作品一覧

  • カソウケン(家庭科学総合研究所)へようこそ

    カソウケン(家庭科学総合研究所)へようこそ

    ビジネス・実用

    3.8
    1巻1,650円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 科学ゴコロは家庭で育つ、家庭は科学研究所朝から晩まで、年中無休の家庭科学総合研究所(カソウケン)。研究テーマは、家庭生活。料理や洗濯にも科学がいっぱい。体当たりのおもしろ研究レポート。
  • 科学との正しい付き合い方 疑うことからはじめよう

    科学との正しい付き合い方 疑うことからはじめよう

    ビジネス・実用

    3.6
    1巻1,320円 (税込)
    Dis+coverサイエンス創刊第2弾は、なんとなく難しそうで近寄りがたいイメージのある 「科学」とのゆるいかかわり方、楽しみ方について、 文系と理系の間に立ち、サイエンスコミュニケーターとして活躍してきた 内田麻理香さんが語るものです。 「私はもともと科学アレルギー」「科学なんか、別に知らなくていい」 よく聞くこんな話。それって、ほんとうでしょうか? そもそも、そう思い込んでいるだけ? その結果、自分の視野が狭くなっているとしたら? あたりまえを疑うことから、科学との付き合いがはじまります。 身のまわりにあふれている科学技術の種を拾うだけで、 「新しい扉」が開かれ、あなたの毎日は変わることでしょう。 文系目線の、文系のための科学リテラシー本の決定版の誕生です。
  • 面白すぎる天才科学者たち 世界を変えた偉人たちの生き様

    面白すぎる天才科学者たち 世界を変えた偉人たちの生き様

    小説・文芸

    3.0
    1巻792円 (税込)
    女嫌いで喧嘩好きだったニュートン、女癖が悪かったアインシュタイン、現代数学をつくった不遇の天才ガロアは恋愛沙汰で決闘死、蘇る愛とロマンに生きたシュレーディンガー……歴史に残る偉大な科学者たちの人生は、強烈すぎて面白すぎる! 偉大すぎてダメすぎる巨人たちの激烈な人生を、その人間くさい素顔とともに、人気サイエンスライターコミカルに紹介。こんな偉人伝、読んだことがない!
  • 科学コミュニケーション論の展開

    科学コミュニケーション論の展開

    ビジネス・実用

    -
    1巻3,960円 (税込)
    東日本大震災、新型コロナウイルスなど、人びとの生活を一変させる出来事が起こる現在、科学コミュニケーションはどのようにあるべきなのか? 科学コミュニケーションの科学論、現場からの実践、そしてその広がりについて、多角的な視点から論じる。 【主要目次】 はじめに(藤垣裕子) 第I部 科学コミュニケーション再訪(理論篇) 第1章 「空間人間観」を越えゆくために――欠如モデルの歴史的位置づけ(廣野喜幸) 第2章 一般市民の文脈、自然科学者の文脈――文脈モデルの含意(廣野喜幸) 第3章 科学コミュニケーションの垂直モデルと水平モデル(廣野喜幸) 第4章 科学コミュニケーションのモデル――欠如モデルから垂直モデル/水平モデルへ(内田麻理香) 第5章 市民参加における水平モデル(定松 淳) 第II部 メディアの現場から(実践・事例篇) 第6章 科学コミュニケーションとインターネットコミュニケーション技術・ソーシャルメディア(田中幹人) 第7章 科学ジャーナリズム(須田桃子) 第8章 テレビ 8.1 科学番組制作の実践例(井上智広) 8.2 科学コミュニケーションにおけるテレビの位置づけ(佐倉 統) 第9章 博物館 9.1 科学博物館(小川達也) 9.2 科学展示のキュレーショ(洪 恒夫) 第10章 サイエンスライティング(渡辺政隆) 第11章 科学者・技術者のアウトリーチ 11.1 原発事故後のリスクコミュニケーション(鳥居寛之) 11.2 メディア・アートと自然科学の連携がもたらす新しい発問の仕掛け(ホアン・マヌエル・カストロ、豊田太郎) 第III部 これからの科学コミュニケーション、その広がり(展望篇) 第12章 科学コミュニケーションと初等中等教育(大島まり) 第13章 ヘルスコミュニケーション(孫 大輔) 第14章 ELSIおよびRRIが提起する科学コミュニケーション上の課題(藤垣裕子) おわりに(廣野喜幸)
  • 英語一強時代、日本語は生き残るか

    英語一強時代、日本語は生き残るか

    小説・文芸

    -
    1巻305円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 水村美苗氏(作家)インタビュー「言語の植民地化に日本ほど無自覚な国はない」、会田弘継青山学院大学教授・宇野重規東京大学教授による対談「“ポスト真実”時代の言語と政治」、三上喜貴長岡技術科学大学教授による「データが示す世界の中の日本語」、情報通信研究機構(NICT)フェローの隅田英一郎氏とサイエンスライター内田麻理香氏による対談「-自動翻訳が拓く未来-英語を勉強しなくてもいい時代がやってくる?」、ロバートキャンベル氏(国文学研究資料館長)による「日本語を学習するとどんなメリットがあるのか」など、さまざまな角度から日本語の未来を考察。また、ハロルド・メイ氏(タカラトミー社長)、楊逸氏(作家)、ボビー・オロゴン氏(タレント)、春香クリスティーン氏(タレント)によるコラム「複眼で視る日本語」も掲載。

ユーザーレビュー

  • カソウケン(家庭科学総合研究所)へようこそ

    Posted by ブクログ

    ほぼ日での連載を読んでいたので購入。
    これだけわかりやすく科学を紹介してくれる先生が学校にいれば、もっと勉強に身が入っただろうな、と思います。

    0
    2014年10月18日
  • カソウケン(家庭科学総合研究所)へようこそ

    Posted by ブクログ

    内容情報
    [日販MARCより]
    カソウケンとは、主婦である著者、研究員Aが家庭生活を科学する研究所“家庭科学総合研究所”のこと。家の中には謎がいっぱい。「散らかる部屋」から「子どもの脳」まで科学する楽しいカソウケン日誌。
    [BOOKデータベースより]
    生活を科学する家庭科学総合研究所日誌。「散らかる部屋」から「子どもの脳まで」科学するこれぞ、カソウケンの主婦。
    カソウケンの1週間(シミ抜き;寝かせる科学;色の変わる科学 ほか)
    カソウケンの1年(宝石の科学;遷移;高分子 ほか)
    カソウケンの研究レポート(つわり;母乳;「触る」の効用 ほか)

    0
    2012年12月03日
  • 科学との正しい付き合い方 疑うことからはじめよう

    Posted by ブクログ

    『科学との正しい付き合い方~疑うことからはじめよう』を読んであれこれ考えた。

    この本のタイトルは非常に意味深です。

    カヴァー帯には「文系目線の、文系のための科学リテラリシー本の決定版」などと書かれているし、確かに本の趣旨と章立て全体の構成は、科学というものと日常の関わり方を解いているものです。

    し、しかし、、、この本は誰に向けて書かれたものなのでしょうか。
    「文系目線の、文系のための科学リテラリシー本の決定版」??? ですが、ほんとうに文系の人がこの本を手にとって読むのか?私ににそうは思いにくい。そうであれば良いのでしょうが、多くのケースは内田氏のような「科学」普及を考えるひとたちが読むのではないのかと思えます。この本を手に取るのがそのような人だとすると、内田氏のテキストは反発を買うのではないだろうか。

    筆者内田氏は文字通りのこのタイトルと論旨全体の中で、いろいろな意味で、科学への想いをこめて書き綴ったのでしょう。ただ、内田氏の戦略なのか、文系の(理系でない?)人に理解を求める形式をとりながら自らを含めて科学技術関係者への反省と警鐘の意を込めているように思うのは私だけでしょうか。

    例の事業仕分けの時の科学技術界の反発の様子は記憶に新しい。科学技術を「事業仕分け」のような短時間の検討で片づけていくのは確かに本質的にはなじまないと思う。しかしながら内田氏の素直な感情として謙虚な自省の弁なきまま反発するということへの疑問は同感だ。それで何もかもが許されたままになる時代でもない。科学技術に対する無批判な夢を謳歌する国民感情は昔の話だ。「事業仕分け」という出来事だけを切り取ってみれば、政治の世界の話ではない。国民(総体)感情の問題であるのだと思う。

    みんなわかっていると思う。科学技術が特別ではない。芸術も文芸も音楽も、経済も政治も科学技術も「理解してもらいたい」という気持ちは当事者にはあるだろうが、それが決定的な要素にはなりえないと思う。なにもかも理解する人間はいない。皆、先人たちが積み上げてきたものに何らかの形で恩恵を受けている。それが高度な言語と文字を持つ人間という社会性を持つ「いきもの」の大きな力なのだと思います。ただし、それは社会全体をとらえたときに言える総体としての姿であって、個人個人に生きた形で花開くものではない。「見えない」科学技術、生活の中のいたるところに在るはずの科学技術は、内田氏の言うように感じ方によっては毎日を豊かにするものかもしれない。しかし何がその人の毎日を豊かにしてくれるのかは、人それぞれ。私は科学技術が「疑うこと」「 わからないことを、白黒はっきりさせないでペンディングしておく」にするという氏の一貫した科学的思考法は非常に重要なポイントと思う。ただし「科学マニア」な私の感情であって、多くの人にとってもそうかというと正直なところ難しいと思う。

    科学技術だけが特別な存在ではない。がしかし「人類」的な危機に科学技術が重要な対抗策となる場合が多いのは事実。(これは時間軸で推論可能な未来将来の問題・仮説設定になじむため。) ただし、上手く機能させるには政治学が要るし、実働させるには経済学が欠かせない。広く浸透させるには社会学や「コミュニケーション論」があり、ひとりに落ちるには、哲学が必要になったりする。

    「国家・国民」、「地域」または一定の集団単位、どれ一つ同じでない「私」という範囲レベル
    ×
    蓄積学習する「過去」、経験で十分予期判断可能な「現在」「明日」、知識で推論可能な「将来」、望みの束ねられた夢の「未来」という時間ファクター

    このヴァリエーションとして、政治や経済や科学技術、哲学が機能している姿や価値があるのだとボンヤリと考えています。

    さらに言えば、推論・仮説ということだけでもないと思ったりしてます。非連続で予期されにくい事象は、先の様々な学問の構築的な形の「はずれ」から立ち現われてくることが、往々にしてあるものです。アート、、、科学技術もその一面があって、多様性の大きなうねりをもたらしています。
    最初は小さな創造(ずれ)→共鳴振幅(モード)→多様性→選択→関係性(問題化)→構造化(普遍化)→拡大化(浸透化)→安定化(固定化)→(ループ)
    これは常に繰り返されている構図で、この大きなうねりに、かつては科学技術が良くも悪くも実際に社会を大きく変化させていく原動力になっていたし、それに対する無批判さへの反省も歴史的には常に行われてきました。
    これは大きな・長い時間スケールでの視点ばかりではなくて、個人個人の幸福感、疑問や違和感の集合としての「時代感覚」としてもありますから、内田氏のような人の話が生きてくるのだろうと思っています。

    う~ん、考えすぎて、あたまの中がモヤモヤしてますが、何となく感じることがいろいろあった本でした。

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    2010年06月05日
  • 科学との正しい付き合い方 疑うことからはじめよう

    Posted by ブクログ

    新しい視点から見たサイエンス本。
    科学者の端くれである自分でさえも目から鱗でした。

    昨今、科学離れをしている日本。
    それは身近に科学がありすぎるから?
    科学の発展が高度になりすぎたから?

    科学は生活に満ち溢れている。
    → 科学リテラシー=生活リテラシー

    子供時代は皆「なぜ?なに?」くん・ちゃんだった。
    それが今となっては「へ~」で終了。

    どこでそうなってしまったのか?

    読んだらわかります。是非。

    0
    2010年05月04日
  • 科学との正しい付き合い方 疑うことからはじめよう

    Posted by ブクログ

    科学リテラシーについて説明されてるのに加え(グレーゾーンのものは白黒つけようとせずそのままにしておく態度が科学的な捉え方だということなど、深く納得)、サイエンスコミュニケーションについて、中にいる方の目線で、反省もふまえて(科学が好きな人=マニア同士で自己完結してしまうようなコミュニケーションになってないか。マニアでない一般の人にもコミュニケーションに参加してもらうべきではないか、という点など)書かれていたのが新鮮だった。

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    2021年05月24日

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