あらすじ
「女らしさ」が、全部だるい。天使、小悪魔、お人形……「あなたの好きな少女」を演じる暇はない。好きに太って、痩せて、がははと笑い、グロテスクな自分も祝福する。一話読むたび心の曇りが磨かれる、シャーリイ・ジャクスン賞候補作「女が死ぬ」含む五十三の掌篇集。『ワイルドフラワーの見えない一年』より改題。〈特別付録〉著者ひと言解説
(「あなたの好きな少女が嫌い」より)
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Posted by ブクログ
確かに黒波以外の綾波ってこうだ…という第一話から心を掴まれました。自由な短編集、どれも面白かったです。
猫を讃える2篇や、「バードストライク!」みたいになにこれフフッ…となるのも好き。
「武器庫に眠るきみに」はいつ読んでも怖いと思いますが今読むととても怖い。
ベティ・デイヴィスさん検索しました。AKIRAのキヨコ演じさせたかった気持ちもなんとなくわかりました。
松田青子さん読みたいと思っていてようやく読みました。楽しいだけではありませんが楽しかった。他の本も読みます。
Posted by ブクログ
◾️record memo
あなたの好きな少女が嫌いだ。あなたの好きな少女は細くて、可憐で、はかなげだ。間違っても、がははと笑ったりはしない。がははと笑うような少女をあなたは軽蔑している。というか、それはもうあなたにとっては少女ではない。では、がははと笑う少女はどこに行けばいいのか。
あなたの好きな少女が嫌いだ。あなたの好きな少女は弱くて、非力で、不器用だ。困ったやつだなあと、あなたはあなたの好きな少女を庇護してやらねばという気持ちにかられる。親でもないのに。
あなたの好きな少女が嫌いだ。あなたの好きな少女は、我がままで、自由で、子猫のように移り気だ。また、あなたの好きな少女は、そのような特質を備えつつも、あなたの言うことだけは素直に聞き、あなたの思い通りになる。女児が幼少期に心の赴くままにお人形を操り、様々な物語を構築して遊ぶのはよく知られたことだが、あなたの好きな少女も、まさにそういった都合のいいお人形のようである。
あなたの好きな少女が嫌いだ。あなたの好きな少女は、センスが良くて、前途有望で、いろいろ教えがいがある。教えてあげるのはもちろんあなただ。あなたは知識のすべてを総動員して、少女を教育したいと思う。学校の先生でもないのに。
あなたの好きな少女が嫌いだ。あなたの好きな少女は、繊細で、感性が豊かで、誰よりも敏感に世界を感じとることができる。あなたの好きな少女は世界の残酷さに涙を流す。しかし、力を持たない少女には何もできない。それでも、あなたの好きな少女は自らを犠牲にし、血を流し、あなたのことを守ってくれる。この時、あなたは少女を庇護したいと思った気持ちを、すっかり忘れてしまっている。
あなたの好きな少女は太らない。あなたの好きな少女は嘘のように体が軽い。あなたの好きな少女は頭以外に毛が生えない。どこもかしこもすべすべのつるつるだ。髪の毛には天使の輪が光っている。膨らみはじめたばかりの小さな胸は、あなたを怯えさせることもなく、脅威にもならない。
あなたの好きな少女は透明感に溢れている。シミもニキビももちろんない。あったらそれはあなたの好きな少女ではない。では、シミやニキビのある少女は一体全体どこへ行けばいいのか。頑丈な太ももの、ごわごわの髪をした少女たちはどこへ。
あなたの好きな少女は皆似ている。天使のようで、聖母のよう。そして小悪魔の一面を、あなたにだけ見せてくれる。
あなたの好きな少女は、あなたの中で大量生産されていく。まるでヘンリー・ダーガーの絵のように、あなたの好きな少女は異形だ。わたしはそう考えるが、だけどそれがあなたにとっての正統派の少女であり、それ以外の少女はあなたの目には映らない。
わたしは時々、あなたの目に映っているであろう、あなたの好きな少女を想像してみる。そして、彼女たちに何か添えたい気持ちにかられ、実際頭の中でそうしてみることがある。
わたしは、イスにお行儀よく座ったあなたの好きな少女に鼻眼鏡をかけさせる。貧弱な体を強調するような、ミニスカートとレースのブラウスを脱がせ、頑丈なオーバーオールを着せてみる。あなたの好きな少女の髪の毛を枝毛だらけにしてみる。ポパイとお揃いの錨模様のタトゥーを腕にいれてみる。そのタトゥーが目立つように、あなたの好きな少女の、そっちの腕だけ筋肉隆々にしてみる。あなたが一番傷つく言葉を、あなたの好きな少女に言わせてみる。
アフロのウィッグ。通学時に下駄。常に口の中でねりけしをガムがわりに噛んでいる。わたしは頭の中であなたの好きな少女にワンポイントを足し続ける。あなたがあなたの好きな少女にがっかりすればいいと思いながら。幻滅すればいいと願いながら。そうすれば、少女はあなたの好きな少女じゃなくなる。あなたの目に映らなくなる。あなたから消去された世界で、たくさんの少女たちが自由に太ったり、痩せたり、好きに動いて、好きに笑う。あなたの目に映らない楽園で。
世の中のいろんなこと、いろんな物語は、ヴィクトリアの好きな状態ではなかった。世界にはもっといろんな色があるはずなのに、どれもがわかりやすいかたちに整えられているか、汚い色、つまらない色をしていた。だけど、素敵な物語や素敵な色が見つかることもあって、そんな時はとりわけ幸せな気持ちになった。
高校生になったヴィクトリアは髪をいろんな色に染め、穴の開いたブラックジーンズによれよれのバンドTシャツを着て、バッジをいっぱい留めたバックパックを背負って学校に通っている。もう最終学年だ。
そもそもヴィクトリアもテリッサも、こういうあからさまにセクシーぶった下着は好きじゃない。
「なんかだるいよね、最初からいろいろ決まっててさ。まあでも、わたしはいつでもヴィッキーの味方だから、カミングアウト?とかそういうのいつでも応援するし。ていうか、自分のセクシュアリティなんて、わたしもわかんない」
わかんないけど、どうしてこっちがカミングアウトする側なんだろう。彼らだって、カミングアウトするべきことがあるんじゃないのかな。実は差別主義者ですとか、一度も募金をしたことがありませんとか、毎日ネットで悪口を書いていますとか。どうして彼らはカミングアウトされるのをのうのうと待っているんだろう。まるで自分たちにはカミングアウトすることなんて一つもないみたいに。カミングアウトは勇気ある行動だっていうなら、彼らもカミングアウトすればいいのに。
どうしてカミングアウトしないと、存在が認められなかったり、秘密を隠していることになるんだろう。まったく、嫌になることばっかだ。
テリッサはヴィクトリアの手をとると、そのまま元気な子どもが乗ったブランコみたいにぶんぶん大きく揺らし、にっこり微笑んで言う。
「ヴィクトリアには秘密なんてないよ」
わたしたちはできない!
できないことはできない!
向いていないことはできない!
面白くない話に無理に話を合わせられない!
面白くない話は面白くないから!
自慢話に愛想笑いできない!
すごいですねと相槌を打てない!
相手の自己顕示欲を満足させることができない!
場を丸くおさめるために謙遜できない!
自分を卑下できない!
そうする必要はないから!
それは義務ではないから!
「男を立てる」ことができない!
「三歩下がる」ことができない!
面倒くさいから!
馬鹿馬鹿しいから!
時間がすごく無駄だから!
性差別的な言動を許すことができない!
性差別的な社会を受け入れることができない!
そんな人生はまっぴらだから!
いい加減にしてほしいから!
わたしたちはできない!
したくないことはできない!
わたしたちは絶対にできない!
わたしたちは死んでもできない!
それでもわたしは、街のいたるところに、若い時代と悲しみ、を見る。
空いた夜の電車で、リクルートスーツを着た女の子がドアにもたれかかって外を見ている、その無表情な顔がガラスに映っているのを見た時、若い時代と悲しみ、とわたしは思う。
スターバックスで、若いカップルが退屈そうな顔をして向かい合っている時、若い時代と悲しみ、と隣の席に座っているわたしは思う。
若い時代が人生で一番いい時だなんて、輝いている時だなんて、一体全体誰が言ったのだろう。たとえいい時だったのだとしても、それを教えてくれる大人は誰もいなかった。大人たちは、劣るものとして、わたしたちを扱った。大人たちに植えつけられた不安と劣等感に怯えている間に、わたしの体は老い、心は老い、若い時代は終わった。若い時代は悲しかった。あとずっとお金がない。
Posted by ブクログ
どれも面白かった。
とくに「テクノロジーの思い出」が印象深い。
メロンソーダを出す機械から戦争という黒いテクノロジーに繋げた著者の感性に脱帽した。
しかし「男性ならではの感性」があまりにも凡作すぎて拍子抜けした。これを書いた作者がこの本に収録されている何十とある名作を書けるのかとその凡庸さに驚いた。
この短編についての著者の解説コメントを読むと「イラッとして書きました」と書いてあった。
怒りながら書くとこのような作品が出来上がるのかと思い少し納得した。
Posted by ブクログ
女性なら、フッと笑ってしまったり、スカっとしたり、よくぞ描いてくれた、と思うことが散りばめられている。けれど、これを男性が読んだとき、どんな風に思うのだろうか。
反発するのだろうか。女の嫌な面を見てしまったと思うのだろうか。それとも、そもそも何が問題なのか分からないのだろうか・・・せめて女が何を言いたいのかには気づいて欲しい。反感を持ったとしても、きっといつもニコニコしているアナタのそばの女性たちもこんな風に思っている人が沢山いるのだと言うことには気づいて欲しい。
以下おもいきり抜粋(ネタバレ)です。
ーボンドー(これは男性にはお薦めできない苦笑)
「ねえねえ、そんなにいいの、ボンドって?」
「うーん」「まさか、そんなこと聞かれるとは」
「・・・・・正直な話、なんだこんなもんかってわたしは思ったわ」
「でも、まあ、悪くないふりをしたわよ、それはね、だって相手はボンドなんだから」
「あの、やらなくてもいいんですよね?」
「もちろん、そうだけど、でもどうして?」
「いくら何でも、皆簡単にボンドと関係を持ちすぎではないかと思うんです。愛情からならまだしも、油断させる目的で関係を持つ時もあって、でもそういうやり方は古いんじゃないかと。愛情にしても、毎回毎回ボンドも軽くないですか。そろそろわたしたちの美しさを、もっと別の方法で打ち出していくべきじゃないかと思うんです」「わからないけど、一回やっとけって」「いいから、いいから、やっとけって」「そのほうがハクがつくでしょ?」「減るもんじゃないし、やっとけって」
「真面目な話、それはやっぱりやっておいたほうがいいのよ。やらないとね、見てる側も肩透かしをくった気持ちになるし。」
ーあなたの好きな少女が嫌いー(でもこれはお互い様な面もありますよね。女が好きな男像も男性は嫌いかもしれない)
あなたの好きな少女が嫌いだ。あなたの好きな少女は細くて、可憐で、はかなげだ。間違っても、がははと笑ったりはしない。
あなたの好きな少女が嫌いだ。あなたの好きな少女は弱くて、非力で、不器用だ。困ったやつだなあと、あなたはあなたの好きな少女を庇護してやらねばと言う気持ちにかられる。親でもないのに。
あなたの好きな少女が嫌いだ。あなたの好きな少女は、我がままで、自由で、子猫のように移り気だ。また、あなたの好きな少女は、そのような特質を備えつつも、あなたの言うことだけは素直に聞き、あなたの思い通りになる。
あなたの好きな少女が嫌いだ。あなたの好きな少女は、センスが良くて、前途有望で、いろいろ教えがいがある。教えてあげるのはもちろんあなただ。あなたは知識のすべてを総動員して、少女を教育したいと思う。学校の先生でもないのに。
(まだまだ続きます、、、)
ー女が死ぬー
女が死ぬ。プロットを転換させるために死ぬ。話を展開させるために死ぬ。カタルシスを生むために死ぬ。・・
女が死ぬ。彼が悲しむために死ぬ。彼が苦しむために死ぬ。彼が宿命を負うために死ぬ。彼がダークサイドに落ちるために死ぬ。・・・
女が結婚する。話を一段落させるために結婚する。そのままなし崩しでエンディングに持っていくために結婚する。・・・
女が妊娠する。新たなドラマをつくるために妊娠する。新たなキャラクターをつくるために妊娠する。・・・
女が流産する。恋人たちに試練をあたえるために流産する。そう簡単に幸せになっては中だるみするので流産する。・・・
女がレイプされる。彼を怒らせるためにレイプされる。彼の復讐心に火をつけるためにレイプされる。・・・
女が死ぬ。ストーリーのために死ぬ。・・・
我々はそれを見ながら大ききくなる。もう別に何も思わないし、感じない。そもそもたいして気にしたこともないかもしれない。大きくなった我々は、その日映画館を出る。
ーWe Can't Do It!-
わたしたちはできない!
できないことはできない!
向いていないことはできない!
面白くない話に無理に話を合わせられない!
面白くない話は面白くないから!
自慢話に愛想笑いはできない!
すごいですねと相槌を打てない!
相手の自己顕示欲を満足させることができない!
「男を立てる」ことができない!
「三歩下がる」ことができない!
面倒くさいから!
馬鹿馬鹿しいから!
ーこの国で一番清らかな女ー
ある国に、この国で一番清らかな女と結婚したい王子がいました。処女であることは言うに及ばず、自分以外の男にはどこにも触れられたことがないぐらいの女でなければいけないと王子は思いました。/王子はとうとう思い付きました。科学技術に頼るのです。/王子が作ってもらったのは、一度でも性的に触れられた場所が発光して見える特別な眼鏡でした。/清らかそうに見える若い女たちも必ずどこか光っています。ほうら見たことか。王子は悦に入り、右手で去れと言う合図を出し続けました。/年齢と比例して体の光っている場所も増えましたが、十歳に満たない少女でさえ、どこか光っていることに王子は驚きました。この国の女たちは堕落している。王子は嘆きました。王子は、性的に触れられると言う行為に、強姦や痴漢、性的虐待など、いくつかのバリエーションがあることなど思いつきもしませんでした。仮に知っていたとしても、王子の結論は同じだったでしょう。その女は清らかではない。ただそれだけのことです。
ー男性ならではの感性ー
男性ライターが男性ならではの感性で提案した男性向けの商品は、世間に驚きをもって迎えられた。/
この時流に目をつけた急進的な男流作家たちは、これからは男の時代であると、男性誌で連載しているエッセイで次々と取り上げた。/男性ならではの感性など信用できるかと渋い顔をしていた経営陣も、これには態度を軟化させるしかなく、男性ならではの感性も捨てたものではないというスタンスに徐々に移行していった。/男性ライターの成功は、社会に様々な変化をもたらした。「男性の感性的にはどう?」「男性ならではなの感性が我々には欠けているのでは?」「ちょっと待ってください。男性の意見も聞きましょう」/講演やトークショーの依頼も舞い込んだ。「男性が書くということ」「男性にとってキャリアとは何か」「男性の権利を考える」質疑応答では「男性が働き続けることのできる社会についてお考えをお聞かせください」「男性の理想の職場とは?」「男性の結婚と仕事の両立は可能だと思われますか?」/その後も、男性ライターと男流作家が何をつくり、何を書いても、それは男性性ならではの感性ということになった。男性ならではの感性にまとめられた。なんだかすべてが馬鹿みたい。別々の場所で、別々のタイミングで、男性ライターと男流作家は思った。