進む新中国の舵取りをしたオーストラリア人。 日本の東洋学研究の発展に貢献した「東洋文庫」の礎となった二万数千冊に及ぶ「モリソン文庫」でも知られている。

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ユーザーレビュー

  • 辛亥革命とG・E・モリソン 日中対決への道

    Posted by ブクログ

    『日露戦争を演出した男モリソン』と『北京燃ゆ―義和団事変とモリソン』に続く、著者のモリソン研究の第三弾。
    19世紀末から20世紀初頭にかけてロンドン・タイムズの北京特派員となり、辛亥革命後は中華民国大総統・袁世凱の政治顧問となった豪州人ジャーナリスト、ジョージ・アーネスト・モリソンの生涯の最後の部分を描いています。
    英国のアジアにおける権益を守るため、日本を鼓舞してロシアに当たらせたモリソンが、日露戦争後は一転して反日になったのは何故か?
    親日的であった彼が反日に転じた理由は、日本の成功と、40年後の破滅への道を示しています。
    キーワードは「英国の権益」ですが、もう一つ、豪州人としての視点も描

    0
    2010年12月07日
  • 北京燃ゆ―義和団事変とモリソン

    Posted by ブクログ

    19世紀最後の世界的大事件、義和団事変(1900年)。
    公使館街に閉じ込められた外交官たちとその家族は、いかにして危機を乗り切ったか?
    ロンドンタイムズ紙の北京特派員で、重要機密を何度もスッパ抜いた「北京ライオン」ことジョージ・アーネスト・モリソン(George Ernest Morrison)の活躍を通して、事件の背景から発生・経過・結末までを描いています。
    救援部隊を送り込んだ八ヶ国の思惑の違い、連合軍の足並みなどが描写されていて面白いです。
    最初に殺害されたのがドイツ公使ケテラー男爵だったことで、またまたドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が大暴れしてますねw
    まるで北の将軍様みたいにw

    0
    2009年10月04日
  • 日露戦争を演出した男 モリソン(全2巻)下

    Posted by ブクログ

    ついに日露開戦!
    戦争の経過、日本を支援する米英の外交的駆け引き、ポーツマスにおける講和会議の展開、小村寿太郎外相の不手際とロシア全権代表ウィッテの手練手管。
    「戦争に勝って、外交で負けた」と言われた日露戦争の内実を描いています。
    乃木大将の苦戦で有名な二百三高地のステッセル将軍は何故降伏した?
    そして戦後の日本が選んだ道は・・・?
    意外にも、全然関係なさそうなドイツ皇帝ヴィルヘルム2世(当時、世界最大のトラブルメーカーw)が元気溌剌に謀略を駆使してます。

    ニン、トン♪

    0
    2009年10月04日
  • 日露戦争を演出した男 モリソン(全2巻)上

    Posted by ブクログ

    「小黄猿(日本)は必ず大白熊(ロシア)に勝てる。和平などとんでもない!」
    こんな過激なことを言って日露戦争を仕掛けた人物がいました。
    ロンドンタイムズ紙の北京特派員で、後に中華民国大総統・袁世凱の顧問を務めたジョージ・アーネスト・モリソン(George Ernest Morrison)。
    日本で東洋史を研究する人なら、なんらかの形で関わる『東洋文庫』の設立のきっかけともなった人です。
    豪州人ジャーナリストの彼は、極東における大英帝国の権益を守るため、日本を尖兵としてロシアに当たらせようと奔走。
    彼が見極めた、日本がロシアに勝てる可能性とは?
    豪州は英連邦の自治領でしたが、彼は宗主国

    0
    2009年10月04日
  • 日露戦争を演出した男 モリソン(全2巻)下

    Posted by ブクログ

    まず、著者、ウッドハウス瑛子氏の研究に深く敬意を表します。
    丹念に資料をおい、世界史の中に日露戦争を位置付け、それをタイムス記者モリソンからの視点で描いたこの作品は非常に深い示唆を与えてくれます。

    ーーーーーーーーーーーーーー

    さて、日本の外交を見たとき、不平等条約の改正交渉、日清戦争後の三国干渉、日露戦争後のポーツマス条約(本書P181以降)、そして日独伊三国同盟からの第二次世界大戦突入などをあげて、当時の日本の外交の未熟さ、稚拙さを指摘することは容易であろう。

    しかし、一方でロシアによる旅順港へのスパイ侵入を高い感度で防いだ上海総領事代理小田切万寿之助など、インテリジェンスの領域で大

    0
    2019年02月24日

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