あらすじ
多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここだかなしき──いつの世も変わらぬ人の心を伝える万葉の歌群.本冊には,東国の素朴な恋の歌,遣新羅使の旅の歌,引き離された男女の激情,昔の恋の物語と戯笑の歌,越中に赴任した大伴家持の歌など,巻十三─十七の多彩な約七四〇首を掲載.全歌,現代語訳・注釈付.(全五冊)※この電子書籍は「固定レイアウト型」で作成されており,タブレットなど大きなディスプレイを備えた端末で読むことに適しています.また,文字だけを拡大すること,文字列のハイライト,検索,辞書の参照,引用などの機能は使用できません.
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Posted by ブクログ
順番通りとはいかないまでも、慣れない文法や表現、価値観に苦しみながらその中に面白さを見出し、つまづきながら一冊一冊なんとか読み進め、とうとう『万葉集』四冊目に突入した。全五冊からなる岩波文庫の『万葉集』であるが、四冊目となるといよいよ大詰め、和歌の通し番号は三千を超えて四千に届こうという勢いだ。我ながらよくぞここまで読むことができたなと思う。これも古代人達の文学レベルの高さのおかげだろうと思う。古代の「貴族・役人」達というべきであろうか。
さて、本書には巻十三から巻十七が収録されている。記憶が正しければ巻十一から十三より前と後では編纂態度が異なっていたはずだ。ただし私の曖昧な記憶で語ってしまっているからズレがあるかもしれない。気になる方は角川選書『万葉集の基礎知識』を読んで頂ければと思う。日本最古の和歌集を読むにあたって大いに役立つ知識が詰め込まれており、初心者から中級者まで活用していける良著なので、ぜひ読んでみて頂きたい。
閑話休題。巻十三は八割がた長歌で占められており、柿本人麻呂作歌の異伝や、ここまでに取り上げられることのなかった特異な形式の歌も隈なく納められている。巻一を読み、長歌の壮大で優美な世界に魅せられた人にはありがたい巻と言えるであろう。
巻十四は東歌を多く収録している。畿内の貴族たちが天離る東の人々の言葉遣いを揶揄して詠んだという説もある東歌だが、その実畿内とはかなり言葉遣いが違うため読みにくい。校注者が意義未詳として訳文に原文ママで載せた単語もかなり多く、専門家の手すら煩わせている実情がありありと見える。また、意を理解しても、あまりに内容が素朴なために失望してしまうことも多々発生する。内容というよりは、東の風俗とことばの響きを楽しむために見ると割り切って読んだ方がよいかもしれない。しかし、やはりどんなところにも秀歌というものはあるものだ。
小山田の 池の堤にさす柳 成りも成らずも 汝と二人はも(三四五二)
この寂しく素朴な歌い上げとは裏腹な愛の深さはなんだろうか。成就するもしないも、やはり二人でいたいと願うこの歌には、思わず声を失った。こういった和歌が見たくて期待しながら東歌の章を読んでいたのだが、この歌以外に目ぼしい歌はなかった。
巻十五は、遣新羅使の一連の流れに沿って詠まれた和歌を時系列順に並べたものとなっており、一首ごとの歌の良さもさることながら、「いったいいつまで波を待てばよいのか。いついつ帰ると約束した妻のことばかり気にかかる。」、「私のやつれた姿を誰かが見たら、海人と間違えるだろうな。」、「海上で夜を明かしてしまった。髪の毛に霜が降りているなあ。」といった当時の海上交通の過酷さを伝える歌が豊富に含まれており、万葉全巻中でも屈指の時代解像度を誇る出来栄えとなっている。私のお気に入りの巻だ。
以後十六巻から十七巻は大伴家持の歌日記といえる内容となっているため、感想は最終巻の批評をする時にまとめて載せようと思う。一首一首を鑑賞するのもよいが、せっかく「集」として読んでいるのだから、全体を見通して評価を下したい。
今回も素晴らしく身のある旅であった。次はいよいよ最終巻、気合をいれて挑みたいと思う。まあ、まずは手に入れることからだ。