あらすじ
ロンドンに住むジキル博士の家に、ある時からハイドという男が出入りしている。彼の評判はすこぶる悪い。心配になった親友のアタスンがジキルの様子を窺いに行くと……。
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Posted by ブクログ
今まで題名は知っていたが手が伸びなかった本。外国文学なのにするする読めた。最後の手紙のところで全部辻褄がいく。それで話が終わっているから余韻がすごい。アタスン視点なのでよりジキルとハイドの謎が不可解に思える。所謂オーバードーズとは少し違うけれど、依存して行くような沼に落ちていくような雰囲気があった。もうジキルは消えてしまったのだろうか。
Posted by ブクログ
名前とかで大体のオチは想像できてはいた。だが最後の日記の部分を読んだ後、ジキルとハイドが他人事のように思えなくなった。
自分が全くの別人になり、何をしてもお咎めを受けずにいられるとしたら、清廉潔白に過ごせる人は、果たしてどれほど存在するだろうか。例えば飲みの席でのやらかしを「酔っていたから」などと弁明し、周囲も多少の共感を示すということがある。普段の自分と酔っている自分とは関係ないので、酔っている自分が多少悪いことをしても、素面の自分にとってはどうでもいい。そう思いたいという歪んだ願望が、加害者にも、そして(今後加害者になりうる)被害者にも多少あるように思う。
道徳心というのは、当事者意識が欠けているとすぐ折れてしまうものかもしれない。
Posted by ブクログ
ジキルとハイドというと、善良な建前と醜悪な本音の対比
というイメージだったが、そんなに単純ではないようだ。
一方は長年の抑圧から解放された純粋な悪、もう一方は善悪を併せ持つ複合体。きっかけは享楽への欲望だったはずなのに、残忍で凶悪な行動をエスカレートさせていくハイド。しだいにハイドに身体を乗っ取られていくジキル博士。
色々な解釈ができそう。
『享楽への欲望』が何を指すのかは解説を読んでそういうことか、となった。
Posted by ブクログ
この時代のイギリスに興味がありまたタイトルだけ知っているなと思っていたので読んでみた。
解説を読んで男色云々の話を知って驚いた。長い話ではないのでこれを踏まえて再読したい。
Posted by ブクログ
ミュージカルを観てそういえば原作を読んだことないなと気づき読んでみることに。まず本自体の薄さにびっくりし、登場人物も10人に満たないくらいのとても短編。舞台上ではエマやルーシー、殺された理事会のメンバーなどのキャラクターがいるが、この中で原作に登場するのはカルー卿(しかも殺されるだけ)のみ。
今でこそ「ジキルとハイド=二重人格」という意味合いで使われているが、読んでみると薬で身長や顔つきが別人になる様子が描かれている。友人の弁護士アタスンの視点で(ハイドの姿の)ジキルが死んでからは手記と手紙によってその経緯が語られる。
訳者あとがきで「当時の視点からすると同性愛(当時の法律では違法)と取られる描写」という記述があった。確かに最初から一人だと理解している頭で読むのと、突如知らない名前の人物が親友以上の扱いをされる状態のアタスンでは受け取り方が全然違うとは思った。これはこれで新解釈なのでその視点でもう一度読み直してみたいと思う。