あらすじ
人はなぜ人を殺すのか――。河内音頭のスタンダードナンバーにうたいつがれる、実際に起きた大量殺人事件「河内十人斬り」をモチーフに、永遠のテーマに迫る著者渾身の長編小説。第四十一回谷崎潤一郎賞受賞作。
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Posted by ブクログ
熊太郎の報われなさが切なくてもどかしくて愛おしくすらあった。
「あかんではないか」
って言うのは簡単だと思う。
けど俺は熊太郎みたいな人を理解できる人間でありたいと思った。
「あかんかった」
で終わる熊太郎の生涯は
食うに困らなくなった俺たちが
本当は自分のことしか考えてないのに中途半端な倫理観を持ったあげく
平和ボケしてひとの気持ちを想像できなくならないように警告してくれてるような気がした。
文体はとっても読み易くて河内弁が軽快で個人的にはワードセンスも抜群で
酢醤油
あたりから声に出して笑うほどニヤニヤして読んだ。
Posted by ブクログ
⭐️5
落語や漫談をみているような感覚
読み終えるのに1週間かかるほど圧倒的な文量と独特な言葉はあるが、不思議と読みにくさは感じないテンポの良さ
一つの出来事が遺恨となり、心の楔となり、周りから置いて行かれてしまう熊太郎
思弁癖があり、臆病で実直なそんな熊太郎の一生を追いかけて触れる人の業
自分の心の心すら本当にわかっているのかと問いかけられ、感情を揺さぶられる
Posted by ブクログ
最高に面白かった。関西弁、特に河内弁がわかることでこれほど文学作品を楽しめることがあるとは思いもしなかった。小さな頃から親しんだ吉本新喜劇のヤクザの言葉や、富田林出身の父が友人とふざけて話していた言葉が、なんとも言えず心地よいリズム感で繰り出されて読むのがやめられなかった。
口下手で、経済力も文化的資本も持たない声の小さな存在が、持てる人間にいいように言いくるめれ、掠め取られ、尊厳を踏み躙られる様子は、現代の日本をみていても本質的には大きく変わっていない。だからこそ、これを読んで熊太郎の心情につい肩入れしてしまうんだろう。
作風は違うものの、芯にある硬質な視点は以前読んだ小川洋子の「ことり」と同質なものがあるように思った。
熊太郎が殺害した葛木ドールと弟モヘアはなぜ2人だけカタカナの名前、英語名だったのだろうとずっと考えながら読んだ。
江戸から明治に時代が変わった時期に、熊太郎は新しい社会や時流に軽快に乗り換えることをしなかった、できなかった、働いてお金を儲けて蓄え、資金力の多寡に価値を置いて生きる、そういう価値観をどうしても受け入れられなかった、そんな暗示をしているのだろうか、など色々考える。
とにかく、面白くて、笑えて、哀しくて、胸が痛んで、本当に良い読書だった。
Posted by ブクログ
最初の一歩で躓いた人間なんだと自暴自棄になり、しかしその躓きは自分の思い込みで、自分は思い込みに怯えて人生を棒に振ってしまったのではないか
こここそが引き返し不能地点だ、と思っていたところは実は楽勝で引き返せる地点だった
行き止まりだと思ってぶち当たった壁は紙でできていて、その先には変わらぬ世界があった
もしや自分は取り返しがつかないことをしてしまった、もう元の自分には戻れないと気づいた瞬間の沈んでいくような恐さと、それでも世界は終わってくれないことに対する驚愕に近い絶望感
最後の山で過ごした熊太郎の心境を想像すると切なくなった
思弁的な熊太郎が何を考えているのか読者は知っているし、「こいつおかしいぞ」と思うところもあれば普通で常識的なところもある、むしろそっちの方が多いということもわかる。共感もできるし村民の中では一番こちら側に近い人間だとも感じさせる
ただ、その熊太郎の思弁を知らない村民からしたら、熊太郎はどんな人物に見えていただろう
大量殺傷事件を犯した人の中にもしかしたら熊太郎のような人間がいるのかもしれないと思うと怖い
境界線というのがやっぱりわからない…
Posted by ブクログ
読後「うぁあああ…無念…なにしてんの…なにしてんだよぉ…熊太郎…弥五郎可哀想じゃん…熊太郎の馬鹿野郎…」ってなった。
熊太郎が不憫すぎる。なんだろう、全然報われない。誰も幸せじゃない。悲しすぎたー。
せっかく所帯持てたのに…縫とちゃんと対話出来れば良かった…。
「兄哥」といつも慕っていた弥五郎は本当にいい奴だった。終盤、妹に会いに行き、滞納してた家賃も払い、掃除して身の回りを整えた描写は泣けた。
対して寅吉、熊次郎、傳次郎の汚さよ…。
人間ってどうしてこんなに複雑なんだろう。
やるせなさと虚脱感が残る。
Posted by ブクログ
19世紀末に実際に起きた殺人事件をモデルに、殺人犯となった一人の男の生涯を描く怪作。圧倒的なボリュームで「人はなぜ人を殺すのか」が描かれる。
主人公の熊太郎は自分の思考を言語化することがとにかく苦手で、幼少期から大人に至るまで他者とのコミュニケーションを上手に取ることができない。決して頭も性格も悪いわけではないのに社会の中で生きづらさを感じている。現代でいうところの発達障害のような描かれ方だが、当時は誰にも理解されない。そんなわけで、熊太郎はろくに働きもせず博打ばかりに日常を費やしている。
そんな男が大量殺人に至るまでの過程を、圧倒的な心理描写で描き切る。作品全体を通じて河内弁の独特の文体が徹底されており、重いテーマのはずなのに滑稽かつ虚無的な独特の雰囲気を作ることに成功している。読んでいる最中に、何度も爆笑してしまった。その分、終盤のシリアスな殺人描写、ラストの熊太郎の慟哭が際立っている。
読み進めるうちに、熊太郎にとても共感してしまった。以下は、特に共感した場面。
○p.490
『道を歩いていて突然、暴れ込んだときの自分の台詞を思い出し、「あ。うーん」と呻き、両手で顔を覆って畦道にうずくまったりした。或いは、大きな声で、「えべらぼんべん」などと意味不明のことを口走るなどした。』
↑の熊太郎のように、自分自身も過去の嫌なことを思い出した時に突発的に叫んでしまうことがよくある…
○p.723-724
熊太郎が殺害を決意する心理描写にもとても感情移入した。自分自身、前職の職場の上司を心底憎んでおり、生きる価値がないと思っている。「殺す」はないにしても、未だに「死ねばいい」と常々思っている。熊太郎が松永家に対して「悪の芽はこれを摘んでおかなければならない。正義のために。殺す。」と決意するが、自分も全く同じことを元上司に思った。パワハラするやつ、それを容認するやつ、軒並み社会から淘汰されるべきである。
このように、社会の中で失敗した経験や抑圧された経験を持つ人には圧倒的にブッ刺さる作品だと思った。ただし、本作の最も凄いところはそうした恨みの感情を爆発させたところで、下記のように虚無に終着することを描いている点である。
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曠野であった。
なんらの言葉もなかった。
なんらの思いもなかった。
なにひとつ出てこなかった。
ただ涙があふれるばかりだった。
熊太郎の口から息のような声が洩れた。
「あかんかった」
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復讐を単純に美化しているわけではない。
読者に対して「恨みは終わらせないといけない」ことも描いている。まさしく、何度裏切られても「人の正義」を信じ続けていた熊太郎のように生きないといけない。
とにかく凄い作品だった。「平成を代表する一作」と言われることも納得。