あらすじ
【電子特典付き】
書き下ろし短編「視ること:ゾフィ」を電子書籍限定で収録!
お飾り社長としての人生に嫌気がさして自ら命を絶った「ぼく」は、異世界の若き王の中へと転生する。しかし彼の王国は巨額の赤字財政と列強の干渉に悩まされ、国内には革命の気配すら漂い始めていた。
政治的影響力を無視できない妃候補の令嬢たちと、自分よりも明らかに有能な重臣たちに取り巻かれ、無力な異世界人たる彼にできることはあまりに少ない。だが、何とか“上手くやらなければ”生き残れない。
「ぼくの名は、暗愚な君主の1人として残るだろう。永遠に」
それでもなお、彼は玉座に在り続ける。かつて“投げ捨てた”役割を今度こそ全うするために。
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Posted by ブクログ
これは凄い作品に出会ってしまったよ
作品傾向としては近年のラノベにおける王道路線、異世界への転生であり権威・権勢を持つ者として人生をやり直すというもの。けれど、本作はそうした権力者に生まれ直す事で得られる利点というか欲求的な部分を初っ端から否定しているね
偉くなった事で得られる立場に相応しいリーダーシップの発揮「変えることで自分の存在を刻印する」行動を敬遠している。前世においてそれなりに軌道に乗っていた会社の社長として行き詰まった彼は権力者として何か行動を起こす限界を体感している。だから異世界において改めて権力者の椅子に座っても、彼は次なる人生にて失敗しない為に「何もしない」を選んだわけだ
これ、軽く言及するだけだとまるでスローライフ系のように感じられるけど、むしろこの主人公の生活は転生した事で忙しくなるね。食事も仕事とか気が休まる時間が無い
それらの忙しさは巻き込まれ型主人公のように向こうからって来るという仕様ではなく、王者の椅子に座っているから必然的に訪れる忙しさ。「何もしない」を選択した彼は世を捨てて田舎に引っ込むのではなく、王城において暴君にも名君にも成らない道を進むわけだ
“ぼく”の口調が反映されている文体はとてもナヨナヨした印象を受ける。有り体に言ってしまえば「うだつの上がらない」男性が使ってそうな感じの文体。味方にする利点はあまり無いけれど、敵にするまでもないしそのバックボーンに価値が有るならば味方陣営に加えても良いかな?って塩梅の類い
“ぼく”は意識した上でそうした在り方を体現しているね。これ、無自覚俺ツエーでも能ある鷹は何とやらというタイプですら無く、自分を立てずに相手を立てる姿勢を極めた形なのだろうな
そもそも前世では上手く回っている会社、会社規模に相応しい有能さを持つ部下達、自分がヘマをしても傾かない体制という中で自分の主張を通そうとして失敗した人物だから、財政事情に大きな問題を抱えている程度で家臣は有能揃いのサンテネリにおいて、同様に自分の主張を通す利が無い点を素早く理解できたからこそ
他方でこの“ぼく”は周囲で行われている政治を何も理解していない本物のお飾りとは違う点が本作の面白さへと繋がっていくね
「何もしない」リーダーだけど「何も知らない」わけではない。それどころか、サンテネリで何が行われているかを積極的に知る行動力を持っているし、相手が何を考えて政治を行っているかもある程度読めている。その上で「何もしない」のだから見た目以上に厄介な人物だよ、この人は
そんなグロワス十三世が中心となって織りなされる物語、面白くないわけがない
病に拠って倒れたグロワスに“ぼく”が転生する形で始まった物語、必然的に転生前と後ではグロワスの在り方は大きく変わっているのだけど、前後における評価の違いがまず面白いね
彼に嫁ぐ可能性が有ったブラウネやメアリ等を始めとして大半の人物は転生前のグロワスを暗愚な人物、または暴君と認識していた。これはグロワスを個人として観察していた為か
対してマルセルを始めとして幾人かの家臣はグロワスの在り方を良くないものと捉えつつも誤りであるとして修正しようとまではしないね。これは王という個人に仕えているのではなく、王権に仕えている為か。またはそれ程までに王を絶対視していたか
愉快なのが転生前のグロワスと真反対の政策を行う“ぼく”は前のグロワスを偉大な君主になる可能性があった、羨ましい人物とまで見ている点か。まあ、そのように見つつ彼の政策の踏襲を行わない点も興味深いのだけど
前のグロワスと今のグロワスは明らかに思想が異なる。それが結果的にグロワスに失望していた、もしくは舐め腐っていた者達にポジティブなショックを与えるわけだ
その代表格がヒロインズとも言えるブラウネ達だね。彼女らは一様にグロワスに失望していた。しかし、身分から来る責任や立場の為に彼を明確な嫌悪の対象とまでは出来ない。それだけに前の彼と180度異なるかのような新たなグロワスの態度は彼女らに好印象を残すものと成るね
そもそもからして、“ぼく”というのが現代知識無双も現代倫理無双も出来ないタイプなのだけど、一方で根底にある現代的な価値基準までは消せないし、社長時代に培った対人スキルも持ち合わせているから、サンテネリにおいて異質とまで呼べるような接し方が出来る
即ち、身分に基づいて人を区別するのではなく、人に基づいて人を区別する。それはサンテネリにおいて人を区別しないも同義。それは身分に拠って暴君グロワスに嫁ぐ可能性があった彼女らにとって気持ちの良い解放を意識させるものだね。身分に拠ってではなく人に拠って彼を好む事が出来る
これを“ぼく”は狙った形ではなく、ごく自然の在り方として、それでいてグロワス王として問題のない範囲で意図して行っているのだから恐ろしい話ですよ
新たなグロワス王の政策はいわば王が何もしなくて良い状況を作る為に全てをする、みたいな感じだね。将来的に自分の権力を削ぐ為の下準備を綿密で慎重な打ち合わせを何度も行った上でやっている。ただ、それでも周囲においては大改革には違いないから反発も当然生まれると
だとすると、第11話で発生した事件は無理な改革を進めようとした反動の現れだったと言えるか。そして、それはグロワスへの害意という形だけではなく、“ぼく”が「何もしない」無害な存在と嘯いてきた為に密かに生まれていた歪みをも表出させるものとなったような
マルセルの処罰要求、噴出した“ぼく”の恫喝、ブラウネに訪れた選択、メアリが直面した破滅
これらは全て“ぼく”がのらりくらりと責任と向き合いつつも責任を避けていた為に生じてしまったものかな。そしてその忌避は前世を逃げるようにして終えてしまった行為に端を発しているとも言える
だから、この大問題の局面を切り抜けるにはそれぞれが身分や立場によって隔てられていた関係を少し踏み越えて己が自然的に持つ責任と相対する必要があったのかもしれない
そう思えばこそ、マルセルが侯爵令嬢たる自身の娘を出仕させ、ブラウネがグロワスをこれ以上逃さない為に傍に侍る決心をし、メアリが王ではなくグロワスという個人を救う事を自身の在り方としたように
そして何よりも“ぼく”が彼女らを身請けすると、彼女らの人生に対し責任を持つと覚悟を決めた事は大きな転換点となったのではなかろうか
その一方でゾフィという少女は面白い立ち位置に居るね
彼女はブラウネやメアリ程には王との関係に縛られていない。また、2人よりも幼い年令である。その意味で彼女はまだ自分の在り方を決める必然性に迫られていない。けれど、新たなグロワスに父性的な男性の魅力を覚えた彼女は政治を意識しつつ少女として彼に恋をし、そして恋をしたからには淑女として彼と向き合おうとしているね。その点はブラウネやメアリには無い魅力であるように思えたよ
無論、ブラウネだってメアリだって充分に魅力的な女性であるんだけどね
己の立場を改めた“ぼく”は更に行動を急進化させるね。
差し迫った理由が有るわけでもないのに、自身の権力や武力をひたすらに削り、他者に権力を委任しようとするだなんてもはや狂気の沙汰だ
当初の彼は失政の果てに殺されたりしないよう「何もしない」を選んだ筈だった。けれど物語が進展し、彼がサンテネリやブラウネ達に責任を持つように成ると、サンテネリが生き永らえるように王や権力者が何かをしても揺らがない形へと国を変えていく
これは「何もしない」の究極系だね。だから彼の周囲に侍る者達は生まれ変わったグロワス王に未知なるものを見るし、彼の真意を読み解け無い者は暴君より恐ろしい何かを見て彼に降参する
終盤にてグロワスの王たる所業が一つ描かれたね
あの演説は作品が作品なら名演説扱いされてグロワス王の王たる所以を示すものと成って可怪しくない。けれど、グロワスの演説を傍で聞いたガイユール大公とデルロワズ公は演説そのものは高く評価しない
ただし、王が直接に兵達に向けて自身の政策を反映した演説を行ったという点、それを聞いた兵達が思惑はさておき現象としては騒乱を止めた。その事実がとても大きい
グロワスはそこに自覚的であるというのが面白いね。その点に関して言えば、“ぼく”は意図的にそうした効果を狙っているね
同じようにガイユール大公とデルロワズ公もグロワス王がただの熱意に拠って大演説を行ったとは見做さず、演説を行う事で長期的な効果を得ていると認識している。また、そうして作られる時代の転換点に否が応でも巻き込まれている事も自覚している
そうした点を考慮すれば、2人はグロワス王を自分達が仕えるべき、というより仕えざるを得ず名君にせざるを得ない人物と理解しているね
当初の彼が「何もしない」判子係だった事を思えば、これは大きな偉業と言えそうだ
ただ、“ぼく”自身は政治の世界に身を置きすぎて彼らの信任を表面的な言葉そのままには受け取れないと
だとしたら、ブラウネやメアリからの信頼がより篤くなり、そして無邪気であるように見えて充分に政治的であり純真さも併せ持つゾフィが傍に侍る事になったのは彼にとって癒やしと成ると良いのだけれど
あと、この関係にあまり絡んでこないアナリゼはグロワスとどのような関係を築いていく事に成るのかも気になるね
Posted by ブクログ
序盤は主人公の口調(というか、語り口)が気に入らなくて、失敗したかなぁと思ったけど、意外に最後まで楽しく読んだ。ハーレムだけど、主人公がウハウハ嬉しそうじゃないのがいい。