本書『mRNAワクチンの衝撃: コロナ制圧と医療の未来』は コロナワクチンを開発した会社の1つであるドイツのビオンテックを取り上げたノンフィクションだ。 日本では同じようにmRNAを用いたワクチン開発会社であるモデルナはよく知られているが、ビオンテックについてはあまり知られていないかもしれない。本書にも詳しく買いてあるが、それほど規模が大きくなかったビオンテックはワクチン配布にあたってはファイザーと提携しており、日本では”ファイザー”ワクチンと呼ばれていたからだ。
生物を真面目に勉強した人をのぞいて、コロナワクチンが広く利用されるようになるまではRNAという単語を知っている人はほとんどいなかったと思う。DNAについてはエンタメや親子関係の確定に広く使われているために普通の単語になっているが、RNAはそういった広まり方をしていないからだ。
このRNAというすごく簡単にいうと、DNAの情報をコピーするために使われている(正確に言えば体内に存在するので、”使う”という表現は正しくないが・・)。
本書によればこのRNAを用いて病気治療を行おうとする考え方は長い間存在していたらしい。mRNAを用いて体内の免疫系を利用する治療方法が確立すれば、よりテーラーメイドな医療を提供することが可能となると考えられていたからだ。
一方でmRANを 利用した治療は、コロナ禍が起こるまではまだ先の話だと考えられていたと本書には書かれている。 これまでにない新しい治療方法であるために、当局の審査や認可を受けるのは簡単ではないし、創薬には莫大な費用がかかるからだ。
ビオンテックは もともとは、感染症に対するワクチンを開発するためのスタートアップではなく、このRNAを用いて がん患者への治療薬を開発することを目的に作られたスタートアップだった。 そのためビオンテックはコロナウイルスが発生した段階においては、すでに上場を果たしており、有望なスタートアップとしてみなされていたらしい。一方でmRNAを用いた新たなプラットフォームを開発するには研究開発資金が十分ではなく、何らかの方法で資金を集めることが必要だったらしい。
コロナワクチンが開発され世の中に広まっていく過程では、このmRNA と言う技術は、まるで突然天から降ってきた発明のように報道されることもあった。自分も含めてバイオ技術を積極的に追い続けていない人間にとっては、 この技術は、当然学校で習ったこともなく、初めて聞く技術だったからだ。
ところが本書を読むと、このmRNAと言う技術は長い間活用のアイデアが温められ、それほど多くはないとはいえ研究が続けられていたことがよくわかる。実用化されなかったのは、適切なタイミングがなかったということと、もっといえば予算がなかったからだ。
本書を読めばわかるとおり、何かものすごい危機やチャンスが発生したからといって、突然新しい発明やアイディアが実現すると言う事は現実世界ではありえないということなのだ。 日の目を見るずっと前からそこに情熱を傾けている人間がおり、あるいは(広い意味での)リスクにかける投資家が何度も倒れた先に、初めて社会を変えるようなイノベーションは実現するのだということを、本書は(そしてmRNAの実用化という例は)教えてくれる。