【感想・ネタバレ】道路の日本史 古代駅路から高速道路へのレビュー

あらすじ

邪馬台国の頃には獣道しかなかった日本列島も、奈良時代になると幅12mの真っ直ぐな道が全国に張りめぐらされ、駅馬の制度が設けられた。中世には道路インフラは衰退したが、徳川家康は軍事優先から利便性重視に転換して整備を進める。明治以降は奥羽山脈を貫くトンネルを掘った三島通庸、名神高速道路建設を指揮したドルシュなど個性溢れる人物の手によって道路建設が成し遂げられる。エピソード満載でつづる道路の通史。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

「道路を見れば日本の歴史がよく分かる」という視点から、国家の産物である道路網の変遷を、政治的節目や技術的特徴と対比させて描き出す通史。本書の特色は、元高速道路エンジニアが、足で稼いだデータと歴史を融合し、早馬の鈴の音、渡し船の既得権益、悪路に埋まる馬など、創作の「道中の描写」を豊かにする解像度の高い情報が満載である点にある。

道路は国家の産物が主要論点の一つ。国家が強固な時代には強固な道路網が造られ、政治的な節目で制度や実態が変わる。

古代駅路の計画性と直達性も重要な論点。奈良時代の七道駅路は、都から放射状に延びる幅12メートルの直線路であり、国家の偉大さを示す装置でもあった。

高速道路の古代回帰については、高速道路のルートや構成が古代駅路と重なるのは、両者が「目的地を狙って計画的に結ぶ」という直達性を重視するためである。

天智期関連では、中大兄皇子について、壬申の乱以前の天智朝において、庚午年籍(670年)の作成とともに「駅家戸」などが史料に見え、駅路整備の基礎が築かれた。駅制については、天智朝以前の欽明朝や推古朝でも「駅馬」の利用例があるが、天智朝から天武朝にかけて全国的な「駅路」の敷設が本格化した。称制については、斉明崩御後の称制期、白村江への指揮にあたって情報伝達のための「早馬」の重要性が増し、後の駅制へと波及した。

中公新書で、地図と併読すると当時の距離感がよりリアルに掴める。天智まわり関連度は中程度だが、天智朝における「駅制」の胎動や、白村江後の国防上の道路整備の機微が、技術的視点から補強される一冊。

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2025年12月30日

Posted by ブクログ

ネタバレ

計画道路としての古代の街道と現代の高速道路、かち歩きで点を結んでいく江戸時代の道。計画型同士はバッティングし、よって高速を作るときは道路遺跡にやたらと出くわすことになる。実は江戸時代の街道の把握は十分にできているとは言い難いそうである。うーん、頭の体力仕事であろう。

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2015年08月25日

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