あらすじ
小説というものの輪郭が、いわば地球を覗く窓の形が、本書によりまた大きく更新されました。
それはつまり、この本の中で初めて寛げる人がいるということです。
救済と爆弾は同じ姿で在れるのだと気付かされました。
朝井リョウさん(作家)
本当は貴方もわかっていたんだろう? と迫る声が脳内に鳴り響く。
熱に浮かされるようにページを捲る手が止まらない。
これは本型ワクチン。
世界99に誘われ、もう元いた場所へは戻れない。
宇垣美里さん(フリーアナウンサー・俳優)
足元の地面がふいになくなり、
正常と異常の境目が消え失せ、目眩がする。
人間という生き物の滑稽さ、グロテスクさ、美しさ、不思議さが、
この本の中にすべて詰まっている。
岸本佐知子さん(翻訳家)
空子がこの世界で体に蓄積する小さな暴力の音とか、風とか、どれも僕の心に刻まれていきました。
物語で一緒に過ごせた時間は、僕の宝です。
ロバート キャンベルさん(日本文学研究者)
この世はすべて、世界に媚びるための祭り。
性格のない人間・如月空子。
彼女の特技は、〈呼応〉と〈トレース〉を駆使し、コミュニティごとにふさわしい人格を作りあげること。「安全」と「楽ちん」だけを指標にキャラクターを使い分け、日々を生き延びてきた。
空子の生きる世界には、ピョコルンがいる。
ふわふわの白い毛、つぶらな黒い目、甘い鳴き声、どこをとってもかわいい生き物。
当初はペットに過ぎない存在だったが、やがて技術が進み、ピョコルンがとある能力を備えたことで、世の中は様相を変え始める。
3年以上にわたる著者初の長期連載がついに書籍化。
村田沙耶香の現時点の全てが詰め込まれた、全世界待望のディストピア大長編!
【著者略歴】
村田沙耶香 (むらた・さやか)
1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部芸術文化学科卒。2003年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)受賞。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、2016年「コンビニ人間」で芥川賞受賞。著書に『マウス』『星が吸う水』『ハコブネ』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』『生命式』『変半身』『丸の内魔法少女ミラクリーナ』『信仰』などがある。
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Posted by ブクログ
呼応、すごくよくしてたなって思う。10代20代って特にそれぞれの世界での人格持ってたなって思う。それとも普通は何個も世界持たないのか?と不安にもなった。実際どうなんだろう?持つ人と持たない人がいるのかな?
人間ってこういう人いるよねが詰まってる。
あと人間家電って使い方、自分は女だけど良い意味にも悪い意味にもしっくりくる言葉で気に入ってしまう自分がいた。
下巻もとても楽しみ。
Posted by ブクログ
トレース(呼応)。
確かにみんな気づかずこれしてるなーって心理を突かれた気がする。コミュニティによって、自分は何人もいるような感覚はすごく理解できた。
空子が白藤さんに対して、
「そうだよね。人を救うのってすごく気持ちいいもんなぁ、と私は思った。」
って感じてるのが、なんだかとっても胸にくるものがあった。どの視点で人間を見るかによって、人の善悪みたいなものは決まってくる。
私が正しいと感じることを相手に押し付けて、あたかも自分が正義を振り翳してるような気になっていても、実は相手からは私は客観的に見ると、「無駄な正義感を誇りにズカズカとプライベート無領域に入ってくるヤツ」だったのかもって思わされた。
あと、ピョコルンも、ララロリン人も奇妙なものとして描かれているけど、本当に奇妙なのは人間だった。
村田さんの作品は、本当に人間の真理を追い求めてる気がする。
言語化、比喩、人間の核心、全て圧巻。
Posted by ブクログ
気持ち悪くて気持ち良い、
最高の読後感です。
ありがとうございます。
文章で物語を書く良さが凄く出ていて、読者をこの歪な世界の住民にさせてしまう村田さん恐るべし。
文章だからこそ描き出せる現実感と非現実感のバランスが心地よかったです。
出てくる人も生物も世界も、自分が生まれ育った所とはかけ離れているのになんか見覚えのある感じ。私も空子のように世の中に蔓延るいろんな情報を仕入れ、それを自分の中にダウンロードしているからそう思えたのかな、なんてことを思いながら読んでいました。
以下、好きなフレーズ。
「呼応」が上手くいった時の甘い空気の振動。
「性格」とは自分ではなく他人が創るものなのだ、とこのとき理解した。
自分が人間ロボットだったら。
自分以外もみんな人間ロボットだったら。
誰が人間を始めたのだろうか。
私たち全員が互いをトレースしているとしたら、最初に人間を始めたのは誰なのだろうか。
白藤さんがあまりにも正しさにとらわれていることが、私のほうも少し薄気味悪かったのだ。
孤独ほど抗えないエネルギーはない。
孤独はなによりも強大な力を持ったエネルギーで、それに突き動かされているとき、少し変だなと思っても、それに逆らうことは決してできない。
Posted by ブクログ
「続きが読みたいのに手が止まる」こんな体験は初めて。上巻のスリリングな人生は魅力的かつ悍ましい。一方、下巻は物語を補完、そして読者の思想を反転させ麻痺させる。たとえ上巻だけの話でも私は好きだし、むしろその方が好きかもしれない。同時にこんな小説は、私には書けないと心の底から思った。
女性の悪口は嫌いだった。けれども、彼女らはいつも知らぬところで犯され続けている。自身で守る術など無いに等しい彼女らにとって、悪口は心を優しく包むホワイトなメッセージだった。生物の体力の上下がある同種、いま私たちは残酷な世界に生きている。
呼応とトレース。意識してないだけで多くの人が無意識下で行なっているもの。人間関係のいざこざの複雑性の要因の一つになってるはず。だから人から想像以上に好かれたりもするし、逆にこちらの片思いの友情と愛情がある。
高校生時代の1つ、「おっさんの世界」の時、バイト先のおじさんに襲われるシーンはとてつもなく怖かった。今まで生きてきて生物の力量で恐怖することなんてなかった。けれども女性は本気で抵抗しても男に負けてしまう。どうにもできない恐怖、そこから逃げ出せない絶望。本当に怖く、そして私も主人公のように被害者の生贄を出すことに安堵したし、私だってそうしただろう。
Posted by ブクログ
読書前後で世界の見え方がこんなに変わるなんて!びっくりさせられる本です。上手く言語化できないけど、人生を俯瞰してみた時に、たしかにそうだよな。と思わされるフレーズが多々あった。呼応とトレース、すごく心に刺さった。
Posted by ブクログ
読みはじめてすぐに引き込まれ上下巻一気読みしました
長編なので下巻を一緒に買うか悩んだけど買っておいて良かったです
村田沙耶香ワールドを煮詰めてドロドロにしまくったようなクレイジー沙耶香全開でした
ディストピア系はあまり読んだことがなかったけどこれは読みやすかったです
Posted by ブクログ
自分が人間ロボットだったら。自分以外もみんな人間ロボットだったら。誰が人間を始めたのだろうか。私たち全員が互いをトレースしているとしたら、最初に人間を始めたのは誰なのだろうか。私だけが人間ロボットなのだろうか。
私は思わず笑ってしまった。私達はこの瞬間、全員がそれぞれの世界に媚びていた。これは世界に媚びるための祭りなのだった。
いやいや、いやいや、世界凄すぎて。スゴすぎてずっと読んでました。
いつの間にか、私はきちんと世界に教育されていた。
Posted by ブクログ
気持ち悪い、不快、おぞましい、怖い…と思いながらもずっと読み進めてしまう謎の力を持った本。こんな不愉快な将来は嫌だと思いつつも、あり得るとも思うし、今すでにこんな感じになっている気もする。
Posted by ブクログ
これは村田沙耶香さんの読んだことある作品の中で、というより私が読んだことある全ての作品の中でトップかも!
もっともらしいストーリーが最初から存在していて、そこにぴたりとハマるような感情や状況に遭遇すると、人はそれらしさ(ストーリーの妥当性)に震えて心を感動で揺れ動かす、その演技くささへの不快感、違和感は私の中で年々輪郭が強固なものとなっている。自分のそういう感覚は斜に構えているが故の思春期的なものではないかと今でも悩んでいるが、演技に入り込む能力に差があるだけなのかも(呼応をしているうちに本当にそういう性質が自分本来のものかもという気持ちになるから入り込む素質は紛れもなく存在する)しれない。もっともっと自然に馴染まなきゃと思う一方で完全に擬態したら本来の自分がわからなくなってしまうのでは、と不安になり、その度に、そんな自分すらも本当だという根拠が果たしてどこにあるのかと自分の存在自体が揺らいでいく。
大人ウケは小さい頃から半意識的に狙っていたが、主人公ほど自覚的ではなかったしプロでもなかったと思う。主人公が今の自分と似通うところが多い分、私もそういう幼少期だったかもと錯覚してしまいそうで怖い。
自己開示の場において本音として受理してもらえるのは、予測・納得可能な範囲内での反応。選択肢が最初から決まったゲームに何となく身を投じているうちに自分も元々そうだったような気がしてくる。rpgに素直に従っているうちに、元の自分は何だったのか、果たしてそんなものが存在していたのかすらわからなくなってくる。rpg内の他の人物は、自身固有の性質がもともと備わっているように堂々と振る舞うから、他者に答えを求めたり相談したりするハードルも高い。分裂の大元の細胞なんてものは本来性ない幻想かもしれないが、そのような存在を想定するとして、それは幹細胞のように何にでもなれるからこそ何でもないようなものかもしれない。今思考している自分すら分裂を繰り返したうちの一個の細胞でしかないのに、確固たる思考主体(親元)としてそのポジションを軸にして思考や判断を繰り広げる(「私たちは本当はどう思っているんだろうね?」「何をしたいんだろうね?」「自分の気持ちに素直になったら、どういう想いがみえてくるかな?」なんていう話し合いや問いに代表される)、そんな珍妙な作業を真顔でするから、自己らしき手持ち札を全て放棄して逃げ出したくなってしまう
特に自発的な感情はないけど安全と楽のために呼応する主人公と自分が重なる。
何にも興味がないけど、それを悟られないように生きているうちに、便宜的に設えた興味対象や目標が本当に自分に宿った気がして、それに全力投球する。そして次第に精神的疲労が大きくなると、楽に生きるための行為が逆に自分の首を絞めていることに気づき、そのコスパの悪さに辟易する。やはりちょうどいい塩梅が大事。
楽に生き延びるために演技的に振る舞っているのは私だけではなくて、みんなに共通の普遍的なものじゃないのか。ただそれを表立って主張しないのが暗黙のルールであり、そのむず痒さに蓋をすることができない自分はただ未熟なだけじゃないのか、そんな自意識に圧されることも多くあるが、実際どうなんだろう。演技性を指摘しないのがお作法という概念が完璧に染み付いているから疎外感を(私含めて皆が)感じるのか、才能ある人は演技を演技と認識しない技術が卓越していて生存に最適化されていくからこのような悩みすら持たない(もしくは忘れてしまった)のか、それとも自分が本当におかしいのか。みんな本音を出さないし本音なんてものはおそらく存在しないので、永遠に疑問のまま。変なのならば、さっさと変という称号を獲得し(この話の中で言えば、他の人はちゃんと人間で、自分だけが人間ロボットなのだということを知って)正当に悩む権利を得たい、この身動きできない状況から解放されたい。
人間とロボットの中間なのでは?という考えも浮かんできたが、人間とロボットの間のグラデーションのように感じる部分は単に、自分は人間であるという感覚をどれくらい持つかの違いであってやっぱりロボットであることに変わりはない気がする
「母にとっては私も、「強制的に可愛い生き物」なのだろう。世界中の人が、可愛い子供をきちんと愛しているか、母を見張っている。」 p39のこの言葉も刺さる。実家に帰って犬と接する時、子供と接せる時の気持ちに似てる。大好きだけど、好きだと思うなら可愛いと思うならちゃんと遊ばなきゃいけないみたいなどこか煩わしさがある。大好きだと思っているのか?などと疑うのも面倒で関わり合いが億劫になる。そんなことが言うのも許されない圧迫的な空気感を自分からも世間からも感じる点も類似。
第1章12歳
痴漢行為が倫理的に最低だと知らなかったらどう解釈されるのだろうか、主人公が知識がなくても五感で不快感と危険信号を感じ取ったということは、痴漢というラベルがついてなくても、危険だと察知すべき(だとこれまでの人生で学んだ)要素が複数あったということか。
痴漢行為をされたとわからず、その時何の感情も抱かなかったとしても、人生の後の時点では確実に、それが痴漢行為にあたるということ、そしてそれに付随する世間の評価、持つべき感情が学習される。そしてそこから振り返って過去の経験が解釈されるので、最低なことをされたと認識されない余地はない。
ラベルがつくことは、そのラベルの持つ感情チケット(こういう思いを抱いていいですよという権利)を得られるというメリットもあるが、そのチケットが正当なものかどうかという精査も入り混じり、それが「もっとちゃんと痴漢されている人がいっぱいいるのに」「だんだんと全部自分の勘違いだとしか思えなくなり、嘘つきと罵られることを考えると、口を開けなくなった」という考えにつながる。自分の最初に感じた感情を信じていい、なんていう言葉をかけられても、ラベルやチケットを獲得してしまったあとは、それらの介入を排除することができず、原体験がゲシュタルト崩壊していく。保健の先生が担任に呼応した後に主人公に対して話をさらに聞こうと問いかけてきたが、それを拒否した気持ちにも共感。人間か人間ロボットかの区別もつかず不安定で得体の知れない何かに真剣に相談してわかってもらえるはずがない。みんな自分のトレースや呼応に騙されており、意識的に都合のいいストーリーに当てはめてあげると安堵するくせに、と皆に不信感を覚え、1人で賢く上手く生き抜いていくしかないという覚悟と決意につながる。それは強がりでも見下しでもなく、ただ傷つかずに楽に生き延びるための手段。
14歳p133
「私たちは、最近では、ラロロリン人の匂いがすると本当にゾッとすることがある。ゴキブリを見たときのように、生理的に気持ちが悪いと感じる。私たちは世界の更新をたやすくダウンロードする。当たり前のように、生まれた時からそうだったように、ラロロリン人の遺伝子を蔑んでいる。きっと、白藤さんは、自分たちとは違うものに洗脳され続けているのだろう。私たちがダウンロードしている容易い嫌悪感よりも、もっと強固なものが、彼女を洗脳し続けているのだろう。」このダウンロードは知らぬ間に起こっているから驚く。erでメンタルの患者さんが来た時にpというラベルとそれに付随する嫌悪感が自然に湧くようになり、その一方でみんながきつい態度を取る中優しい声音で話す自分に陶酔できる感覚もある。本当はどうしたいかとか別になくてただ自然にダウンロードされているものにわざわざ違和感を抱いて戦うことはせず、世間的な正しさにも少し媚びられれば、というスタンスで普段は深く考えずに動いていることに気づく。ちょっと考えると全てがどうでも良くなってきて、深く考えると最初からどうでもよかったことに気付く。
レナはなぜこんなにも素な感じがするのか。レナもこれまで出会ってきたものの呼応とトレースでできているにすぎないのに。自分を守るための媚びがあまり見えず、どこか傷つくことを許容しているようにみえるからなのか?
主人公はストーリーに嵌め込む形での経験の消費や自覚的でない演技の才能があまりない(なりきったり騙されきったりすることが苦手という意味で)ので、その分合理性に寄せて書かれすぎな気もするが、一歩引いて世界との関係性を戦略的に考えている語り口調で、それが終始安心感を与えてくれる。
20歳
ピョコルンが性行為に使われている時に出す声が喘ぎ声なのか安堵の声なのか甘え声なのか、それとも恐怖に怯える泣き声なのか。もっともらしい解説をつければその真偽に関わらずそんな気がしてくる。ただの鳴き声でしかないものを、ストーリーに当てはめようとし、ぴったりピースがハマるほど全体像が鮮明に見えてくる、そしてそれに私たちの感覚器官、さらには脳が支配される。
主人公は媚びがとにかく上手い
媚びている自覚が主人公くらい明確にあり媚を身につける前の空っぽ状態が確かな感触としてあるのなら、分析を重ねても大きくはぶれないと思うが、私程度の人が、これは媚びだったかも?演技だったかも?こういう思いが根本にあってこれに対応しただけかも?と解釈を過剰にするとどんどん自分が元の空っぽ の状態に近づくようで逆にゴミを詰め込んでいる状況になっているかもしれない
この恐怖感が読み進めるごとに肥大していって、感情なんて何も信用せず、過去はそっと流すようにしよう。振り返るのすらやめよう、一瞬一瞬適切な対応をしよう、という考えに至った。防衛的な方針。完璧主義すぎてチワワ化している。村田さんの語りがうますぎて、もともと私もシルバニアファミリーの一員として生きているような違和感を抱えていたはずなのに、それすらこの本を読んでそう感じていたように感じているだけなのかもしれないという疑念に変わっていってしまうのが少し惜しい。
p199「いろんなことがどうでもいいからそう思うのかもしれなかったし、無意識下で白藤さんを「トレース」し始めているだけかもしれなかった」
人生で習得したストーリーのバリエーションが多すぎるし、トレースの能力も染み付きすぎている。これらの影響を取り除いたら何が残るんだろうと考えてみても、そもそも何にも関心も興味も執着も本来はないんだろうな、と思考が働く限り虚無感に帰着する。
レナの映画をみんなで見るシーンで、どうしても鼻につく人が一部存在するのは、そういう人たちが綺麗に洗脳されきっていてロボットの素振りすら見せない完全な生存適合者だからだと再認識できた。p208「記憶は多数決だなあ、と思う」p256「世界とは、液体で、ゆっくり入り込んできて、私たちの記憶を改竄する」これでしかない。洗脳は、ひっそりと違和感なく整合性の良いストーリーを未来と過去の両方に伸ばしていく。
呼応に対する呼応がセッションだという表現は秀逸。女の典型例、男の典型例、ラロロリン人の典型例、まあみんな苦しいのだろうけど、そんなのどうでもよくて。自分の苦しみを、他者のもの(想像上のものでしかない)と比較して横暴に振る舞ったり傷つけたり、あるいは直接的な危害は加えずとも見下したりすることを各々合理化している。社会において「便利」の食物連鎖があるように、自己憐憫に伴う合理化された悪意の食物連鎖が確かに存在する。
可哀想さを世間に納得されづらい者は上手く逃げるのが吉、恋愛アルバイト辞めるのは得策だった。
楽にいきたいという本音すら、操作されたものでは?と思うが、生存本能の一種とも捉えられるか。
白藤さんの思想は「信仰」の主人公にも似ている、その正当性が後には更新されるかもしれない(からこそp277にあるように「考え続けること、考えるのを決してやめないこと」が最終回答として提示されるが、考え続けることに何の意味があるか本当に教えて欲しい、これこそ「それでも考え続けることに意味がある」宗教だと感じる)ような不安定な正しさチックなものに縋る大規模なカルト宗教。
物心ついた時に既に敬虔な信者となっていたら楽だが、1から入信する場合は洗脳されてしまった方が生存に有利と分かっていても反骨心を抑えるのに苦労する。正しさにも救われてこなかった人生であれば特に。
ピョコルンの無惨な姿を見て、主人公がどんな心情を持ったのかはわからないが、私だったら整理しなくてはいけない膨大な量の感情が自分の中で破裂していることはわかるが、その処理に時間と体力が必要で呆然としてしまう。そして「抱きついて泣いて、いかに後悔しているか、どれほどどうしようもなかったか、アピールしなければいけないことはわかっていた。そうしなければ、人間の心を持っていないと思われる」という思考が自然に湧き上がった時点で一次感情なんて触れられないほど雲散霧消してしまっていると思う。
第二章
世界①も②も③も捨て去り自由になって仕舞えばいいのにと一瞬思ったが、呼応で輪郭を保っているから全てから解き放たれたら自分の存在がなくなってしまうのか。自分とは何かという際限ない問いに悩まされるぐらいなら、丁度いいピースとしてどこかにぴったりハマって、背景に馴染んで輪郭がぼやけた方が生きやすい。ただ所属する世界があまりにお互い交差しないものだと、調整が億劫だし、その矛盾の隙間からアイデンティティに対する問いが顔を見せる時もあるので、慎重な選択が必要。最適な選択をするために、自分はどこが1番楽か?と問うも、深掘りすればするほど全てどうでもいいに行き着くので、結局コミュニティを剪定することなく流れるままに呼応していくことになるのかな。
主人公の被害者としての語りが落語家のようになった場面で戦争の語り部の心はどういう仕組みになっているんだろうと思った。被害者としての活動をするなら徹底的に被害者であることを監視されるが、自分の感情と記憶に確かな信頼はあるのだろうか。
スムーズに記憶が手術され、スムーズに新たな価値観がダウンロードされ、スムーズに多数派の宗教に洗脳される、そんな摩擦のない受け身であることが生存のコツだとしみじみ感じる
ラロロリンメロドロマの構成が精緻すぎて感動、人の心理をここまで分解して予想できるのが羨ましい、素直に勉強になる
人の人生やその人の本質について知った気になって本人に教えてあげることで快楽を得るという娯楽には、解釈者/分析者が優位感を持ってしまうという傾向が関与しているのだと思う。人についても自分についてもこういう性向や背景があるな、と安全なところから俯瞰して構造を見抜いた気になり、観察者側だからこそ作り出せる筋が通ったストーリーを信じ込む。善悪はさておき、そうした性質で過去の自分を解析することでまた新たなストーリーの波に飲み込まれ、さらにその経験により今の自分すら未来の自分に優位性を与えるような解釈の余地がある解析対象なのではないかという存在の不安定さに怯えてしまう。
この主人公はトレースで人格ができているという認識がある分、環境と人格が合致する場合、世界③で裁かれるような「正しくない」ものでもごく標準的なものと受け入れるところが面白い
小早川さんのような呼応に自覚的な同類と、呼応に呼応を重ねてセッションを繰り広げた後どうなるのか。世界丸いくつと名付けられるような新たな世界が今まで同様創られるだけなのか、番号で区別できるようなものではなく空っぽの自分の方に近い何かに仕上がるのか、そう考えながら読んでいたら
世界99か!その意味での世界99か、題名にもなっているのに思い至らなかったことにびっくり。番号として存在するくらいの分類は分け与えるが、1や2と平行なものとしてではなく、常にどの世界にいてもバックグラウンドとして閉じられてはいない世界99か。まあ小早川さんにとっては13ぐらいの気持ちかもしれないが。どうせ擬態しきれず自覚的にチャンネルを使い分けるのなら99の住人としてのスキルを磨きたいが私はそれも中途半端、それは自分の本質が(白藤さんや匠くんのように)どこかに根差していてそこで理解者に出会えないかという希望を捨て切れていないことが原因かもしれない。自分の本当のチャンネルがどこかと探しているうちに、呼応を重ねた最新作を本物っぽく錯覚してしまうものの、さらなる呼応で番号がどんどん新規更新されていくだけで、変わらない立ち位置としてそこにあるのは結局99だけ。誰かと深く分かり合いたいという希望を持つのなら、99ほど社会から距離を置かずに、いろんな番号に定住することもなく浮遊しながら、様子を見て本当ぽい何かを自己開示して1番しっくりくる瞬間を待ち構えればいいのかも。その際どっぷりどこかに没入する瞬間があると移動時に批判や奇異の視線をむけられがちなのは注意が必要なのでこれもバランスが難しい。
主人公が、自分が今までうまく呼応とトレースをして人間関係を構造分解していた分、音と通じ合っているかもと興奮しつつ、慎重になり(「音ちゃんはとても器用に、「わたしより少し重い」。」に滲み出ている)興奮を鎮めようとしているのがかなりリアル。
最後は震えが止まらない、世界99へようこそ、各々にとって吉と出るか凶とでるか、待ち続けたスタート地点がここにやっと生まれた!
ロボットか人間かは断定できないものの、人間らしく振る舞うロボットという気味悪さからは解放された。
下巻が楽しみすぎる
Posted by ブクログ
⭐︎4.5
すごい、としか言えない。村田沙耶香さんの言葉って、何でこんなに面白いんだろう。強烈な言葉、表現から、村田さんの繊細で優しい人柄が伝わってくるという不思議な感覚。
空子と同じように、自分含め大抵の人が色んな世界を持っているんだと思う。世界①と世界②の自分はまるで別人、なんて普通だと思う。そういう誰もが経験したことがあったり感じたことのある微妙な感覚をこんな風に言語化して壮大なディストピア小説にしてしまうなんて。この物語はすべてが強烈でとんでもない世界だけど、現実の世界とかけ離れてるとは言えない。差別も偏見も現実世界でだって溢れていて、そういう世界に「呼応」してしまうことも誰しもないとは言い切れないはず。他人事にできないのが何よりも恐ろしかった。
ラストで明らかになるピョコルンの真実にも言葉が出なかった…。下巻はどうなってしまうのか?
Posted by ブクログ
極端な設定がほのかに気色悪くも、なんか分かるなぁって感じで、主人公はどう変わっていくんだ!?帯に書いてある「ピョコルンの能力」ってなんだ!?ってワクワクしながら読めたわ
なんか主人公の超合理的?な考えと行動がスカッとする感じがして良かった。
世界、と題された様々なステレオタイプが提示されると、自分は世界何番なんだろう…と思わず考えてしまった
Posted by ブクログ
「リセットによって、それまで加害者側ともいえる比較的有利な立場が一気に反転するところで終わっていて、その構造がすごく印象に残った。
登場人物同士のトレースや呼応、物事を見る視点のひとつひとつが、ある意味で冷たくなっている現代にも通じているように感じられて。
それをここまで忠実に、しかも物語として味わわせながら表現できる村田沙耶香さんはやっぱりすごいなと思いながら読んでた。
Posted by ブクログ
村田沙耶香さんの作品、初読みでした✨
正直、いろいろヤバいです
『気持ち悪い』や『胸糞悪い』『グロい』…という他の方の感想がやたら目に入るのですが、ホントそれでした。
静かな喫茶店で美味しい珈琲セットを味わいながら読んでいましたが、周囲の人からは激マズの顔に見えていたと思います…
登場人物の誰にも感情移入できず、ストーリーに共感できる部分もなく、これでもかってくらい気持ち悪い描写の連続に、何度もギブアップを考えてました。
なのに、気付いたら読み終えちゃってる不思議。
読んでる途中で「あっ、これ無理かも…」ってなった時の判断力を問われる一冊✨
Posted by ブクログ
オーディブルで
胸糞悪いけど、先が気になって一気に聞いた
世界が別れてるのすごい分かる
自分も世界に名前付けよう
誰かに使われる人生
差別がすぎる世界
女性に生まれてこなければよかったなーって思う
Posted by ブクログ
主人公、空子の人生を描いた作品。
上巻は4歳〜35歳までの話。
本当に気持ち悪い・胸糞悪い展開と表現が続きます。
でも展開が面白くて読んでしまう感じです。
私は感じたことあることを言語化されている
気持ちもしながら読んでいました。
男性が読んだらどう感じるのかな?と思いました。
まさかの展開で終わって、下巻楽しみすぎる!
Posted by ブクログ
お試し版を数ページ読み、購入を決意
とても腹黒い脚本に、夢中になり、スピード感のある読書体験ができました
主人公の成長と共に変遷してゆく様々な「世界」
性格悪っ!!と思う場面多数だが、少し共感できてしまう自分が嫌いになる
文字という記号でここまで表現できるのは、やはり素晴らしい作者なのだと実感しました
Posted by ブクログ
ヤバい本ですね。内容は大分グロいので、途中くらいで下巻読むのを止めようと思いましたが、最後に世界をひっくり返されて下巻読まざるを得ないですよ、これは。
ある事件をきっかけとして、人々の価値観が破壊されて混沌として新秩序に変更される、みたいなその過程が描かれます。現実世界で言う、コロナとかトランプ旋風とかそういう類ですね。
その中で、主人公は自分が無い、周りに同化する事しかしないキャラクターですが、だからこそその混沌に巻き込まれず、淡々と第三者的に秩序の崩壊と新世も違和感なく受け入れるという設定です。
分断、イジメ、人種差別、動物虐待、モラハラ彼氏・旦那等、気分が悪くなるテーマが散りばめられているので、劇薬ですが、下巻に行かないといけないですねこれは。
Posted by ブクログ
久々の上下長編。
隙間時間でちまちまと読み進めたが、主人公への嫌悪感が付き纏う。
それはここまでではないが、自分もそうやって生きてきたという、打算的というか裏側を覗いている感覚なんだと思った。
それでもグイグイ読めた。下巻はどうなるのだろう?
もう少しまとまって読めたらな。
Posted by ブクログ
自分も空子のように色んな世界を持っている。生々しく言語化され、読みながら汗が出た。それでも複数の世界を知り、人類に一喜一憂しながら人間をやっていくしかないのだなーと。トレースしたそれぞれの世界を都度意識的に選択してる様をスマホのバックグランド更新に例えたのが上手かった。下巻へ続く。
Posted by ブクログ
オーディブル視聴。
コンビニ人間を娘に音読したことがあったので、今回もオーディブルを一緒に聞き始めた。空子が始めは小学生だったこともあり、ぴょこるんも可愛いと思って警戒なく始まったのも束の間、母親に対する不穏な描写、痴漢のエピソードあたりで怖くなって娘は視聴をやめた。そこからは私が一人で聴いたけれど、聴き続ければ続けるほど内容がグロテスクになっていって本当に娘が早く離脱して良かった、危ないところだったと思った。映画などは推奨年齢が書いてあるけれど、オーディブルや小説はないので、娘は私のオーディブルを聞きたがるけれど許可して良いか迷う。
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信じられないほどに、グロテスクで悪夢が悪夢を呼ぶような展開に、吐きそうだった。よくこんな吐きそうな展開でずっと続けられるよな、と感心。ディストピア小説っていうのはこういうものを言うんだなと思う。コンビニ人間の時はリアリティからの少しの逸脱だったけれど、今回はSFに振り切っていて、徹底的に露悪的。
子供である主人公の空子をも被害者にしないで、お母さんを使用していると断罪するなど、鋭さが自分自身に向かうような切実さをすごく評価した。金原さん、柚木さんなどの小説と比べても、社会じゃなくて他人じゃなくて自分がその批判の対象として入っていることが村田さんの強さだなと思った。私が苦手な湊かなえさんなどのように、後味が悪くなるためだけというように思えるような表層的なグロテスクではなくて、もっと根本的なもっと地に足のついた気持ち悪さで、読者として「遊ばれている」と言うような怒りはなく、ただ青ざめていくような気分だった。
ぴょこるん、ラロロリンDNA、上外国・下外国、トレースと模倣などメタファーは少し変形しているだけでかなりリアリティをなぞっていて、近すぎてリアルな苦しさと結びついて読むのが辛かった。
Posted by ブクログ
どの自分が本当の自分だろうとずっと考えていた。
結局どれも自分なんだと納得していたけれど、
これが自分!と決め切れるほどの知識や、そもそもの探究心がないのだ。
ワキガ、在日外国(朝鮮・中国)人、AI、不妊治療やクローン?、参政党
色々思い浮かぶ
Posted by ブクログ
基本、本は前情報無しで読むのだけれど、マジでこれ、私は何読まされてんの?という感じで始まりました。ずーと薄気味悪い。でもどこか知ってる世界。
まさにクレイジー沙耶香。
理解し難いけれども、どこか読み進めさせられるのは、そこに重なる世界を私も知っているから。そしてその世界に少なからずうんざりしているから。色んな人種や性格をカテゴライズして、そこに対して強烈な皮肉を主人公を通じて伝えてると読んだけど、主軸となるピョコルンとラロロリンキャリアが現代の何を指してるのか明確な答えが自分の中で出なくて気持ち悪い。主軸なのに。
やっぱり、エイヤーワイヤーとかクナシスとか、そーゆー感覚になりたいと思った。あっ、上2つの言葉は私の造語で全く意味はないから。
後半読む元気あるかなーーー
Posted by ブクログ
下巻を読んでからまとめて書こうと思ったけど、上巻を読んだ後と下巻を読んだ後、全然感じることが違った、、。
空子の呼応は、直前に読んだ「生殖記」の尚成の擬態に近しいものを感じた。
自分もコミュニティによって振る舞い方が変わるけど、本当の自分はどれと言われたら分からない。
物語の世界は少し歪に感じるのに、どこか現代社会と同じものを感じる部分があって、共感せざるを得ないのが不快で、それでも物語に希望を感じたくて読むのを止めることはできなかった。
Posted by ブクログ
他人に迎合しながら生きている人が多数だと思うけど、それは他人に良く思われたいとか他人から嫌われたくないといった感情から起こされるものと自分は認識している。
空子に関していえば自分の感情がないとは言うけど、相手をトレースしてそれぞれの人に対してどう立ち回れば良いか理解しているわけだからそれは実はすごい武器なのではないかと思う。俺みたいな自尊心が低い人や自信がない人は相手に迎合した方が楽に生きられたりするから少し羨ましかったりする。
それにしてもピョコルンに隠された真実が世界を一つにするとは。この中々に狂った世界観をどうやったら思いつくのだろう。これからどうなっていくのか続編を楽しみにしている。
Posted by ブクログ
読んでいて苦しくてどうしようかと思った!!
でも読み進めてしまう!
苦しくて、辛いと思う内容が実際に起きていることだから考えもんだ男女平等って難しいな
主人公みたいに他の人をトレースして生きていけば誰とも揉めずに生きていけそう、器用だなとも思う反面、苦しいかなとも思う
下が気になりすぎて仕方ない‼️
Posted by ブクログ
なかなか読み進められずに、ちょっとずつちょっとずつ読んでいたのだが、ピョコルンは実は人間なんだ!という話を聞き(ネタバレやんか)興味がわいて一気に読み進めていた。
その場の空気を感じ取って、相手にとって都合のいいキャラを反射的につくりあげている空子は、まるでAIじゃないか!と思った。これはもしやAIの話なのか・・・?!
村田沙耶香さんワールド全開の本で、すがすがしい。
Posted by ブクログ
主人公が生存戦略として愛とか理想とか抽象的なものを自分のモノとして考えることなく、如何に置かれた状況下で自らの弱さを出さずに生きる術を相手や周りの人間たちに同調し(トレース?)、そのたびに異なるアカウントを使用するようにキャラ変する人間は程度の違いはあれ一定の割合存在する。
それを自覚的に(世界99の視点)コントロールするというのが主人公。
恐らくこんな自覚は多くの人間が立場や役割に応じてそれに応じたペルソナを持つのは人間の成熟する過程で避けがたいことではないか?
むしろペルソナを使いこなせず、自らのモラルを確立していかない主人公に精神的な崩壊の予兆を感じた。
主人公が幼い頃から同性である母親を最下位の存在として利用しまくる精神構造に吐き気を感じる。
そこに女性蔑視以上の狡猾で打算のみが支配する人間蔑視を感じる。
第2部から未成熟な主人公が主人公以上に自覚的にペルソナを使う人間に出会い同調されることで主人公の依存心理が働きだすことに崩壊の萌芽を見た。
著者の作品は「コンビニ人間」で自らをマニュアルのしもべとなる危うさを感じたが、本作ではそれがスケールアップしていることに驚いた。
ただ相変わらず狭い世界観(せいぜい若い女性目線)をベースにしていていることが物足りないところではある。
Posted by ブクログ
村田作品は怖い。差別も搾取も、場に呼応して機械的な反応で呼応することも現実に経験がある私たちに、それらの行く末を高い明度で生々しく差し出してくる。その明度の高さ、生々しさが怖い。読者に問いかけつつ、抗うことが哀れまれる世界のリアルさを描く。本当に怖い。
ただ、村田作品、怖いけどいかにも鬱々とはしておらず、明度高く一見朗らかな印象さえ受けるので、ぞわぞわするのに読みやすくて、その巧さも怖い! 『世界99』も引き込まれて一気に読んだけれど、青空の下のラストが晴れ晴れしてるからこそぞわぞわして、読後感がもう…本当に怖い。元気な時しか読めない作品、作家である。上下2巻。