保育問題が話題だ。
しかし感情論や、男性・女性、共働き・専業主婦家庭などにより意見は様々で、少し距離をとって全体像を把握する必要がある。
「子どもがうるさい」といった理由で保育所建設が中止にもなる事例も多いが、著者が繰り返し記述している「子どもを社会が育てる」という視点が欠けているようにも思う。
2014年に刊行された本書の著者は保育園の運営をした後、大学で教鞭を取っており、実務面と制度面がバランスよく記述されている。
まず前提として押さえておきたいのが、本書における「保育者」は保育士と幼稚園教諭の両方を含んでおり、内容も両者にまたがることだ。
次に、保育所は児童福祉法を根拠として保育所保育指針に基づいている一方、幼稚園は学校教育法を根拠として幼稚園教育要領に基づいており、そもそもルーツが異なることである。
この垣根は取り払われつつあるが、現状では良くも悪くも、法的根拠も目的も異なる。
児童福祉法が定める保育所は「保育に欠ける」乳幼児のために設置されている福祉施設である。
なお、全ての保育所で0歳からの保育実施が拡充されたのは1998年のことで、そう古い話ではない。
保育に欠けている状態について、本書では両親と子供1人の3人家族が例として取り上げられている。
母親は朝5時前に起きて高時給のゴルフ場で2時間働き、帰宅後に朝食を作り、子供を保育所に送った後、スーパーでパート勤務をする。
父親は自動車修理工場で働いているが所得が低く、退勤後にさらにコンビニで22時までいている。
やや極端な事例とは思えるが「保育に欠ける」というのがどのような状態を想定しているのかについて、整理する必要があるように思える。
また、保育所はあくまで子どものための施設であり「女性の就労支援」を主目的とはしていない。
「日本死ね」で話題となった「はてな匿名ダイアリー」の記事も、「一億総活躍社会」という言葉に対する反発として「保育所に預けられなかったから、私、活躍できねーじゃねーか」という趣旨であった。
これに対する反応としては「女性の就労問題」について広く論じられるべきで、「保育所の待機児童問題」だけに論点が集中してしまっては、議論が混乱してもやむを得ないように思える。
本書ではさらに、客観的なデータも掲載されている。
全国平均の幼稚園在籍率は57.6%、保育所在籍率は38.8%となっている。
しかし都道府県による違いは非常に大きい。
例えば沖縄県は幼稚園在籍率が81.1%、保育所在籍率は17.8%である。
しかし、長野県は幼稚園在籍率が23.4%、保育所在籍率は74.1%となっている。
では沖縄県には保育所のニーズがないのかというと、那覇市は東京都世田谷区に次いで全国で2番目に待機児童が多い。つまり保育所在籍率の低さは保育所不足によると想像できる。
一方、なぜ長野県が保育所在籍率が日本一高いのか(平均の約2倍)、筆者ではその理由は思いつかない。
このように、地域それぞれの特性・事情がありそうだ。
ところで、2015年4月から保育については新制度が始まっており、本書の刊行はその施行前だが、制度の説明がされている。
保育支援は大きく2に分類できるようである。
1つめは施設給付型で「保育所」「幼稚園」に加え「認定こども園」がある。
認定こども園は「幼保連携型」「保育所型」「幼稚園型」「地方裁量型」がある。
2つめは地域保育給付と呼ばれるもので「小規模保育」「家庭的保育」「居宅訪問型保育」「事業所型保育」がある。
筆者は、待機児童解消について、主に幼稚園が0歳保育を始めることによる「認定こども園」によって目指されていると思っていたが、著者によればそれば困難なようであり(理由については本書をお読みいただきたい)、むしろ2つめの地域保育給付のほうが重要なようだ。
また本書では、やはり話題になっている保育士の待遇についても触れられている。
主に「給与の低さ」「労働負担の大きさ」「無給の時間外労働・持ち帰る仕事の多さ」「職務上のストレス」をネガティブな面として紹介・改善を求めつつ、「やりがいを感じている保育士が多い」ことをポジティブな面として紹介している。
ところで、筆者がいつもひっかかるのが本書でも登場する「保育士の専門性」といった言葉である。
待遇改善の根拠としてこの専門性を取り上げられることが多いように思えるが、例えば弁護士・公認会計士、あるいはメーカーの研究職などに比べて、保育士が専門性が高いとは思えない。
そもそも何らかの職業についていれば、一定の専門性は持つのが普通だ。
保育所に預けていない母親は特に専門的な知識・技術を用いずに育児をしているのであり、もし保育士の持つ専門性が子どもの成長にそれほど重要な役割を果たすならば、保育所に入所できない子どもは、その知識・技術を享受できていないことになり、より大きな問題である。
(しかしそのような指摘は筆者の知る範囲ではない)
なので、筆者の感覚としては、「保育士は専門的であるのに待遇が悪い」という主張よりも、単純に多人数の同時育児という労働負担に対する対価としての給与の低さの改善を求めたほうが共感を得やすいし、実際に改善されるべきだと思う。