雨海弘美の作品一覧
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Posted by ブクログ
モンクとその家族を通して、人種をめぐる社会や世間の不条理さが語られているのだが、その語り口に悲嘆や諦念はあまりなく、むしろ風刺の効いた展開がユーモラスだった。
とりわけ印象的なのは、モンクが作家として熱心に取り組んだギリシア悲劇の研究が受け入れられず、書店では黒人作家というだけでアフリカ系アメリカ人研究の棚に置かれてしまう一方、貧困、暴力、性を前面に押し出した、いかにも「黒人らしい」と期待される小説が大金を生み、大きな賞まで得てしまうところだ。ここに、この作品の最大の皮肉がある。
人種差別というと、私はこれまで、James のように肌の色によって露骨に蔑み、区別するものをまず思い浮かべていた。けれどこの作品で描かれるのは、「あなたはこうあるべきだ」というアイデンティティの押しつけであり、それはむしろもっと厄介で根深いものに思えた。そうした息苦しさを、説教ではなく風刺として描くところに、この作品の機知がある。
それにしても、巻末の著者紹介で パーシヴァル・エヴェレット をまず「アフリカ系アメリカ人作家」と紹介してしまうのは、なんとも皮肉である。
Posted by ブクログ
【原題】Erasure
大学で教えながら高尚な小説を書いているアフリカ系アメリカ人のセロニアス・エリスン(通称:モンク)。自身の新作の小説は「黒人らしさが足りない」と言われて出版を断られているのに、低俗な黒人小説が売れていることに腹を立てている。独身で西海岸に住んでいる彼の実家はワシントンにあり、母は認知症、貧しい人のための中絶を行っていた医師の姉は反対派の人間に撃たれ、ゲイの兄はカミングアウトして離婚、金銭的に苦しくなったモンクは、別名(スタッグ・リー)で低俗で世間受けしそうな黒人小説を書き、これが売れてしまう…。
本書は2001年の出版で、時代設定は1990年代。「ジェイムズ」よりも20年以上前の作品だが、同様の視点の作品と感じた。
人種差別は不公正なことであるという考えは広く認知されているが、「黒人はこういうもの」というステレオタイプな見方は消えていない。黒人は知的に劣っているという先入観は表立っては出てこないが抜けがたく存在している。だからこそ知的なモンクの作品は評価されず、スタッグ・リーの低俗な作品が「真に迫っている」として高い評価を受ける。
この隠れた抜きがたい偏見を主題としながら、親の介護や兄弟の確執など普遍的かつ現代的な問題も取り入れた作品で、ストーリーも面白い。
「消失」が書かれた25年前は、建前としては、差別は悪いこと、歴史的な過ちは正すべきこと、という見方が大勢であったように思う。今は、逆に「ポリティカルコレクトネス」が嫌われ、おおっぴらに人種差別発言が通っているのではないか。
Posted by ブクログ
『ジェイムズ』のパーシヴァル・エヴェレットの新作と聞いて飛びついたが、2001年の作品だった!
それも話題になったあの ニューヨーク・タイムズ紙が選ぶ『21世紀のベスト・ブック100冊』でなんと20位という素晴らしい評価!
面白かった。
作家が白人なのか黒人なのか、もうそんなのどっちでもよくない?黒人はアフリカ系アメリカ人と名乗らせるのに白人はアメリカ人…?フランス系かアイルランド系かもしれないっていうのに?
芸術にいちいちそんな言い方必要なのか…
2001年から20年以上経った今も新鮮に読めてしまうことを翻訳者の雨海さんもあとがきで なげいています。
先日読書会で読んだクッツェーの『鉄の時代』で、浮浪者ファーカイルという重要な登場人物が白人なのか黒人なのかで意見が別れました。
文学なんてそれぞれのイメージで読めばいいのだと思うけれど、ステレオタイプなイメージとういうのがいつまでもある… そういう物語でした!
主人公はセロニアス・エリスン 通称モンク(いいよね、大好き!)
「私が暮らす社会に言わせれば、私は黒人であり、黒人が私の人種、ということになる」
モンクは作家だが、時々大学で教えている。書いているのは知的で難解な文学であり、本は売れない。ギリシャ悲劇の語り直し的作品を書いても、黒人作家に求めていないと批判されるし、書店では残念なことにその素晴らしいギリシャ研究の本はアフリカ系アメリカ人研究の棚に置かれている…
黒人作家に求められるのは、貧しく、差別を受けながらもアメリカで生きていく…みたいな大衆的で自虐的、涙を誘う(臭い)作品なのだ。
医者の息子というブルジョワな家にうまれ、末っ子の変わり者、文学的哲学的な資質から、父親に特別視されてきたため、兄姉との関係も微妙。
母親の住むワシントンに暮らす、父のような正義感の強い医師である姉リサと(彼女は中絶反対派からの嫌がらせを受けている)
アリゾナで美容外科医をしているゲイの兄(結婚して子どももいたが今は離婚し親権も剥奪されそうな状況)ビルがいる。
学会に出席するため故郷に帰るところから物語ははじまる。
母は近ごろ物忘れがひどく、この先の暮らしを姉のリサも悩んでいる。モンクは何か手伝いたいが、自分の本は売れないし、大学の仕事も継続が危うい。
兄のビルは離婚による金銭的危機にあり、あてにできない。
しかしある事件がおき、モンクが母親と家政婦のロレインのもとで暮らすことになる。
父の書斎にあったタイプライターを前にモンクはなぜか大衆的黒人小説『マイ・パフォロジー』または『FUCK』を偽名で書き上げた。これが…(作中作として100ページほど読まされるがムカつくけど面白い)発売前から批評家たちに絶賛されベストセラーになっていく。そのおかげで得た大金で、母とロレインの生活を支えることができるようになるのだ。
ある日モンクはとある文学賞の審査員の仕事を受ける。しかしまさかそこに、偽名で書いた自分の作品が…!
ところでここまでアメリカ人とアフリカ系アメリカ人について批判的にかいているのになんと集英社さんカバーの裏にエヴェレットの顔写真とプロフィールにしっかりとアフリカ系アメリカ人と書いているのが矛盾してますね。
Posted by ブクログ
自宅のカウチで泣きながら、読みました。
アメリカ人の夫を持ち、日米ミックスの子どもたちを持つ自分にとって、とても他人事とは思えない手記。この辛く尊い体験を我々にシェアしてくれてありがとう、と著者に伝えたい。
著者のオンマのように、自分は日本の食文化を子どもたちに継承することができるだろうか? レシピだけじゃなく、「風邪のときには松の実のおかゆ」「後でお腹がふくれるとわかっていても食べてしまう寒空の下の焼き栗」のような、シチュエーションやエピソードに紐づいた食の文化を? うちの子たちは、アメリカンなごはんばかり食べているので。
19章に、「母はわたしの守護者(チャンピオン)、わたしの記録保管庫(アーカイブ)だった。」という一文が出てくるけど、母は韓国文化の守護者、記録保管庫でもあったんだなと思う。母がいなくなると、子はその文化にアクセスできなくなる。祖国の言葉も忘れ、祖国に残った家族とのつながりも断たれる。だから自分が死ぬ前に、アーカイブを子どもに移さないといけない。それは親子だけのパーソナルな関係でなく、もっと長期的・社会的に考えなければいけない問題でもある。
とはいえ、「今は英語で会話している自分も、病にふせったら日本語が中心になり、日本食だけを求めるようになるのかな?」と不安になり、ちゃんと看病してもらえるように夫と子どもに日本語教育しないとな……などと、個人的思惑も十分にかき立てられる。うちの夫なんて、風邪のときはベーコンエッグとか作ってくるもの。
そんな、社会的にも個人的にも捉えられる壮大な手記でした。
この物語がアメリカで大ベストセラーになったのも、アジア系としては嬉しい。今度アメリカへ行ったときは原著を入手しよう……もちろん翻訳も素晴らしかったけども。英語の本なのに韓国語の固有名詞が多くて訳すの大変だったろうな。訳してくださり、ありがとうございました。