あらすじ
大帝の甥として生まれるも、勢力拡大を狙うキリスト教一派の陰謀に父を殺害され、幽閉生活を送るユリアヌス。哲学者の塾で学ぶことを許され、友を得、生きる喜びを見出す彼に、運命は容赦なく立ちはだかる。毎日芸術賞受賞の壮大な歴史ロマン開幕!【全四巻】
〈解説〉加賀乙彦
〈巻末付録〉著者による本作関連エッセイ二作
連載開始前に雑誌『海』で抱負を語った「ユリアヌスの浴場跡」、終了直後から『週刊読書人』に連載の「ユリアヌスの廃墟から」
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
読書知人に大変とても熱心にお勧めされた本。といってもその方がお勧めする相手は「青少年」なのですが、周りにこれを読む青少年がいないので私が読んだ笑 皆さんの周りに青少年がいましたらおすすめしてくださいませ。
まずは歴史背景。
主人公ユリアヌスの父は、ローマ皇帝コンスタンティヌスの弟のユリウス。
コンスタンティヌス大帝(在位306年〜337年)は、それまで迫害されていたキリスト教を容認して自分も帰依した。ローマ帝国の首都もローマからコンスタンティノポリス(現イスタンブール)に遷都されている。
しかしその弟ユリウスはキリスト教よりもローマの多神教を信仰していた。
なお題名の「背教者」はキリスト教を中心としての蔑称ですね。
小説は、ユリウスの後妻となった若いバシリナが、権謀蠢く宮廷におそれもせずに加わったこと、妊娠した子がいつか皇帝になる予言を夢に見るところから始まる。
バシリナの出番は少ないのですが生き生きとして清々しい人だった。
ユリアヌスはユリウスの末子として別邸に暮らしていた。だが337年コンスタンティヌス大帝が崩御すると、遺言により三人の息子にローマ帝国を三つに分けて統治させた。
ガリア地方はコンスタンティヌス皇子(コンスタンティヌス二世)。東方全域はコンスタンティウス皇子。イタリア、イリリアはコンスタンス皇子。
これに焦りを感じたのがキリスト教の老司祭エビセウス。キリスト教は過去酷い迫害を受けてきた。コンスタンティヌス大帝により庇護されていたが、いつまた迫害されるかわからない。
そこで東方を統治する皇帝コンスタンティウス二世に近づき信頼を得ると、キリスト教に反対する一派、皇帝の兄弟とその子供たちを殺害させたのだった。ユリアヌスの父や異母兄たちも殺されたが、一番歳の近い兄ガルスとユリアヌスは幼いために助けられた。だが兄弟は幽閉生活を送ることになる。
ユリアヌスは温厚で思慮深い性質で、なぜ自分が皇帝コンスタンティウス二世の命令により住居を移したり祖母と会えなくなったのかわからないまま勉学に励んでいる。父たちを殺した司祭エビセウスからも教えを受けるが、どうにも苦手な、合わなさを感じていた。
キリスト教も学ぶが(実はキリスト教を拒絶すると亡父のように危険視された可能性があるので乗り切って良かった良かった)、学術としてはギリシャ・ローマの古典、神話、哲学に惹かれた。
その頃ユリアヌスは読書に出会った。
<彼はそのとき、ほんの瞬間であったが、不死に似た感覚を、ふと味わい、思わずそのなかにのめりこんでいった。彼はそのなかに懐かしい母や、不慮の死を遂げた父がいまなおいるような気がしたのである。(P181)>
異母兄ガルスは活発で、子供の頃はユリアヌスを虐め、成長してからは見えない未来に粗雑な性質になっていく。最初はどうにも気が合わない兄弟だったが、幽閉屋敷の見張り役宦者オディウスがユリアヌスに力仕事までさせるのを見て怒りを爆発させる。オディウスから皇帝に讒言されれば死罪を申しつかるかもしれないが、それよりも大帝コンスタンティヌスの甥である自分たちが軽んじられることは誇りが許さない。
このガルスは最初は粗野でユリアヌスにも冷たいかと思ったら案外いいやつでした。こうして兄弟はお互いを信頼し、「いつか俺が皇帝になるようなことになったら、お前を副帝にして共に国を治めたいものだ」と言う仲になる。
ガルス、いい奴!やっぱりローマ皇帝の親族って、プライドも腹の座り方も、粗野にみえてもディベートもうまいんだろうなあ。
ユリアヌスは皇帝コンスタンティウス二世たっての願いでキリスト教の洗礼を受ける。このころキリスト教が国教となっていたので、貴族や上流階級たちは商売や昇格に必要なために洗礼を受けるのは当たり前となっていた。ガルスもそうだった。
だがユリアヌスは自分なりに考え、街の学校に通いながら自分で見て、洗礼を受けることにした。
街で見かけた貧しい人々、病気の人々に喜捨を施すのはキリスト教の修道僧たちだけだったからだ。
他の宗教は、ギリシャ・ローマの太陽崇拝も、バビロニアの神々も、ミトラ教も、ただ呪術にふけったり踊ったりするだけで、誰かのために何かをするものはない。キリスト教だけが街角での奉仕を行っていたのだ。
この間にもローマ帝国の勢力は大きく動いていた。
コンスタンティヌス帝(コンスタンティウス二世の兄)のガリア地方(現在のフランス、ベルギーあたり)、コンスタンス帝(コンスタンティウス二世の弟)のイタリアやイリリアでは反乱や外圧が起きる。結局二人は殺される。
兄と弟の死に、皇帝コンスタンティウス二世は、いまこそローマ帝国を父の時代のように一つに治めたいとするが、あまりに広大なローマ帝国は思うように統一することは困難だった。
ここで出てくる鋼鉄のような女性が出てくる。コンスタンティウス大帝の娘、コンスタンティアだ。彼女は夫の死後地方領地で暮らしていた。そのためにローマ皇帝の直接の支配が行き届かない地方都市の状況を実感としてわかっていた。
コンスタンティアは、その地方に副帝を立てて独立させる。しかしそれは兄の皇帝コンスタンティウス二世に対する反乱などではなく、あくまでも協力だった。独立し、すぐに皇帝コンスタンティウス二世と同盟を結ぶことで、地方住民に自分たちはローマ帝国に関わりがあり、外圧に対して自分たちこそが戦わなけければいけないという自覚をもたせるのだ。
皇帝コンスタンティウス二世は、妹コンスタンティヌスと手を組み、そして唯一となった親族のガルスとユリアヌスの幽閉を解いた。ガルスは皇帝コンスタンティウス二世の従弟として軍を率いることになる。
まだ若いユリアヌスは自由に学ぶことを許された。友人もできた。地方から出てきてギリシャ古典を学ぶ金髪のゾナスとは、自分たち若いものが何を学ぶか語り合う親友とも言うべき仲になった。だがユリアヌスは自分の身元は決して明かせない。
ある時、ゾナスの言葉からユリアヌスは父ユリウスの死の真相を知る。キリスト教派が、異教を信仰する者たちを謀殺したのだ。そして司祭エビセウスが、自分が殺した相手の息子である自分と素知らぬ顔で接していたことに怖れと嫌悪を感じる。キリスト教の教えとはなんだ?地上の栄光を捨てるなどと言いながら、権力のために反対派を殺し左遷する。これが実態なのか?
実務的な兄ガルスは「皇帝コンスタンティウス二世がキリスト教に帰依したのは信仰心ではなく、広大なローマ帝国に中心となる楔としたかったという政治的理念のためだ。統治するためには、真理や正義を考える必要はない。実際の生活のために、法律を制定し、インフラ(現代の言葉で言えば)を整える。統治のためならどんな手段をとってもそれが正義だ」と言う。
だがユリアヌスは、正義を実現する政治があってもいいだろう、そうでなければ人間の思考は何のためにあるのだ、と考える。
二人は根本の意見は異なるが、まあお互いの言うことも分かるんだけどね…というところが今のところいいバランスです。
1巻最後でガルスは政略結婚としてコンスタンティアを迎えました。
そろそろ成人に近づくユリアヌスも皇帝一族としての立場も出てきそうです。