【感想・ネタバレ】おしまいの日 新装版のレビュー

あらすじ

春さんが、帰ってこない――。

深夜一時半。
最愛の夫の帰りを待つ三津子。無理な残業をする彼を心配する彼女の心は、決して夫には届かない。
その想いを記した日記は、やがて幻聴、幻覚、幻影、幻想に飲まれていく。そして迎える《おしまいの日》に三津子は……。

春さんは、まだ、帰ってこない――。

正気と狂気の狭間を描く、サイコホラーの傑作!

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

Posted by ブクログ

ネタバレ

最愛の夫の過労死を心配しすぎるあまりに、ちょっとづつ、でも確実に壊れていく専業主婦のみっちゃんのお話。

だいぶ前に読んでいて、新装幀が素敵でまた買っちゃった。秀逸。
みっちゃんの行動や思考がとんでもなくて怖いんだけど、最終的に失踪するという決断の、そこにいたる理由が、春さんが大好きだから、それを失う恐怖に耐えられないっていう。
正直、当時はイマイチ実感できなかったんだが(今も旦那では実感できないが)対象が「子ども」で、それを失うという事を考えたら、それはそれは恐ろしい。
考えるのをやめないと発狂しちゃうのはわかる。
で、思考(というか想像だね)を止められなければ、それが二倍になったら耐えられないというのは、実感を伴った。

あとがきも面白い。
時代ごとのあとがきが読めるのは良い。
携帯電話がなかったり、個人情報の緩さとか、気になる部分もあるけど、30年位前のお話なのでね、それはそういう社会だったよねって言う事で。

0
2025年08月03日

Posted by ブクログ

ネタバレ

これ、30年ぐらい前に発表されたものの新装版なんだけど、その30年前にも持っててんだよね。
結婚するときに、自分の本のほとんど処分してしまって後悔したうちの一冊なので、2025年の新装版がありがたかった。見つけたら買おう!と思って、なかなか出会えず,ようやく見つけて買った。
30年ぶりに読んだら,やっぱ今でも面白い!!

旦那さんのハルさんが好きすぎる、三津子さん。
でも、ハルさんは仕事が忙しくでなかなか帰ってこない。12時過ぎても帰ってこない。下手したら2時とか。でも朝はきっちり起きて出ていく。
そんなハルさんを支えるのが自分の幸せで楽しみ。
たとえ2時であっても、晩御飯を用意していつ帰って来ても食べられるようにしているし、お風呂だっていつでも入れる様にしておく。接待やなんやで食べない事もあるけど(ほとんどの日がそれ)、それでもいつでも食べられるように。
あるとき野良猫が入って来た。通いのその猫ににゃおんと名付けた。首にリボンをつけてあげて、
他に飼い主がいるなら連絡して来てくれる様に。だけど,今のところその様子はない。
ハルさんににゃおんのこと話さなきゃ。
でも、ハルさんはいつも疲れていてそんな話より1分1秒でも長く睡眠をとってほしくて言えてない。にゃおんもハルさんがいる時はどこかにいっちゃうから、なかなか紹介もできずにいた。

ハルさんと自分とにゃおんのためにクッションカバーを刺繍していたとき、にゃおんが帰って来た。いつもの様に「にゃおん」と鳴かない。どうやら何が加えてる?それ,まだ生きてる?!
パニックになる三津子。そして・・・

三津子の日記によるとその記憶がない。
にゃおんは帰ってこなくなった。どうしたんだろー?
刺繍していたカバーもない。あれ?

相変わらずハルさんはなかなか帰ってこない。

三津子の様子がおかしいことは、唯一の友達、久美が気がついてどうにかしようとした。家の中にずっといるからダメなんだ!と、バイトに誘う。ハルさんも外に目を向けるのはいい事だと賛成。
三津子は渋々バイトをする。それは、ラジオ局に届いたハガキの整理。
そのラジオではUFOの話題になってるらしくそのようなハガキが多くて思わず興味を持って読んでしまう。宇宙からUFOがきて、洗脳されてしまう。口の中に入って取り込むらしい。

三津子は体調がすぐれない日々が続いていた。微熱、吐き気、貧血。お腹を蠢くものが。これは、まさか、UFOから飛んできた白い虫に私も取り憑かれて?!

にゃおん、にゃおんはどこにいったの?
にゃおんのことを思い出したら、だめ。忘れた頃にしか、見えないもの。ナルニアへの扉のように。

夢に見た、椿の木の下。シャベルを持つ私。掘り返したら出てくる、クッションカバーと痩せ細ったにゃおん。それに群がる白い虫。
白い虫の母体は、にゃおん?

体調を崩した三津子をみた医務室の医者から、久実は三津子が精神的におかしくなっていることと、おそらく妊娠している事を告げられる。
だが、妊娠の話をすると三津子は無表情になり何も聞こえてない様子。
聞きたくないから無視してるのでなはい。
聞こえないのだ。

まさか、ハルさんが望んでいる子どもを三津子が否定するはずない。あれだけハルさん一筋すぎてやばいのに。
まさか・・・


って話なのですが、
まぁ30年前に読んで衝撃だったし、今もこれはヤバい本だと思ってるし、一歩間違ったら私が三津子だったなと思った。

でも、今になって思う。
三津子は、甘えだ。
旦那だけ好きで,旦那だけに尽くすのは簡単。何も考えないでいい。でも、子どもがいて、旦那に申し訳ないと思う,もしくは、旦那にも責任?の一端を担わせる、それでも両方愛する。

家も,外も,そして自分もちゃんと愛する。
それができて一人前、だと思う。

旦那だけーって、それは究極の思考停止。

まぁ、30年前の私はこの三津子を「究極の愛の形」の一つと思っていたんだけどねー

0
2026年04月23日

Posted by ブクログ

ネタバレ

結婚7年目の主婦、坂田三津子が、ワーカホリックで連日深夜までの残業、休日も接待ゴルフ等に明け暮れる夫の忠春の帰りを心配しながら日々待ち続ける中で、幻聴、幻覚、幻想に呑まれていき、ついに「おしまいの日」を迎えるという、一種のサイコホラー小説。
人間が精神を病み、壊れていく様が、リアリティをもって描かれていた。三津子がメンヘラ気質であることに間違いはないだろうが、長時間労働を当然とし三津子にまともに向き合わない忠春、そして、それを強いる会社、社会が狂っているというのもそのとおりだと思い、よくできた社会批判小説でもあると思った。この小説が最初に執筆されたバブル崩壊直後の1990年代前半と比べ、令和の現代は、働き方改革も進み、当時とだいぶ状況は変わってきているとはいえ、また別種の長時間労働を強いるブラック企業と呼ばれるような企業も跋扈していて、この小説の問題提起はまだまだ有効だと感じる。
ただ、「三津子、思う」のような主語と述語の間の助詞を省く独特の文体は、ちょっと苦手に感じた。

0
2026年04月05日

Posted by ブクログ

三津子は夫が好きすぎて働きすぎを心配する日々。今では考えられない時代背景。異常すぎる執着。毎日帰りの遅い夫を食べるか分からない夕食を作り、待ち続ける三津子。だんだんと心が壊れていく様が日記に書かれている。この日記が不気味に怖い。まともな思考の三津子と頭のおかしい三津子の決断がおしまいの日。その後はどうやって生きてるのか、子供を守りながら生活するって...。春さんより子供を取る決断。本当は誰がおかしいのか。

0
2026年01月08日

Posted by ブクログ

新井素子さん、こう来るか。
ほぼ三津子の1人語り。
うすら寒くなるけれど、おしまいの日が絶望的に終わらないところ、紙一重でギリギリの線を保てていた三津子。
おしまいの日は、はじまりの日でもあったのかもしれない。

0
2025年11月07日

Posted by ブクログ

わたし、新井素子さんの特徴的な文体を、モグモグ味わって、グングン読み進めた。←こんな感じの文体
主人公は専業主婦、小説が書かれたのは平成2年頃。
独身で社会人の自分にゃ遠い世界のはなしだけどそれもまたよし。と思って読み進めてたら、突如自分にとんがったナイフを突きつけられてこんなホラーある?てなった。
胸のざわつきがとれない。

0
2025年11月07日

Posted by ブクログ

くますけといい、これをホラーというのはものすごく無理があると思いました。
ただ作者がホラーだと思って書いている節もあるのでそういう意味ではホラーなのかなと。

「82年生まれ、キムジヨン」の次に読んだからかもしれませんがどちらかというとフェミニズムという感じのような気がします。

男女がどうとかというより
社会全体が役割を押し付けて生き方を強要することへの継承だと思いました。
昔に比べて働き方改革など色々な面で改善されているのだと思いますが
この本がいまにも通じるように感じるのは
まだまだ改善の余地があるからだと信じたいです。

0
2025年11月06日

Posted by ブクログ

ネタバレ

こちらもリバイバルで再読。初読時はこれほどSNSのようなインタラクティブなコミュニケーションツールが発達していなかった時代なので、三津子の孤独がリアルに伝わってきた。
日記のスミ塗り部分の仕上がりは新潮版単行本のほうに軍配。どう表現するか苦心しただけある。あのページを開いたときはゾッとした。
曖昧な自他境界と極端な白黒思考が状況(病状?)を悪化させたおもな要因だと思うけどそれが生来のものなのか生活環境によるものなのか。あるいは両方か。
住民票の閲覧制度が改正されたのが2006年でこの作品の出版年度が1992年なので、そのへんはどう想定しいたのだろう。手紙は忠春に見せないことにしていたようだし、探したりはしなかったんだろうか。とはいえ(決意はどうあれ)諸々かんがみても母子ともにハッピーエンドの結末は想像しにくいので、あまり突きつめないほうがよさそう。

0
2025年09月24日

Posted by ブクログ

くますけの隣にあり気になり購入しました。
だんだんと狂っていく主人公の日記がベースの話。なんとなく予想していた結末とは全然違った。狂っていたのは主人公なのかそれとも主人公の夫なのか、それとも社会なのか。最後まで読んでわからなくなった。まともってなんだろう。
帯に書いてあった「まともな時に読んでください」の意味がよくわかった。
2回目に読むと受け取り方が違ってきそうなのですぐに再読したい。

0
2025年09月15日

Posted by ブクログ

散歩がてら入った本屋さんの『おすすめミステリ、ホラーコーナー』で気になって購入。

サイコホラーと紹介されていましたが、私には「純粋な愛が行きすぎてしまった物語」のように映りました。
すべてが愛情からくるもののようにも見える一方で、人によってはそうは受け取れず、私自身も不安を覚えたり、主人公の異常さを強く意識させられる場面もありました。

ラストで主人公を含めた登場人物たちの行動には、疑問を感じたり驚かされたりもしました。
それでも読み進めるうちに、主人公だけがおかしいわけではないのだとも思わされます。

物語を追うなかで、登場人物それぞれの言い分や気持ちが理解できてくる感覚があり、立場や視点によって見え方が変わるのだと、普段なら気付けないような視点を得られた気がします。

ラストはとても切なく、余韻が残り、読後もしばらく心に引っかかる作品でした。

0
2025年09月06日

Posted by ブクログ

夫が仕事から帰るまで起きて待っている妻
私なら?
もしも専業主婦をやっていてもそんなことはしない。食べてお風呂に入って先に寝てるよ、きっと

でも
三津子さんの日記を読んでいると、おかしいと思う気持ちの片隅にはおかしくないかもという気持ちも生まれている気がするの
誰も彼もみんな少しずつ変なのさと思う

さて
三津子さんは……………

0
2025年08月20日

Posted by ブクログ

とても強いショックを受ける作品だった。
まともなのは誰なのか、おかしいのは誰なのか。どの状態がおかしいのかまともなのか途中わからなくなった。
家庭の病理に蝕まれた生活をのぞいているみたいで面白かった。日記調で語られるところも個性的で飽きず、何より自分に合っていた。
多少気が狂った方が世の中生きやすいけど、まともに生きることから目を背けられない。絶対に道を踏み外せない。そうした強迫観念のような病に現代人も罹っているかもしれないと感じた。

0
2025年08月05日

Posted by ブクログ

 私の中で新井素子さんといえば、SF作家であったり、口語体を使ったガーリーな文体が特徴的であったりというイメージだったのが、こういう作品も書くんだなということを本書を読んで実感させられたけれども・・・そういえば最近、「くますけと一緒に」が本書と同じく2025年に新装版となり、しかもそちらは話題になっていることを考えれば、ジャンル的にはサイコホラーとなりそうな本書が、新装版によって復刻したのにも納得できるものがある・・・のかもしれない。

 たとえ休日出勤が頻繁にある程に仕事で忙しく、その帰りがほぼ毎日遅くなろうとも、夫への変わらぬ愛を捧げ続ける主婦の物語は、彼女自身が書いている日記と、その中から主だった場面の詳細をピックアップして描く形で進行していくのだが、まず怖いなと感じたのが、この日記形式であり、日記というのは他人が踏み込むことなど絶対にあり得ない、白の部分も黒の部分もそれ以外の部分も全部含めた、その人だけの領域を覗き見るのだから、これが怖くない訳がないのは明確でありながら、更に9月28日の日記が綴られたプロローグから、時間を遡らせて7月19日のそれへと繋がる本編の構成には、このような過程を経てプロローグのような内容になっていくんですよ〜といったカタストロフィへと至る結末を、読む前からあれこれと想像させる怖さも兼ね備えているし、個人の名前を主語とした、どこか他人行儀でよそよそしい文体も怖い。

 『迷惑をかけること、それだけは、絶対にしたくない』や『誰か自分をひきずりまわしてくれる人が必要だった』等から垣間見えてくる主婦の人間性からは、純情と狂気が表裏一体であることや、真面目で責任感の強い人ほど陥りやすいものがあることに加えて、『場合によっては、悪意のない、まじりっ気なしの好意が、より一層、人をおいつめることだってある』という、自分のエゴだけではどうにもならないことまでも突き付けられてしまったような印象を抱かせはしたのだが、夫との時間を持てないことに寂しさを感じながらも、夫自身がどれだけ大変な思いをしているのかを知っているため口には出せずに我慢する、その主婦の心境も決して分からなくはないからこそ(お互い腹を割って話し合えばいいんじゃないのというツッコミは置いといて)、本人の中の無意識下のストレスとして、正気と狂気の境目のような状態に陥りつつあることにも同情してしまうと思うのだが、読んでいると何故かそう思わせない嫌な感じがあるというか、主婦自身が得体の知れない怖い存在に見えてくる、そうした物語の書き方からは新井さんってこんなに怖い人だったのかと、これまでの認識を改めさせるような印象まで抱かせられた・・・のだが。

 しかし、新井素子さんは私の思っていた通りの方だったことが最後まで読むことで分かり、ホッとした反面、タイトルから想像できそうなカタストロフィを求めている人には、ちょっと物足りなさを感じるのかもしれないけれども、サイコホラー性の高い物語の裏で、正気と思われる人だって実際は真逆なのかもしれないよというメッセージも本書に含まれていることは、決して忘れてはいけないと思うんですよね。

 更に、本書のオリジナル(新潮社)は1992年発刊で、その後1995年に同社から文庫化、2012年には中央公論新社から再度文庫化された後に、2025年新装版の本書が発刊されてと、実際には30年以上昔に書かれた作品でありながら、その内容は新井さんのあとがきにもあるように全く古びていないのが凄いと感じ、それは当時の時代性(今現在も?)が巻き起こした悲劇と思われながらも、それが当たり前なのだという認識をされていたことに疑問を感じ、高らかに異を唱えていた、そんな新井さんの勇敢さが窺える作品でもあったのです。

0
2026年04月10日

Posted by ブクログ

小説は絵がないから狂っていく主人公の様子がわからない。これが映画などになると演じるのは難しいだろう。小説という媒体ならではの強みを感じた。

0
2026年03月28日

Posted by ブクログ

怖いぃ。
本人はいたって真面目で一生懸命。
だけどかなり精神がやられてる。

自分で決めた人生、三津子のこれからはどうなるんだろう。
頑張れるのかな。応援したいけど、かなり心配だな。

あとがきがすごくおもしろかった。
なんなら本編より印象に残っている。
旦那さんと『おしまいの日』ごっこをする新井さん、とってもかわいらしいな。
いいご夫婦なんだろうな。

0
2026年03月01日

Posted by ブクログ

結婚7年目の三津子は最愛の夫、忠春の帰りを毎晩深夜まで待っている。
仕事人間の忠春は残業で帰りが深夜になる事はしょっちゅうで、休日も接待に連れ回される日々を送っている。
そんな忠春がいつまでも健康で、幸せな夫婦でいるために三津子は毎晩栄養をしっかり考えた夕飯を作り(急な接待で忠春が食べない事も多い)、どんなに帰りが遅くても夕飯も食べずに深夜まで起きて待っている…

三津子の日記とともにストーリーが進むのだけど、とにかく忠春に対する愛が重すぎるというか、忠春だけが世界の全てになってしまっている。
良き妻はこうあるべきという考えに過剰に縛られているうえにそれを苦痛と考えず当たり前に受け入れて生活しているが、徐々に三津子の精神が蝕まれていく様子がとても不安。
そして迎えたおしまいの日は思っていたよりあっさりだったけど、おしまいのその後を考えると背筋がうすら寒くなる…

0
2026年01月20日

Posted by ブクログ

これはサイコホラーなんですか?
読むのがしんどかったのは確かですが、ホラーかと言われるとよく分かりません。
こういう尽くす系の女は苦手なので本当に読むのがしんどかったですわ〜

0
2026年01月03日

Posted by ブクログ

現代ホラーを知るための100冊 #3
2/100

恋愛結婚で結ばれた最愛の夫は、いわゆる超企業戦士。
仕事、接待で午前様は当たり前。
土日出勤、接待ゴルフも当然。
そして夫自身はそんな仕事も結構好きだと言い放つ。

そして妻。
甲斐甲斐しく尽くして、尽くしてる自分も好きで、自分のアイデンティティは好きな夫の良い妻であること。

なにそれ?っていまでこそなるが、
この本が出た90年代初頭より前には当たり前。
そして妻は少しずつ壊れていく…

その後の就職氷河期ロスジェネ世代の僕も、
ハラスメントなんて言葉もなく、
普通にそんなサラリーマン生活を送ってきて、
そして今。
◯◯ハラスメントに怯え、酒もゴルフも部下はしなくて良くなり、
あれはなんだったんだろ?

24 時間戦えますか?
なんて言葉が流行語大賞に選ばれた時代。
ホラーなんだけど、妙なノスタルジーも感じてみたり。

唯一は、主語の後ろに、を置く文体がちと苦手。

俺、ノスタルジー感じる。
あなた、駄文を読む。

0
2026年01月01日

Posted by ブクログ

狂気の世界。狂っている思考を日記の文体で見せられる。日記部分のフォントが、すでに不穏な雰囲気。
1992年に単行本の初版。1995年と 2012年に文庫版が出て、今年文庫の改版が発行されたので、もともとは今から30年以上も前の話!
まだ携帯電話もそこまで普及してないし、24時間戦えますか?の風潮がまだあった時代。いろいろな価値観が変わったけど、人の怖さって、変わらないなぁと思う。
依存し、執着し、自分だけの世界に閉じこもり、どんどん狂っていく主人公。でもたしかに、狂っているのはこの主人公だけだったのか……?
絶対に自分の中にないとは言い切れない狂気の一端を、ここに見た。

0
2025年11月11日

Posted by ブクログ

おしまいの日は、三津子の日記から始まる。

仕事人間である夫、忠春が帰ってこない。
ご飯を作り、春さんが帰ってくるまで食事も取らず寝もしないで待っている三津子。

そんな寂しい生活の中に、にゃおんという猫が三津子の元にやってくる。

三津子の友人である久美、その夫の俊幸。
二人の介入も虚しく、三津子はおしまいの日へと近づいていく。

日記と手紙の黒塗りの部分。
なんとかして読めないのかな…。
それを公開したバージョンも発売してほしい。

何がおかしいのか、誰がおかしいのか、最後の最後で疑問が生まれてしまったな。

本当におかしい人は、自分がおかしいって気づけないはずだし、でもやっぱり三津子もおかしいんだろうし。

夢だと思ってたあの出来事が、本当に起こったことなんだろうな。三津子は忘れられて良かったね。

0
2025年09月28日

Posted by ブクログ

あらすじにサイコホラーと書いてあったけど、ホラー要素は微塵もない。と私は思う。
旦那が好きすぎて、元の性格もあって病的なまでに旦那に尽くす三津子は、読者からするとイラッとくる時もある。
でも最後に三津子の手紙を読むと、確かに精神を病んではいたけど、でも真っ当なことを言っているような気がしてくる。
んなに忙しい旦那じゃなければ、きっと幸せな生活だったのかもしれないと思うと、ちょっと哀れ。
「おしまいの日」には一体何が起こるのだろうとドキドキしていましたが、その点はでは期待ハズレ。でも面白かったです。

0
2025年09月27日

Posted by ブクログ

新井素子の本は、高校生のころに『チグリスとユーフラテス』を読んで以来。そのときも苦手な文体だなと思ったのを、これ読んで思い出した。苦手な文体です。話はまあまあ。

0
2025年08月25日

Posted by ブクログ

ネタバレ

とにかく気持ちの悪い後味が残る作品だった。

新井素子むかし読んだ記憶はあったけどなんとなく、じわじわと、啓示されているような、そんな気持ち悪さがあった。

人間が狂うのを読むのは好きだが狂わされているのはこっちなのでは?と思う感覚。

日記の持ち主、三津子の精神がおかしくなっていくところから何が本当で何が幻なのか何が何だかわからなくなってその“わからない”はわからないまま終わってしまった。


これを読んでこう感じろという名目がないことが本の良さだが自分が理解するにはまだ早いのかもしれない

0
2025年08月20日

Posted by ブクログ

ネタバレ

こわい!人間こわい!!!
いや、社会が怖いのか、、?

自分の寂しさに気づけず、けれど社会のおかしさには気づいて心を病んでしまった三津子。
そんな三津子が変だと言う周りの人々。
本当に変なのは誰なのか。
ずっと、ずっと働き続ける忠春なのか。
その働き方を許してしまう社会なのか。
最後まで読み終えて、ああ「おしまいの日」が来てしまったのか。あんなにも三津子が恐れた日がやって来てしまった。
この作品を読んで、一体誰が、何がおかしいと思うかでその人の人生は変わる気がする。

0
2025年07月22日

「小説」ランキング