あらすじ
ヒマラヤの奥地へ技術協力に赴いた主人公は、
現地の暮らしに触れ、深く人々に惹かれてゆく――
人と環境との関わりの先に
新しい世界への光を予感させる長編小説
感情タグBEST3
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Posted by ブクログ
ビジネスのためにネパールに行ったけれど、いざ行ってみると宗教やら生活スタイルにまではまってしまうというその過程が面白いです。冒険小説のようなわくわく感もある。次作『光の指で触れよ』に繋がる心の変化が描かれています。
日本は不幸の理由を探して、それを退治することで幸福を実現しようとする。というのはなるほどな、と思いました。ナムリンでは素直にそこにあるものに感動し、幸福を感じているみたい。
プロセスの違い、と言えるのかもしれないけれど後者の方が豊かな感じがするのは何故だろう。
Posted by ブクログ
きれいなお話
物質文明よりも精神的な豊かさへの憧れ、でもそれは物質的に豊かな生活をしているからこそ思えること? 本当にそれを捨てられるのか? 林太郎はそれはできないだろうと考えた。
大きな風車ではなく小さな風車 シンクグローバル、アクトローカル
援助することの本当の意味、本当の役割
林太郎とアユミの幸せで信頼のあるラブラブ関係(笑)。
ネパールか、一度行ってみたい
森介の冒険はまあいいとして、そのあとの埋蔵経を運ぶ旅はちょっと蛇足? それほどのエピソードもなく、ダライ・ラマに会ったことでなにかが起きたわけでもなく。
プロジェクトは順調にスタートを切り、帰国した父子を待ち構えたアユミは、ラストで神々、仏たち、めに見えない存在にたいして感謝を告げる。
なんともきれいなお話
だけど、なんだか物足りなさを感じるのは先に「光の指で触れよ」を読んでいるから?
「光の」のほうがインパクトがかなり大きかったのは先に読んだからだけではないと思う。
本作でも顕著だが物質文明にたいして慎重であり続けるアユミが、続編では主人公になっていることが「光の」をより強い方向性に導いている。
一番気になるのは「すばらしい」を書いた時点で「光の」を構想していたかどうか。もしそうなら「すばらしい」は序章にすぎない。逆に構想していないのなら、書き終わってからこのままで終わってしまってはきれいにすぎるという思いが生まれたのかも? このあたり作者インタビューなどあればぜひ読んでみたい。
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先に「光の指で触れよ」読んでるので、そこからさかのぼってことの発端を紐解いていくようなかんじ。山の中で自給自足とか、後々で繋がってくるが、この時点ですでに作者の頭の中にあったのかどうか。
いろいろと感ずるところ、気づかされるところある。これまで、そういうことに関心がなかった、もしくは避けてきたということだろうか?
カトマンズを画像検索。街中はイスタンブールの裏通りのような感じ。なるほど、こうして確かめながら読むのもおもしろいな。
ストーリー読むだけでなくいろいろと考えさせられる。人によってはそういうのが鼻についたり、そうじゃないだろと思ったりするんだろうけど、今の俺には合っている。