あらすじ
樋口一葉の師・中島歌子は、知られざる過去を抱えていた。幕末の江戸で商家の娘として育った歌子は、一途な恋を成就させ水戸の藩士に嫁ぐ。しかし、夫は尊王攘夷の急先鋒・天狗党の志士。やがて内乱が勃発すると、歌子ら妻子も逆賊として投獄される。幕末から明治へと駆け抜けた歌人を描く直木賞受賞作。
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Posted by ブクログ
明治36年、小説家三宅花圃が「師の君」中島歌子の手記を発見したのをきっかけに、40年前に歌子(本名・登世)の身に起きた物語が展開されている。
手記は一人称で書かれており、前半は豪商の娘として水戸に嫁いだ経緯と水戸での生活が描かれている。自分が望んだ結婚でありながら、夫は尊王攘夷の志士として家にいないときのほうが多い。「天狗黨之亂」の後は完全に生き別れ、そして死別。なので、恋愛から始まった小説なのだが、物語自体は恋愛感がやや薄い。多くは登世が激動した時代に生き抜いた姿である。
水戸を舞台にしたこの小説は、普段よく聞いた幕末の話と一線を画し、示しているのは敗者の物語。水戸藩の主張した尊王攘夷が珍しい考え方ではないものの、薩長のような財力もなく、内部の闘争も抑えできぬ水戸藩は破滅に瀕していた。
そのような時代のなかに、「勝てば官軍」という言葉があると同時に、「世が世であれば」と考えずにはいられないことも少なくもない。でも、本のなかに、こう言った。
「「世が世であれば」などと詮方ない想像はよそう。誰もが今生を受け入れてこの骸だらけの大地に足を踏みしめねば、一歩たりとも前に進めぬのだから。」(361)
Posted by ブクログ
恋歌
著者:朝井まかて
発行:2015年10月15日
講談社文庫
初出:2013年8月発行単行本(講談社)
*第150回(2013年下期)直木賞受賞作
歴史検証をするノンフィクションの大書(「ラジオと戦争」)とか読んでいると、楽しめる小説が無性に恋しくなる。どれを読んでも面白い朝井まかての文庫を少し前に買ってあったので、貪るように読んだ。朝井まかて作品といえば、女性を主人公に、市井の生活感あふれる日常を描いたものが多く、平凡な人間なりの頑張りで、苦労をしながらも最後にはうまくいく、それも大成功ではなく、そこそこいい人生に落ち着く、といった趣の小説を期待する。ところが、この小説は珍しく結構きつかった。読むのがしんどくなるような部分もあったが、でも最後はきっとうまくいくと信じることができたので読み切ることができた。読んだ後で、これが直木賞作品だと知った。
明治の歌人、中島歌子の数奇な生涯を描いた作品だという。中島歌子は、樋口一葉の和歌の師匠でもあり、この小説は、一葉の姉弟子でもある作家の三宅花圃(田邊龍子)が、世を去る直前の中島歌子の手記を読むスタイルで書かれている。舞台は江戸時代の水戸。江戸で池田屋という宿屋に生まれた登世(歌子)は、兄がいたが、母親がその接客の才を見抜いて宿屋を継がせるべく婿を取る算段をしていたが、水戸藩士で宿屋の客であった林忠左衛門以徳(もちのり)に一目惚れする。母親の反対を押し切り、水戸へと嫁ぐ。
以徳は攘夷派の若き志士で、天狗党という集団を作り、諸生党と対立していた。桜田門外の変に参加する予定だったが、別件で怪我をして間に合わず、それで命を長らえていた。生麦事件なども起き、水戸藩も益々ややこしくなっていった。嫁いだ後、以徳は下士などの子弟に剣術を教える学校の宿舎に住んでいたため、水戸の屋敷に戻ることは少なかった。ランクは中士であり、質素倹約を大切にする水戸藩として生活は裕福ではない。以徳の妹のてつともしっくりいかない。
攘夷の志士でさらに若い藤田小四郎が、屋敷にやってきた。てつは好きになった。彼はさらに過激な尊皇攘夷論者だった。ついに天狗党の反乱がおきた。妻や子供たちはつかまり、牢獄に入れられた。登世もてつも、入れられた。牢獄は劣悪な環境だった。永久に入れられるもの、死刑になっていくもの。悲惨な日々が続く。しかし、わが身よりも以徳が生きているかどうかが気になる。会いたい、の一心だった。凄絶、いや、壮絶な日々。
次々と牢仲間が処刑されていく中、2人は解き放たれた。そして、江戸へ向かった。世の中の変化に翻弄される2人。維新になると、今度は天狗党が英雄になる・・・小四郎は捉えられて斬首されていたが、以徳は怪我のために生きのびて京に向かったという噂だった。一縷の望みにかけて、江戸で暮らしたが、結局、それは根も葉もない嘘で、獄死(病死)していたことが分かった。
中島歌子に長年仕えた下女。それは、なんと諸生党の大物武士(仇敵)の子供だった。歌子はそれを知って雇っていた。そして、その下女の三男に自分の財産などを与えるという遺言を残していた。