【感想・ネタバレ】胡蝶の夢(一)のレビュー

あらすじ

黒船来航で沸き立つ幕末。それまでの漢方医学一辺倒から、にわかに蘭学が求められるようになった時代を背景に、江戸幕府という巨大組織の中で浮上していった奥御医師の蘭学者、松本良順。悪魔のような記憶力とひきかえに、生まれついてのはみ出し者として短い一生を閉じるほかなかった彼の弟子、島倉伊之助。変革の時代に、蘭学という鋭いメスで身分社会の掟を覆していった男たち。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

幕末、松本良順と佐倉伊之助が医学を通じ、西洋文明に接してゆく姿を描く。伊之助は類まれな暗記能力のおかげで、佐渡の四方を海に囲まれた世界から江戸と言う町に勉学のため良順の下に住み着いた。ただ、この伊之助は周囲の人と打ち解けることができず、それだけではなく、逆に忌み嫌われ、江戸の良順のもとを出ざるを得なくなり、良順の実父 佐藤泰然の順天堂に移る。当然そこでもうまくゆかず、結局は一度佐渡に戻る。

良順は奥御医師という、将軍を診る位におり、それを統括する多紀楽真院という長老に振り回されていた。というのも、当時、奥御医師は蘭方は邪道とみなされ、漢方が主流であったからで、良順はその蘭方を学びたいと切に願っていたからである。どうにか、近々出来る長崎海軍伝習所の御用医という命令を得て、良順は念願の蘭方を学びに長崎へ発った。

良順は伊之助をけったいな人間だと思いつつも、才を愛し、かわいがり、良順が長崎でオランダ人軍医ポンペに蘭医学を学ぶにあたり、佐渡の片田舎から長崎に呼ばれた。

良順は長崎に行き、オランダ人から医学をはじめ、医学の体系的な理解に必要な物理学、化学等を学んだ。これに、オランダ人も積極的に協力してくれた。蘭学を学ぶことで、良順がこれまで縛られていた漢方の世界から出れたこと、新しい西洋文明にたくさん触れられたことを生涯大切にし、良順は、幕末の洋学が、オランダ語から英語、フランス語へ転換するときも頑固にオランダ学に固執した。これは、長崎におけるオランダ人との接触のなかでできあがった友情の根と無縁ではなかったのだろう。ポンペはこれまでの日本の蘭方である、内科書、外科書、解剖書などの出来上がったものだけを利用する医学ではなく、その医学の根底にある様々な基礎知識の習得させるため、毎晩遅くまで講義資料を作っていたという。”山岳は頂上だけでは成立しない。大きなすそ野があって始めて山である。”と言った。

人間は、人間との接触を好む動物だと思うが、接触の時、たとえ相手が無口でも何がしかのリズムを共有することをよろこぶ。相手がまったく違うリズムもしくはリズムを出していない場合、当方は戸惑うか、ひどく不愉快になる。人間は、美的な秩序に快感を持つ動物らしいが、相手との接触が成立した瞬間、微笑しあうだけでも、両者の間に一つのリズムもしくは秩序が出来上がって快感を分け合うことが出来るのだが、伊之助は天性その能力を欠いているような人間であった。この”リズム”というものは”文化”と置き換えても良い。一つの民族が一つの社会を営むために、人と人との間におこる無用の摩擦や感情の齟齬を避ける文化が発達する。日常の行儀、相手への気遣いを示すちょっとした仕草、あるいは言葉づかいといったもので、それらをどの民族の社会でも堅牢に共有し、相続させてゆくものなのである。伊之助の精神体質は単にその共有のものに参加する能力を欠いているだけに過ぎない。良順は早くからそれを洞察したから、伊之助に寛容とまでいえる態度をとるのであった。

良順は幕府に最後まで従った。それは、幕府に恩を感ずるとか武士道精神とかいったものではなく、多分に幕府方個人への感情的なものであったろう。近藤勇や徳川家茂などに接し、自然、そのようになっていったと思われる。家茂は病床についてから、良順を枕頭から下がらせず、ために、良順は座ったまま居眠りを続けなければならなかった。重病の家茂にとって、医者だけが友であり、良順もポンペから教わったように、”医者はよるべなき病者の友である”ということを実践したようだ。家茂は肉体へ間断なく襲ってくる苦痛と戦いながら、長州のことを懸念していた。良順の長州嫌いも、家茂を看病しつづけたときに決定的になったという。

全4巻

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2014年01月12日

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