あらすじ
優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設へールシャムの親友トミーやルースも「提供者」だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度……。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく。解説:柴田元幸
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Posted by ブクログ
ヘールシャム出身でない提供者は、キャシーがそこの出身と聞くと、その話を聞きたがるという。
それは提供者が自身の記憶として、ヘールシャムを思い出すことができるかもしれないから。
それ以外の提供者にはつらい記憶しかないから…。
キャシーは介護人としての12年間、多くの提供者に話して聞かせてきたのでしょう。
ヘールシャムは幸福な時代だったのかもしれません。
介護人を終えたキャシーは提供者としての運命をたどるはず。
キャシーはヘールシャムの記憶を持つ最後の提供者となるのでしょうね。
そして、その後も提供者たちは生まれ続ける…。
残酷な世界を淡々と語るこの小説を読み終え、何とも言えない感覚になりました。
Posted by ブクログ
chatGPTと話してると、よくオススメされるのと、SF好きなので一度は読んでみたかった本作。
展開が遅いのと、徐々に徐々に設定が明らかにされていく構成で、あと一歩で積読になりそうだったんですが、奥歯にものが挟まったかのような書き方が逆に、これどうやって風呂敷畳むの?作者はこの作品で何を描きたいの?という疑問を増幅させ、無理やり60%くらい読み進めたところ、やっと没入できてそこからラストまでは速かったです。
で、読後感が異常なほど切ないのと、結局作者が何を描きたかったのかはバシッとわかりませんでした。
ただ、ヘールシャム〜介護人になるまでが、リアル人生でいうところの学生〜社会人 介護人〜提供者になるまでが社会人〜老後の特に終盤あたり になんとなく思えて(期間が全く違いますが)考えさせられました。
私たちも終わりが決まってるという意味では同じ。また、主人公が1人、また1人とかつての学友を見送る姿と老後の(想像ですが)自分が重なって見えてきます。
30代半ばを過ぎた今では人生の重要な分岐点が一通り終わり、キャシーが介護人として提供者を見送りながら自分の終わりにも近づいていく時間の流れと、どこか重なるものを感じました。
再読すると、もっと理解を深められそうですが、思ったよりヘビーな作品だったので当面の間はできなさそうです。
(追記)
余韻がすごくてずっと考え続けた結果、これはクローン人間という設定を使った、人生のメタファーでは?という結論に至りました。人生という大きなテーマに触れたことで、今抱えている問題への執着が少し薄れました。
でも、話自体のスケールが大きいわけじゃなくて、なんなら主人公の半径数メートル以内の話で終わる、なのに頭の中にずーっと残ってジワジワと考えさせる感じ、さすがノーベル賞受賞作家・・
「日の名残り」も気になりますが、連チャンは重そうなので何冊か挟んでからにする予定です。
Posted by ブクログ
個人的にはトミーに共感することが多く、深く感情移入した。感情の爆発を抱えながらも不器用にしか生きられない彼が、どこか他人事に思えなかった。
トミーが介護人を変えてから亡くなるまでの日々が、穏やかであったらいいなと願う。キャシーのことを、静かに思い出しながら逝ったのだろうと思う。
Posted by ブクログ
あらすじを読まず何も前情報なしに読むのが自分流 途中まで 学校での思い出 恋愛の話なんだ とささーっと読んでて、途中から、うん、?提供者??うん!?
となり、後半は切ない気持ちになった。。
運命の残酷さがいい感じに俺に刺さった、、また読み直す時は、時間をかけて、しっかり読みたい!
Posted by ブクログ
3年前に一度読んだが、原書を読み始めたのでこちらも再読。
読んでいる間一瞬も気の抜けない小説(既に内容を知っているからかもしれないが)。キャシーが回顧するヘールシャムの日々は、管理が行き届き、大人に守られた、温かくかけがえのないものとして語られる。その一方で読者は「展示会」や「提供」の描写から作品世界の核心に近づくにつれ、胸騒ぎを感じるようになるだろう。キャシーとルース、トミーの関係性の揺れ動きもまた本作のコアであり、些細な(些細でないこともある)出来事で仲違いと仲直りを繰り返す様子が切実に描かれている。根底に深い悲しみが流れる作品だが、キャシーが自分の境遇を嘆いて自棄になる人間ではないことが個人的に救いだった。しかしながら、トミーがキャシーに放った「提供者でないから君にはわからない」という趣旨の言葉の効力はラストシーンのキャシーにとってもまだ作用しうる。キャシーが最初の提供を終えたとき、彼女はヘールシャムの輝かしい思い出を抱いて何を想うのだろうか。
ただの追記だけど、私はキャスとトミーより、キャスとルースの関係性のほうが好きなんだなあと気づいた
人生の尊厳
一部ご紹介します。
・「あなた方は教わっているようで、実は教わっていません。
形ばかり教わっていても、誰一人、本当に理解しているとは思えません」
「あなた方の人生はもう決まっています。これから大人になっていきますが、あなた方に老年はありません。
あなた方は一つの目的のためにこの世に産み出されていて、将来は決定済みです。ですから、無益な空想はもうやめなければなりません」
「みっともない人生にしないため、自分が何者で、先に何が待っているかを知っておいてください」
・「絵も、詩も、そういうものは全て、作った人の内部をさらけ出す。作った人の魂を見せる」
・すぐにも行動を起こさないと、機会は永遠に失われるかもしれない
・「あなた方はいい人生を送ってきました。教育も受けました。もちろん、もっとしてあげられなかったことに心残りはありますけれど」
「生徒たちを人道的で文化的な環境で育てれば、普通の人間と同じように、感受性豊かで理知的な人間に育ちうること、それを世界に示した」
「あなた方は、駒だとしても幸運な駒ですよ。追い風が吹くかに見えた時期もありましたが、それは去りました。
世の中とは、ときにそうしたものです。受け入れなければね。
人の考えや感情はあちらに行き、こちらに戻り、変わります。
あなた方は、変化する流れの中のいまに生まれたということです」
・「新しい世界が足早にやってくる。科学が発達して、効率もいい。
古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。でも、無慈悲で、残酷な世界でもある。
そこにこの少女がいた。目を固く閉じて、胸に古い世界をしっかり抱えている。
心の中では消えつつある世界だと分かっているのに、それを抱きしめて、離さないで、離さないでと懇願している」
・「俺はな、よく川の中の二人を考える。
どこかにある川で、凄く流れが速いんだ。で、その水の中に二人がいる。
互いに相手にしがみついている。必死でしがみついてるんだけど、結局、流れが強すぎて、最後は手を離して、別々に流される。
俺たちって、それと同じだろ?最後はな、永遠に一緒ってわけにはいかん」
Posted by ブクログ
解説に「細部まで抑制が効いた」とあるけど、本当にそんな感じ
序盤のまだ何もわからない状態での一歩進んだと思ったらまた振り返ってみたいな文章が中々きつかったのですが、施設はなんなのか、そもそも彼等はなんなのかがわかってからはスラスラ読み進められた。
読み終わってみたは彼等はしっかり「人間的」であったと思うし、ヘールシャムは「特別」だったと思う。
Posted by ブクログ
昔に映画を見た作品。
ようやくいまになってというのが悲しいと言うトミーの気持ちが、とてもつらい。嬉しいのに、悲しい。
自分たちが提供者として育つことに何の疑問も持たない、当たり前となっている。受け入れている。誰も取り乱さない。
クローンの性格はポシブルを反映しているのか。
キャシーがこのまま提供者になることなく、寿命を全うするとしたらどうなるのだろう。そういった人はこれまでにいたのだろうか。
Posted by ブクログ
約ネバ
どんな本か忘れないためだけに書いた感想です。読まなくて大丈夫です。
提供されることが普通であると、内臓が悪くなったら“提供者”の内臓をもらえると当たり前に思えてしまう世界怖すぎる。
マダムや先生たちは、提供者たちが家畜ではなく価値のある人であることを世界に伝えるために、絵を描かせていたのね。
技術が進歩し始めた時くらい、内臓移植ができるようになったくらいの時代に、人間という、提供者という家畜のようなものが生まれなくて(日本だから知らないだけかもしれないけど)よかったと思う。
もし戦争中だったら、相手国の捕虜とかとっ捕まえて提供者にしてそうだな。
Posted by ブクログ
仕事の休憩時間を使って完読。
静かに、かなり具体的な生活描写や出来事が語られる中、徐々に明らかになる事実が筋を持って物語を支えています。
共感するのはかなり難しいですが、登場人物達の境遇を受け入れた静かな生が胸を打ちました。
Posted by ブクログ
『日の名残り』を読み終えた時は、ただただ、素晴らしい読書体験だった。という感じだった。
けど、この作品は、どこに注目して感想を持ったらよいか、わからなかった。臓器移植を目的とされて作られたクローン人間の話しであることを知っていたのが悪かったのか?読んでいるときもどこが「盛り上がり」なのか、わからなかった。
でも、今、わたしなりに思うことは、どんな社会であろうと「どこに立つか」で世界は変わるということ。そう気づくと、あらゆるエピソードが「盛り上がり」だった。すごすぎ。
はぁ〜、トミー!早くキャシーを迎えにいってあげて。
Posted by ブクログ
救いようもない話だが、彼らは「不幸」だったのか?
子供時代からヘールシャム(施設)を出るまではクローンである事を除けば普通の学生達のような穏やかな青春群像だった。
時は過ぎ当時の仲間とも関係は希薄になっていきやがて「提供者」としてどんどん消えていく。
ラストで有刺鉄線を見つめる主人公が想像した世界とはどんなものだったろう。
クローンをモノとして扱う華やかな外の世界の残酷さとクローンである事も自分の運命も淡々と受け入れている彼らの対比が切ない。それでも彼らの人生には間違いなく感情という「彩り」は存在していた。「かわいそうな子たち」と切り捨てられてはたまらない。何が正解だったのか。重たい問いだけが読後に残る。