あらすじ
ヨーロッパ文明揺籃の地である古代ギリシャの輝きは、神話の世界そのままに、人類史の栄光として今も憧憬の的であり続けている。
一方で現在のギリシャは、経済危機にあえぐバルカンの一小国であり、EUの劣等生だ。
オスマン帝国からの独立後、ギリシャ国民は、偉大すぎる過去に囚われると同時に、列強の思惑に翻弄されてきた。
この“辺境の地”の数奇な歴史を掘り起こすことで、彼の国の今が浮かび上がる。
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106頁に1922年のスミルナ炎上の時の「ひとつのエピソード」として4行分書かれている話は著者がギリシャ留学中に初めて知った話との事。ギリシャやアルメニアでは有名な日本船の話でも日本では誰も知らない。著者はロイズ保険組合の古い資料などを調べていくうちに少しずつ目処がついてきても状況証拠ばかりで肝心な一次資料にはたどり着けないもどかしさがあるようだ。大連にあった会社の船というので航海日誌などは残っていないだろう。船長は正教会の信徒の一族というのでギリシャ軍に雇用されていたのだろうか?中間報告という形で本を書いたら読んでみたいものだ。
この本で不満が残るとすれば71頁の地図に「ドデカネス諸島(1947年にイタリアから割譲)」とある個所。95頁には1920年のセーヴル条約で「ロードス島などのドデカネス諸島はイタリアが獲得」とあるが1912年の伊土戦争でイタリア軍が占領して正式にオスマン朝から「獲得」したのはセーヴル条約ではないか?この本と同じ年に刊行された「ラスト・オブ・カンプフグルッペⅢ」が何故イタリア休戦の時点でドイツ軍とイタリア軍がロードス島をはじめとするドデカネス諸島に駐屯していたのかが、どこかに行っているし、イタリア休戦とドデカネス諸島の戦いの後、形式上はイタリア社会共和国の支配下でも事実上はロードス突撃師団の師団長ウルリヒ・クレーマンと後任のオットー・ヴァーゲナーが支配者だった事などゲッツ・アリーの「ヒトラーの国民国家」には書かれているが一切出て来ない。もちろん、クレーマンの命令でロードス島のユダヤ人がアウシュヴィッツに送られた事など一言も触れていない。芝健介の「武装親衛隊とジェノサイド」にあるようにフェーゲラインのSS騎兵旅団によるプリピャチ湿地での虐殺に関わるフリードリヒ・イェッケルンのようなSSの将軍も叙勲者である「柏葉付騎士十字章に輝く英雄」であるクレーマン将軍がユダヤ人に何をしたのかを書くのはまずいのか単によく知らないのかは分からないが。ヒルバーグの「ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅」ですらロードス島の記述はギリシャの項目に割り振られている。ドデカネス諸島は1947年のパリ条約でイタリアから割譲されるまでギリシャ領ではないので「ギリシャ」にするとビザンツ帝国時代にまで遡ってしまうにしろギリシャ文化圏なので、ややこしいところだ。
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ギリシャは、古代ギリシャ誕生後、ローマ帝国、ビザンツ帝国、オスマン帝国と、長い間支配された経緯がある。その後、オスマン帝国からの独立をかけて、ギリシャ独立戦争が勃発したが、歴史の教科書では、独立以降のギリシャは大々的に注目されない。本書は比較的マイナーな箇所を取り扱っており、この本を読むことで、近現代のギリシャの概要を把握できる。
まずギリシャと聞くと、古代ギリシャを連想するが、現在のギリシャの起源は18世紀だと見なすべきである。ギリシャに限らず、近代国家は社会、宗教、民族などのナショナリズムから誕生した。これに加えて、ギリシャ独立戦争の際、西欧列強が勢力均衡のために、ギリシャ側を支援した。これによりギリシャの独立を果たしたが、上記の経緯を見ると、ギリシャ国家は人工的に無理くりできた国家だと認識すべきである。近代化を達成したものの、そのとき壁となったのが公用語、すなわちギリシャ語の採用である。国家の言語として、どの形態を採用すべきかが何度も論争されており、近年まで明確に統一されていなかった。
また、本書では近代から現代における政治家を取り上げるが、特に注目するべきなのが1910年から30年半ばまで首相を務めた「ヴェニゼロス」である。彼は、近代化を進めるうえで産業の発展が重要だと判断した。そこで、道路建設や郵便電信システム等のインフラ整備、農業生産向上に向けての政策、労働者の待遇改善など、次々とギリシャ社会を抜本的に改革した。その点、日本の政治家の大久保利通の政策と共通している。しかし、その後、軍事政権や左派が台頭し、ギリシャ社会の秩序が入り乱れた。このように、近代化を果たしたとはいえ、不安定な状態が続いた。
第2次世界大戦が終結して間もないころ、ギリシャはトルコと共に自由陣営側入りする。これはNATO側が、地政学的リスク、つまり防共という観点から保護した。とはいえ、戦後のギリシャは相変わらず不安定で、1947年以降は、軍事独裁、君主制、保守的官僚と右翼の勢いが増した。なかでも注目すべきなのが、キプロスをめぐってのギリシャとトルコの関係である。キプロスは戦後、イギリスの支配から脱却したが、1974年のトルコ側による軍事侵攻から、ギリシャと関係が悪化している。そのため、キプロス関連の問題は今なお未解決である。終章では、現代ギリシャについて言及されるが、なかでも財政の悪化が問題視されており、こちらも解決の目途が立たない。
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ギリシャの歴史の紀元前から今までに経緯をわかりやすく纏めている。まず2000年間を隷属で送ってきていること。ビザンチン帝国からオスマン帝国。そして外敵と戦うより以上に内紛の歴史でもある。またギリシャという国自体が(国土)という面で非常にあやふやであった。国という概念以上に人種・個人で小アジアに黒海沿岸にコミュニティを築いていた。また首都としてはイスタンブールがアテネより首都意識が強い。ギリシャ正教の中心。内紛の延長線で国民の理不尽な要求、それを為政者は認めてきた結果、今の状態に陥る。
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ギリシャを旅行するに当たって、今のギリシャを理解するのに非常に役立ちました。
オスマン帝国の歴史、塩野さんのローマ人の物語や十字軍物語、ベネチアをテーマにした海の都の物語等の地中海世界の歴史が好きな方にも、今のギリシャの成り立ちを知っておくのに、最適の書といえます。
著者の文章力や表現力も大変素晴らしいので、物書きとしても優秀な方だと思います。
結構、記憶に残る名言が一杯あって、そんな所も評価を高くした理由です。
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小さい国の歴史は、人生にあんまり恵まれてない人が、それでも必死で生きていく姿に重なります。大国の思惑に翻弄されて、なかなか真に自国(民)のためになることを追及できない悔しさは、日本人にもよくわかる気持ちではないでしょうか。読み終わった頃には、すっかりギリシャ近現代史に魅了されていました。アンゲロプロスの映画の物悲しさは、こんなギリシャの歴史から来るのかとも思いました。
Posted by ブクログ
近代のギリシャ人が古代のギリシャと自分たちをつなげ、アイデンティティーとすることに労力を注いでいる、という本書の流れが面白かった。
本書では国家としての「ギリシャ」という外見をつくり上げなければならなかった歴史背景、周辺環境の影響力を大きく取り上げている。
ギリシャは経済ではヨーロッパの周辺になり、観光業中心の外部依存型の経済になってしまっている。それにもかかわらず西側ヨーロッパの人々からは古代ギリシャというフィルターで見られ、自力で経済を立て直すように要請されている。
しかし、その古代ギリシャは経済的な自律性を持っていたのだろうか。
過去における古代ギリシャの諸都市は、その都市国家一つ一つを単独で見ても、経済の循環を説明できない。歴史家、F・ブローデルが指摘したようにギリシャ諸都市と地中海、さらには地中海諸地域との交易の中でそれら古代都市国家が成立していたことを考えなくてはいけない。
ギリシャにおける現在の問題も、また近代以来のアイデンティティーの問題も同様に考えなくてはいけない。
つまり、ギリシャとその周辺環境、世界経済の中でのギリシャの位置について、見なければならない。
本書の最後で語られる筆者の感じる変化というのは、産業基盤のない国がユーロによって消費できるようになり、外見的な近代化を果たしただけ、ということかもしれない。
Posted by ブクログ
ギリシャ独立に至る前史から現代まで。そもそもギリシャ人とは? というところから、メガリ・イデアとはどういう背景のもとに生まれたのか? どういう過程をたどったのか? ギリシャ語のカサレヴサとデモティキについてや「兄弟殺し」と言われた内戦の展開、ギリシャ国外のギリシャ人についてなどなど、今のギリシャを知るために不可欠な内容がならんでいる。文章も平易で読みやすい。これは古代ギリシャ好きやビザンツ好きにも必読の一冊かもしれない。
Posted by ブクログ
最近のギリシアを巡る経済的混迷を受けて再読。
これを読むと一国の「運」と「幻想」をどうしても考えざるを得ない。
まずは地理的場所というどうしようもない要件がこの国(地域と言った方が正確かな)の行く末を決定したんだろうと思う、それこそ大国から良いように蹂躙されたんだから。これに比し、日本はやっぱり極東だったことが結果的に幸いしたんだと思う。随分と酷いことを日本自身が行ったし、周りの国は大迷惑だった訳ですが、(良いか悪いかはさておき)世界の中心たる欧米から見れば遠くの場所だから放っておけと無視されていただけかと。
それに加えて本人達の大いなる勘違いも火に油を注いだ感あり。コンスタンティノプール奪還とか、やっぱり違和感ありますから。それを疑問に思わないまま突き進んだ結果が今日まで繋がっている気がする。公務員が大半を占める国ってやっぱりおかしいですから。
結局ギリシアだけが悪い訳でもないが、ギリシアにも正すべき非があるという一番厄介な袋小路に陥って今に至るのかな。うーん、取りとめもない戯言に終始してしまいました。
Posted by ブクログ
建国以降のギリシャの歴史をたどる。
ギリシャ史については全くの素人であったが、
読みやすくわかりやすい内容で、
かつ非常に興味深く読むことができた。
明確なビジョン無きまま、お膳立てされた独立では、
国家運営はうまくいかないのはどこの国でも同じだが、
偉大すぎる過去故にナショナリズムの拠り所を求めて
迷走する姿はギリシャ特有の姿であると感じた。
また、ヴェニゼロスについては評伝などあれば触れてみたい。
Posted by ブクログ
ドイツのバイエルン王室から招いた国王を戴く王国としての独立、領土拡大の過程、第二次大戦の枢軸国側による占領、左右勢力の内戦を経た軍事独裁政権の成立と崩壊、現代のユーロ危機の発端までが扱われている。個人的には現代のギリシャ人のアイデンティティがどのように形成されてきたのかを扱った序章が面白かった。序章ではビザンツ帝国以降のギリシャ人は自らをローマ人として規定していたことや古代ギリシャと自らの連続性をギリシャ人自身が意識し始めたのは独立戦争あたりからだということが述べられている。また、国境外のギリシャ人を扱った第6章、特に黒海沿岸に住んでいたポンドスギリシャ人を扱った部分が興味深かった。彼らの一部はオスマン帝国崩壊とともロシア領内に移って行ったことが述べられている。ペレストロイカ当時のモスクワ市長ガヴリール・ポポフがギリシャ人だったので不思議だったのが、ポンドスギリシャ人の子孫なのかもしれない。
Posted by ブクログ
『ギリシャ語のかたち』(白水社)の著者による、ギリシャ近現代史の中からテーマを絞ってまとめられた「物語シリーズ」の一冊。
小著とはいえ、リチャード・クロッグ『ギリシャの歴史』(旧題『ギリシャ近現代史』(創土社)が1990年代までで終わっているのに対して、本書は2009年秋の政権交代までカバーしていて、いっそう臨場感が増す内容となっています。
まずは第五章「兄弟殺し」-第二次世界大戦とその後(一九四〇-七四)から、第六章国境外のギリシャ人、そして終章現代のギリシャ、の三つの章を読んで、この国が歩んできた「重たい」歴史がつかめると思います。
著者は「はじめに」で、「ステレオ・タイプ化されたギリシャ人像」とは違った、「複雑なイメージ」に気づき、「日本でも人気を博したギリシャ人映画監督テオ・アンゲロプロスが、なぜ青い空でなく、灰色の空のギリシャを撮り続けたのかが、理解できるだろう。」と述べていますが、それがこの著書の肝(きも)なのだと思います(本書「おわりに」の日付はそのアンゲロプロス監督の訃報に接した日、と記されています。。。)。
こうしたことを少しでも理解したうえで、欧州債務問題のなかでも異例の展開をみせているギリシャ問題を、トリプルAの諸国の視点からだけでなく多面的に考えていくようにしたいと思います。
Posted by ブクログ
場所が悪い。ヨーロッパにとってギリシャとは、19世紀まではイスラム世界との前線だったし、20世紀に入ってからは共産主義との前線だった。おかげで大国の思惑に左右されて自立した国づくりができなかった。やっと冷戦も終わったと思ったら、今度はユーロのおかげでバブって弾けてにっちもさっちも行かなくなってしまった。
古代ギリシャに対する憧れ(自国民自身の憧れ・誇りと、ヨーロッパ世界からの憧れと両方)は、良い面と悪い面の両方があるだろう。
良い面・・・独立への支援、諸外国からの文化的な関心、観光産業
悪い面・・・分不相応な野望(メガリ・イデア)、言語の混乱(カサレヴサ対ディモティキ)
しかし、良くも悪くも個人主義的に見えるのは、やはり古代ギリシャの遺風か・
・ビザンツ帝国時代の「ギリシャ人」のアイデンティティは「ヘレネス」ではなく「ロミイ」、すなわちローマ人であった。広義にはローマ帝国臣民であり正教キリスト教徒、狭義にはギリシャ語話者を指した。このロミイ意識はオスマントルコ支配下でも継続した。アイデンティティの中心は正教徒であることだったので、多神教のパルテノンに畏れこそはらったが、自分たちの歴史とつながっているとは思っていなかった。しかし、オスマントルコからの独立運動が盛り上がると、消極的・保守的な正教聖職者への反発から、ビザンツを軽侮して古代ギリシャへ回帰する思想が現れる。独立の後、やっぱり古代ギリシャから直結でアイデンティティを主張するのは苦しいのでビザンツも再評価される。
・独立戦争当時のヨーロッパ列強指導層の反応は「ウィーン体制を乱すような余計な真似をしてくれるな」。ギリシャ人の名士層も各々の利害しか眼中になくバラバラだった。しかしバイロンに象徴される古代ギリシャに魅了された人々や自由主義者の残党が熱心に応援した。最後はイギリスとロシアのパワーバランスが独立を後押しした。
・初代大統領はカポディストリアス。ダ・カーポですな。
・1832年の独立当初はペロポネソス半島あたりの僅かな領土しかなかった。当時は田舎町に成り果てていたアテネをわざわざ首都にした。コンスタンティノープル奪回を唱えて軍事力もないのに領土拡張を目指した。イギリス、オスマントルコからの割譲、ブルガリアらとのバルカン戦争などで今の領土になった。
・第一次大戦後に列強にそそのかされて小アジアのスミルナに進駐して、ムスタファ・ケマルのトルコと戦争に。惨敗。領土拡大の野望終了。トルコ領内のキリスト教徒と、ギリシャ領内のムスリムを交換。
・第二次大戦でドイツに占領される。共産党系のゲリラが抵抗するが、国内も反共主義のために二分されてしまう。兄弟殺し。戦後、共産党は弾圧されて、ドイツに協力した人々が復活する。英米も反共を後押し。
・黒海南岸出身の「ギリシャ人」ポンドス。黒海からオスマントルコに追われてロシア/ソ連のグルジアへ。グルジアで粛清されて中央アジアやシベリアへ。冷戦終了後ギリシャへ行ってもなかなかなじめず。ディアスポラ。
・今のパパンドレウって、父も祖父もギリシャの首相をやった人。
Posted by ブクログ
歴史にこんなに興味があるのに、そういえばギリシャについては、古代ギリシャ以来全く知らないことに気付いた。今回の財政危機で改めてスポットライトを浴びた(といっても暗いものだが)ギリシャ。この機会に1800年から現代までの歴史を知り、ギリシャショックを巻き起こした原因を探りたいと思った。
国民を裕福にさせる方法は2つある。経済を回してお金を生み出す方法、そして税金を徴収して国民に社会保障として還付する方法。ギリシャは政策に行き詰ると、国民の人気取りも兼ねて、後者の方法をよく用いる。ただし、粉飾決済付きで。
現代のゼロ成長と言われていた日本を見て、厚い社会保障に傾くと、より経済が悪化すると感じていた私は、ギリシャが常に後者の方法を選択していることを苦々しく思った。
「古代ギリシャの過去の栄光を今でも背負っている」「怠惰な国民性」などと揶揄されるギリシャ。そういった精神性の部分を含めて、今後、より理解を深めたいと思った。