あらすじ
「宮本武蔵? ――知りません」。新たに仲間に加わったお光のひょんな言葉から、公儀武芸帖編纂所頭取の新宮鷹之介たちは二刀流を調べることに。かつて二刀流を極めんとして道場を開いていた大八に、一同は伝手を求めるが、実はそこに大八の悲しい過去が隠されていた。明るい男の陰に、一体何があったのか? 爽やかな鷹之介が滅びゆく武術を追う大人気シリーズ第五弾!
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剣豪の使命
新宮鷹之助が頭取の武芸帖編纂所で編纂方をしている松岡大八は、播州龍野の出身で円明流の遣い手である。円明流こそ宮本武蔵を教祖とする流派である。それゆえ、今回の調査対象である二刀流の調べを鷹之助から任されるのである。
大八は領主の脇坂家に将来を見込まれ、江戸に出て武芸を一層磨いて、名を上げるよう期待された。江戸に来たのが20歳代と言う。やがて脇坂家の支援を受けて目黒白金に道場を開いた。さらに、八重という妻を得て娘ができ、一介の家庭を持つまでに至った。
いくらかの門弟を抱えるようになり生活基盤も整ったのだが、剣の腕は一流だが、生来の田舎武士で不器用者だ。剣の教え方一つをとっても、門弟の心中も考えずに、ただ厳しく愚直に教えるだけでは、やがては門弟が徐々に辞めていき、数が少なくなり、これでは生活の糧を稼ぐ事ができない。脇坂家から世慣れた師範代を送られたが、剣の道を究める剣豪という者は世間から少し離れた孤独な存在だ。師範代ともそりが合わなかったのだろう。結局、貧しさから娘を事故で亡くしたことで、妻との仲も壊れて離縁する始末だ。
門弟に残った者に小谷長七郎と桑原千蔵の二人がいて、特に長七郎は武蔵を崇拝して、二刀流を極めたいという強い意志を持っていた。
結局、大八は道場の経営に行き詰まり道場を閉めて、失意のもと回国修行へ旅立ったのである。
大八が再び江戸に戻り、編纂所を手伝うようになり、二刀流の使い手を探すとき、今時二刀流に励む武芸者がいないだろうとの思いがする。しかし長七郎のことが気になり、消息を訪ねて探し出した。
思いもかけず、長七郎は相変わらす二刀流の稽古に励んでいたのである。しかも他流試合で負かした相手の武士の兄弟に追われる身であった。寸でのところで大八は鷹之助や三右衛門と共に長七郎を助けた。
武芸者の心得というものは、まさに他流試合を重ねてその技量を高めていくことである。そこには命のやり取りがあり、それが武芸者の宿命である。大八は書を読み漁りあらゆる工夫をして、円明流を学ぶ傍らで二刀流の稽古をしたという。それでも勝ち続けることはできないと大八は悟るのである。
全く世の中はそれだけのものではない。物語を読み進めていくと、平凡で普通の生活を営むことがどんなにか大切なことかが見えてくる。そして、この話が、人と人の繋がりがどんなに大切かが読める良い物語だ。