【感想・ネタバレ】名画の謎 対決篇のレビュー

あらすじ

ヌードは芸術? それともスキャンダル?
同じように女性のヌードを描き、まったく異なる評価を得た二作。その理由とは?

中野京子の『名画の謎』シリーズ第4弾は、様々な観点から絵画を対決させ、真相を紐解きます。

ピカソとルノワールが同じテーマで描いた2枚、美しき肖像画の王妃たち、父の悲哀、性愛の絶頂をめぐる情熱……。絵画の世界は広く、奥深い!
解説・岡本弘毅

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897円

ベルトモリゾ

アーティストはアブサンかウォッカを飲むらしい

宝塚のファンの人か全員レズとかバイではないし、むしろ彼氏とか旦那さんと来てる人が多いけど、パリのムーラン・ド・ラ・ギャレットがレズの溜まり場になってるのは宝塚がレズの溜まり場になってるのと同じだよね。演者が女しか居ないなんてレズからしたら天国みたいだから。

中野 京子
(なかの きょうこ、生年不詳)は、日本の作家[1]、ドイツ文学者[2]、西洋文化史家、翻訳家[3]。北海道生まれ[4]。1979年、早稲田大学大学院修士課程修了[5][6]。オペラ、美術などについて多くのエッセイを執筆する。2007年に発表された『怖い絵』を端緒とする『怖い絵』シリーズが大ヒットとなる。新聞や雑誌に連載をもつほか、テレビの美術番組にも出演する[7][8]。早稲田大学講師[9][10]。『怖い絵』シリーズの刊行10周年を記念して2017年に開催された「怖い絵」展では、特別監修を務めた[11][12][13]。2021年9月に開催された「怖いクラシックコンサート」(東京文化会館)での解説[14]、2022年3月公演の舞台「怖い絵」の監修[15][16]、同年7月上映の「星と怖い神話 怖い絵×プラネタリウム」の監修・解説を担当した[17][18]。

「現代フランスの作家・美術評論家のドミニック・フェルナンデスは、同性愛者であることをカミング・アウトしている。彼の『天使の手のなかで』(岩崎力・訳、早川書房)は、世界的に著名な映画監督にしてやはり同性愛者だったパゾリーニに、自らを投影した一人称小説だ。パゾリーニが五十三歳の時、町角で「買った」十七歳の少年に惨殺されたことはよく知られている。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著

「ルノワールがムーラン・ド・ラ・ギャレットを描いて二十四年後の一九〇〇年、スペインから若い画家がパリへやって来た。パリでの成功イコール世界制覇を意味したので、各国からうじゃうじゃ集ってきた画家の卵のひとりである。だがスペイン生まれの小柄な十九歳は、卵というには達者すぎる腕前だった。  パリ到着の二ヶ月後、彼はムーラン・ド・ラ・ギャレットへ何度か通い、あっという間に一枚の絵を描きあげる。もとより早描きだった。美術学校入学試験の制作でも、期限が一ヶ月というのにたった一日で描き終えたほどだ。自分が天才だと知っていた。小さなころからラファエロのように描けたと豪語していた。パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピーン・クリスピーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダート・ルイス・イ・ピカソという長すぎる名前のこの若者は、傲慢でもあった。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著

「もうひとりの不肖の息子はセザンヌだ。ゴッホと同じで彼の作品も、同時代人にはなかなか受け入れられなかった。  セザンヌの父は立志伝中の人物である。南仏エクスで帽子屋から身を起こし、輸出で成功し、銀行の共同経営者にまでなった。それは別の言葉でいえば「成金」ということだ。そうとうのやり手と評判だった。  セザンヌは一人息子。妹がふたりいたが、父の期待を一身に担う。エクスは保守的な地域だったので、新興の資本家はややもすると軽んじられたため、父は息子の代でセザンヌ家を名家に引き上げてほしいと願う。銀行を継ぐか、そうでなければ誰もが敬意をはらう職業に就いてもらいたかった。そこで十歳になるとエリート校へ通わせる。  内向的なセザンヌとしては、これはなかなか辛い。名門の子ばかり通う学校で、浮いた存在のまま何年も辛抱せねばならない。幸い、下級生に似たような立場の(ただし逆パターンで、家柄は悪くないが貧しい)少年が入ってきた。居場所のない者どうし仲良くなり、将来は作家になりたいと熱く語る友に触発されて、セザンヌは自分も絵画という夢を追っていいのだと気づく。ふたりは芸術家を気取りはじめ、金銭第一の実業家を軽蔑した。  作家の卵エミールはセザンヌの父を、辛辣にこう評した、「冷淡、臆病、吝嗇。自らの財を拠りどころにして、相手を嘲る」。やがてセザンヌも「わたしの家族はこの世でもっとも嫌な連中」と書くようになる。絵を習うことにいい顔をしない父は、未来を閉ざそうとするわかりやすい敵となった。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著

「若き日のまばゆい恋を描いた『恋人までの距離(ディスタンス)』( R・リンクレーター監督)では、スーラ作『グランドジャット島の日曜日の午後』のポスターが登場。ヒロインはその夢のような絵の雰囲気に今の自分たちを重ね、素朴な感想を漏らす。また『マルホランド・ドライブ』( D・リンチ監督)の主人公の部屋には、父殺しの罪で斬首された『ベアトリーチェ・チェンチ像』(レーニ画)が掛けられ、謎めいた物語にさらなる謎を投げかける。『タイタニック』( J・キャメロン監督)のヒロインは印象派ファンで、買い集めたドガやモネなどをアメリカ行きのタイタニック号に乗せていた(画家の卵である彼女の恋人の作風が、いかにもアメリカ風なリアリズム一本槍なのが、ちと解せなかったけれど)。一方、『ウォール・ストリート』( O・ストーン監督)の成金男は、ゴヤ『我が子を食らうサトゥルヌス』のあからさまな贋作を社長室に飾り、来客に噓だらけの薀蓄を並べて自慢たらたら。教養のない男という設定かと思いきや、癇癪を起こした時にその絵に八つ当たりして叩き壊してしまったから、偽物なのは先刻ご承知だったのだろう。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著

「言わずと知れたハムレットの許嫁オフィーリアは、「尼寺へ行け、尼寺へ!」と酷い言葉を浴びせられた上に父を殺され、繊細な神経を傷めつけられた末に、とうとう溺死して果てる。直前に編んでいた花輪とともに、川を流されていったという。「まるで人魚のように川面をただよいながら、祈りの歌を口ずさんでいたという、死の迫るのも知らぬげに」(福田恆存訳)  シェークスピア作品はさまざまな画家によってこれまでも数多く絵画化されてきたが、ヴィクトリア朝を代表する一人、ミレイ描くこのオフィーリアの愛らしさは別格だ。薔薇、キンポウゲ、ケシ、勿忘草、スミレなどとともに、ぽっかり浮かぶ彼女の左の掌自体も、さながら一つの美しい花のようだ。「死の迫るのも知らぬげに」、彼女は水の上にいる。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著

「 やがてジャーナリズムが隆盛を迎え、誰もが王家の面々を写真で確認できるようになると、王妃の美しさが王室の存続にとって断然有利だとわかってくる。人々の好意的関心が集まるし、時には王の失政をカバーしてくれた。  人は美女というだけで讃嘆する。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著

「曲がった鼻とただれ目、猫背の痩身、ヒゲを生やし、夜のように老いて醜い女。黒い帽子や黒マントを着ることが多く、猫や蟇蛙などに変身でき、大釜でさまざまな薄気味悪いものを煮て薬を作り、呪う相手を病気にしたり死亡させる。暴風雨をもたらし、植物を枯らし、赤子を攫って喰い、箒の柄に乗って空を飛び、土曜の夜にはサバトという魔女の集会へ行く。また年に一度ヴァルプルギスの夜(五月一日前夜)にはドイツのブロッケン山に集い、悪魔と無礼講の宴会に興じる。  このサバトという言葉は、元来ユダヤ人の安息日を意味していたこと、また殊更に強調される鉤鼻がユダヤ人の特徴とされていたことに、先述した反ユダヤ主義があらわれている。  さらに箒は主婦の必需品であり、同時に男根の象徴でもあるから、魔女の醜さは両性具有になろうとすることからきたと解釈可能だし、淫乱さの証ともされる。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著

「ルネサンス以降の画家で、自画像を残さなかった者はほとんどいない。単独自画像がない場合でも、神話画や宗教画のなかにちょろりと自分を紛れ込ませている。それも当然で、自意識が強いからこそ芸術家であろう。  一方、妻を描いた画家はさほど多くない。ましてや自分と妻がいっしょの画面におさまる夫婦像となると、これはもうよくよくの仲良しに限られる。さらにそれが優れた画家の優れた作品となれば、ルーベンスとレンブラントだけ、と言い切ってもいいのではないか。  ふたりは画風の違いはあっても、共にバロックを代表する画家。現代の国割りだと、アントウェルペン(アントワープ)に自邸を構えたルーベンスはベルギー人、アムステルダムで活躍したレンブラントはオランダ人となるわけだが、これらの地域は長らくスペイン・ハプスブルク領であって、国境は流動的、人種も混交している。両画家の生まれる前後に、激しい独立運動が戦われたのだ。  けっきょくアントウェルペンのあるフランドル(ベルギー西部を中心とし、フランス北部とオランダ南部を含む北海沿岸地域)はカトリック圏にとどまり、アムステルダムのあるネーデルラント(現オランダ)は独立してプロテスタント国になった。その違いは彼らの生き方ばかりでなく、芸術性にも影響を及ぼしている。ルーベンスは国際人としてヨーロッパ中を飛びまわったが、レンブラントはオランダから生涯一歩も出ていない。  共通項は、どちらも市民階級出身であること、裕福な名家の美女をめとり、自他ともに認める幸せな結婚生活を営んだが、その愛妻とは共白髪になるに至らなかったこと(彼女らはまだ若くして先立った)。そのためいっそう、愛の形見の夫婦像が輝きを増すのかもしれない。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著

「ラテン語をはじめとして数ヶ国語を自在にあやつる語学力、古典の教養、上流人士としての立ち居ふるまい、円満な人格──これらは後に外交官として縦横の働きをするのに役立った。優れた経営能力──おおぜいの弟子を抱える彼の工房には、各国の王侯貴族や教会、富裕層から注文が殺到し、巨万の富を産んだ。何よりその輝かしい画才──ルーベンスは画家として空前絶後ともいうべき成功例だ。生前も死後も、人気と作品価格にわずかの翳りもない。「王の画家にして、画家の王」という讃辞もまた揺るがない。  彼の絵からは、自己を肯定し、人生を楽しみ、この世の美を官能的に味わう術を知る者が持つ豊かさが横溢する(成功した人間だからなのか、それともそれは成功する必須要件なのか)。  もちろん不幸が舞いこまなかったわけではない。イザベラは三人の子を産んだ後、三十四歳で疫病(ペスト説あり)に罹り急死、彼を嘆かせた。しかしその四年後、五十三歳のルーベンスは肉感的な十六歳と再婚。彼女のヌードを描きまくり、五人も子どもを産ませ、またまたハッピーになってしまう。なんとまあ。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著

「 夫を描いた画家はごくごく稀。古来、女性画家が極端に少ないのだから当然であろう。  そんななか、もっとも数多く夫を描いたのは、フランス印象派のベルト・モリゾだ。よくよく愛していたからと言えなくもないが、実際のところ女性には描く対象が制限されていた。美術学校へは入学できなかったし、人体構造を学ぶためのヌード・デッサンも禁じられ、ましてモリゾのようなブルジョワ女性は付き添い無しで外出はできず、太陽のもとでの人物像となると自邸の庭での夫や子どもに限られてくる。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著

「 モリゾが画家を目指したのは早い。十四歳の時、「良家のお嬢様のたしなみ」の一つとして、姉とともに絵のレッスンをさせられた。姉妹がたちまち才能の片鱗を見せたのに慌てたのは絵の教授で、彼は親に手紙を出して曰く、このままだとお嬢様がたは画家になってしまう、それは破局を意味します!  働く女性は軽蔑された時代である。こうした反応は驚くにあたらない。だがモリゾの両親はわりあい鷹揚で、娘にやりたいようにやらせることにした。後に姉は絵を諦めて軍人と結婚するが、モリゾは不退転の覚悟で絵筆を握って放さない。一八七四年の第一回目からほぼ全回、印象派展に出品する。  モリゾがウジェーヌのプロポーズを受けたのには、マネの影があったのかもしれない。マネの大反対を振り切っての印象派仲間入りと結婚が、ちょうど重なっているからだ。複数の恋人を持つ魅力的なマネへの報われない愛を、ついにモリゾが諦めたのではないかと推測されている。同時に彼の芸術的影響をも振り捨てたのだと。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著

「アブサンによる幻覚の凄まじさについては、映画『ライアー』(ジョナス&ジョシュ・ペイト監督、一九九七年製作)で刑事のこんな台詞がある、「アブサンのボトル半分でおかしくなった男を知っている。自分の両脚の皮膚を、果物ナイフで剝いていた。大きなリンゴと信じ込んで」!  ゴッホが耳を削ぎ落とした時も、アブサンを飲んでいたという。自分の胸に銃弾を撃ち込んだ時はどうだったのか?  血まみれになりながら歩いて住まいへ帰ったが(翌日死去)、リンゴと信じて脚を剝いた男と同じく、痛みは感じていなかったのだろうか?  危険なアブサンは、二十世紀に入って欧米のほとんどの国で製造・販売が禁止された。だが二十一世紀に近づき、再び解禁される。とはいえそれは、本作のアブサンとは違う。ニガヨモギの香味成分を一定割合に減らし(それで幻覚は起こらなくなる由)、認可されたものだ。  ウォッカへ進もう。「ウォッカはロシアの全て」という言葉があるほどロシア人に愛される酒で、今なおロシア男性の寿命を縮め続けている(何しろ平均寿命が先進国とも思えぬ六十三歳。同国女性より十歳以上も早死にだ)。  ウォッカの歴史も古いが、現在の形、つまり大麦などを主成分とした無味無臭の、ほとんど水とエタノールのみのような姿となったのは、十九世紀に入ってからという。度数四〇から六〇度のこの酒を、ロシア人は何かを混ぜてカクテルにすることなく、生のままストレートで浴びるように飲む。アルコール耐性度が高いから、いくらでも飲める。いくらでも飲めるから限度を知らず、身体を毀すまで飲んで命を削る。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著

「モンドリアンが行ったころの花の都はキュビズムが席巻しており、彼も影響を受けて、対象を抽象化した作品を手掛けるようになる。  三年目の一九一四年、後に第一次世界大戦と呼ばれる戦争が勃発。やむなくオランダへ帰国し、さらに抽象を推し進めて独自の展開に至る。それが秩序と比例と均衡の美、要するに主題や感情どころか斜線や曲線や立体感までも排除し、水平線と垂直線のみから成る幾何学的画面構成に原色を配するという、極端な単純化であった。  融通のきかない男というべきか、これと決めたら命がけの態で(ちとゴッホに似ている)このスタイルを貫き通し、『新しい造形』という著書も出して自らの芸術を理論化した。彼の作品はデザイン界へ大きな影響を与えたが、絵画の袋小路に入り込んだと見做す人も少なくなく、ダリなどは「明確で的確で素晴らしいが、『絵』が欠けている」と辛辣だ。  モンドリアンは居場所を転々とした。オランダ帰国後、再び一九一九年にパリへもどったが、一九三八年にはヒトラーを嫌ってロンドンへ逃れた。一九四〇年、ロンドン爆撃(第二次世界大戦)でアトリエは焼失。六十八歳の彼はそこからも逃れざるを得ず、新大陸へ渡った。ニューヨークだ。そしてたちまちこの若々しい街の魅力にノックアウトされる。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著

「恋は通じる。ニューヨークもまたこの独身の、さほど有名ではない老オランダ人画家を歓迎した。モンドリアンは生まれて初めて個展を開くことができ、絵も高値で売ることができた。アメリカという国は伝統の無いのが逆に強みで、感性さえ合えば何でも認める度量の広さがあり、印象派ほど熱烈ではないにせよ、モンドリアンの「冷たい抽象」もすんなり受け入れたのだ。  ニューヨーク生活は天国だった。モンドリアンはディズニー映画とブギウギに夢中になり、ナイトクラブで踊りまくる。相変わらず生真面目な教師然たる顔つきで、しかも相手の女性には何の関心も向けぬまま、激しいリズムに乗って複雑なステップを踏んだ。意外にも彼は──人は見かけによらぬもの──若いころからずっとダンスが趣味で、アトリエで独り練習を積んでいたほどだ。そうとう上達していたようで、老いを感じさせなかったらしいが、それにしても現代の感覚で言えば、高齢の外国人がブレイクダンスを踊るのに近いから、やんやの喝采だっただろう。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著

「本作は多分にタイトルの勝利と言える。だがデュシャンが男子用便器を『泉』、ピカソが自転車のハンドルを『牡牛の頭部』と命名して出品したのとも異なり、その場限りの驚きには終わっていない。数々の劇場が建ち並ぶブロードウェイというエンターテインメント産業の街が、モンドリアンの幾何学的表現を通して見事にぴったりのイメージへ転じている。線と色だけの平面から、車のエンジン、人声、音楽といったさまざまな音が立ちのぼってくるようだ。ましてニューヨークを実際に知っていれば、また映像などで見たことがあれば、なおのこと、この絵がブロードウェイを高みから俯瞰した光景に思えてこよう。感情を排したはずのモンドリアンなのに、アメリカンドリームを手にした歓びと、自由でうきうきした気分をはからずも伝えている。  彼はアメリカ永住を考えていた。だがニューヨークに住んで三年半足らずで肺炎に罹り、あっという間に世を去った。いま少し長生きできていたら、ダリ曰くの、「欠けていた絵」を描く気になったろうか。そうは思えないが、しかし死の床で「もっと早くニューヨークに来ればよかった」と悔やんだのは確かだろう。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著

「戦火のヨーロッパから逃れて来たオランダ人が、アメリカンな大都会の明るい側面にしか目を注がなかったのに対し、ニューヨーク近郊生まれのアメリカ人ホッパーは、都会の孤独や不安を抽象ではなくリアルなタッチでくり返し描いた。  服地店の息子として生まれた彼は、早い時期から画家を志し、ニューヨークの美術学校を卒業した後、三度もヨーロッパへ勉強に行っている。しかし流行の抽象画は肌に合わず、帰国して発表したリアリズム絵画は古臭いと酷評された。仕方なく広告のイラストで生計を立てるかたわら水彩画を描き、四十代で大成功を収め(個展に出品した水彩画は即完売)、ようやく経済的に落ち着いて好きなものを描ける身となった。それでも生前の彼はあくまで水彩画家であり、油彩画はほとんど売れなかった。アメリカを代表する画家という名声は、死後のものである。」

—『名画の謎 対決篇 (文春文庫)』中野 京子著


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2026年07月30日

Posted by ブクログ

5年前に読んで再読。ほとんど忘れてる〜
同じテーマで絵画を並べるとより作家の特徴が際立って面白い!ムーランドギャレットを太陽の光を浴びて描いたルノワールと夜の光を集めたピカソの対決。こちらまで笑みが溢れてしまう家族のモリゾと特別な夫への想いが染みるレンピッカ。
エドワードホッパーのハードボイルドな雰囲気大好き。

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2024年12月29日

Posted by ブクログ

絵の面白さがわからない人にこそ読んでほしい作品。
絵を見て感じるイメージって人それぞれだと思うけど、
それを楽しむことができるのって、ある程度だれかのガイドが必要だと思う。中野京子さんの本は絵画ド素人でも絶対楽しめる!!絵を見ることに対して興味が湧くと思う。私も中野京子さんの本から絵画に興味を持った一人ですヽ(・∀・)

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2023年06月04日

Posted by ブクログ

「名画の謎」シリーズで1番好きな巻。何回も読み直しているけど、何回読んでも面白い。
個人的にルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」が好きな絵なので、ピカソの室内&夜版があること、時代によって雰囲気がまるで変わった場所だったことが分かったのが、特に興味深かった。

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2021年07月10日

Posted by ブクログ

もし美術館で見たら素通りしてしまっていたかもしれない絵も、面白い解説があるときちんと鑑賞できる、というのを本にした感じでよかった。

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2025年10月26日

Posted by ブクログ

私の欲しかった世界史年表×絵画年表がここにあった……!!いろいろな見方ができて面白かった。
アブサンvsウォッカのお話がとても面白く印象深かった!

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2023年05月16日

Posted by ブクログ

 対決篇、この趣向を1冊で終らせるのは惜しい。いくらでも続刊が出せそうだ。
 カバーガールに選ばれた二人の王妃、いずれアヤメかカキツバタな美女。その生涯はまさに明暗を分けた。(双方とも暗か?)
 最も感銘を受けたのが第20章「アメリカンな大都会」。ホッパー「ナイトホークス」は、テレビ東京『美の巨人たち』で知っていたが、モンドリアンの絵と対比されることで、テーマがより鮮明になった。
 追記:「ナイトホークス」は『ブレードランナー』のキー・イメージの一つだと知り、膝を打った。

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2020年10月29日

Posted by ブクログ

ネタバレ

2つの作品を並べて対比するという取り組みは
とても面白いです。美術の授業や美術史は
退屈でしたがこんな授業なら学生も楽しく
勉強できるだろうな。

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2019年11月25日

Posted by ブクログ

一枚の絵にどれだけの物語があるのか、知れば知るほど楽しくなる。知識がない私でも面白く読めたのは筆者のユーモラスな語り口のおかげかな。

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2019年04月04日

Posted by ブクログ

この方の文章はとてもテンポが良くて読みやすいです。
今回は 対決という事で 一つのテーマでも
それを製作する 人 時代によって 
こんなにも違いがあるのかという事が 
わかって面白かったです。

いつか この本の中の絵が
一同に揃って 展示会などできたら
きっと 楽しいでしょうね~~

勿論 ガイドホンは この本の抜粋で・・・・

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2022年05月27日

Posted by ブクログ

中野京子さんの「名画の謎」シリーズの1つ。様々な名画の主題別対決。
パリのダンス場の昼と夜、女性画家の絵画による夫の姿、横たわる美女、…など。
文庫なのに、作品部分はカラーで掲載されているところも魅力。

以下、読書メモ。

・ルノワールとピカソが描いたパリのダンス場「ムーランドギャレット」
同じダンスホールだけど、ルノワールは昼の顔、ピカソは夜の顔を描いた。
ピカソが現れた時、既にルノワールの絵の名残は無かった。客層もすっかり変わっていた。
私は、やっぱりルノワールの作品の方が好みかな。

・映画を彩る絵
映画「シャッターアイランド」に登場したウィリアムブレイクの「ネブカドネザル」
「陽の当たる場所」で使われたミレイの「オフィーリア」。
こういう作品の取り上げ方も面白いと思った。
映画もどちらともまだ見たことないので、それぞれの絵画がどういう登場の仕方をするのかにも注目して見てみようと思います。
(ミレーとミレイはたまに混同してしまう)

・仲良し夫婦
ルーベンス「ルーベンスとイザベラ」(2枚目)
ルーベンスは、中野さん曰く、「天にえこひいきされた特別な人間」だったと言う。
容姿にも恵まれ、健康、最良の伴侶、語学力、そして経営能力にも長けていた。
妻のイザベラが病気で亡くなってからも、その4年後、53歳の頃、16歳の女性と結婚し、ヌードを描きまくり、5人の子供を産ませ、またもハッピーになったようだ。

対して、ルーベンスの30年後に誕生したレンブラントの人生は切ないものだった。
妻も子も次々と病死し、妻の死を機に絵画の注文が激減。しかも、財産管理にも失敗する。
しかしその後、その不遇な運命を振り払うように、傑作を生み出していくのだった。

・夫への思い
印象派の女流画家、ベルトモリゾは家族の絵を多く描いた。
その理由は、女性には描く対象が制限されていたから。
美術学校には入学できず、ヌードデッサンも禁じられ、更にベルトはブルジョワのため付き添いなしで外出できなかった。
だが、働く女性は軽蔑された時代だったが、モリゾの両親は鷹揚で、娘のやりたいようにやらせた。
夫のウジェーヌも仕事の邪魔をせず、彼女の理解者として、マネージャーとして奔走した。
しかし、モリゾは54歳でインフルエンザのため急逝。
(ワクチンや治療薬がこのときあれば・・・)
私は、このモリゾという女性にすごく好感を持っている。
女性は圧倒的に不利とされた時代に、好きな絵を続けて、それを仕事にした。絵にも優しさが溢れてるし、印象派の仲間達にも溶け込んでいたんだろうなぁと思う。

その30年後。タマラ・ド・レンピッカが誕生する。
彼女も女流画家。唯一無二の個性を放った数々の肖像画で人々を魅了した。
そして、情熱的で、美しいものが好きだった。
ある日パーティーで見かけた弁護士のポーランド青年に一目惚れして、猛アタックして結婚。
だが、ロシア革命をきっかけに地下運動をしていた夫が逮捕され、パリへ亡命。
たちまち一文無しになり、そこでタマラの絵の才能が開花。
上流階級の人気画家となり、活躍するも、次第に美しい相手(男性、女性問わず)と次々に浮気をするようになり、夫から離婚を切り出される(夫も浮気したらしい。やれやれ)。「ある男の肖像」(3枚目)はその頃の一枚。

・ニューヨークの街
モンドリアンはオランダに生まれ、その後、転々とする。パリ、ロンドン、そしてニューヨークへ。
NYをすっかり気に入ったモンドリアンは、この街に永住しようとも考える程。NYでの生まれて初めての個展は成功。
そしてディズニー映画とナイトクラブでの踊りに夢中になる。
モンドリアンは若いころからずっとダンスが趣味だった。
70歳を越えたモンドリアンが驚くほど若い感性で書いたのが「ブロードウェイブギウギ」(4枚目)。
これまで線を黒のみで描いていた彼が、明るい黄色を使い、赤と青をリズミカルに置いている。

「ナイトホークス」(5枚目)を描いたエドワードホッパーは、ニューヨーク近郊に生まれた画家。
抽象画は肌に合わず、リアルなタッチで都会の孤独や不安を描き続けた。アメリカで根強い人気の画家。
同じ街なのに、画家によって表現はこんなにも違う。しかも、一方は抽象。

中野京子さんの美術本は面白い。
知識は勿論、作品や作者に対するツッコミ的なコメントも秀逸。
「怖い絵」シリーズ始め、全部読破してみたいなと思っています。

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2021年10月06日

Posted by ブクログ

ネタバレ

中野京子さんの名画の謎シリーズの1作。作者がテーマを決め、テーマ毎の2作品を比較することによって解説している。テーマの設定が面白かった。「死んでもいい」、「不詳の息子」、「飲んだくれ」等々。絵画にこのような鑑賞の視点があることがわかって良かったと思う。

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2021年05月09日

Posted by ブクログ

絵画観賞が楽しくなるシリーズ、これも対決のテーマが独特で面白い
妻視点で夫を描いたもの、夫婦の関係性がよくよくあらわれているなと(ものすごく対照的)
天使VSキューピッド、対決する絵はもちろん解説する言葉の選び方も面白い(「ホバリングする顔」って…笑)
また企画展やってほしい

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2020年09月04日

Posted by ブクログ

知らない絵であっても興味深い解説でさらさら読めた。学校の美術で知った絵画なんてほんの一部だし背景とか作者の人生にまで思いを馳せることなんてなかったけど、ちょいちょい美術館に行って深く鑑賞したいな。

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2019年04月07日

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