あらすじ
【電子特典付き】
書き下ろし短編「空想と現実:ゾフィ」を電子書籍限定で収録!
異世界で若き国王となった「ぼく」の治世は四年目を迎えようとしていた。だが国内有力諸侯間の利害調整と外交政策の大転換の末にたどり着いた一つの成果、新政権発足を定める「大回廊の勅令」は貴族会の思わぬ反対により否決されてしまう。国内に漂い始めた不穏な空気と、背後に見え隠れする列強の思惑に立ち向かう中で、王の重責は徐々に彼の精神を摩耗させつつあった。
――ぼくは王だ。そう在りつづけなければならない。
逆境の中で足掻く彼を待つのは、果たして栄光か破滅か。
「杯を掲げよう。――大グロワスの誕生に!」
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Posted by ブクログ
前巻においては“ぼく”が為す政策やその下準備が順繰りに描かれ、その大半が上手く進展しているように見えたものだから、グロワスが暗君を自称するだけで歴史的には名君へ上り詰めていくのだろうと勝手に感じていた。けど、その認識は全くの誤りであると突き付けてられたのがこの2巻だね
ラストに収録された後日談的エピソードが象徴的だし、何よりもこの巻全体に行き渡る“ぼく”の限界が彼は名君に成り得る器を全く持ち合わせていないと理解させてくる
この巻はいきなり彼の失敗から始まる体になっている。でも、割とすぐに取り返せているから何処が失敗なのか?と思いそうになるし、多分周囲もこれを後にまで響く失敗とは強いて捉えていないように思える。でも、“ぼく”はこれを明確な失敗として扱っている。その差が底流に漂い続ける巻だったように思えるよ
第1巻におけるグロワスの政策は概ね尊重されてきた。それはグロワスがいきなり政策を打ち出すのではなくマルセルを始めとした重鎮と長々とした打ち合わせを経て、また重鎮達がその政策が受け容れられるように様々な下準備をした上でグロワスの政策が打ち出されてきたので彼には失敗など無いように見えていた
そう思うと26話の失策はそれこそ重鎮達ですら把握しきれない貴族の理論、外圧、民草の望みが積み重なり、勅令の否定へと至ったものだと認識できる
これは確かに王権としては失敗と言うしか無い。勅令が否定されるなんて在ってはならない事態だろうし
ただ、これって割と対処可能というか取り返しの付く失敗なんだよね。実際にグロワスは名演説やら裏工作やらを経て否定へと至る諸要素を解消していったのだから
特にあのガイユール館前での演説は素晴らしかったね。殆どが台本でサクラが仕込まれていたとしても、そのような状況を演出できたという一点で高評価に値する。しかもあの演説は民衆の方向性を誘導した効果に留まらずその後の外交に圧力を加えられた意味でも大きい。失策から始まったものであろうとそれを帳消しにするくらい多くを得られた流れであるように見える
いわばこれも一つの成功であるように
この評価はジュールによる「傑物」「暗愚ではない」という評価にも裏打ちされているね。彼は後にグロワスを糾弾する程なのだから、そうした人物に拠る高評価なら信頼出来ると言える
なのに“ぼく”はあの演説で安心を得られないね。というより、演説の効果を正しく限定的に捉えていると言うべきか。演説はまるで自分に酔っているかのように発するのに、それを言葉にしている彼自身は全く酔っていない。それは慎重に事を進める人物としては正しいかも知れないけれど、国を牽引する王としては些か疑問を覚えるもの
“ぼく”が自身に対して疑問や迷いを抱き続ける姿勢は問題と感じられるけど、大きな意味での本質的な問題ではない。けど、グロワスが迷いを抱いていると見えてしまう事で周囲も彼に対して僅かな迷いを覚えてしまう構図は問題かも知れない。それはグロワスを疑うという意味ではなく、迷えるグロワスにばかり決断を押し付けて良いものかという
まあ、グロワスが王である限りはその構図は絶対的に揺らがないのだけど、親しい者であればその迷いを突く疑問を発したりもする
それはまずアナリゼの懇願として現れたね
前々から示されていたように、ブラウネを始めとする妻達に対しては感情を昂らせた時を除き、とても政治的に扱っているし、個人的な空間では正しく妻として扱っている。それでもグロワスが王である為に個人的な空間にも政治は容易に入り込む
アナリゼの問いは政治的には宜しく無いもの。けれど、王に嫁いだ女性としては至極当然のものではある。そして、あの問いは“ぼく”の迷いに端を発しているね
“ぼく”の精神的キツさが読者に対して露わになるのと時を隔てず、妻達は精神的に安定しむしろ進展すら見えるのは皮肉に思えてしまうね
ブラウネは誤解として受けとった“世話”なる言葉を誇りに思うかのようにグロワスに尽くしている。メアリも普段は縫いぐるみ職人かのように振る舞いながら、グロワスが軍服に袖を通した際には最上の演出を加えている。ゾフィは書き下ろし短編に見えるように、グロワスの意図にある程度沿いつつ、女性としての在り方にあの時代で可能な範囲で挑戦しているね。そしてアナリゼもグロワスとの将来のため、国同士の将来のために役割を全うし始めた
彼女らが王の妻という社会的役割・立ち位置以上へと変化を始めたのは間違いなくグロワスの影響があるのだけど、“ぼく”はどうしても彼女らを信じられない一点が彼女らから寄せられる信頼への酩酊を許してくれないね
何処まで行っても“ぼく”は自身を信じない、伴い周囲も信じられない。それだけにアキアヌの提案と諫言は電撃的に感じられたよ……。あれは誰かが言ってやらねばならなかったのだろうけど、それをアキアヌが言うかと
ただ…、あんまり“ぼく”には効果が無かったのかな……。フライシュ三世との会談をグロワスは上手く切り抜けられたように思う。けれど、フライシュが会談後に見せた評価をグロワスは知らないし、そもそも格上との会談で擦り減らした精神を回復させる何かも持っていなかった
アキアヌの諫言は必要だったけど、“ぼく”はとうに自分を信じる信じないで済む領域を通り越していたのだろうね…。この辺は見ていて流石に哀れに感じてしまう程に追い詰められた“ぼく”の惨状が伝わってきたよ……
こう見ると、どう考えても“ぼく”って王様としての適正が無いんだよね。そもそも現代日本でお飾り若社長をやっていた程度の人間に大国の王がいきなり務まるかと言うと無理なんだけどさ
でも、無理なのに前世を自ら閉じる責任を発揮した彼はサンテネリにおいては自死を選ばないと決めた責任によって王権に纏わる諸々から逃げ出さないというね…。その姿勢は立派だろうけど、あまりに哀れに過ぎる
無様と呼ぶべき醜態は流石に滲み出る。それを知っていると言ってくれた、アキアヌと同じようにグロワスに届く言葉を投げかけてくれたのが母后マリエンヌか…
昔のグロワスの意識が上書きされていない“ぼく”にとってマリエンヌは正真正銘の母と感じられる人物。けれど、“ぼく”としての意識が彼女を甘えるべき対象から外してしまう。背反する感情
あの会話はきっと“ぼく”にとって唯一縋っても良い瞬間だったかも知れないけれど、王としての意識、前世を明かせない後ろめたさがマリエンヌに縋る己を許してくれない
あの瞬間は本当に哀しい存在と思えたな……
“ぼく”が猜疑心に塗れる理由、それは別の意味でサンテネリや王への適正が在った為だ、なんて第1巻では受け止めていたのだけど、38話で明かされた転生当初の認識を知り、印象は引っ繰り返ったな
“ぼく”は最初からずっと自身を品定めする敵のような“味方”達に囲まれて生きていたのだと。そして本来ならすぐに破綻していただろう転生生活は彼の幼稚な特技によってどうにか誤魔化してきたのだと
だとしたら、貴族会での大演説はようやっと“ぼく”が責任の一つを下ろすフィナーレであったと見る事も出来るのかもしれない。あの瞬間の為に4年の歳月は費やされたのだ
だとしたら、そのような大演説の直後にメアリの妊娠を知ったのは良かったのか悪かったのか
彼を親とする子供が生まれる事は彼に新たな責任を齎す。一方で彼の行為によって子供が誕生するならば“ぼく”がサンテネリに存在する事を肯定してくれるね
子供を辞め、神を辞め、観念を辞め。そうして人間の王へと行き着いた“ぼく”。そんな彼の王政が未来の世において、どのように暗君として扱われつつも荒涼とした大地に君臨した王として語られるようになるのか、そんな期待を胸に続巻を待ちたいものですよ
Posted by ブクログ
えっ、これで終わり……!? そんなバカな。とはなったけど、だらだら続くよりは潔くていいのかもしれない。
あとがきには第一部完とあったので、なんかまた始まるのかな?